一週間の休暇
「シャオマオよ。いいのか?」
「うん。いいの。ユエが大事なの。誰よりも、自分よりも大事なの」
シャオマオは心配そうに自分に語り掛けてくる言葉ににっこりと笑って答えた。
「その虎も同じことを言うぞ?」
「うん。ユエの気持はシャオマオと同じなの」
声の主はシャオマオが頑固なのを知っている。
それこそ、自分と同じだと。
「行こう。シャオマオがぜーんぶ何とかするよ!」
明るく言うシャオマオに、声の主はもうこれ以上何か言っても無駄だと感じたようだ。
少しため息をついて、「ありがとうシャオマオ」と、礼を言った。
ハッと目が覚めた。
窓から見える外の景色は真っ暗で、時間がまだ深夜であることを示している。
なにか変わった夢を見ていたのかもしれない。
でも、覚えていない。
シャオマオは自分のすぐ横で眠っているユエを起こさないよう気を付けたつもりであったが、ユエはすぐに目を覚ました。
ユエはシャオマオの気配に敏感だ。
シャオマオの瞬きの音も聞き逃さないくらいだ。
「・・・眠れないの?」
「ユエ」
頭頂部に口づけてくれるユエ。
暖かいぬくもりに、自然と吐息が漏れる。
ぬくぬくとした寝床。ユエの匂いがいっぱいの、大好きなユエのゲル。
「・・・幸せ」
「うん。この星で今一番幸せな二人だよ」
ユエの甘い声に、シャオマオは笑顔で答えた。
不安なことが何もない。
怒りも悲しみも心配もない。
すべてのことがうまく回って、すべてが未来へとまっすぐ進んでいる。
ああ、そうだ。
いま、この瞬間が・・・・・。
「え?シャオマオちゃん、旅行したいの?ユエと二人っきりで?」
「うん、旅行って言うか行くところはユエのゲルなの」
「二人でいいの?」
「うん。二人でね、ゲルでユエとゆっくりしたいの」
食事の後のリビングでお茶を飲みながらライの質問に嬉しそうに答えるシャオマオ。
「えー、にーに寂しいなぁ」
「サリーも仲間外れですか?」
「ごめんね。でも一週間だけよ」
「その間は誰も邪魔してくれるな。俺とシャオマオの二人きりだ」
ユエとシャオマオが、二人で顔を見合わせて「ねー」っと声を合わせた。
なんなんだこのイチャイチャは。
「にーにとしては、まだ子供のシャオマオちゃんがユエと二人っきりになるのなんて不安でしかない」
「何故だ?」
「お前がシャオマオちゃんに四六時中べたべたしまくるからだよおおお!」
「これでもまだ我慢している」
「お前の溺愛は狼を超えてるぞ?ひょっとしたらドラゴンと同等くらいだ」
狼は非常に溺愛が激しい獣人として有名だ。さらにそれの上を行くのはドラゴンの番。生涯一度だけの愛する相手をドラゴンは非常に大切にする。
それこそ自分のそばを離れることもしないしさせない。
「シャオマオに不自由はさせてない」
ふんすっと鼻息荒く自慢げに胸を張るユエ。
「ライにーに、だめ?ユエと二人っきりはだめなの?」
「うっ。そんな純粋な目で見られらたら・・・・反対しにくい・・・」
「ねえ、ライにーに。お願いよぉ・・・」
「んぐっ・・・」
ひょっとして余計なことを考えて心配しているのは自分だけなのかと思ったが、お兄ちゃんとしてはそわそわしてしまう。きっと、ランランが誰かと二人っきりで旅行に行きたいと言ったらその相手を叩きのめす自信がある。俺が認めないやつとランランが一緒になるとかありえないし、レンレンは好きにすればいいと思う。
「シャオマオ様も少し身の回りがすっきりしたので羽を伸ばしたいのですかね?」
サリフェルシェリも少し困ったような顔をしていたが、ちょっとだけシャオマオに味方してくれる。
「そーなの!悪い人みんないなくなったんでしょ?スピカもレーナに守ってもらってるし安心!」
シャオマオやスピカを狙いそうな金持ちのコレクターを根こそぎ摘発できたのはよかった。
過保護者たちが密かに鱗族と協力し、鳥族、猫族、犬族、エルフ族、人族と協力体制をとって大規模な囮作戦を決行し、根こそぎギルドで取り押さえることが出来たのだ。
これにはお家精霊のレーナが深く関与しており、レーナなくしては成功しなかった。
捕まった金持ちたちは余罪も多く、芋ずる式に手下たちも捕まっている。
これで少しはこの星もきれいになったというものだ。
数か月がかりだったが、その間にスピカもすっかり離乳食から普通の食事に移行してトイレも一人で済ませることが出来るようになったので、そこまで手がかからない。
人族の城にも何度も連れて行っているお陰か、ジョージ王子とスピカはとても仲がいい。シャオマオが不在だといえばスピカを大事にしているジョージ王子が喜んで預かってくれるはずだ。
「ねー?スピカ」
とシャオマオがスピカを見れば、スピカも嬉しそうに「にゃ!」と返事する。
スピカはもうお城で遊ぶことを考えているのかお尻のあたりがもぞもぞしている。
