サリフェルシェリのお願い事
「シャオマオ様。困ったことになりました」
ある日のおやつの時間に、まじめな顔のサリフェルシェリがきちんと座ってシャオマオに向かう。
鱗族の問題がほとんど片付いて、黒ヒョウの双子も冒険家としてギルドに戻ってやっと屋敷の中も落ち着いてきたところである。
美しい眉を下げて、美しい湖面の瞳は言いにくいことを言わなければならないという雰囲気を醸し出していた。
シャオマオはユエにチーズケーキを口に入れてもらったタイミングだったので、「ちょっとまってね」とジェスチャーしてから口の中の物をもぐもぐして飲み込む。
「シャオマオ。これはレモンティーだよ」
「ありがとユエ」
膝抱っこで飲ませてもらうレモンティーは今日も美味しい。
「はふ。おいし」
「よかった。今日はレモンのはちみつ漬けを使ったんだ」
「甘くて大好きよ」
にこにこするシャオマオは、「は!」として「違うの!サリーのお話聞いてるの!」とユエの手をぽんぽんする。
「ごめんね、サリー。お困りごとは何ですか?」
「はい。実は、エルフの大森林に住まうエルフ族の事なのですが・・・」
サリフェルシェリの言葉にユエの耳がピクリと動く。
「シャオマオ様がこの星に帰ってこられてから十分な時間がたったと思われるのですが、エルフ族の多くがどうしてエルフの大森林に遊びに来ていただけないのかと嘆いておりまして・・・。特に長老たちが」
「エルフの大森林」
「そうです。私たちエルフ族の故郷です。私たちは必ずエルフの大森林で生まれます。そして、星に帰るときにもここから帰ることが約束になっています」
「サリーも、そうなの?」
「ええ。私も長い寿命を終える際には大森林に戻って心安らかに星に帰ることを願っています」
そういえば、最初のころあまり言葉が分からなかったときからサリフェルシェリはシャオマオをエルフの大森林へ招待しようと一生懸命だった気がする。
「そういえば、行ってないの」
「そうなんです。そして、この度長老の中で一人星に帰る者がいるのですが、どうしても『妖精様を一目見てからでないと』とわがままを申しておりまして」
「わがままだ」
サリフェルシェリの言葉に、ユエが一刀両断だ。
「ユエ。待って待って。お年寄りには優しく」
長生きのエルフ族の中でも長老と言われていて、もう星に帰ろうというのだから相当なご老人であろうというのは想像できる。
シャオマオはみんなの心の中の「妖精様」がどんなに大きいものかはよくわかっていない部分もあるが、それぞれに「妖精様」を大事にしているのだということは理解している。
エルフ族は鳥族のように住まいに押し掛けることもなく、シャオマオたちがエルフの大森林を訪れるのを黙って待っていてくれていた。
それは、妖精様というものをとてもよく理解しているからである。
何事も妖精様の自由に。
そう思ってあまり行動に口出ししないようにしてくれていたのだとも思う。
どの種族よりも妖精との距離が近いと言われているエルフ族だからこそだ。
「エルフの大森林へご招待しても来ていただけないならばこちらから出向きたいと言っておりまして・・・」
「シャオマオのおうちに来るの?」
「・・・はい」
「エルフ族は大森林で星に帰るのよね?」
「今回ばかりはその、最悪間に合わなくても、妖精様を一目見るほうが大事だと思っているようでして」
「ど、どうやって来るの?」
「もう本人は起き上がることもできませんので、馬車でゆっくりと数日かけて旅することとなると思います」
「シャオマオが行ったほうが早いよ?!行くから待ってて!」
「ありがとうございます」
サリフェルシェリは深々と頭を下げた。
「サリフェルシェリは卑怯だ。あれではシャオマオは断れない」
ぶすっとしたユエはシャオマオが服をカバンに詰めるのを手伝っている。
今回の旅はお見舞いがメインだが、しばらくエルフの大森林に滞在して、エルフ族のみんなの歓待を受けることになっている。
「ユエもせっかく魔素が落ち着いてエルフの大森林に行けるようになったの。一緒に行けるからよかったの」
ニコニコと嬉しそうに笑うシャオマオの顔を見ていたら、ユエは怒りが続かない。
「俺と一緒で嬉しい?」
「うん。シャオマオとユエはどこに行くのも一緒よ」
「ああ、シャオマオ・・・」
ユエはシャオマオを抱きしめて、頭のてっぺんにキスをした。
これでユエのご機嫌はうなぎのぼりである。
「シャオマオちゃん。サリフェルシェリがついてるからあんまり心配していないけど、あんまりいろんなこと我慢しちゃだめだよ。みんなの妖精様をやってあげる必要もないからね。シャオマオちゃんはシャオマオちゃんのままでいいんだからね」
後日、迎えに来たユニコーンたちに荷物を載せたり鞍をつけたりしている間に、ライはシャオマオに言い聞かせる。
