最後への階段 2
「シャオマオ!右!」
「はい!」
自分に真正面から飛び掛かってきた狼型の魔物を右に躱して見せたシャオマオ。
続いて左側にいた魔物も時間差で飛び掛かってきたところを空中に飛び上がって魔物が届かない距離に浮かんで避けた。
さっきまでシャオマオが居た位置でうろうろする狼の魔物に向かって「解放!」と手のひらを向けて叫ぶ。
ざあ・・・
燃えカスが散るように姿を消す魔物の体は魔石を残して跡形もなくなった。
「うん。シャオマオ。段々声に対して反応が早くなってきましたね」
「うーん。でも、ミーシャにーにがいないとうまく動けないのは困っちゃう」
褒めてくれる天使に向かってシャオマオは眉を下げて困った顔になる。
3年でミーシャも美しく育った。
髪と翼は変わらず一点の染みも見当たらない白の輝きを誇っている。
昔に比べて気を許す仲間が増えたせいか、表情も明るい。
初めて会った時には女の子のようなかわいらしさもあったのに、今では背も伸びてますます立派な王子様になっている。
体は厚みを増して、きりりとした美しさが目立つようになってきた。
このミーシャの様子を見ると、やっぱりチェキータは王子様然としていても女性らしさが感じられる。
そんなミーシャと戦いの訓練をするようになってもう2年だ。
根をつめて行っているわけではないが、今ではシャオマオも襲ってくる魔物たちを解放してあげることにも慣れて、たくましく成長している。
シャオマオの場合はそのほかの一般人のようにただ襲われているだけではないので、武器を持って戦うことはしなくてもいい。そこは「動物の命を奪う」というような感覚が薄くて助かっている。
シャオマオに寄ってきやすいのも、シャオマオめがけて飛び掛かってくるのも、全部「助けてほしい」気持ちの表れだと気づいてからは、罪悪感なく魔物たちを解放してやれている。
「シャオマオ!」
「ジョージ!」
「王子」
ミーシャはさっと頭を下げたがジョージはすぐに頭を上げるように言う。
「僕とミーシャとの間に、身分は存在しないはずだよ」
「そうだったね」
護衛は遠くから見守っているのを確認して、ミーシャはにこりと笑いながら頭を上げる。
シャオマオを介してこの二人もずいぶんと仲良くなったものだ。
シャオマオの特訓の場所となっているのは人族の王家の裏庭。
魔物の生息地と接しているために、半日もいれば魔物を見かけることもある。
シャオマオが居ればなおさらだ。
みんなシャオマオの気配で寄ってきてしまう。
「さ。少し休憩してはどうかな?ウィンストンとクレムがお茶を準備してくれるよ」
「嬉しい!今日は何かしら?」
「本日は妖精様の愛するバラのジャムをつかったケーキと、紅茶です」
メイドが何人かでテーブルセットを準備して、お茶の準備を始めてくれる。
シャオマオはその場に大きな安全地帯を作って、魔物が入れないようにした。
「わー!嬉しい。バラのジャムのケーキ大好きよ」
ふんわりとしたシフォンケーキのような軽いスポンジにバラのジャムと生クリーム。シャオマオはこのバラのジャムが大好きなのだ。
ジャムは紅茶に入れてもいい。
花びらが広がって、見た目も美しいし、食べても美味しいのだ。
「シャオマオも特訓にずいぶんとなれたみたいだね」
席について紅茶を飲んでから、ジョージ王子がシャオマオに問う。
「ジョージったら見てたの?」
「もちろん。そのために城の屋上を解放してもらって裏庭を見学できるようにしたんだから」
周りの警戒をしているミーシャは気が付いていたが、シャオマオは全くジョージの気配や視線に気が付いていなかったようだ。もう少し特訓が必要かもしれないと、ミーシャはくすっと笑った。
「ジョージ様はそのためにお勉強の時間をずらして予定を変えてますから」
「クレム。それは言わない約束だろ?」
ジョージ王子のそばに控えていたクレムと呼ばれた少年は、ジョージが学校に通うようになってすぐに見つかったジョージの従者だ。
いたずらっ子の顔でくすくす笑う。
くるくるの黒の巻き毛。黒の瞳。浅黒い肌。
シャオマオの前の星での知識では、南に住む人に多い色彩の印象だが、こちらでは特にそういうことはないのらしい。
ただ、黒の髪や瞳の色が珍しいため「高貴な黒」と呼ばれて愛されている印象ではある。
遠い昔にはエルフ族の祖先もいたらしく、身体能力も人族よりは少し高いクレムは、「高貴な黒」というよりは、「いたずらな黒」と言ったところだ。
「最初のころに比べたら、落ち着いて対処できているね」
「ミーシャがいるおかげなの。シャオマオったら、まだ自分で考えて咄嗟に動けないから・・・」
シャオマオがふうっと紅茶を飲んでため息をつく。
今日もウィンストンのお茶の温度は完璧だ。
