猫族エリアへ出発!
「シャオマオ、ゲームをしようか」
「う?げえむ?」
「そう。先に相手の顔から目を逸らしたら負けだよ。負けたら一つ相手の言うことを聞くんだよ」
「いやーの」
「どうして?」
「ユエとシャオマオがするんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあシャオマオの負けよお」
「どうして?先に俺が目を逸らすかもよ?」
「・・・はじゅかしい」
「なあに?」
「ユエのおかお、キラキラ。まぶちい」
「俺の顔は光ってないよ。光ってるのはシャオマオだよ」
「あう・・・」
「でも、負けたなら言うこと聞いてもらわないとなぁ。見つめ合うよりもっと恥ずかしいことお願いしようかな」
「え?え?なに?なにお願い?」
「シャオマオが勝てば、俺にお願いができるよ。なにを願ってくれるのかな?」
「凄い。あのユエがここまで番には甘くなるのか。口から砂糖が出そうだ」
ニーカがユニコーンの上でイチャイチャする二人を見て驚いて目を丸くする。
「ニーカ。これはまだ序の口です」
遠い目をしたサリフェルシェリがニーカに告げる。
「あとで、煮出したハーブティーを飲みましょうか。ちょうど良くなるでしょう」
ツッコミ役のライがいないため、みんなの口の中は砂糖の塊を放り込まれた気分でいっぱいだ。
「ライを迎えに行く」と宣言してから翌日、サリフェルシェリとニーカ、チェキータは旅の準備をして集まった。
猫族エリアに行くにはユエのゲルから走って1日、切り立った崖をなんとか登って獣人の足で2日かかる。
今回はユエだけでなく、シャオマオがいるので何かあった時の余裕を持って5日分の準備がある。
ユニコーンと鳥族を使って行くためシャオマオがいる事はハンデにはならないが、念のためだ。
本来はライを迎えに行くのはユエ一人でいいのだが、シャオマオを置いていくわけがない。
シャオマオを置いて行けと言われたら、行くのを諦めただろう。
サリフェルシェリはユニコーンに説明して、一番体力があって多少の魔物なら避けつけない力の強いものにユエとシャオマオを乗せる様に頼んだ。
そこで3頭が譲らず、力比べで勝敗を決めて優勝者が乗せてくれることになった。
「あなた、強いから『ヨコヅナ』」と、シャオマオに呼ばれた優勝者のユニコーンは、妖精に名付けられたお陰で人と言葉を交わすことができる様になってしまった。
言葉を交わすとは言っても、発音はできないので念話であるが。まるで神話時代の力を持ったユニコーンの様だ。ひときわ輝いて、体格も大きく大柄なユエを乗せてもびくともしない。
ヨコヅナのおかげで道中魔物に寄り付かれることもなく足止めを食わなかったので、予定通りに山の麓に到着できた。シャオマオに負担がかからないようにゆったりとした足並みだ。
休憩に軽い食事と温かいスープを食べて、苦いハーブティーを飲む。
シャオマオはハチミツを入れたミルクだ。順調なスタートだ。
なるべく話しかけてシャオマオの気を紛らわせていたが、初めての長時間の乗馬だ。乗馬といってもほとんどユエが抱いていたが、疲れていないわけがない。
毛布にくるまって、ユエの組んだ足にすっぽり丸まって、すうすう寝息を立てて寝てしまった。
それをうっとり見つめるユエは、手でシャオマオの顔にかかった髪を撫でつけてよけてあげる。シャオマオがよく髪を触るので顔にかかるのが苦手なことを知っている。
もう少し切ってあげてもいいのだが、こんなに美しくて柔らかい髪を切るのは躊躇われてまだ実行していない。
シャオマオが皆に食べたらすぐに横になる様に言われるのは、この世界の子供がだいたい獣体で生まれて、人型になるまで食べるか寝るか遊ぶかしかしないからである。
食べて暴れて寝る。とにかく寝る。食べてエネルギーが満タンになればスイッチオン。動き回ったらエネルギーが切れて急にオフになる。オフになれば走ってても寝る。食べてても寝る。とにかく眠いのだ。
そうやって寝てない間は親にモリモリ食べさせられて、暴れて十分に体力を使い切り、よく寝た者から大きく育っていくというのが主に獣人の子育てだ。
エルフは体内にきれいな魔素を巡らせるのに睡眠を使うので、どちらにしても寝る。
シャオマオは痩せている。
この世界のどの種族の4歳児よりも痩せていて小さい。ドワーフも小さいが、体格がよい。
自分でも痩せて小さい自覚はあるが、比較対象がないので本人はそこまで気にしていない。なにせ健康かどうかが一番重要なので、今の体に文句は一つもない。
しかし、比較対象を知っている大人たちは心配しているのだ。なんならユニコーンのヨコヅナも心配している。
