マリユルウェルの言葉
子どもたちとの遊びもひと段落した時、エルフ族の男女がシャオマオを迎えに来た。
今回はエルフ族の伝統衣装を用意しているらしく、シャオマオとユエにも着てほしいということで世話人がやって来てくれたのだった。
集会場に飾られている伝統衣装はなかなかに豪勢で、まるでお姫様のようだ。
「シャオマオったらこんな素敵なドレス着ていいのかしら・・・」
「ぜひ。妖精様に着ていただくために準備いたしましたので」
世話人のお姉さんがにこにことドレスを興奮して真っ赤になったシャオマオに当ててくれる。
「顔映りがいいですね。この色にしてよかった」
白にもみえるドレスは実はよく見ると薄緑色に輝いているシルクのような素材で、つやつやの生地の中にもよくよく見ればチカチカと光を反射するような銀糸がところどころに織り込まれている。
それが派手過ぎず、上品に輝いて何重にも重なった布地に軽さを出している。
「では、妖精様、着替えましょう」
「はい」
シャオマオは手伝ってもらいながらドレスを着て、髪をまとめてもらい、可愛いティアラのような頭飾りもつけてもらった。
「お化粧をしましょう。蝶の柄を描きます」
「お顔に?」
「祭りで子供に描く伝統の柄なんですよ。こんな感じです」
世話人のお姉さんは化粧の下書きを持ってきてくれていた。
「かわいい!」
海外のテーマパークで子供が顔に描いてもらうフェイスペイントだ!!とシャオマオは内心うずうずした。
「妖精様を表す蝶の文様はいつもは妖精祭りの日に子供たちが簡易な文様ををほっぺたに描くんですけどね」
「シャオマオ、これ、描いて欲しい!」
「はい。もちろんです」
世話人のお姉さんに言われるがまま目を閉じて、筆のくすぐったさに耐えていると思ったよりも早く出来上がった。
「さあ、鏡をどうぞ」
「ひゃああー!」
目を彩るように広げられた蝶の羽が4色の絵の具で見事に表現されている。
「かわいい・・・すてき」
渡された手鏡を持って、自分の顔を見ながら可愛いかわいいとつぶやくシャオマオが可愛くて、世話人のお姉さんはくすくす笑ってしまった。
「シャオマオ。準備できたかな?」
「ユエ!できたの!かわいいの!」
シャオマオの部屋をノックするユエの声に返事をしたら、ドアがすぐ開けられた。
「シャオマオ!」
「ユエ・・・・」
ユエは走ってシャオマオを抱き上げた。
「なんて美しいんだ。俺の番。俺の片割れ。いつにもまして神秘的だよ」
「ユエも、伝統衣装似合ってる。とってもかっこいいよ」
照れて真っ赤になるシャオマオを見て、ユエはシャオマオを喜ばせることが出来たから、面倒でも着替えてよかったと思えた。
「これはエルフ族の文様だね」
「ユエ、物知りね」
シャオマオの目じりの文様を見つめてユエがにっこり笑う。
「うん。サリフェルシェリが持っているエルフ族のお守りにこの文様が描かれていて、昔教えてもらったんだ。幸運を呼び込む文様なんだって」
「幸運。じゃあシャオマオと一緒に居たらユエったらいっぱい幸運になるね!」
「・・・シャオマオ!」
きゅっと抱きしめられて、シャオマオはきゃあと喜んだ。
「誰にも見せたくない。もうどこかに閉じ込めて二人でいたい。それが俺の幸せだ」
「これこれ。ユエ。もう歓迎の宴が始まりますよ。急ぎなさい。シャオマオ様、本当にかわいらしいですよ。みんなに見てもらいましょうね」
「はあい」
遅れて着替え終わったサリフェルシェリのストップが入って二人は会場に向かった。
宴の会場になっている場所からは異国情緒あふれる楽器の音色が流れてきている。
「わあ。楽しそうな音楽」
「エルフ族は音楽や踊りや歌が大好きなんですよ」
「ステキね!」
きゃあきゃあと喜んでいるシャオマオはドレスを引きずって汚さないようにユエの腕抱っこで移動している。
「シャオマオ!」
「あ!エル!アリちゃんも!」
「シャオマオきれいだな!あとで年少組が歌うんだ!ちゃんと聴いてくれよ」
「ありがとう!エルたちもきれいよ!後でね!」
シャオマオたちが会場に向かうのを見守っている大人たちの後ろから、年少組が声をかけてくれた。
年少組も着替えをしてみんなお揃いのドレスでドレスアップしている。
顔のフェイスペイントもお揃いで、みんな小さな妖精の文様をほっぺたに描いてもらっていてかわいい。
「シャオマオったらみんなのおうた聴くの楽しみよ!」
ワクワクした様子でシャオマオは会場に入った。
不思議な異国の音楽が流れる中、みんなが賑やかに話している。
舞台の上ではシャオマオがエルフの大森林に来たことに対する感謝の気持ちを歌や踊りで表現してくれている。
「シャオマオ様。どうですか?楽しんでいますか?」
「うん!楽しいよ!」
