お家精霊の誕生
グローはトーストされたパンに目玉焼きとベーコンを挟んで頬張る。うまく半熟の目玉焼きをこぼさず食べられたので唇についた黄身をぺろぺろ舐めながら嬉しそうにしている。
「で?今回の金持ちの依頼主ってのは連絡が取れるのか?」
「もう無理だろうな。鱗族が大方捕えられたとか、取引して減刑されたってのはもう裏社会では広まってる話よ」
ライの問いに、にやりと笑って答えるグロー。
もう鱗族に危ない仕事を頼もうというものはいないだろう。
逆に健全な仕事の依頼は徐々に増えているらしい。喜ばしいことである。
シャオマオを攫おうと猫族の里に来て捕まったものも、本来なら極刑であったが司法取引により有益な情報があれば減刑された。しかしやはり悪いことを考えるお金持ちというのは何重にも間に人を挟んで、なかなか大元まで誰も辿り着けないようになっているようだ。ほとんどの依頼主と思われるものは逃げた後だった。
「シャオマオをほしいと言っていた金持ちは?」
「ああ。もういない」
「ならいい」
シャオマオが首を捻ると、ユエがニコッと笑ってくれた。
怖い人がいなくなって、ユエが安心しているのならば、シャオマオは何も不安なことがない。
「珍しい物好きのコレクターはチビを諦めた。鱗族が請けないなら、そんな危険な仕事は誰も請けない。その代わり、珍しいものを欲しがる奴らの気持ちは別に向く。毛色の違う獣人も、見た目の美しい人族も、珍しい模様の獣だって、狩られるぞ」
悪いことをしていたのが鱗族だけだとは言わないが、末端で仕事を請け負うことが多かったようだ。今ではそんなことをする必要もなくなったので、わざわざ犯罪行為に手を染める者はいないが、鱗族以外にも実行するものはいるのだ。
「今回の狐獣人は?」
「あいつらはセコいコソ泥さ。よく誘拐なんて大胆なことしたなって感じ」
二つ目のトーストを食べようとしたグロー。「サラダも食べろ」とライに言われて渋々といった様子でフォークを持った。
「とにかくシャオマオの持ち物を狙うやつは金輪際この星に必要ない」
「そんなこと言ったって珍しいユキヒョウだし。しかもこの星柄。珍しいもの集めてるやつなんか毛皮でも欲しがるだろうな」
「やーの!スピカったらモノじゃないの!シャオマオのお友達よ」
ユエとグローのやり取りを聞いてムッと怒るシャオマオに、ユエはちょっと耳を平行にして謝った。
「この家の守りを強くするしかないのかなぁ?」
「今回は門の外に誘い出されたのが原因ですし、躾けるしかないのですかねぇ」
ライとサリフェルシェリが悩む。
「守りを強くして、俺とシャオマオ以外入れないようにすればいい」
「二人っきりになってどうするんだよ。俺の家でもあるんだぞ」
ユエはシャオマオにプリンを食べさせながら嬉しそうに恐ろしいことを言うが、ライは無表情でツッコんだ。
「お家が、強くなればいいのかしら?」
「そうなんだ。でもあまりセキュリティを強くしたら鳥族が入ってこれなくなったりしちゃうんだよねぇ」
「それはまた・・・鳥族が大騒ぎしそうですね・・・」
ミーシャがパプリカのような実を咀嚼して飲み込んでから言いにくそうに言った。
「シャオマオったらお家を強くしちゃうのよ」
プリンを全部食べ終わってから、ユエに口を拭いてもらって無邪気に笑うシャオマオ。
「お家の精霊ちゃん!お家の精霊ちゃん!でてきてー」
シャオマオがダイニングのテーブルから天井に向かって声をかけると、天井からスルスルスルーっと一抱えもありそうな光の玉が下りてきた。
「シャオマオ様・・・?」
「シャオマオちゃん?お家の精霊って言った?」
「うん!お家の精霊ちゃん。名前はねぇーー」
「まだ!まだ名前を付けてないなら待って!!」
「はぁい」
ライの慌てた様子にも、シャオマオは嬉しそうに返事する。
「サリフェルシェリ!家の精霊って何だよ?!」
「わ、かりません・・・。聞いたことがない。長い年月をかけて精霊が宿るようになった自然物は多くはありませんがあります。岩や山や海などです。しかし、人が建てた家というのは聞いたことがないです」
「サリフェルシェリにわかんないんだったら考えてもしょうがない、のか?」
ライとサリフェルシェリがまた頭を悩ませる。
「シャオマオ。お家の精霊さんは前からいたのですか?」
「うん。どんなものにもいるの。ちっちゃな精霊。でも知ってる人がいないと消えちゃう。シャオマオはいるって知ってたからよく「おはよう」とか「おやすみ」とか挨拶してたの。そうしたら、精霊ちゃんったら大きくなったのよ」
ミーシャの質問に、嬉しそうに答えるシャオマオ。
シャオマオは以前の星の感覚が少し残っているところがある。
世界各国の宗教、神話、八百万の神、妖精、精霊、妖怪、付喪神、幽霊。祖父母に教えられたのかすんなりとそういう存在を受け入れている。
シャオマオがそう思っていれば、この星は応える。
「・・・シャオマオ様。お願いですからあとでそのお話をサリーに聞かせてください」
「うん、いいよ!」
目頭を押さえたサリフェルシェリ。なんだか疲れてるみたいだ。あとで美味しいお茶を入れてあげようと心に決めるシャオマオ。
「それで、シャオマオちゃん。この精霊?を強くするの?」
「うん!お名前あげてね、お家精霊の形になってもらうの」
「この光の大きさで十分大精霊くらいありますが・・・・」
「ううん。この形だと働きにくいんだって。体欲しいんだって」
ニコニコするシャオマオの頭をユエが撫でる。シャオマオがご機嫌ならユエもご機嫌なのだ。
「シャオマオ。名前は決まってるの?」
「うん!レーナ。きれいなお家の精霊レーナ!」
バッ!