ジョージと二人でクレムをからかって遊ぶのがお気に入りである。
「だから、ライにーに。いいでしょ?ダメ?」
しゅうんとした顔でシャオマオにお願いされて誰が断れるだろうか。
「ダメなんてことないよ!シャオマオちゃんが行きたいなら遊びに行っておいで!!」
「ありがとう!ライにーに!」
二人ががっしり抱き合う。
「シャオマオ。良かったね」
「うん!」
ユエとしてはシャオマオが希望して、自分も了承しているのだからライの許可など必要ではないと思っていたが、シャオマオが「きちんとみんなに行ってらっしゃいってしてもらいたいの」というためこの話し合いをしたに過ぎない。
許可されなければ強行突破してでもゲルに向かっただろうが、そうなると「誰にも邪魔されない」が守られなかっただろう。
シャオマオが喜んでいるので話し合いをしてよかった、と思うユエであった。
「じゃあ、シャオマオ。スピカは城で預かるから、安心して行っておいで」
「ありがとうジョージ!」
いつものように城の裏庭での特訓にスピカを預けたシャオマオ。
出発はまだ先だが、スピカがいるとジョージが喜ぶので早めに預けに来たのだ。
「にゃ!」
スピカはスピカでジョージと遊ぶのが楽しいらしく、いたずら仲間として認識しているようだ。
「シャオマオ」
スピカを撫でるシャオマオを呼ぶジョージ。
「う?」
「シャオマオ。ちゃんと帰ってこないとダメだよ?」
シャオマオの目を見て、ゆっくりと話す。
「スピカはシャオマオにしか返さないからね。シャオマオが返してって城に来ないとダメだよ?」
「あう。ちゃんと帰ってくるよ?」
二人のやり取りに、くすくす笑うミーシャ。
「シャオマオはちゃんと帰ってきますよ」
「そうだといいんだけど」
少し拗ねたように言うジョージに、シャオマオも笑ってしまう。
「ジョージったらちゃんとわがまま言ってくれて嬉しい!」
「もう!シャオマオ。ごまかされないからね」
シャオマオに抱きしめられて、ジョージは顔を赤くした。
城からの帰り道、ミーシャとシャオマオは二人で空を飛んでいた。
「シャオマオ」
「う?」
「ジョージ王子じゃないですが、私もシャオマオが笑顔で帰ってくるのを待ってますからね」
「ミーシャにーに。シャオマオったらね、思い出を作ったらちゃんと帰ってくるのよ」
「約束できますか?」
「お約束するよ?安心して」
にっこりと笑うシャオマオ。
どうしてこんなにすんなりと約束してくれるのに、シャオマオの気配が曖昧なんだろうか。
嫌な予感に心がざわつく。
ミーシャはシャオマオの手を取った。
「シャオマオ。できれば最後までついていきたい。でも、シャオマオの希望を第一に」
「ミーシャにーに」
ミーシャの頬を両手で挟む。
「ミーシャにーに。大丈夫よ。シャオマオったらみんなのこと大好きなのよ」
「みんなも、もちろん私も、シャオマオが大好きです」
シャオマオの手に自分の頬をすりすりと押し付けるミーシャ。空の上で抱き合って、二人はくるくるとダンスするように回転した。
「忘れないで、シャオマオ。みんなが愛しているシャオマオを、シャオマオも大事にしてください」
「うん、ありがとうミーシャにーに」
みんなは気づいてる。
シャオマオが何かを考えていることに。
でも、追及はしない。
妖精様のすることは、誰にも止めることなどできないのだ。
「シャオマオ様。ミーシャ。お帰りなさい」
庭でサリフェルシェリが待っていて二人を迎えてくれた。
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
シャオマオは手を広げてくれたサリフェルシェリの胸に飛び込んだ。
「シャオマオ様。また少し大きくなりましたね」
「ホント?シャオマオったらおねーさんになったかしら?」
「ええ。もうおねえさんですよ。でも、まだまだサリーの生徒でいてくださいね」
「うん。サリーはずーっとシャオマオの先生よ」
「嬉しいです」
シャオマオはサリフェルシェリとミーシャに手をつないでもらって歩いて家に入った。
「お帰り、シャオマオ」
「ただいま。ユエ」
屈んでくれたユエに抱き着くシャオマオ。
「シャオマオのただいまの言葉を聞くのが、好きだ」
「ユエ?」
すりすりとシャオマオに顔を寄せるユエ。
「シャオマオ。必ずここに戻ってきて、ただいまを二人で言おうね」
「うん。シャオマオも、みんなにお帰りって言ってもらうの好きよ。だからただいまっていうね」
「約束だ」
「約束ね」
二人が玄関で抱き合ってると、キッチンから声が聞こえる。
「おーい。いちゃいちゃしてるところ悪いけど、晩飯だぞ!運ぶの手伝ってくれよ」
「はーい」
ライの声にみんなで走ってキッチンに向かった。




