お手紙が来た!
鳥族の長はまだ飛べる。相当な老人ではあるが、ゆっくりならまだ飛べるのである。
そして、里に住んでいるおしゃべりな鳥族の話を全て集約しているという。
「・・・・・妖精様・・・ううう・・・」
ホロホロと涙を流す鳥族の長。
「また泣いてるよ」
「じいちゃん泣き虫」
「しょうがないよ。妖精様のこと大好きだもん」
17人いる孫がみんな、外を見て泣き始めた祖父の背中を見てひそひそ話す。
「妖精様はずるいんだー。エルフの大森林には行ったのに、鳥族の里には来てくれないんだよ?」
「おい!シーだ!シー!」
「シー?」
「妖精様の悪口をいうな!」
「妖精様は自由だもん。鳥族の里に遊びに来ないのも自由なんだって」
「でもやっぱり遊びには来てほしいよ」
「俺も妖精様見てみたい!」
「あたしも!」
「すっごくかわいいんだって!」
長の家には飛べるように訓練中の孫たちをはじめ、多くの子供たちが遊びに来ている。
みんな口々に妖精様の話をしている。
「ニーカとチェキータは妖精様と何回も飛んだことがあるって言ってた!」
「ええー!?」
「ずるいずるい!」
子どもたちのことを交代で見ている大人がやって来て、手に持った大皿から子供たちにおやつを配る。
「はいはい。お前たちも飛べるようになったら会いに行けばいいだろう?」
「ジェッズ!」
「ほら。口開けろ」
子どもが開けた口にどんどん肉饅頭を咥えさせる。
「ジェッズってば自分は妖精様と遊んだことがあるからって」
「そうだな。俺はもう空も飛べるし独り立ちしてるからな」
「妖精様はとてもやさしいですよ。みんなが遊んでほしいと言えば遊んでくれるはずですから、早く飛べるように頑張りましょうね」
「はぁ~い」
子どもたちは肉饅頭をむぐむぐと食べながら返事する。
「本当は自分たちが遊びに行くより、里に来てほしいんだよ・・・」
「そうだよ。祖父ちゃんもうあんまり長く飛べないんだもん」
「妖精様が遊びに来てくれた方がいいよね!」
「里で遊びたいよ。俺たちの家に来てほしい!」
「じゃあ、手紙書いてみたらどうかな?」
「おてがみ?」
「そうだよ。遊びに来るように誘えばいいじゃん」
基本的に、鳥族の教育方針は「はやく飛べるようになれ」が第一優先である。
勉強は二の次三の次。
ミーシャのように他種族とのコミュニケーションが取れて、生活をあわせることができ、勉強までできるというのが珍しい。
思ったことは即行動。思ったことは精査する前にしゃべってしまう。楽しいことを優先し、遊び好きで難しいことを考えるのも苦手だ。
しかし、素直でかわいらしく、裏表のない性格のものが多い。嘘を考えることも面倒くさいからである。
「・・・・・チビたちなんか企んでるんじゃないだろうか?」
「あとで聞いておくわ」
ジェッズとサラサは嬉しそうな顔で飛行訓練をする子供たちを見て嫌な予感がした。
「で、これが手紙ね」
「うにゅ。誰かわかんないのん」
シャオマオが久しぶりに人族エリアの家に帰ってきたときに、家のポストに入っていた手紙だ。
明らかに子供の字であったのでシャオマオ宛だと思って、ライから渡されたのである。
手紙にはでかでかとした字で「あそびきて」と書いてある。
とても乱れた字で、べたべたと指紋もついているし、だらりとたれたインクがそこかしこを汚しているが、「遊びに来てほしい」という気持ちはものすごく大きいのが分かる。
「誰だろ?ねえ?ユエ、これ誰だと思う?ねえねえ?」
ユエはシャオマオの質問に、完全獣体でツンとしている。
「じゃあ、ライにーにに聞いてもいい?」
「がふ」
「じゃあ、ユエが教えてくれないとわからないよ?ねえねえ、教えて?」
「ぐるう」
「じゃあ、サリーに聞いてもいい?」
「がふ」
ユエはシャオマオが持っている手から手紙を奪い取ろうとしたが、シャオマオがさっと避けた。そうしたらユエの体の重心がブレて、虎の手が思いっきり手紙を踏みつけた。
ビリビリビリ!
