スピカを探せ!
「光の精霊ちゃん!夜の星スピカを探して!!」
シャオマオの声に、指から溢れる清浄な魔素に、光の精霊たちが集まった。
そして指を中心に、雷の閃光のようにバリバリとすべての道、ありとあらゆる通路を光の精霊が高速で走った。
一瞬人族の街が明るく染まり、夜の闇の中で浮き上がるように輝いてすぐ光が収まる。
しかし、一本だけここから伸びてまだ光が残っている道がある。
「この先よ!」
シャオマオは慌ててその光が消えないように飛んで追いかける。
「シャオマオ!私も行きます!」
「ミーシャ!先に行ってください。馬で追いかけます!」
ミーシャとサリフェルシェリが頷きあって、もう周りの声が聞こえていないシャオマオをフォローする。
「スピカ~!」
この道は人族エリアの裏門に続いている。
シャオマオはスピカが外に出てしまうのではないかと気が気ではない。
最近は魔素が濃い。魔物も多い。スピカが誘拐犯に守ってもらえるとは限らない。
そもそも、誘拐犯の目的が生きた状態なのか、死んでいてもいいのかもわからない。
「スピカ~!どこ~!?」
シャオマオは裏門にたどり着いて、門扉を飛び越えて外に飛び出してしまった。
「妖精様!?どうなさいましたか?」
「門を開けたほうがいいのか?」
「妖精様を一人外に出すわけにいかない」
「不思議な閃光が町中に走ったんだ。いまは危険なことが起こるかもしれない」
裏門を守っていた犬獣人の兵士が慌てて話し合う。
「ここに白い獣を連れた人が来ませんでしたか?見慣れない旅人や行商人とか」
シャオマオに変わってミーシャが兵士たちに問う。
「先ほどの閃光は妖精様の力です。妖精様の獣が攫われてしまったんです」
「!!!」
「馬車が・・・」
「狐獣人3人の行商人が、今日帰るんだと言って先程慌てて出ていったんだ」
「積み荷は改めましたか?」
「ああ。持ってきたものは売り切って、人族の織物や菓子を仕入れたので帰るんだと」
「確かに積み荷に怪しいものはなかった」
「持ってきた酒樽は1つを除いてカラだったし・・・」
ミーシャと話しあいながら、二人の兵士が裏門を慌てて開ける。
妖精様の一大事に、手を貸さないわけがないのだ。
「ミーシャ!」
「サリフェルシェリ先生!」
馬を駆って慌ててやってきたサリフェルシェリが、門扉にたどり着いた。
「話の続きを聞いていてください!私はシャオマオを追いかけます!」
「わかりました」
いうや否や、ミーシャもまだ開ききっていない裏門を飛んで越えていった。
「スピカ!!」
シャオマオの叫びに雷の精霊が応えた。
バカン!
前を走る荷馬車の左の後輪を雷が砕く。
「うわ!なんだ!?」
「どういうことだ!?」
男の叫び声が聞こえる。
馬車のコントロールが出来なくなった途端に、馬たちををつないでいた紐がすべて切れる。
「!?」
馬たちはそのまま馬車を置いて走り去ってしまった。
「どうなってんだよ!!」
「俺に聞くな!知らねえよ!!」
「スピカを返して!!」
止まった馬車から降りた狐の獣人は、空を飛んでくる少女に驚いた。
「よ・・・妖精様か?」
「おい!どうするんだよ?」
「もうしょうがねえ。やるしかねえ・・・」
一人が覚悟を決めた顔をすると、他の二人も後ろ手に武器を握った。
「シャオマオのスピカを連れて行ったでしょ!返して!」
空から力いっぱい叫んだら、男がへらりと笑った。
「アンタ妖精様だろ?妖精様を怒らせるようなことするわけがねえ・・・。馬車を検めてもらってもいいぜ?何にもねえんだから」
「精霊ちゃんがここにいるって言ってるもん!」
プンスコ怒りすぎてシャオマオはただの駄々っ子のように叫ぶ。
確かに光の精霊の帯はこの馬車につながっているのだ。
「だから、馬車の中を見ればいいっていってるんだよ。自分で見れば納得するだろう?」
「う~~~!」
シャオマオはふくれっ面で後輪が壊れて傾いた馬車に飛び込んで、荷物をバサバサ漁りだした。
「スピカ~お返事して~!」
手前の荷物はほとんど探したが、織物と敷物と人族の薬、魔石の加工品などなど様々なものが仕入れられていた。
それでもシャオマオには重くて積み荷の下の方を検めることが出来ない。
「シャオマオ!」
「ミーシャにーに!」
ミーシャが降り立つと、馬車から転がり降りてきたシャオマオがひっしと抱き着く。
「ここですか?スピカがいるのは?」
「うん!精霊ちゃんがここにいるっていうの!でもどの箱かわかんない」
フルフル震えるシャオマオをぎゅうと抱きしめて、ミーシャはその場に立ち尽くす獣人を見つめる。
「次は妖精様をどうにかしようと思っていましたか?」
「そんなわけ、ねえよ」
「そうだそうだ。妖精様になにかしたら俺たちがどうにかなるじゃねえか」
「いまだって、商売道具をぐちゃぐちゃにされたって抵抗してねえよ」
