ヘビクイワシVS蛇の王様
「戦えないこたち~。おじいちゃんおばあちゃん、一緒に逃げましょうね~」
咆哮におびえる子供たちを立たせてシャオマオは列を作るように言う。
「横にいる子の手をつないで。2列よ。一緒に逃げるのよ~」
シャオマオは慌てることなく打ち合わせ通りにゆっくり話す。
「ちゃんと手をつないでね。年上の子は年下のこの手をつないではぐれないようにしてあげてね」
「はい!妖精様」
シャオマオの意志をきちんとくみ取った男の子がはきはきと返事する。
「シャオマオって呼んでいいよ。お名前は?」
「セールです!」
「セールが一番お兄ちゃん?」
「そうです」
小学校にも入れないような年齢に見えるが、はきはきと賢そうな返事をする。
「みんなが怪我しないようにゆっくり行動できるようにセールも見てあげてね」
「はい!シャオマオ様」
セールは一番チビの子供の手をつないで「大丈夫だから泣くなよ」と励ました。
「おいチビ」
「あ、グロー。みんな2列になれたよ」
「おう。ご苦労」
偉そうに話すグローにぎょっとした老人がグローを杖で殴ろうとしたが、グローはさっと避けた。
「なんだよ爺さん、そんなにキレたら頭の血管まで切れて逃げる前にお陀仏だぜ?」
「グロー!貴様はなんと罰当たりな!!」
「おじいちゃま落ち着いて。怒るのは避難先に逃げてからにしましょうね」
魔素濃度をぐっと下げるように意識すると、真っ赤になったおじいさんの顔色も見る見る間に落ち着く。
シャオマオの「おじいちゃま」のほうがよっぽど心を落ち着けたようだが、とりあえず逃げる算段が付いた。
「さあ、みんなどんどん進んでちょうだい。シャオマオと一緒に逃げましょう」
シャオマオが一番後ろから声をかけると一番先頭のセールがみんなを率いて歩き出した。
子どもたちは何かあった時のために避難先と呼ばれる場所の道順を覚えている。
「セール。避難先Cだぞ」
「はい!グローさん。待ってます」
行く先を念押しされたセールはみんなの歩くスピードを考えてゆっくりしっかり歩きだした。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
近づいてきたドラゴンの影が、大きな広場の天井に口先が映ったと思うと、ぬるりと全身が現れた。
「カーーーーーーーーーーーー!!!」
「シャーーーーーーーーーーーー!!」
双子は早速完全獣体となって大きな威嚇音を出す。
ライは腰に巻き付けた鞭を手に持って、まるでドラゴンの調教師のように語り掛けた。
「ドラゴンの呪い。今度は準備万端だからなぁ。お前を躾けてやれるぜ」
「ライ。躾けたとしてもドラゴンの呪いは流石に飼えませんよ?」
「ははは。シャオマオちゃんなら呪いが解けても残っていたら『おうち連れて帰るの』とか言いそうだよなぁ」
「本当に言いそうだから困ります」
サリフェルシェリが精霊札を千切りながらため息をついた。
「ゴーストの類の守りはこれで出来ていますが、物理は自分で何とかしてくださいね」
サリフェルシェリが張った結界のような空間で、ライはふんっと鼻息で返事した。
反射神経でエルフより勝る肉食獣人にかけることばではないのだ。
「お父様!お父様!わたくしです!*************です!!」
ダリア姫がドラゴンにもらった名前を叫んだが、のどが焼けるように熱くなって咳き込んだ。
「ダリア姫!?」
「ピヨオオオオ!!」
皆が心配して駆け寄ろうとしたのをダリア姫が手で制した。
「ゴホゴホゴホ!ダイジョウブ・・・・・!」
喉が実際に炎で焼かれたように痛むが、我慢するしかない。
ドラゴンの影はダリア姫の名前を聞いて確実に動きを止めたからだ。
「***********!!******!*********!!」
ドラゴンの言葉をなんとか人間の体から出そうとしてみるが、言葉自体が強い力を持っているドラゴンの声を人間の喉で出すのには限界がある。
「ゴホッ」
込みあがってくるものをダリア姫は我慢できずに吐き出してしまった。
「ぴぎゃああああああああああああああああああああああ!!」
ぷーちゃんの声で自分が吐いたのが血だと認識する。
「ダリア姫!!」
崩れ落ちそうになる体に必死に力を込めて立ち続けるダリア姫。
駆け寄ろうとしたサリフェルシェリをなおも手で制する。
「******!!・・・ゴホッ」
今度こそ大量の血を吐いて気を失ったダリア姫を、サリフェルシェリが地面に倒れこむ前に支える。
「ダリア姫・・・」
サリフェルシェリはダリア姫の口の中の血が喉を塞がないように横に向けて血を吐き出させてから腰の薬ポーチから内服液を取り出してダリア姫に飲ませようとした。しかし完全に気を失っているために薬を飲み込むことが出来ない。
貼り薬でなんとか回復を見守るしかないようだ。
応急処置をしてからダリア姫を抱き上げて戦闘の邪魔にならない物陰に隠れた。
「ぷ・・・・・・・・ぷいいいいいいい!!!!」
ぼろぼろとダリア姫の胸の上で泣いていたぷーちゃんが、突如巨大化してまんまるい姿になると、ドラゴンの影に飛び掛かっていった。
「ぷぎゃああああああああああああ!!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
先日ライたちを助けるために割り込んできたときと同じように、影を自分の鋭い爪で蹴り続ける。
まるでシャオマオの星にいた蛇を食べる巨大な鳥だ。
その鳥は長い足で蛇を蹴りつけて命を刈り取って食べるのだが、ぷーちゃんの足は長くない!しかし短い脚でも攻撃力は大きいらしい。ドラゴンはぷーちゃんの爪を嫌がっている。
どうして自分の子供の言葉が分からなくなるんだ!