「あ」
事故である。
事故であったが、シャオマオはどんどんとほっぺを膨らませて真っ赤になった。
「ユエ嫌い!!」
シャオマオは瞳に涙を湛えて破れた紙を集めて自室に飛んで行ってしまった。
ばた。
ユエは倒れた。
白目をむいて。
「どうすんだコレ・・・・・」
ライの声がむなしく響いた。
夕飯の時間になってもシャオマオは自室から出てこない。
ユエは虎姿のままシャオマオの部屋のドアから半歩だけ体をずらして寝そべっている。
気絶から目を覚まして人姿でシャオマオに許しを乞うたが全く返事がないのだ。
どうしたものかと思ったが、ユエはシャオマオから離れる選択肢はないために、そばにいるしかないのだ。しょうがないので虎姿にまた戻って部屋の前で待機している。
部屋にはかぎはかかっていない。
でも許可がなければユエは入ることが出来ない。
「ユエ。私が少し話をしてみますから、静かにね」
頼みの綱のサリフェルシェリがやってきた。
サリフェルシェリは久々の里帰りだったため、ユエとシャオマオに先に帰ってもらって、里での仕事をいくつか片づけてから帰ってきたのだ。
ライに事情を聞いたので、荷解きもせずすぐに駆け付けたようでまだ旅装束だった。
「シャオマオ様。サリーですよ。ただいま戻りました。お話ししましょう?」
ドアをノックしてしばらく待つと、むぐむぐとくぐもった声が聞こえてきた。
サリフェルシェリは扉を開けてさっと中に入った。
ユエは人姿であったら唇から血がにじむほど悔しがったと思う。
少しの隙間からでもシャオマオのタオの実の香りが漂ってくる部屋だ。
いくらサリフェルシェリだとはいえ、自分が入ることを拒まれているのに入る者がいるのなんて許せるものではない。
しかし、自分は「嫌い」と言われて返事もしてもらえないのだ。
もう頭が混乱して、いったい何をしていいのかもわからない。
「シャオマオ様?」
真っ暗な部屋の中で、布団がこんもりしているところに声をかける。
「シャオマオ様。大丈夫ですか?」
「さ、さり~~」
目からほとほと涙を流してシャオマオがサリフェルシェリにタックルするように抱き着いてきた。
「ど、ど、どうしよう~~~。ユエに嫌いって言っちゃったの~~」
「嫌いになったわけではないのですね?」
「うん。嫌いじゃない。あの時はイジワルするユエが、ちょっと嫌だったの。でも、手紙破いちゃったのもどうしていいのかわかんなくて・・・・。うわ~ん」
「大丈夫ですよ。謝って嫌いじゃないって言ってあげるとよいですよ」
「ユエが許してくれなかったらどうしよう・・・」
「シャオマオ様。ただのケンカですよ。大丈夫。普通のお友達でもケンカをします。すぐみんな、自分の行いにいけないところを見つけたら謝るんです。そうして仲直りします。それがお友達です」
「ユエも、シャオマオがいけなかったって言ったら許してくれるかな?」
「もちろんです」
シャオマオはサリフェルシェリの笑顔を見て、少し心が安定してきた。
「うん。じゃあ、シャオマオったらユエにごめんなさいっていうね!」
シャオマオがふん!と鼻息荒く立ち上がると、部屋のドアが乱暴に開けられた。
「ユエ!」
「ぐおおおおおおん!!」
「ユエ!シャオマオが悪かったの!!嫌いって言ってごめんなさい!嘘よ!大好きよ!!」
「ぐあうううううううう!」
抱き合う二人。
感動的であるが、サリフェルシェリは一生懸命にしわを伸ばされた手紙をくっつけてみて、首をひねった。
「シャオマオ様、結局これは誰から来た手紙かわかったのですか?」
「ううん。ユエに聞いても教えてくれないの・・・」
「・・・ユエ。貴方匂いですぐにわかったんじゃないですか?」
「ぐふ」
ユエはそっぽを向く。
「これはまた、嫉妬に狂った虎のせいでこんなことになったのなら、シャオマオ様は悪くないのでは・・・」
サリフェルシェリは頭を抱えた。
「で、結局これ、鳥族なんだろ?」
「そうですね。鳥族が好んで使うインクが使われてますし」
ライは手紙をすんすんと嗅いで、鳥族の匂いしかしないことを確認した。
子どもっぽい匂いと、肉饅頭の匂い。おやつかな?
「鳥族・・・。遊びに来てって子供たちが言ってくれてるのかな?」
「手紙を書いたのは鳥族の子供でしょうが、遊びに来てほしいのは大人も子供も同じだよ」
にこにこと笑うライ。
「そうですね。恐らくエルフの大森林に妖精様が遊びに来たという情報が回ってしまったんでしょうね」
ふむ、と考えるサリフェルシェリ。
「ご招待されたなら、いかなきゃ~」
エルフの大森林からもらってきたスーイーの肉をほふほふと食べて、シャオマオはにこにこという。
「ダメだよ。鳥族の里は高いところにあるからね」
シャオマオの口の大きさに合うように、スーイーの肉を切り分けながらユエがいう。
「どうして?シャオマオったら飛べるのよ?」
「俺たちは鳥族の里に入るのに人の手を借りなければならない」
「じゃあ、シャオマオが飛んで連れて行ってあげる」
「そうだよ、その手があったじゃん。鳥族に担いでもらわなくても、シャオマオちゃんに連れて行ってもらったらいいんだよ」
「ミーシャもいますしね。大精霊に乗せてもらったらシャオマオ様の負担がありませんよ」
「そっかそっか!鳥族の里、一回行ってみたかったんだよなぁ!」
ユエ以外の全員の賛成で、今度は鳥族の里に行くことになったのである。