シャオマオの飲みやすい温度で提供されているために、すぐ口にすることが出来る。
「でも、それでいいのかもしれないよ。シャオマオは一番先頭で戦うことがないんだし、あのユエ先生がずっとそばにいるんだ。指示にそって体が動けば君に怪我はない」
にこにことしているが、ジョージはシャオマオが特訓することを最初は渋っていた。
守られていてほしい。
守ってあげたい。
そんな気持ちがあったために、最初は裏庭を訓練場所として提供することを拒んでいたが、「じゃあ、生まれたてのダンジョンを見つけたら・・・」とミーシャが遠くへ行くことを提案しているのを知って慌てて裏庭での訓練場所の提供を許可した。
せっかくシャオマオと月に何度が会えるチャンスを逃すところだった。
ミーシャも人が悪い。
周りの友達でもこの反応である。
勿論この訓練をするために、過保護者たちの説得には5歳から6歳過ぎまでの半年かかった。
最後まで反対していたのはもちろんユエ、と言いたいが以外にもライだった。
ライは最後までシャオマオが「戦いの場」に身を置くことに反対していた。
自分の目が届かないところで訓練をするのも反対だった。
「シャオマオちゃん。どうして自分で戦おうとするんだ?」
「だって、だって・・・」
「うん?だって?」
「にーにのいじわるぅ」
ちらりと涙の浮かんだ上目遣いで見つめてくる美少女。
「かわいい・・・じゃなくて!俺は妹の怪我を心配してるの!理由がいえないなら許可しません!」
へにょりと平行になった耳をプルプルさせながら、何かを振り払うように大きな声を出すライ。
「シャオマオが体を動かすのは悪くないと思う」
涙目のシャオマオを抱きしめて甘やかすユエ。
「じゃあ、学校でだって格闘の時間があるんだから、俺たちが監督するときにすればいいんだよ」
シャオマオは意外にも体育の成績は良い。
しかし、格闘技の成績はあまり良くない。というか、全く勝てない。
「相手にけがをさせてしまうかも」を心配しているからだが、こんな気持ちで強くなるわけがないのだ。
そんな心配をする優しいシャオマオが、何故「戦いの訓練をしたい」と言い出したのかが問題なのだ。
「シャオマオちゃん。やりたいというからには理由があるはずだよ?」
「・・・・うぃ」
「納得いってない返事なのはわかるんだけど。それがちゃんと説明できなければ、許可できないよ?」
シャオマオはしおしおとユエに抱き着いた。
「くすん」
「ライ。言いすぎだ。シャオマオが泣いている」
「俺は心配だから言ってるの!逆になんでお前は折れたんだよ」
シャオマオを高い高いしてあやすユエは、にっこりと笑った。
「戦わせなければいいんだ」
「は?」
「俺とシャオマオが離れなければいい。ずっとシャオマオと一緒にいるのだから、シャオマオが戦うことはない。しかし、戦う訓練をしていれば、引き際を知って逃げることもうまくなるかもしれない。万一に備えて身を守るすべを持っていると思えば多少シャオマオが戦いの場にいることに安心感がある」
「お前も必要ないと思ってるのに、シャオマオちゃんに気に入られようとしている!!」
びしっとユエに指を突き付けるライ。
「そうだ。俺はシャオマオに嫌われないようにふるまっている。お前が嫌われる役をやるのは分かっていたからな。俺は甘やかすんだ」
「堂々と言うことか!」
ということで、気の抜けたライが了承し、最初は自分達で監督をし、徐々に基本の動きができるようになってからは実践をすることになった。
最初はライもユエも付きっきりであったが、ミーシャが水の大精霊、リューを使って水の球を作ってシャオマオめがけて投げ、問題なければ徐々に軌道を変えるなどして難易度を上げる。
ミーシャにも、徹底的にシャオマオを守れるように訓練がされた。
そして、二人が合格できた頃に魔素が濃くなったという一報がギルドからもたらされた。
ライとユエの二人にも指名依頼がきてしまった。
ギルドに所属する限りは断れないものではあったのだが、「妖精様」という免罪符があったために二人は回避してきた。それを補ってくれていたのは周りの上位冒険者だ。
その周りの冒険者たちも忙しく、猫の手も借りたいといったくらいの様子になった頃、シャオマオは「二人に冒険者に戻ってほしい」とお願いしてみた。
「シャオマオちゃん。本当に大丈夫?ユエも俺も家にいられなくなる。一人でお留守番できる?さみしくないかい?」
ライはシャオマオの頬を撫でながら優しく尋ねる。
「大丈夫よ。みんな頑張るんだから、シャオマオだって頑張るの。そのかわり、お仕事が終わったら早く帰ってきてね」
「勿論だよ、シャオマオ」
こうしてやっと、ライとユエは本来の冒険者に戻れたのだ。




