殻を破り生まれ変われ
ダリア姫は必死に歌い続けた。
子守唄も愛の歌も、知っている歌を全て歌った。
その子守唄に低く歌声が時々混じる。
ドラゴンの父の声だ。
旋律は温かな感情を聴くものにもたらす。
あるものは目頭を抑え、あるものは自分の胸元を掴んで込み上げるものを堪える。
こんなに感情豊かで愛情深い生き物を飼い慣らそうとしたのか。
自分たちの祖先はなんと罪深いことを…
これだけの愛情を持っている生き物ならば、他者を呪えば大きな厄災となることは理解できる。
自分たちの先祖の行いを恥いる鱗族の若者たちの中でも、グローは自分の腕の鱗に爪を立て、泣くのを我慢しているように見える。
「グロー。お腕が痛くなっちゃうよ」
「いや、いいんだ。この腕の傷と共に、俺は今日聞いた歌を一生忘れない」
泣いてはいないが、泣くよりも大きく感情の波が動いたのだろうと思う。
細切れだったら細く聞こえていたドラゴンの父の声は、氷が溶ければ大きく響く。
影なので感情は顔から読み取れないが、歌声は大きなうねりのように心に迫ってくる。
「私の赤ちゃんって、歌ってるね」
「ぐるるる」
「うん。わかるよ。この星は愛の星で、金狼と銀狼に守られた星。この星に生まれて精一杯生きたらまた星に帰る。星に帰る前の遊び場で、自由に遊べっていう歌みたい」
くわうっとシャオマオは大きな口で欠伸する。
ユエに眠いのなら枕になろうか?と提案されて、とても良い提案だと思ったが、眠ってしまうわけにはいかない。ちゃんとドラゴンの父が星に帰るまで見守ってあげないと。
でも、子守歌だから眠くなっちゃう・・・。
「~~~~~~~~~♪~~~~~~♪」
ダリア姫の声に絡みつくように寄り添うドラゴンの父の声。
ドラゴンの母が父とよく歌っていた歌だ。なんて懐かしい。
ダリア姫の喉が焼けるように熱い。ドラゴンの話し言葉よりも歌の方がすんなり出るが、それでも人の身では限界がある。
続いて愛の歌を歌い出したところで、また込みあがってきた血を吐いた。
「ダリア姫!!」
「来ないで!父と二人に・・・」
ダリア姫が膝をつき、そのまま地面に倒れた。
「グルルルルルルルルル・・・・・・」
ドラゴンの呪いから唸り声が聞こえたが、落ち着いているようだ。暴れ出す気配はない。
バリバリと自分を拘束している氷を割って、一歩前に進む。
倒れたダリア姫に鼻を近づけて、フンフンと匂いを嗅ぐ様子を見せた。
「ガアアアアアアアアアアア!!!!!」
大きく咆哮したドラゴンの呪いがダリア姫をつまみ上げて片手に握った。
手が動いたようには見えなかった。
それほどゆっくりとした、微かな動きであった。
ダリア姫を握ったドラゴンの手から、大量の血が滴った。
「・・・・・・・・・え?」
「ぐあう!」
呆然とするシャオマオを、ユエが呼び、ライが抱きしめた。
「ら、ら、らいにーに、だ、りあ姫が・・・」
「・・・間に合わなかった」
「そんな・・・・」
ガタガタと震えるシャオマオの体を、人型になったユエが持ち上げて抱きしめる。
「シャオマオ。あそこまでダリア姫がやっても駄目だったんだ。もうドラゴンの呪いを星に帰すことは出来ないと思ったほうがいい」
「・・・・・・・・だめ」
「方法がない」
「ダメよ。ダリア姫が許さない」
シャオマオが強くダリア姫の気持を代弁したとたん、大きなドラゴンの咆哮が響いた。
「ドラゴンが逃げるぞ!」
「ここに留まらせろ」
「グオオオオオオオオオン!」
大きくひと声あげてばさりと翼を動かすと、土ぼこりが舞い上がりみんなの顔を突風が叩く。
「逃がすか!!」
ライは組み立て式の武器を懐から出して一瞬にして槍にしてしまうとドラゴンの呪いに向かって投擲した。
槍は表面の鱗にはじかれて刺さらなかったが、何枚かしっぽの鱗をはがすことに成功している。
ドラゴンの呪いと言えども凍り付くし物理攻撃も有効であることが分かった。
鱗族の者たちも勇気を振り絞ってワイヤーを投げてドラゴンの足を固定する。
「逃がすな!!」
グローが鱗族を指揮して階下の広場に舞い降りると動ける戦闘員も後に続いた。
ワイヤーはドラゴンの足に絡みつき、端は地面にあらかじめ打ち付けてあった杭によって固定されている。
ワイヤーの太さは人の腕ほどもある。
強大な力を持つドラゴンとはいえ、簡単に引きちぎって逃げられるとは思えない。
「グオオオオオオオオオオオオオオン!」
時々逃げようともがくドラゴンの呪いの声によって鱗族の戦闘員たちが行動不能に陥ったが、彼らは逃げることなくドラゴンの呪いをその場に固定し続けた。
「グロー!」
「チビ!俺たちも攻撃するぞ!」
戦闘員たちが武器を手にドラゴンへ近づく。
「精霊の祝福を!」
サリフェルシェリが精霊札を千切りながら、鱗族の体を強化するように祈りを込める。
「リュー!!」
顕現した水の大精霊がミーシャの声に応じてドラゴンに体当たりをする。
黒ヒョウの双子は爪や牙で呪いを刻むように攻撃したり、逃げ遅れた鱗族を援護してドラゴンの攻撃から逃がしたりとアシストに励んでいる。
「巻き添えくいたくなければ離れろー!」
そこへバリバリと音を立ててのライの落雷攻撃。
近くでしゃがんでいたグローが大声で抗議している様子だが、みんなの耳が落雷の音で麻痺しているので聞こえない。
「グオオオオオオオオオオオオオオン!」
ドラゴンの呪いの咆哮。
流石にたくさんの攻撃を受けて苦しそうだ。
ワイヤーを目一杯引っ張って上空へ飛び去ろうとしているが、ワイヤーの長さ以上は逃げることもかなわない。
ひるんだドラゴンの呪いだが、何かに気が付いたようにダリア姫を掴んでいた手を見つめた。
「~~~~~~~~~~~~~~」
声が聞こえる。
ドン!!!
