ガラスペンを依頼しに行こう
「ガラスでできたペンですか?」
「そーなの。前の星にはそういうのがあったの」
鉛筆もボールペンも万年筆も、それこそ漫画家さんがインクをつけて使うようなつけペンもあったが、自分が構造を説明できて、インクがハガキ1枚分くらいなら保つ書き味のいいものといえばガラスペンだ。
何よりまた自分がガラスペンを使ってみたい。
おばあちゃんが筆まめな人で、ガラスペンで書いた手紙をよく送ってくれたのだ。
色とりどりのインクをペン先を洗って次々と使えるガラスペンは、万年筆にはない魅力がある。
「さて、肝心のガラスがインクを吸うにはどうすればいいのか」
リビングでみんながおやつをたべながらのんびり考える。
「あのね、ハンカチの端をコップに入れて置いたら中のお水がコップの外に出ちゃうの」
「ああ、そうやって水を濾過することあるな」
ライのサバイバル知識だ。
「シャオマオは物知りだね」
シャオマオの説明でライとユエがニコニコする。
「コップのお水、高いところにも登るの。細いところ通る。インクも同じ」
「ああ。なるほど、毛細管現象ですね」
サリーがもう答えに辿り着いた。
シャオマオはその単語を知らないために説明が難しかったが伝わったみたいでホッとした。
「ガラスのそんな細かい細工できるやついるかな?」
「ドワンゴか?」
「ドワンゴは金属だなー」
「う?ペーターできないかな?」
「ああ。魔石加工の専門家だな。魔石ならガラスよりも強度があるからちょうどいいんじゃないか?」
この星のガラスはそこまで強度のあるものはなかなかない。
魔石は強度があって、魔道具作りが発達しているお陰で細かい細工ができる職人もいるしちょうどいい。
「早速お願いに行ってみましょう」
「ペーター。こんにちわー。シャオマオでーす」
熱風が渦巻いてる工房の入り口から中に向かって話しかける。
「なんだあ?チビ。また邪魔しに来たのか?」
「シャオマオです。ペーターに会いに来ました」
汗をぬぐいながらペーターの父が出てきたので自己紹介しておく。
チビと呼ばれたので名前を忘れられたのかと思ったのだ。
「今日はね、ペーターのぱあぱにもお願いがあってきたの」
ニコッと笑うと強面のペーターの父の顔がほんの少し和らぐ。
「親方と呼べ」
「おやかたー!」
「おう。お願いとやらを聞いてやろうじゃねえか」
ペーターの父はシャオマオを連れて自宅のリビングにみんなを招待してくれた。
「シャオマオ!また遊びに来てくれたの?」
キラキラの青い目の少年が玄関から飛び込んできた。
水浴びをしてきたのか全身びしょびしょであるが頭からタオルをかけて急いできてくれたようだ。
「ペーター着替えないと風邪ひいちゃう!」
「あ、そうだね。着替えてくるからちょっと待ってて」
ペーターは自分の部屋へ着替えに走っていった。
「で、お願いってなあ何だい?」
「魔石でね、ペン作ってほしいの」
「魔石でペン?」
「そ!羽ペンったら不便なの。お手入れ大変。ナイフはあぶにゃい。インク何回もつけないとだめなの」
「そうだな」
「魔石でペンの先っちょ作るの。インクいっぱい吸うの。羽ペンよりいっぱい書けるの。削るのいらないから怪我しないしみんな喜ぶよ」
「魔石がなんでインクを羽ペンより吸うんだよ」
「溝じゃない?溝を細く掘ればインクは上に上がる」
親方の疑問に、服を着替えたペーターがやって来てシャオマオの代わりに答えた。
「ペーターせいか~い」
本をたくさん読んでいるペーターは話が早い。毛細管現象を知っていたようだ。さすが。
もう頭の中には魔石のペンの構造が見えているようだ。
「シャオマオが絵を描きました」
ブルブル震える手で書いたへたくそな設計図。
いろんな場所を指さして、「ここはこうなっててほしい」「ここはこういう形」といろいろ指定すると、ペーターが余白にメモを書いてくれる。
軸もガラスや魔石で作れるならいいだろうが、木製の軸でもいい。
あまり美術品のように高級志向にしてしまうと子供が持てないだろう。
シャオマオはあくまでも学校に通ってるような子供に使ってもらいたいのだ。
ガラスの代わりに魔石を使うために値段は高くなるだろうが、強度は高いため多少力加減を間違っても壊れにくく長く使えるはずだ。
「うーん。とりあえず作ってみたいな。小さなくず魔石を固めても作れるのか。それとも一石で作ってしまわなければならないのか」
ペーターは新しい挑戦にきらきらした目を向ける。
精霊が愛した海みたいな青の瞳。ペーターの気分が良ければ普段よりキラキラする。
すると精霊が寄ってきてペーターに自然と力を貸す。
以前はかけていたメガネがいらなくなったのもそうだが、ペーターが作るものにもちょっと精霊の力が及んでいる。
