うるさい時は口をふさぐ(物理的に)
ビヨビヨ
ちゅんちゅん
ピョロロロロー
ぺっぽーぺっぽー
ありとあらゆる鳥の鳴き声が遠く足元から聞こえてくる。
妖精様万歳と喜んでくれているようだが、基本的には好き勝手鳴いてる。
妖精のことが鳥も好きなんだな、と雲に近い崖の上で足をぶらぶらさせながらユエはぼんやり考えた。
「妖精様可愛いね」
「妖精様って小さいんだね」
「よーせーたま、ここまでとんできた?」
「妖精様は何して遊ぶのが好きなの?」
「お歌うたおうよ」
「かくれんぼしたい」
「おやつこれもう食べていい?」
「はねないの?じゃああげるね」
これがほぼ同時にわあわあと集まった子供達から発せられる。
妖精様、妖精様とみんながワクワクした顔で見てくるが、エルフ族の時にも超絶美形が集まって「エルフのほうが妖精みたい」と思っていたが、鳥族もくるりとした瞳が特徴的で、羽が生えていて整った顔立ち。まるで絵画の世界の天使である。
その天使たちが今はワーワーピーピーとシャオマオを取り囲んで、自分の一番きれいな羽根をプレゼントしまくっている。
シャオマオの頭は羽根まみれだ。
集会場についたと思った途端に子供たちに囲まれてしまった。
ここにいるうちの17人のちびっ子たちはみんな里長の孫らしく、他の種族で言うところの年少組なのだという。
鳥族の言う「年少組」は「まだ飛べない組」だ。
飛べるものは早々に独立を促されるので、仕事を持っている。
でも大人もほとんどが里に戻ってくるところだという。
そう。みんな大好き妖精様が里に来て遊んでくれるというのだ。集まらないわけがない。
「妖精様。もっと雑に扱っても大丈夫だ」
「あ、ジェッズ」
「そうそう。黙らせたいときはおやつを口に入れればいいんですよ」
「サラサー」
二人が現れて、シャオマオがライに作ってもらって持ってきたおやつをちびっ子たちの口に放り込んでいく。
口に入れてもらった子は黙り、これからもらおうとする子は口を開けて待機だ。
今回はヌガータイプの一口チョコである。
食べるのに時間がかかるので、子供たちは口に入れてもらった瞬間から黙って食べることに集中する。
「食べるのとしゃべるのを同時にできないんだ」
「おいしいと余計に黙っちゃいます」
ジェッズとサラサは美味しさのあまり目を見開いてむぐむぐチョコを堪能している子供たちを見て、にこにこしている。
二人はよくちびっこたちの飛行訓練をするために世話をするのらしい。
自分達も雑に育てられてきたため、子供たちは基本的におおざっぱな扱いだ。
鳥族はそれくらいでも気にするものはない。気にしていてはやっていられないのだ。
「さあ。子供たちは大人しくなりました。今のうちに長老に会ってあげてください」
「うん!ご挨拶するね」
サラサとジェッズに手をつないでもらって長老の部屋に案内してもらうと、扉を開いた瞬間、地面に体を投げ出している小柄な老人が見えた。
「きゃ!」
シャオマオは老人が倒れているのかと思って悲鳴を上げた。
ユエはシャオマオに何かあったのかと思って、さっと後ろからシャオマオを抱き上げた。
よく見ると老人は体をまっすぐにしており、手足もぴんと伸ばしている。倒れたにしては不自然だ。
「・・・今代の妖精様におかれましてはー」
老人はそのまま話し始めた。
「『五体投地』かな・・・?まっしゅぐ・・・」
「ゴライ?」
鳥族にとって、地面に足をつけていることはあまり自然なことではない。
他種族のように、足を折り曲げて座るというのもあまり好ましいとは思われない。
地面に体を横たえるのは死んだとき。
そんな価値観だからこそ、逆にそれをやることは相手に敬意を払っていることになる。そして、自分の翼を晒して地面にうつぶせて寝るポーズこそ、相手に対しての最大の信頼を表現できるとして鳥族が行う礼儀作法のひとつだ。
「わたくしは鳥族の長のカナンと申します」
「カナンじーじ。お願いもう起きて」
五体投地で話されたら、カナンの少し貧しくなった後頭部しかみえない。
シャオマオはユエの腕の中からオロオロとカナンの後頭部に向かって声をかけた。
「まだ挨拶が終わっておらず―」
「いいのいいの。もうびっくりして何も頭に入ってこないの」
「わかりました」
シャキッと起き上がったカナンは、ぎょろぎょろとした大きな瞳でシャオマオを捕えると、瞳いっぱいに涙をためた。
「ああ、なんて美しい。なんて完成度だ。どんな芸術家でもこの美を表現できない・・・」
ホロホロ泣いては袖で涙をぬぐうカナン。
「そうなんだ。シャオマオは美しい。この星が丹精込めて作った美の頂点でー」
その話に乗っかるユエ。
もうややこしくなるからやめてほしいとユエの口を塞ごうとした手をぺろりと舐められて悲鳴を上げるシャオマオ。