小さすぎる。細すぎる。軽すぎる。しかし可愛すぎる。と。
これがもっとふっくりしたらどれほどの愛らしさかと。
大人になったらどれだけ美しくなるだろうかと。
なので、みんな「食べてください」「寝てください」とせっせとシャオマオを大きくするために食事と睡眠を与えるのである。ユニコーンたちは、シャオマオの運動係だ。ちょっと一緒に走ったり乗せたりして軽い運動をさせる。
鳥族も雛鳥体操で体幹を鍛える様に協力しているからか、シャオマオの背筋がしっかりしてきた様な気がする。妖精がどこまで大きくなるのかはよくわからないが、鍛えて悪いことはないだろうと思うのだった。
因みに、ユエはどんなシャオマオでも愛しているので、どう変わっても一番美しいと言うのだけは変わらないと思っている。
例え自分より大きく育っても、今と同じように愛でるだろう。
「さて、猫族のエリアまでは崖を上りますが、獣体の人一人が通れる道はあるんですよね」
サリフェルシェリが地面に枝でガリガリと山の絵と、そこを回りながら上に向かう道を描いた。
「そうだな。山全体が高濃度魔素に包まれているらしいので、頂上の村までの道すがらは魔物が出やすい。だいたいここからここまでだ」
と言って、裾から中腹までを指した。
「では、ユニコーンたちには荷物を持ってもらって、妖精様はチェキータに。ユエはいつでも戦える様に備えてもらいましょうか」
「しょうがないな」
ユエはため息をついて了承した。
ユエも馬上で武器で戦うより獣体で戦う方が得意だ。
ヨコヅナ今は体内魔素が整った状態なので、獣も魔物も寄せ付けない。
よく寝ているシャオマオを起こすのがかわいそうで、毛布に包んだままチェキータに渡す。
白の翼をもつ天の御使が聖なる赤ん坊を授けにきたかの様な神々しさだが、この世界の人にはあまりにも日常なので感動はされなかった。
「今日も妖精様はかわいいな」
チェキータもうっとりと毛布に包まれたシャオマオを見つめる。
慈愛に満ちた顔はシャオマオの世界の画家が見れば後世に残る宗教画になったかもしれない。
ユエは服を破かない様に脱いでから、完全獣体となって先頭を歩いた。
ここからは、猫族しか近づかない魔物の多い山道だ。気を引き締めて歩かねば。サリフェルシェリは少しばかりユニコーンの上で気合を入れた。
気合いを入れたが、道中に問題は全くなかった。
ある程度猫族に管理されている山なので、大きすぎる魔物はいない。中程度の魔物では一行に近づけない。上級の魔物でもユエが一撃で叩きのめして終わりだ。
何故か、距離を置いてゾロゾロと小さな魔物がついてくるのは無視しているが、妖精の気配に釣られているのかもしれない。
しかし、中腹に差し掛かったところで罠が多くなってきた。
猫族が仕掛けた罠だろう。落とし穴、足元の紐などから、危険なものまで段階を踏んでいるがダンジョンよりは人の意図を感じるため、ユエには簡単に見破れる。
ダンジョンの罠は「なぜこんなところに?何のために?」という意図が全く分からないものも多く、なぜか巧妙に隠されているまま作動しないものも多いため、たぶん人を疲弊させるためだけに存在しているのだ。非常に気を遣うのである。
「罠が多くなってきましたね。ユニコーンとはこの辺りで別れましょうか」
『サリフェルシェリ。帰るなら妖精様に挨拶がしたい』
「そうですね。では、起きるまで待ちますか?」
『うむ』
ヨコヅナとサリフェルシェリのユニコーンはチェキータに抱きしめられたシャオマオを覗き込んで嬉しそうに尾をパタパタさせている。
「暗くなる前に休む準備をした方がいいかもしれない」
「明るいうちに済ませてしまおう」
チェキータとニーカは夜の視界に少し不安がある。若干、他の獣人に比べると夜目が利きづらいのだ。
「あ、目覚める」
チェキータが覗き込んだら、ちょうどシャオマオの瞼がぴくぴくして、目覚める前の動作に入った。
急いで人型になって、服を着たユエとユニコーン2頭がぎゅうぎゅうとシャオマオの視界に入ろうとしてもめる。
「ヨコヅナおはよお」
流石にユエの顔はユニコーンより小さかった。
シャオマオの目の前いっぱいにはヨコヅナの顔があった。
そのあと、拗ねに拗ねたユエはシャオマオが「見つめあうより恥ずかしいこと」をするまでずっと虎の姿のままテントの中でいじけていたし、真っ赤になったシャオマオは心の中で(これからは何をおいてもユエを優先しよう)と決意を固めた。
「見つめあうより恥ずかしいこと」は、テントの中でこっそり行われましたがチェキータが一応心配して見張っていました。
テントの中を見たチェキータはあまりのほほえましさに、珍しく笑顔でした。




