歓迎のご挨拶
「妖精様!」
「妖精様!!」
シャオマオがユエに抱っこされて宿泊所の玄関から出てきたら、わあっと歓声が上がった。
シャオマオが出てきてくれるのを、エルフ族のみんなで待っていたようだ。
エルフ族の人たちは手に持っている籠から花びらを掴んで、シャオマオたちに撒いてくれる。
色とりどりのフラワーシャワーにシャオマオが歓声を上げる。
「ユエ、みんな歓迎してくれてるね!」
「うん。邪魔なら帰らせるよ?」
「ううん。シャオマオったらちっちゃい子としゃべってみたい」
シャオマオはこの森にやってきたときの子供の声や、ここに集まっている子供たちの様子で、喜んでもらっているのを知っている。子どものお友達を作るチャンスだ。
シャオマオがユエに降ろしてもらって地面に足をつけると、ずいぶんとシャオマオより小さい子供が籠を持って近づいてきた。
「よ、よ、よ、よ・・・」
真っ赤になった子供は横歩きのようにじりじりとシャオマオの方に近づこうとしているが、緊張して震えている。
周りの子供も大人も、固唾をのんで見守っている。
ものすごい緊張感である。
「よ、よ、よ?」
「よ、よ、よ、よう、せい、しゃま・・・」
小さな小さなつぶやきのような声で一生懸命笑おうとしているのに緊張でぷるぷると震える子供。
「これ、あの・・・・これ・・・・」
手に持った手提げ籠をぷるぷる震えながら差し出してくる。
「見てもいい?なにかな?」
「あ、あの、あの・・・」
籠にかかっている布を除けると、小さくて美味しそうなベリーがいっぱいに詰まっていた。
「わあ!ベリーだ!きれい!美味しそう!!」
「よ、よう、せいしゃまに、おくりもの、で、しゅ。こどもたち、みんなで、あつめました」
「本当に?ありがとう!嬉しい!」
シャオマオが思わず籠を差し出してくれた子供を抱きしめたら、真っ赤になった子供はそのまま全身の力が抜けて気絶してしまった。
「ユエー!ユエー!この子大変!!」
「緊張が限界を超えたんだろう」
そのあと、周りで見守っていた大人たちが慌ててやって来て気絶した子供を介抱してくれた。
「妖精様、驚かせてしまって申し訳ありません。子供たちの代表は公平にくじ引きで決めたのですが」
「思ったよりも選ばれた子が緊張してしまい・・・・」
「待ってるときは平気そうだったのにねぇ」
子どもたちも多少パニックになってしまったので、シャオマオとユエは長老が集まる集会所に改めて招待してもらった。ソファで受け取ったベリーをもぐもぐしているシャオマオに、エルフ族の長老たちが代わる代わる話しかけてくる。
やはりマリユルウェルのように最長老と言われても若く見える人もいるが、今部屋にいるのは50代くらいに見える髭の生えた男性と、目じりに笑いシワのある美しい70代くらいに見える女性だ。
成長や老化がゆったりで、見た目と実年齢があっていないエルフ族は相手の年齢を考えることを自分達もしないのだそうだ。
誰にでもフラットに接するということで、シャオマオもざっくりと「自分より大人」「自分より子供」程度に考えることにした。
「この度はエルフの大森林にお越しいただきありがとうございます。妖精様。マリユルウェルが星に帰るめでたき日に妖精様が立ち会われるなど、本当に喜ばしいことでございます」
女性の長老、フェールジェンミンが改めてきちんと挨拶をしてくれた。
「ミンちゃん。星に帰るの、いいこと?お祝いなの?」
シャオマオが近づくと、フェールジェンミンがシャオマオを抱き上げて膝の上に乗せた。
「ええ。もちろんです。私たちは肉体を持って生まれてから、命尽きるまで旅をしているのです。星に帰る日は長い旅を終えてやっと懐かしい我が家に帰るようなものです。魂の故郷へやっと帰れるのです」
フェールジェンミンはにこにこしていて、ちっとも悲しくなさそうだ。
「肉体は魂の入れ物。我々は沢山の経験をして中身の魂を磨きます。星に帰った魂は、磨かれた分だけ美しく星を輝かせるエネルギーとなります」
赤毛の髪と髭の立派なアッガザイデルも、フェールジェンミンからシャオマオを受け取って膝の上で頭を撫でる。
「胸を張って星に帰ることが出来るように魂を磨く長い旅をするのがエルフ族です。祝ってやってください」
アッガザイデルは大きな硬い手でシャオマオのほっぺたをそっとつつく。思っていたよりももちもちしているのでデレデレと喜んでしまい、つつきすぎてユエに取り返されていた。
みんながお祭りのようにマリユルウェルが星に帰る日を待っている。悲しいと言ってはいけないんだろうか。シャオマオはちょっとしか接していないけれど、あのきれいな声でエルフ族のお話を聞かせてくれたマリユルウェルにもう会えなくなると思うと悲しい。