「鳥族だな・・・」
と当たり前のことに唖然とするライ。
部屋の中はまたも騒然となりかけたが、マイペースな鳥族だ。あまり気にしていない。
「よかったですねー、カナン老」
あやすようにサラサが声をかけながら、うんうん頷くカナンの涙を手巾で拭いてあげていた。
「妖精様、こちらにおかけくださいませ」
「はぁい」
カナンがゆったりとリビングの応接セットを指さすと、シャオマオがカナンの手を取って手をつないだ。
それだけで老人の顔がツヤを増してピカピカとし始めた。
「なんと暖かなことか・・・」
カナンの賛辞がまた始まりそうだったので、シャオマオはポケットに入っていたクッキーをカナンの口に押し込んだ。
「むぐ!むぐむぐ。むぐ」
「よかったですねーカナン老」
黙ってむぐむぐしているカナンにあやすように声掛けして、サラサがさっと抱き上げたカナンを椅子に座らせた。
カナンはずいぶんと小柄なので、女性のサラサでも簡単に運んでしまえるのだ。
カナンはジェッズが準備してくれたお茶で口の中をさっぱりとさせてから、シャオマオに向き直った。
「妖精様が里に来てくださるなんて、もう、興奮してしまって。いやはや申し訳ございませんでした。驚かせてしまったようで」
カナンは貧しくなった後頭部を、ぱちんと叩いて笑った。
「ううん。シャオマオも子供たちに『遊びに来て』ってお手紙もらったの嬉しかったの」
「おお。子供たちも良いことをしてくれた」
ほっほっほ、と鷹揚に笑うカナン。
「改めまして、鳥族里長のカナンと申します。妖精様」
「シャオマオはね、シャオマオなの。妖精様じゃなくてシャオマオって呼んでほしいのん」
「わかりました。妖精様ではなくてシャオマオ様と呼びますね」
シャオマオとカナンが挨拶をしたところで窓からニーカがやってきた。
「妖精様!お昼ご飯をみんなで食べよう!」
「ニーカ!何故玄関から入ってこないんだ!」
「なんでって?いつもやってるだろ?」
「今日は妖精様、シャオマオ様がいらっしゃるのにそんな、鳥族の奔放なところを見られたら・・・」
「心配するな。いつも見ている」
続いて窓からやってきたチェキータも話に加わる。
「鳥族は妖精様の家に荷物を届けるとき、窓から出入りをしている」
「玄関から入るのなんて、ミーシャだけじゃないか?」
「そうだな。あの子は回り道することを知っているから」
うんうんと二人で納得する夫婦。
わなわなと震えるカナン。
「お前たち!妖精様に配慮せずにどこで配慮するんだ!!」
くわっと怒ったカナンに、シャオマオがびっくりしてしまった。
今まで青年たちもシャオマオの自宅に遊びに行っているのは知っていた。
招待されてなくても遊びに行けば受け入れてくれて、バーベキューや食事をふるまってくれることを知っている。新しい年にも挨拶に行ったことを知っている。
何度自分も無理を押して行こうかと思ったことか。
しかし、鳥族の最大の難点「自由人」をそこまで全開で出しているとは思いもよらなかったのだ。
「まあ、まあ、カナン老。お気になさらず。シャオマオ様は自由が好きなんです。自由にふるまう人も好きです。自分を普通の人のように扱ってくれる人のことも好きですよ」
サリフェルシェリがフォローすると、慌ててシャオマオを見るカナン。
「鳥族は自由よ。空の子供。シャオマオはシャオマオに普通にしてくれるのがいいの。里の人たちいつもと同じでいいの」
にこりと笑うシャオマオに、目に涙をためるカナン。
「空の子供・・・・・・。物語と同じじゃあ~」
うるうるとしていると、またサラサに「よかったですねぇ」と肩をさすられていた。
空は魔素が一番少ない場所だ。
なんといっても風の精霊に守られて、魔素はたまらず流れていく。
妖精様との思い出は、純粋に空を一緒に飛んだことである。
そして、空の子供と言って、鳥族が空に愛されていること。空を愛し、風と同じく自由を愛すること。自分たちは縛られてはいけないということを教わったのだそうだ。
まさか妖精様が「風のように自由に生きろ」といったからこんなに自由にふるまうのかと、シャオマオはびっくりした。
「妖精がいったからじゃないさ。元々大昔から鳥族は変わらず鳥族だ」
「そうそう。鳥族は自由奔放で大昔から人の話を聞かない」
「そうですねぇ。性質と言えば性質ですね。気にしなくていいですよ」
「妖精様に言われなくても元から自由だったんだよ、俺たちは」
ユエとライの会話に、サラサもジェッズもそうだそうだと同調して、はっはっはと笑っていた。
もし自由なのが妖精のせいだとしたら、玄関から出入りしろと言えばそうなるのかとちょっとだけ考えたシャオマオだったが、自分が言っても変わらないだろうなとも思ったのであった。




