マリユルウェルは妖精博士
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シャオマオはエルフ族の短い昔話を聞きながら、マリユルウェルの膝の上で段々と力が抜けていって今はくにゃりと脱力してしまっている。
「あらあら、眠ってしまわれましたか?」
「ああ、本当だ。さっきよりもふにゃふにゃだね!」
サリフェルシェリの言葉に、自分の小脇にスポッと収まってしまったかわいいシャオマオを撫でるマリユルウェル。
ユエはマリユルウェルに近づいて、さっとシャオマオを奪って匂いを付け直しながらぐるぐると喉を鳴らす。
「シャオマオが泊る場所は?ベットに寝かせてやりたい」
「それなら村の宿泊所があるんだ。そこに泊まるのが一番いいと思うよ」
シャオマオが誰かのうちに泊まると聞いたら、みんな自分の家にも来てほしいと強請るかもしれない。
提案された宿泊所は村に招待された外の人を泊めるための小屋で、ここからすぐ近くだという。
マリユルウェルに言われたシュナヴエルが案内と、部屋の説明をしてくれるというのでユエは素直にシャオマオを抱いてあとをついていった。
「あの虎君は片割れの妖精様をひと時も離したくないんだねぇ」
「そうですね。まあ、片割れであると同時に番認定してしまったので」
「ん?番?妖精様だが?」
「そうなんですが、一目見た時から番だと感じたようです」
「それはまた、難儀だねぇ」
かっかっかっと楽しそうに笑うマリユルウェル。
マリユルウェルはエルフ族の中では一番妖精に詳しい。
「妖精研究の第一人者」と呼ばれ、若い時には妖精の痕跡を求めてありとあらゆる場所を旅していたし、妖精に関する文献にはほとんどマリユルウェルの名前が書かれている。
情熱を燃やしていたが、基本的には趣味の範囲だそうで仕事とは別なのらしい。
しかし、そこまで好きで追い求める妖精様を、マリユルウェルはエルフの大森林に強く招待することはしなかった。
「妖精様の気まぐれに賭けるしかないよ」といって、他の長老たちを慰めていた。
マリユルウェルの体は若く見えるし、妖精様と出会ったことで精神的にも肉体的にも充実しているようにも見えるが、体の中身は年相応で、いろんなところにガタがきてぼろぼろである。
基本的には世話を焼いてくれるシュナヴエルがいなければ歩くこともままならない。
サリフェルシェリが肩を貸して、マリユルウェルを自室のベッドまで連れていく。
「マリユルウェル。星に帰るまでの間、妖精様との出会いを楽しんでください」
「ありがたいよ、ほんとに。心臓はまともに動くようになった。肺も空気を取り込み始めた。いや、本当に妖精様とは言葉に尽くせないほど素晴らしい存在だね。聞きしに勝る」
シャオマオが家にやって来た時よりも、マリユルウェルの顔色がずいぶんといい。頬もつやつやとしている。時々バタバタ暴れる心臓が穏やかで、気持ちも落ち着いてくる。
「ええ。シャオマオ様がこちらの星に帰ってきたことも、自分の生きるときにそれがおこったことも、ユエと出会ってくれたことも本当に素晴らしい出来事だと思っています」
ふうっとため息をつくサリフェルシェリ。
「エルフ族は今代の妖精様ともよき隣人になれるだろうか」
「もうなっておりますよ。マリユルウェル。貴方の話を聞いて、文字通り飛んできてくれた」
「嬉しいなぁ。先代の妖精様は海人族と仲が良かったからね。今代の妖精様とも仲良くなりたいよ」
うきうきした様子のマリユルウェルにサリフェルシェリも思わず笑ってしまう。
「シャオマオ様は妖精様としての役割を常に考えているようなお方です。そのシャオマオ様がマリユルウェルに甘えて膝の上で眠ってしまってたのですから、気を許していると思いますよ」
「そうだねぇ。今代の妖精様はひどく人っぽいねぇ」
少し心配しているような声色だ。
「あんまりにも周りの人のことを考えて妖精様に自由が無くなることはこの星の損失なのだよ」
「そうですね」
「うん。星の愛は気まぐれに、いろんなところに注がれるものだからね。だからあの虎君が片割れだと妖精様を引き取ってしまった時にエルフの長老たちは大反対してしまったんだよね。申し訳ないことだ」
マリユルウェルは自室のベッドに横になって、サリフェルシェリに布団を整えてもらった。
「表向きに妖精様を庇護下に置きたがったのはエルフ族が一番でしたね。水面下では鳥族も海人族も自分の領地が一番妖精様を喜ばせることができるとやりあっていましたから」
「ふふふ。猫は自然に自分のことを庇護してくれる人を見分ける。その場で一番居心地のいい場所は猫が知っているもんだよ。シャオマオ様にはたくさんの経験をして、居心地のいい場所を探してもらいたいね」
「ええ。そうですね。私もマリユルウェルの代わりにどこまでもついていくつもりですから」
「ああ。悔しいなぁ。私も妖精様と旅をしたかった。サリフェルシェリ。頼んだよ。今代の妖精様は星の運命を握ってる。迷った時には導いてやってくれ」