世界を呪ったっていい。でも、自分の愛したものが分からなくなるなんてダメだ!
愛はすべてを覆いつくす。愛はすべての始まり。愛は永遠。
お前はすべてを呪った。愛と呪いは同じだ。
だからお前は!お前だけは!絶対に自分の子供の声を聞いてあげなきゃいけないんだ!!
「ぷいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
ぷーちゃんの渾身の叫びが、洞窟の中を揺らした。
「ぷーちゃん・・・?」
避難場所にたどり着いたシャオマオたちが、扉を閉める最後のところでぷーちゃんの声を聞いた。
「シャオマオ。どうする?」
「うん。シャオマオね、ここは精霊さんたちに任せるの」
シャオマオがパチンと手を叩くと、精霊がぶわっとあふれかえるくらいに集まった。
「精霊さんたち~。子供たちと遊んであげてね」
きゃあきゃあと喜んでシャオマオの魔素を舐める精霊が、鱗族の子供と遊びたそうにうずうずしている。
「じゃあ、魔法かけるよ~。『みんな仲のいい精霊に遊んでもらってね』」
シャオマオが前の星の言葉で声をかけると、自分の目の前にぱっと小さな蛍のような光が見えるようになって子供たちは驚く。
「これ、精霊様ですか?」
「そうなの!きれいでしょ?一人一人にお話し相手をつけるから、迎えに来るまでしばらく待ってて」
「はい!」
シャオマオのように精霊がはっきりと人型に見えない子供たちも、蛍のようなほのかな光を見て感激している。
それはみんなの心細い気持ちに寄り添って、明かりをともすような小さな小さな希望のような光だ。
「ぐあう」
「みんな、ここで待っててね。何かあったら精霊ちゃんに知らせるように言ってね」
完全獣体になったユエに乗って、シャオマオはセールに声をかける。
「シャオマオが出たら扉を閉めてね!」
「はい!」
シャオマオは扉の隙間から飛び出して、ドラゴンがいる広場まで急いでユエに走ってもらった。
「ユエ!ぷーちゃん泣いてる!急いで助けなきゃ!」
「ぐあうう」
ユエはシャオマオを乗せて来た道を迷いなく戻っていった。
「ぷーの攻撃は効いてるみたいだな」
ぷーちゃんの足蹴りがドラゴンをひるませている。
泣きながら攻撃してくる幻獣はなかなか強力な攻撃力を持っているようだ。
ドラゴンが逃げたりしないように、双子とライもサポートしている。
「さて、どうやって呪いが解けるかだが、やっぱりシャオマオちゃんを頼らないといけないかな?」
ライが一人ごちたところで遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「おお。もう来てくれたのか」
「ライにーに!!」
シャオマオはユエの背中からライに飛びついた。
「シャオマオちゃん。避難はうまくいった?」
「はい!みんなちゃんと避難場所に逃げたの。精霊ちゃんをいっぱい置いてきたから何かあったら呼んでくれるようになってる」
「うん。うまくいってるね」
ぐりぐり頭を撫でられて、シャオマオはほっぺを赤くして喜ぶ。
「ぐあう!」
ユエの声と同時にライが飛びのくと、その場にドラゴンのしっぽがたたきつけられた。
気づかなければぺちゃんこに踏みつぶされていたかもしれない。
「あぶないあぶない。シャオマオちゃんはサリフェルシェリのところに待機」
「はい!」
ユエに乗ってサリフェルシェリのところへ避難したはいいものの、シャオマオはそこで叫び出しそうになる口を手で押さえるので精いっぱいだった。
「シャオマオ様。安心してください。今はすこし眠っているだけです」
サリフェルシェリはダリア姫の顔を濡れた布でぬぐっていたが、その布は真っ赤に染まっている。
シャオマオはカタカタ震える体を自分の腕で押さえる。
「攻撃されたわけではありませんよ。大丈夫です。ドラゴンの言葉は強い力が宿っているようですね。まだドラゴンになりきれていないダリア姫の体には大きな負担だったようです」
シャオマオはキッと涙の浮かぶ瞳でぷーちゃんと戦っているドラゴンの影をにらみつけた。




