最後への階段 1
何度か年跨ぎの日がやってきて、シャオマオはあっという間に8歳になった。
ユエが大喜びで毎日手入れしてくれている髪は、腰に届くかというくらいに伸びて艶々と輝いている。
シャオマオは成長するかと心配していたが、身長もやっぱり緩やかではあるがちゃんと伸びた。
すんなりした手足は子鹿のよう。まだ体つきはほっそりとしていて小柄で儚い印象だ。
可愛い中に美しいの要素が混じってきて、これからの将来を想像するのが楽しみな容姿である。
学校の成績は上位に食い込んでいるが、まだユエと離れて寝ることができないでいた。
食事はユエの膝の上で食べさせてもらうには大きくなったので、隣の席ではあるが食べさせあいっこをするのも変わってない。
これらに関してはライが諦めたのでもう文句を言う人がいない。
人族の中に妖精様が住んでいることも町の住民はすっかり受け入れている。
住民とも積極的にかかわっているので以前のように遠巻きにされたり腫れ物に触るような扱いはない。
すべての種族の里に招かれて順番に旅行もして、星のいろんな場所で遊びまわった。
どんな種族とも友達になった。
シャオマオはどんなことでも積極的にやった。
思い出を作るようになんにでもチャレンジして、積極的にいろんな人とかかわった。
そんなシャオマオに忠誠を誓う大人も多く、シャオマオはこの星の愛し子としてあらゆるものから愛されている。
「ユエ」
「うん」
「最近、お仕事大変だね」
「寂しい?」
シャオマオはフルフルと微かに頭を振った。
「お仕事だもん。シャオマオは学校。ユエは冒険者。みんなそれぞれやることがあるもんね」
「シャオマオ。俺が本当にやりたいことは君と一緒にいることだよ」
「シャオマオのわがままで、ユエにお仕事お願いしてごめんね」
「シャオマオが謝ることではないよ。仕事を受けることも上位冒険者としてやらなければならないことだから」
シャオマオは半獣人姿のユエと屋敷の屋根で隣り合って座って星を見ていた。
今日は満天の星空。
空気は澄んでいて、ひんやりした温度はシャオマオの好みだ。
ユエはマントをかけてシャオマオを温めているが、自分の毛皮でも温めてあげたいと思ったのだ。
首にはマフラーのようにユエのしっぽが巻き付いている。
シャオマオが6歳になった時に、ユエとライは徐々に仕事を再開することに決めた。
冒険者の指名依頼を中心に、上位冒険者でなければこなせない難易度の依頼を。
いままでは、「妖精様から離れられない」と言って指名依頼が入らないようにしていたのだが、どうやらそうもいっていられないような状況なのらしい。
シャオマオが6歳の間、格闘技の訓練やら自分の体を自在に動かくす訓練をミーシャや双子たちに頼んでしていたおかげで妖精の力を使えるようになって、自衛できるようになったこと。
町にもなじみ、監視の目があちこちで光るようになったこと。
それらのことと、ギルドの現状を知ったシャオマオの希望で二人は冒険者に復帰した。
サリフェルシェリが一人学校の先生を続けているのでユエは最後まで悔しそうにしていたが、今は仕事に行ってストレスを発散しているようだ。すっきりとした顔で帰ってくる。
「ユエ。シャオマオのわがままきいてほしいの」
「もちろん。教えて」
シャオマオを勇気づけるように、話しやすいように、柔らかく促したユエはシャオマオの手を握る。
「シャオマオとユエのゲルで一週間でいいの。二人っきりで過ごせないかな?」
「シャオマオ?もちろん叶えるよ?一週間でいいの?」
簡単なことだ。
どちらかといえばユエにはご褒美の提案である。なぜそんなに思いつめた顔をしているのだろうか。
「ユエ。あのね。シャオマオにはやっぱりあのゲルが、一番の思い出なの」
「うん」
「最初にこの星に来て、目が覚めて、きれいなユエに出会えたあそこが、シャオマオやっぱり一番好きなの」
「うん。わかるよ」
「シャオマオね、いろんなこと、忘れたくない」
「シャオマオがいま、泣きそうな顔をしている理由が知りたいな」
少し待ってみたが、理由は教えてくれそうにない。
シャオマオは涙をためている瞳をユエに見えないように俯いていたが、そんなことでごまかされるユエではないのだ。
「シャオマオ。俺はシャオマオにとってそんなに頼りないの?」
「そんなことない!」
「じゃあ、理由を教えてくれる?」
「・・・・・・・・」
「忘れたくないって、どうしたの?シャオマオとのこと、全部覚えてるよ。シャオマオが忘れてても全部俺が覚えてるから何度でも話して聞かせてあげるよ?」
大きなタオの実色の瞳からこぼれた涙を、指の腹で優しく吸い取ってあげる。
「ダメなの。シャオマオの中にないと、だめなの」
「シャオマオの中?」
「・・・・うん」