「はい。マリユルウェル」
マリユルウェルの瞳がうつらうつらと閉じかけているのを見て、サリフェルシェリは布団をかけ直して部屋を出た。
「先生。マリユルウェル様は?」
「眠りましたよ」
「ありがとうございます」
従者のシュナヴエルが戻って来ていたようだ。リビングでお茶を入れ直しているところだった。
「しばらく眠れていなかったのです。今日は本当に驚きました。走ったり、あんなに長く座って話をしたり・・・。妖精様のお陰ですね」
「妖精様の浄化が効くということは、やはりマリユルウェルの体の中の損傷は、高濃度魔素によるものでしょうね」
「でも、マリユルウェル様は先生の薬や治療のお陰で満足できるくらい長い時を生きました。結局は病に打ち勝ち寿命を迎えられた。妖精様に会うこともできたので、心残りはそうですね・・・多分ないと思いますよ」
「君を残していくのは心残りだと思いますよ、シュナヴエル」
ニコッと笑うサリフェルシェリに、頬を染めるシュナヴエル。
「マリユルウェルは君にも課題を出しましたか?」
「ええ。それはもうたくさん。私が何度も聞いたたくさんの妖精様の物語を本にしなければなりません」
「それはまあ・・・長い時間がかかりそうだ」
「ええ。マリユルウェル様と居た時間の倍の時間をかければ、失った悲しみが喜びになるのだそうです」
「そうですね。楽しかった時間を失った悲しみは、楽しかった時間の倍の時間をかけなければ忘れられないものだよ、とはマリユルウェルから教わった言葉でしたね」
シュナヴエルが入れてくれたお茶を飲みながら、ああ、マリユルウェルが入れてくれたお茶と同じ味だと喜ぶサリフェルシェリ。
同じ味にできるくらいに一緒にいた二人。残されたシュナヴエルが二人でいた時間を楽しく思い出せるようになるには、時間がかかるかもしれないな、と思った。
「う・・・うゆ」
「起きたのか?シャオマオ」
カーテンが閉められていて、ぼんやりと暗い部屋の中で目が覚めてみたら、シャオマオはユエのタオルでくるりと体を巻かれていて、その上からユエにぎゅうと抱きしめられていた。
どうやら匂いを付け直されていたようだ。
ユエの熟れた南国の果実の香りを胸いっぱいに吸い込んで、その甘さにとろけそうな思考を頭を振ってしっかりさせる。
「ユエ。シャオマオいっぱい寝ちゃった?マリーは?」
「半時くらいだよ。じじいも休んでるんじゃないのかな?」
「じじい?」
「マリユルウェルはじじいだろ?」
「じーじに見えないのん」
「見た目はまあエルフだし関係ないな」
「じーじにならないの?」
「エルフがどこで姿を留めるのかは遺伝的要素が大きいらしい。老けない親だと子供も老けない」
「ほえー」
「まあ一番妖精が姿を留めるらしけど」
「え?」
「え?」
二人は見つめあう。
「シャオマオ・・・・・・ずっとこのまま?」
「それはわからないな。先代の妖精なんかはずっと子供の姿のままだったらしいよ」
「そ、そんにゃ・・・・」
「どうしたの?シャオマオ?」
「シャオマオがずっと子供でもいいの!?」
プルプルと震えるシャオマオが勢いよくユエに詰め寄る。
「シャオマオはどんな姿でもシャオマオだよ?子供のままでも愛しているし、大人になってもシャオマオを愛する。男でも女でも、大人でも子供でも、俺のシャオマオだからね。離れない。ずっと愛してる」
「ユエ・・・。でもシャオマオ大人になってみたい!お仕事もしたいしいろんなところに旅に出たいしもっとお勉強してみたいし、今子供だからできないって言われてることやりたいもん!!」
ジタジタ暴れてみるシャオマオ。
「シャオマオは妖精だよ?成長したいと思ってできないことないと思うけど」
「そう、かな?」
「うん。周りの子供の成長を見て、それに倣って成長すれば、そんなに困らないと思うよ」
「わーん。ユエェ」
シャオマオががばっとユエに抱き着いた。
「かわいい。シャオマオがかわいい」
スンスン頭の匂いを嗅がれて頭頂部に口づけされる。
「俺と結婚するために大人になりたいと思ってくれてるんだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
大人になったら結婚するという話はすっかり忘れていたけれど、大人になりたいのは本当だ。
結婚したくないわけではないが、それはもっと後でもいいと思っている。
「シャオマオが大人になったら美しいドレスを着て、里のみんなに祝福されて・・・」
ユエのドリームは広がるばかりである。
エルフは恋人関係や結婚に性別や年齢が特に関係しません。
恋人の意味合いも、親友という形のようであったり、人生のパートナーであったりとカップルごとに様々です。
そういった関係は二人だけのものであり、二人が納得していれば特に外野が何か言うことはありません。
長い時間をかけて生きるエルフ族独特の考え方ですね。