爆発が起こったのかと思うほどの大音量と暴風。
崩れるドラゴンの腕。
ユエは小さなシャオマオが吹き飛ばされないように自分の背中を盾にして庇った。
「ダリア姫?」
二階から見ていたみんなが歓声を上げると、真っ白なドラゴン、ダリア姫は足でドラゴンの呪いの喉を掴み、壁に押し付けて抑え込んだ。
「グオオオオオオオオオオオオオオン!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
とうとう人の姿を脱ぎ捨ててドラゴンへと羽化したダリア姫。
ドラゴンの父に比べれば小ぶりながら圧倒的な力でドラゴンの呪いを押さえつける。
ドラゴンの呪いはじたばたと暴れて逃れようとしたが、ワイヤーがあって逃げることが出来ない。ダリア姫にそのまま押さえつけられたまま地面に伏せる。
「ギャアアアアアアアアア!」
ダリア姫の咆哮は少し甲高い声であるが、歌声と同じで胸に迫ってくる。
父上、偉大なるドラゴンの父上
お願いです。母と同じ場所へ帰りましょう
星に帰りましょう
ここはもう父上のいる場所ではありません
母上のおわす星へ帰りましょう
私が星へ帰るまで待っていてください
そしてまた私をお二人の子供に
シャオマオは涙の流れるままにダリア姫の歌うような声を聞いていた。
ユエはシャオマオの涙をなめとってくれるが、どんどんあふれてくる。
本当なら幸せに暮らせるはずだったドラゴンの親子。
シャオマオには白のドラゴンまあま、黒のドラゴンぱあぱ、まあまにそっくりな真っ白の小さなドラゴンがコロコロと転がって遊んでいる景色が見えるようだった。
「ドラゴンぱあぱ!もう帰ろう!星に帰るなら案内してあげる!だからもうまあまのところに帰ろう!」
シャオマオは二階の窓になっているところから、地面に押さえつけられているドラゴンの呪いに向かって叫んだ。
「シャオマオ!」
ユエは星へ帰る旅路を案内するといったシャオマオの言葉に寒気がした。
慌てて完全獣体になってシャオマオと一緒にいられるように、背中に乗るようにお願いする。
「ドラゴンぱあぱ!一緒に行こう!ついてきて!!」
シャオマオはユエに乗ると、そのまま地面からすいっと宙に浮かんだ。
ユエはまるで空を走るように足を動かす。するとどんどんと地上へ向かって浮かんでいくのだ。
よかった。おいていかれなかった。ユエは安堵した。
ダリア姫ははドラゴンの呪いに巻き付いたワイヤーを丁寧に足でほどき、ドラゴンの呪いののど元を掴んだまま上空へ飛んだ。
そしてシャオマオたちを追い越して天井まで来ると、そのまま体当たりして天井をぶち破ってしまう。
「うわああああ!」
「逃げろ!!」
ガラガラと落ちてくる天井の大きな破片を何とかよけながら、避難する地上の戦闘員たち。
大きな怪我をする者はいなかったようだ。
「シャオマオ様!ユエ!気を付けて!」
「シャオマオ!必ず戻て来てください!!」
「シャオマオちゃん!ユエ!」
「チビ!!」
ドラゴンとともに飛び去るユエとシャオマオに向かってみんなが声をかける。
少し振り返ったシャオマオが手を振った。
夜空の中を飛ぶ白のドラゴンとシャオマオたち。
天井をぶち破って満天の星空の中に躍り出た後、ドラゴンの呪いは大人しくなった。
今は自分の力で飛んでいる。
2時間ほど寒空の中を飛んだくらいだろうか。
「ドラゴンぱあぱ。ドラゴンまあまが迎えに来てくれたよ」
シャオマオが指さすところに、真っ白に見える星がひときわ大きく瞬いている。
「グアアアアアアアアアアアア」
ドラゴンの呪いはその星に向かって飛んでいった。
そして、ある程度離れたところですいっと消える。
「ドラゴンぱあぱ!ダリア姫のこと待っててねー!!」
「キュオオオオオオオン!!」
シャオマオとダリア姫が、ドラゴンの呪いが居なくなった後の空に向かって大きな声でさよならを言った。