ホロホロと涙が宝石のように落ちてくる。
「わかった。シャオマオは俺との思い出を作るためにゲルに行きたいんだね」
「そうなの・・・」
「嬉しいよ、シャオマオ。思い出は一週間でいいの?」
「うん・・・」
「シャオマオ。俺にシャオマオの願いをかなえるチャンスをくれてありがとう。もちろん叶えるよ」
「ありがとう、ユエ」
「こちらこそ」
二人はきゅうっと抱き合った。
シャオマオが話さないと決めたのなら、それでもいい。
すべて共有したいと思っていたが、無理ならばシャオマオの願いを全力で叶えるだけだ。
ユエは自分の体に抱き着くシャオマオの温かさと柔らかい香りを堪能した。
早速明日にでも出発しようかと思っていたのだが、しばらくユエとライに泊まりのダンジョン潜入の依頼が入っていることを知っていたシャオマオに先に止められてしまった。
何の心配もなく、二人の予定がきちんと取れるときにゆっくりと行きたいのだそうだ。
逆にユエはシャオマオの思い出作りが喫緊の予定ではないことを知って安心した。
「シャオマオ。君との思い出は全部全部俺が覚えているよ。俺を頼ってくれ。シャオマオの中に思い出が残るように俺も頑張るからね。シャオマオが誰かに相談したくなったときは俺に頼ってね」
「ありがと、ユエ」
「どういたしまして」
「シャオマオ」
「来たの?」
「うむ。今日もすまんな」
「ううん。いいの」
シャオマオは気が付いたらただの広い何もない空間に立っていた。
いつかのあの空間だ。
光は薄く光っているだけで、以前のように何もかをも照らしたりはしていない。
別の星で魂を集めていた銀狼はすっかり形を取り戻して、シャオマオと話せるまでになった。
しかし、多くを金狼にとられてしまったままだ。
一番大きな魂の塊であるシャオマオとの交流でしか、自分の存在を主張できないのだという。
「シャオマオ。時が近い」
「うん。毎日魔素が濃くなってるのわかる。魔物が暴れる事件が多くなってるし、ダンジョンが生まれるのが去年よりも多いんだって」
魔物の発生率、ダンジョンの誕生は、右肩上がりに伸びている。
魔素が濃くなっている証拠なのだ。
そのせいでライもユエも冒険者に戻ることになった。
それでも人に影響が出ていないのは、シャオマオのお陰だ。
シャオマオが魔素を浄化しているからだ。
シャオマオは何もない空間に座るような姿勢を見せたら、銀狼が椅子を用意してくれた。
何もない場所なのに座ることができる。
本当に不思議な空間だ。
シャオマオが魔素をこれまでと同じように、まだ誰にも気づかれないように浄化することは可能であったが、銀狼には徐々に人が受け入れるように、受け入れやすいように「少しずつ魔素が多くなっている」ことを隠さないようにと言われてその通りにした。
それでも人に影響が出そうなときはシャオマオの出番だ。
浄化の能力を高めて星の魔素のバランスを取った。
そのおかげでたくさんの場所に旅に出ることが出来た。
沢山のそこに住んでいる、生きている人を見て自分が守らないと、と気持ちを新たにした。
「シャオマオ。お前にはたくさんの苦労をかける。生まれ変わってまで―」
「ううん。シャオマオったら、愛のお話が大好きなの。そこは変わってない。シャオマオ、とっても楽しみなのよ。二人がそれぞれの愛をどうするのか」
にっこりと笑って見せると、思いつめたような表情をしていた銀狼は、少し驚いた表情をして、ふうっとため息をついた。
「シャオマオ。お前にはかなわない。妖精だから、星の愛し子だから・・・いや、シャオマオだからだ。シャオマオというお前には、この星の愛の形がすべて詰まっているんだろうな」
いつの間にか、座っているシャオマオの目の前に、銀狼が立っていた。
頭にそっと置かれた手が、頬を滑り、ちょっとつまんで触り心地を試した後に、背中に回り、シャオマオを抱きしめた。
クリー二の木の実の香り。
恋人に捧げる果実の香り。
ユエと同じでも、少し違う香り。
「ありがとう。シャオマオ。これからお前には辛い選択をたくさん強いるかもしれないが、もうすぐなんだ。銀と金を助けてくれ」
「銀狼様。金狼様との愛を見届けさせてね。この星のことはシャオマオが守るから」
きゅうっと銀狼の体を抱きしめたところで目が覚めた。
「今日のシャオマオは積極的だね」
「・・・むう?ユエ?」
「シャオマオから抱き着いてくれるなんて、幸せだ。もう少し寝ていようか」
ちゅっちゅと頭頂部にユエの唇が当たる。
心地よい。
心地よい眠り。
心地よいユエの声の振動。
心地よい香り。
「ユエ。大好き」
「ありがとう。俺も桃花を愛してる」
久しぶりに聞く自分の真名。
愛おしい。
シャオマオは今ここにある愛をかみしめながら、二度寝のために瞳を閉じた。