「でも」
ミーシャが何か言おうとした瞬間に、植物の根が男たちの足をからめとって地面に伏せさせると、武器を握っていた腕ごと体に巻き付いて身動きできなくさせてしまった。
「なんだこれは!?」
「やめろ!」
「無抵抗のやつに何しやがる!」
男たちは叫んだが、ミーシャはにっこりと笑う。
「武器を握っている者を無抵抗とは言い難いですね」
「間に合いましたか?」
「サリ~!!」
「ああ、シャオマオ様。サリーを置いて行かないでくださいな」
「ごめんなさい~」
サリフェルシェリにきゅうと抱き着いて、シャオマオは顔をぐりぐりおしつけた。
「さて、スピカはここですか?」
「うん。精霊ちゃんがここにいるっていうんんだけど、箱が重くてシャオマオ持ち上げられないの」
「大丈夫ですよ。衛兵が何人か手伝いに来てくれますから、少しだけ待ちましょうね」
サリフェルシェリはシャオマオの背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。
「妖精様!」
「サリフェルシェリ様!!」
人族エリアの衛兵が何人か駆けつけてくれた。
「こちらの荷物を検めたいので、手を貸していただけますか?」
「わかりました!」
犬獣人の衛兵たちが馬車に乗っていた荷物を順番に降ろしてくれる。
「スピカ~!お返事してえ~」
シャオマオは箱が出てくるたびに声をかけるが、どこからも反応がない。
「さて、あとは一番奥の樽ですか?」
「樽は一つ以外は全部カラでした」
「一つは中身が?」
「ええ。それは自分たちが飲むためのものだと言って。半分くらい中身が入っていました」
裏門で荷物を検めた兵士がサリフェルシェリと話をする。
「では、それを確認しましょう」
サリフェルシェリがミーシャに合図すると、ミーシャは腰につけていたナイフで樽の蓋を開けて中身を確認した。
「中身を全部流してください」
「なんだと?」
「上等な蒸留酒だぞ?!」
サリフェルシェリの淡々とした声に狐獣人たちが抗議の声を上げるが、ミーシャは容赦なく樽を傾けた。
ざあ!
あたり一帯に蒸留酒の香りが充満したが、確かにいいものなんだろう。香りをかいだ衛兵たちは少し残念そうだ。
もちろん中身を全部流してしまったが、その中にスピカは入っていない。
しかしサリフェルシェリは横向けられた樽の中に頭を突っ込んで、「私の目はごまかせませんよ」とナイフで樽の底をかるく叩いた。
ばこ!っと何かが割れる音がして、丸まったスピカが引っ張り出された。
「スピカ!!!」
くにゃくにゃになったスピカは口からちょろっと舌を出して眠っている。
一緒に入っていた布は蒸留酒とは違ったにおいがする。これに酔っているようだ。
「すぴかぁ~~!!えーん」
くにゃくにゃのスピカを抱いて泣くシャオマオのためにサリフェルシェリが診察をしてあげる。
「大丈夫ですよ。眠っているだけのようですし、早く家に連れて帰ってあげましょうね」
「うん!」
スピカを抱いて涙を流すシャオマオを、サリフェルシェリは抱いて馬に乗った。
「サリフェルシェリ先生。こちらは私たちに任せて、早く妖精様を安心させてあげてください」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えましょう。ミーシャ」
「はい」
「さて、お前たち。人族エリアで捕まったが、どこで裁かれるのがいいだろうな」
後見された猫族エリアでは、命の保証がされないかもしれない。
狐獣人の男たちはごくりとつばを飲み込んだ。
次の日、戻ってきたユエとライは昨日の顛末を聞いて怒りに燃えた。
「なんてことだ!!シャオマオが泣いているときにそばにいられないなんて!!」
「ユエ~」
ユエとシャオマオは抱き合ってホロホロと涙をこぼした。
「んで、なんだったの?その狐獣人」
「金持ちのコレクターに頼まれて、世にも珍しい星模様の毛皮が欲しかったんだそうですが、想像より小さかったので大きくなるまでペットにしようと思ったみたいですね」
サリフェルシェリが兵士から教えてもらった取り調べの内容を説明してくれる。
そうでなければすっかり毛皮だけにされていたかもしれないのだ。
シャオマオはカタカタと震える。
「金持ちのコレクターねぇ」
ライがふむっと悩むしぐさを見せる。
「どうしました?」
「シャオマオちゃんを猫族の里から攫おうとした金持ちがいたなって・・・」
「ああ。そういえばありましたね」
ベランダに出たライが、「グロー!!居るかー!飯だぞー!」と叫ぶと、屋根の上からすっとグローが落ちてきた。
「今日はなんだ?」
「目玉焼きとベーコンと、サラダにスープとパン」
「で?なにが聞きてえんだ?」
「金持ちのコレクターについて教えてくれ」
「いいよー」
グローの返事はとっても軽かった。