「うん。ライにーに。ありがとう」
完全に一人旅をさせる子供のお母さんのようである。
因みに今回の旅はサリフェルシェリを案内にユエとシャオマオが向かうことになっており、色々な仕事が溜まっているライは留守番である。
『妖精様』
「あ!ヨコヅナ!元気だった?」
ひときわ大きな体のヨコヅナが、ユニコーンたちを代表してあいさつに来た。
「今日はよろしくね」
『もちろんです。任せてください』
ヨコヅナはピカピカの角を持ち上げて、ふんすっと鼻息で返事した。
ユニコーンたちも、念願の妖精様が自分たちの住処に遊びに来てくれるとなって気合が入っているようだ。
ひときわ大きく美しく、ピカピカに手入れされたユニコーンたちがそろっている。
「じゃあ、しゅっぱーーつ!」
シャオマオの声に一行はエルフの大森林に向かって進んで行った。
しばらくはシャオマオもユニコーンでの旅に興奮していたが、そのうち揺れが気持ちよくなってうとうとし始めた。
「シャオマオ。安心して眠って。しっかり抱きしめているから大丈夫だよ」
「うん。ありがと、ユエ」
ユエの言葉を聞いて、コテンと眠ってしまったシャオマオ。
シャオマオが安心して眠っているだけで、その場にいるみんなの気持ちが清浄なものになる。
こんな生き物はやはり妖精だけだと思わされる。
星に帰る前に一目見たいといったエルフの老人の気持もわからなくない。
妖精という星の愛を知ってしまえば、目をつぶる前に、この美しい魔素の中で、この美しい妖精の姿を目に焼き付け、何の不安もなく喜びを持って星に帰りたいと願ってしまうだろう。
小さい子供がいるのでゆったり片道一日半かけてやってきたエルフの大森林の入り口。
何の変哲もない山道の途中である。
「では。シャオマオ様。こちらにお渡しした「例のアレ」を」
「はい!」
シャオマオはぴしっと手を挙げて返事してから、首に下げている紐を手繰り寄せ、美しく装飾のされた「銀のスプーン」を胸元から取り出した。
「シャオマオでーす。入りまーす」
銀のスプーンで何もない空間を「トントン」とノックするように動かすと、シャオマオの周りを少しだけひんやりする空気が吹き付ける。
「さあ、シャオマオ様。入り口が開きましたので入りましょう」
「はい!」
この銀のスプーンが「エルフの大森林に招かれた証」だそうで、事前にユエと二人でペアになる物を贈ってもらっていた。シャオマオのスプーンの持ち手にはユエの瞳のような金色の宝石。ユエのスプーンの持ち手にはシャオマオのタオの実色の宝石が嵌っている。
確かにシャオマオがトントンとノックした場所は「ここが入り口なのだろうな」と感じる門のようなところだった。くぐると一気に空気が変わったのだ。
少し気温が低くなっている。
水の気配が濃厚で、滝のそばのようにひんやりしているという感じだ。
「シャオマオ、寒くない?」
「大丈夫よ。ひんやりしてて気持ちがいい」
少し肌寒いくらいが好きなシャオマオとしては大歓迎だ。
森の中の香りは苔や木や水の香りが濃厚で、今までに訪れたことのあるどの山や森とも雰囲気が違っていた。
なにせ精霊の数が段違いなのだ。
外の森とも違う、力を持った精霊が多い。
シャオマオがいつも呼ぶ精霊たちより姿も大人っぽく、はっきりと見えていて、ただまとわりついてくる子どもたちよりもよっぽど意識がしっかりとしているようだ。
「精霊ちゃんたち、大人ね」
「そうですね。大森林の精霊たちはみな力が強いです。私たちエルフ族は大森林であれば精霊札を使わなくとも強い魔法を使うことが出来ます」
ポクポクとゆったり歩くヨコヅナたちの横を、精霊たちは一緒についてきてはシャオマオの顔を嬉しそうに覗いたり道案内したりとはしゃいでいる。
しばらく精霊たちと楽しそうに会話しながら進んでいたが、スラリと背の高い白い衣の男女が待っていた場所でヨコヅナが立ち止まった。
「ようこそいらっしゃいました、妖精様」
「今代の妖精様にもエルフの大森林にご来訪いただきましたこと心より御礼申し上げます」
「シャオマオです。こんにちわ」
ユエに地面に降ろしてもらったシャオマオは、丁寧にお辞儀をする。
「ハリスラメーヤ、シルヴェルヤーナ、出迎えご苦労様です」
サリフェルシェリに名前を呼ばれた二人は深々とお辞儀をして、シャオマオに正式な挨拶をした。
シャオマオは人の髪を撫られる挨拶を気に入ってるので喜んで二人の頭をくりくり撫でてあげた。
ハリスラメーヤとシルヴェルヤーナの二人は姉弟で、この森の門番をしているという。
不審者がもし侵入してきて精霊たちが対処できなくても、この二人が何とかするというのだ。
穏やかな二人に見えるが、人は見かけによらないということだろう。
シャオマオは二人に案内してもらって、ゆっくりとエルフの大森林の中心。エルフの村に足を踏み入れた。