しかし、みんなの様子を見ているうちに『今日は死ぬのにいい日だ』という言葉を思い出した。
怒りも悲しみも恨みもなく、悩み事もない。なんの心配もなく本当に平和で天気も良い。今日は死ぬのにいい日だ。というような詩がシャオマオの前の星のとある先住民族の言葉として伝わっていたはずだ。
生死感とはこんなにも国や民族によって変わるのか、と思って驚いたことを思い出した。
この星も、エルフ族の旅立ちはやっと旅を終えて家に帰るのと同じことなのだ。
「じゃあ、シャオマオも笑顔でマリーにいってらっしゃいっていうね」
「ええ。ええ。本当にマリユルウェルも喜びますよ」
フェールジェンミンがふにゃりと笑った。本当に目じりの笑いシワのかわいい人だ。
「妖精様。マリユルウェルのこともですが、エルフの大森林でもたくさん遊んでください。子供たちも妖精様と遊ぶのを楽しみにしていたんですよ」
「う。気絶・・・・・」
先程のちびちゃんの姿が思い出される。
「アイツあまりにも緊張していたからなぁ・・・」
「だから先に私たちが話しかけてから子供に任せればよかったのに。いきなりデューデリアリに行かせるからですよ」
「いや、予行練習ではうまくやってたんだよ」
アッガザイデルはフェールジェンミンに叱られて、ポリポリと頭をかいていた。
「あのちびちゃん、デューデリアリちゃん?」
「そうです!年少組の一番小さい女の子です」
「シャオマオよりおちびちゃん、あんまり見たことないの。シャオマオより年下かしら?」
「デューデリアリは3歳です」
「3歳!シャオマオより2つもちっちゃい!!やったあ!シャオマオお姉さんね!」
シャオマオはユエの腕の中からぽんと地面に降りた。
「アリちゃんのおうち行きたい。一緒に遊ぶの」
「おお、おお。デューデリアリも両親も喜ぶでしょう。ご案内しましょう」
「んーん。いいの」
シャオマオはアッガザイデルの申し出を断って、集会所の入り口までとことこ歩いて扉をいきなりバッと開ける。
「この子たちに案内してもらうの」
ニコニコ笑うシャオマオの足元に、扉に寄りかかって中をうかがおうとしていた年少組がどさどさと倒れこんできた。
「アリちゃんのおうちまで連れて行ってくれる?」
「・・・おう」
一番下敷きになっている年少組のボスが返事してくれた。
デューデリアリの家は集会所から徒歩5分の距離だ。
子どもたちのボス、エルメルフェルナはシャオマオと同じ年だったが背丈がシャオマオの頭一つ分大きい女の子で、体格もしっかりとしている。得意なのは弓で、訓練では年上の組にも負けないくらいの成績を残しているらしい。
今日は妖精様が来ているので武器の携帯が禁止されている。
シャオマオに腕前を見せることが出来ないからと不貞腐れていた。
エルフ族の年少組は学校に入るまでの子供たちで構成されていて、基本的には男の子組、女の子組とは別れずに上の子が下の子の面倒を見る方式をとっているので、全員で薬草を採取したり、狩りの勉強をするのらしい。
因みにエルフ族は猫族ほどの戦闘民族ではないが、狩猟民族ではあるので森にいる限りは狩りが主な仕事である。
この大きなエルフの大森林はうまく循環していて、捕りすぎなければ穏やかに狩りを続けられるだけの資源があるのだという。
「妖精様はスーイーの肉は好きか?」
「すーいー?」
聞いたことのない名前だ。
「知らないのか?今日の宴会でたくさん出てくるぞ。妖精様が来るからってみんなで準備して待ってたんだ」
「シャオマオ。『豚』だよ」
ユエがシャオマオにわかりやすい前の星の言葉で教えてくれる。
ユエはシャオマオと交換日記をしてから、前の星の言葉をたくさん覚えてくれてわかりやすく教えてくれるのだ。
本当のスーイーはどちらかというと家畜化された豚ではなく、野生の猪に近いのだがエルフ族はうまく調理して美味しくいただくのだ。
「シャオマオったらスーイーのお肉大好きよ!」
「そうか。だったらよかったな」
「エルメルフェルナ。よかったですねって言わなきゃ。妖精様には丁寧にしゃべりなさいってママたち言ってたよ」
ひそひそ声で話しているようで全部筒抜けの言葉に、シャオマオは「だめだめー。お友達になるんだからそのままでいいの」と注意する。
「妖精様じゃなくて、シャオマオなの。シャオマオは中央エリアで学校にも行っててね。みんなシャオマオって呼んでくれるのよ」と得意げに話す。
「ほら。シャオマオがそうしろって言うんだからいいんだよ」
ふんっと鼻で笑ってエルメルフェルナがシャオマオの肩に腕を乗せる。
「あー!あー!ずるい!エルメルフェルナ!私もシャオマオに触りたい~!」
小さい子たちもわらわらとシャオマオに集まって、きゅうと抱き着いたり手をつないだりする。
シャオマオは小さい子にもモテモテで喜んだ。