精霊の球は光を増して、家の中は一瞬真っ白になるくらいに照らされた。
「うわ!」
あまりの光にその場のみんなは目を閉じたが、ライやユエは腕で影を作って何とか目を開けた。
光の中で、動く何か。
光が収まるとお辞儀している女性の姿があった。
ロマンチックなフリルのついたクラシックなメイド服でシャオマオに笑顔を向けてくれる。
「わーい!レーナやっと会えたね」
シャオマオが抱き着くと、うんうんと頷いてくれる。言葉は話さないようだ。
「お家の精霊のレーナよ。みんなよろしくね!」
みんなに向かってぺこりとお辞儀するレーナ。
「よろしくお願いします、レーナ。シャオマオ様がいうように、強くなりましたか?」
コクコクと頷くレーナ。
「レーナね、お家のこと手伝ってくれるんだって。きれいに使ってくれたライにーにのこと好きなんだって」
「え?!て、手伝うって、どれくらい?」
「いっぱい。何なら全部任せてほしいって言ってる」
「最高だ・・・・・」
ライは震えながら感動している。
やっとお母さん業から解放されるのかと。
食材置き場の中身を考えて買い物に行き、明日のおやつのことを考えるのも嫌いではない。みんなが喜んで食事をしてくれるのも嬉しい。掃除や洗濯も心から楽しくてやっているのは本当だ。しかしだ。たまには人が作ったご飯を食べたい。自分だって甘やかされたいと思うのも本当の気持なのである。
「レーナありがとう。早速今晩の食事からお願いしてもいいかな?」
コクコク頷くレーナ。
「ちょっ!ライ冷静になってください!まずは家の守りが優先ですよ!!」
「は!」
あまりの喜びにレーナとキッチンに走っていきそうだったライをサリフェルシェリが止める。
「にーにすっごく嬉しかったのね・・・」
「好きでやっているんだと思っていた」
シャオマオとユエがボソッと言ったことはライの耳にも入ったがライは言い返さなかった。
好きでやっていたのは本当だからだ。
とりあえず、レーナに聞いてみたところ家の守りは十分強くなっているようだ。
レーナが許可したものしか敷地内に入ることが出来なくなり、敷地に近づくどころか、中央エリア自体が全部レーナの感知できる範囲となったため、誰よりも早く不審者を見つけることが出来る。
「レーナが中央エリアに居れば、中央エリアの守りも上がるということですね・・・」
「これでライもユエも、安心して冒険者家業ができますね」
「ああ。ほんと有難いよ」
「レーナ。具体的にこの敷地に不審者が入ってきた場合はどうやって撃退する?」
コクっと頷いたレーナが庭を指さす。
グローが家に向かって弓矢を構えていた。
「いくぞー!」
嬉しそうにいうグロー。
ヒュン!
放たれた弓矢はグローが出ていくために開け放った窓から家の中へ入ろうとしているが、レーナはそのまま弓矢を見ている。
ズア!
地面が急に盛り上がり、土壁を作って弓矢を防ぐ。
続いて石つぶてがグローのいた場所に降り注ぎ、どんどん外へと押し出していく。
「これ、レーナがやってるの?」
コクっと頷く。
「レーナが見てないところでもこれできるの?」
また頷く。
グローが敷地の外に追い出された所で、レーナは盛り上げた土を平らにならして芝生を植え直したので全く攻撃前と景観が同じである。
「レーナったら強い~!」
シャオマオに抱き着かれて嬉しそうなレーナ。
そのあとライやユエたちの攻撃にも耐えたレーナは立派なお家精霊としてシャオマオたちと一緒に生活するようになったのだった。