魔石の加工は「特別な窯」で「特別な材料を薪と混ぜて燃やした炎」で熱することでやっと別の形に加工することが出来る。
特別な窯、特別な材料は工房ごとの秘密であって門外不出である。
それが工房ごとの特徴となっているのらしい。「実用品の戦いに使う魔石」「美術品としての魔石」「宝飾品としての魔石」などなど。ちなみにペーターの工房は「冒険者御用達」の武器や防具の能力を引き上げるための魔石の加工を扱うので、ドワンゴ親方と仲良しだったりもする。
「うちの工房では軸の細かい美術品みたいな細工はちょっと得意じゃないんだけど、木の軸でもいいっていってもらえるなら僕が挑戦してみたいな。父さん、どうかな?」
ペーターは父親とも堂々と自分の気持ちを話せるようになったみたいだ。
「おう。何でもやってみろ。今は工房の人出にも余裕があるからな。お前に任せるよ」
「ありがとう、父さん。シャオマオも僕に任せてもらっていいかな?」
「もちろんだよ!ペーターが作ってくれるなんて嬉しい!」
シャオマオは懐から小さな巾着をだして、「これつかってほしいのん」と魔石をざらざらテーブルに出した。
「相変わらずシャオマオの持ってる魔石は状態がいいね・・・」
「シャオマオは攻撃して相手から奪ってるわけじゃない。星に帰りたい魔物がシャオマオに願い、願いが叶えば魔石を置いていく。魔石には感謝の気持ちが多く残る」
「魔物が生きた証」の魔石が美術品になって愛でられるのも、みんなの命をつなぐために武器や防具に組み込まれるのも、日常品に作り替えられて毎日使われるのも、とっても素敵なことだと思う。
「じゃあ、いくつか使わせてもらうね」
ペーターは石の中ではちょっと大ぶりの物。ちょうどペン先になりそうな中くらいの物、小さな小さな石をいくつか組み合わせてペン先にできそうなグループに分けてシャオマオに見せた。
「うん。失敗してもまだあるからどんどん使ってほしいの」
失敗したものはペーターのそばにいる精霊が食べてしまうので問題ない。
虹色の石が喜ぶようにきらきらしている。
「贅沢なもんだなぁ。魔石で出来たペンなんてよ。そんなもん誰も考え付かなかったと思うぜ?」
「そうなの?でもシャオマオたくさんもらうから使わないとどんどん増えておうちが魔石だらけになっちゃう」
現実問題、シャオマオの宝箱を仕舞っているチェストの引き出しは一段魔石で埋まっている。
みんなでおやつを食べながらユエがシャオマオの代わりに契約書にサインをしてくれている。
これで正式な契約として、作ってもらった分だけ出来上がったらペーターに報酬を支払うことが出来る。
ペーターは見習いだし、試作品をいくつか作ってから気に入れば契約すればいいと言われたが、タダ働きはあきまへんで。とシャオマオの中のオカンが言っている。
「ところで、シャオマオ。このペンの設計図を起こすのはちょっと待ってね?」
「う?」
「いや、特許とるでしょ?」
「とっきょ?」
「うん。シャオマオの許可がないとこのペンを作れないことにして、販売できる人を限定したり、考え付いた人の財産を守るんだ」
「うーん、シャオマオはいいや。作り方とかペーターにやってもらうんだから、ペーターがとればいいのよ」
「ええ!?そんな・・・。これめちゃくちゃ人気になると思うよ?」
「シャオマオ、あの、お金あるほうが困っちゃう・・・」
「そんなに簡単に投げないでよ。僕も困っちゃうよ」
シャオマオが本当に困った顔をしているので、ペーターも笑ってしまう。
「まあ、それはおいおい考えることにしましょう」
サリフェルシェリの声で押し付け合いが一時終了する。
「新しい仕事が生まれるかもしれませんから。みんながよくなるようにしましょうね」
「うん。みんなが幸せなのが一番いいの」
ニコッと笑うシャオマオの笑顔とともに、みんなの心のよどみがすっと消える。
「はあ。空気が甘いや」
ライが喜んで紅茶をすする。
「シャオマオちゃんってちょっと力が強くなったんじゃないかな?」
「そうなの?」
「うん。シャオマオちゃんの気持がその場でみんなを浄化するのって前からだけど、全然意識してなくても勝手に浄化するようになってるし。その範囲も大きくなってる」
ぱくっとクッキーを一口で食べて、ライが解説してくれるが、シャオマオは全く分からない。
ユエはシャオマオにプリンを食べさせながらうっとりと幸せそうだ。
「シャオマオはいつでも人々に幸せを振りまく妖精なんだ。俺の片割れ、俺の愛。存在自体が幸せで出来ている。完璧な存在とはシャオマオのことを言うんだよ」
今日もユエの褒めスキルが発揮され、みんなのおやつがより甘さを増した。
「シャオマオ。顔が真っ赤だよ?」
「あう~」
「プリン美味しい?」
「おいしいれす・・・」
ほっぺたをタオの実色にしたシャオマオはかわいい。