「シャオマオ様!お料理はどうですか?お口に合いますか?」
「うん!おいひい!」
「妖精様、ジュースのお代わりはいかがですか?」
「うん!飲む!ありがとう」
「妖精様!歌を歌ってみませんか?」
「うん!え?うた!?」
シャオマオが返事をしてしまってからすぐに「わあ!」と歓声が上がってしまった。
「さ、サリー!シャオマオお歌うまくない・・・」
「いいのですよ。年少組の子供たちも歌いますから。上手くなくても大丈夫ですよ」
「サリフェルシェリ!あまりシャオマオを緊張させるな。震えている・・・!」
カタカタと震えるシャオマオを抱きしめるが、震えが収まらない。
「シャオマオ。嫌なら歌わなくていい」
「でででででも、みんな歓迎してくれてるから・・・いっきょくだけ・・・・がんばる」
シャオマオは少し高くなっている舞台に立って、前の星で好きだった歌を一曲歌った。
よく口ずさんでいた曲だったから伴奏がなくても平気だったが、リュートのような楽器を持った楽師が途中から伴奏をつけてくれた。
こちらの歌詞に翻訳する時間がないので、そのまんまの歌詞だったが、シャオマオが歌い出したとたんにわっと精霊たちが集まった。
何故かシャオマオの魔法は元の言葉の方がよく通る。
精霊たちが力を増して普段は見えない属性の精霊までまで見えるようになったりと、エルフ族は喜びと驚きで大騒ぎだ。
チカチカと空気に光が走り、風は甘くなり、空では星が急に流れた。
みんなのコップに注がれた酒はまるで特級品のようにのど越しが柔らかくなり、子供たちのジュースは炭酸が強くなってしゅわしゅわとはじける。
「はあ。妖精様の歌声は心地よい・・・」
「マリユルウェル様」
介助を受けながらマリユルウェルが家から出てきた。
妖精の歌も、伴奏も、みんなが躍る姿も見ていて楽しい。
これは本当に心の靄が晴れるような光景だ。
なんの心配もない。
こんなに心が明るく踊る。
ああ、命尽きるのはこの瞬間がいい。
マリユルウェルはにこにこと、ワインを舐めるように少しだけ飲んで見せた。
マリユルウェルが星に帰ったのはそれから3日後であった。
穏やかに、みんながマリユルウェルに「いってらっしゃい」の挨拶をすることができた。
森のユニコーンたちも挨拶に来た。
まるで最期の別れというよりは、旅に出る人の見送りなのだ。
みんなが楽しそうにしている。
シャオマオが挨拶をした時には少し目を開けて、話すことが出来た。
「妖精様。私は星からあなたを見守ります。自由に。すべて思うがままに行動してください。愛するものをすべて手に入れて、手放さないでください」
小さな声でこれだけはと話してくれた。
「マリー。ありがとう。いってらっしゃい」
シャオマオの挨拶を契機に、マリユルウェルが契約していた大精霊が顕現し、マリユルウェルの魂を持ち去った。
大精霊たちは契約者たちが亡くなると、星に帰る手伝いをしてくれるというのだ。
肉体はシャオマオとつながったままだ。つないだ手はいつまでも柔らかく、暖かいように感じられた。
まるで眠っているだけというような表現はこういう時に使うのだろう。
穏やかな死を受け入れていた。
「シャオマオ」
「ユエ」
「強いね、シャオマオ。泣かないなんて」
ユエはシャオマオが泣いてしまうのならこのお別れの挨拶には反対だった。
ユエはシャオマオに悲しい思いをしてほしくない。
しかし、シャオマオはニコッと笑って見せた。
「マリーにはね、すぐ会えるの。この星に帰ったマリーはいつでもシャオマオと一緒。体があった時より近いのよ」
それでもシャオマオの目には涙の膜が張っている。
キラキラとしたタオの実色の瞳は、じいっとユエを見つめた。
「ユエ。ユエもずっと一緒にいて。シャオマオを一人にしないで」
「勿論。俺のすべてはシャオマオのものだよ。もう出会ってしまったんだからシャオマオが一人になることなんて絶対にないんだ」
「うん。ユエに出会えてよかったの。シャオマオったら幸せね」
「シャオマオが幸せになれたのなら、俺の役目は果たせたな。シャオマオ。愛してる。ずっと一緒に居よう。二人は絶対に離れない。どこまでも一緒だよ。星に帰ったってシャオマオとつながっていられるんだから。俺の愛。俺のすべて。俺はシャオマオのためのユエだよ」
「ありがとう、ユエ。シャオマオもユエが大好きよ」
二人は体温を分け合うように、ずっと抱きしめあっていた。
マリユルウェルの体はきれいに清拭した後、大森林にあるエルフ族の墓場に埋葬された。
墓石は真っ白で、簡単にマリユルウェルの名前が掘られているだけだ。
これで、体も魂も星に帰ったことになる。
「お疲れ様、マリユルウェル。また会いに来るね」
シャオマオは明るく笑ってエルフの大森林を後にした。




