仲良しの証
「シャオマオ。危ないから帽子をかぶろうね」
「はあい」
きれいに編み込みにされた髪は帽子をかぶっても崩れないように、いつもよりきっちりと結ばれている。
サファリファッションのような冒険家スタイル。
巻いてもらったスカーフをちょちょっといじりながら帽子をかぶせてもらう。
これもドワンゴ特製の帽子で、衝撃を相手に返す不思議な魔石が使われている魔道具らしい。
シャオマオを殴るものがいるとは思えないが、洞窟の中で落石があっても帽子に当たったらそのまま石が砕けるだろう。
いつものようにお勉強の時間を終えてお昼寝を済ませてから準備を初めて、みんなで軽い食事を済ませる頃には完璧に準備を終えてリラックスムードだ。
「シャオマオ。かわいいね。このスカーフがいいよ」
「うんうん。シャオマオもりっぱな冒険家よ」
双子に褒められてその場をくるくる回って喜ぶシャオマオ。
いつもと違ってパンツスタイルなのがいい。
今回は鱗族の人たちを逃がす兼ね合いから日が沈んでからの作戦となる。
「じゃあ、ちゃんと確認しよう」
「はい」
きちんと冒険服を着たシャオマオを前に、膝をついたユエが優しい顔で作戦を繰り返してくれる。
「シャオマオは、鱗族の非戦闘員、あー、戦わない人と一緒に避難」
「はい」
「まずはライとラーラが護衛に回ってダリア姫をサポートする。ダリア姫がドラゴンの影を説得できるか試してみる」
「はい」
「ダメな場合は戦闘になる」
「・・・うぇい」
「不服そうだね」
「シャオマオもお話してみたい」
「そっか。でも俺はシャオマオを危険に近づけたくないな」
「やん。やっつけるのは最後でいいの。お話して、大人しく星に帰ってもらうの」
「自分の子供もわからない呪いが妖精とはいえシャオマオの言葉で説得できるかな・・・」
ユエは本当はシャオマオを連れて行きたくなかったのだが、みんなに「過保護すぎる」と言われ、シャオマオには伝家の宝刀「ユエがいるのに危険なの?」を言われて折れる形となった。
シャオマオが居るところに必ず自分もいる。
自分が命を賭けて守るのだから、シャオマオに毛筋一つ怪我をさせることがない。
だがあのときの事がある。
金狼の蘇った時だ。
鮮血を飛び散らせて倒れるシャオマオの姿は今でも忘れることが出来ない。
ユエは急に血の気が引いて、ふるりと体を震わせた。
「・・・ユエ?」
「うん。大丈夫だよ。絶対に無理しないで。シャオマオ。シャオマオは俺の命だよ」
「うん。わかってる」
そっと握られたユエの手の温かさを感じてシャオマオはにっこり微笑んだ。
「本当に?シャオマオになにかあったら俺は生きていけない」
「ちゃんと知ってる。シャオマオの命は二人分。ユエの命も二人分。生きるのも死ぬのも一緒」
「シャオマオ・・・」
ユエは少し涙ぐんでうっとりとシャオマオを見つめた。
シャオマオと一緒に生きることも死ぬことも、ユエには同じことだ。
シャオマオだけが大事で、シャオマオだけが意味なのだ。
「物騒なこと言ってないで、ちゃんと装備の確認しろ」
後ろからやってきたライがユエの後頭部に結構な速度でチョップを叩き込んだ。
「お前らはいつも極端なんだよ。ほっとくとどんどん二人だけの空間に浸って。もっと周りをみろよ」
呆れたようにため息をついたライ。
「周りにいるやつらだってお前らが好きなんだよ」
シャオマオは首を巡らせてみんなの笑顔を順番に見た。
「自分のこと好きでいてくれる人がいるって忘れないでね、シャオマオちゃん」
「・・・あい。みんなだいしゅき」
みんなが暖かく光っているように見えて、シャオマオは涙ぐんだ。
「ユエ。お前も忘れんなよ。っていうか、お前が一番ちゃんと覚えとけよ!」
「・・・・・・・う、は・・い」
たまにはシャオマオ以外にも素直に返事ができるユエだった。
リューに乗った飛べない組と、並んで空を飛ぶ飛べる組のダリア姫たちを庭で見送った王とジョージ王子。明るく「いってきまーす」なんて手を振る人たちを見て、なにげに「この星の最大戦力が移動しているのでは?」と思ったが、口に出すのは良くないと思って笑顔で手を振り返した。
戦力として考えたら、恐ろしくてこの屋敷に来ることもできなくなる。
せっかくシャオマオが薄目で見れば「普通の子供」に見えてきたところなのに。
ダリア姫はドラゴンの巨大な翼を広げて不安なく空を飛んでいる。
ぷーちゃんはまた小さくなってダリア姫の胸元に収まっている。何故だ。飛べるだろう?
もうシャオマオに「しゅけべ!」とまっすぐ言われても全く気にしていない。ふくふくと膨れて完全に自分のいる位置と定めてしまったようだ。
シャオマオは珍しく「速く飛ぶ練習がしたい」と言って、ユエと離れて空を飛んでいるためずっとユエに見守られているし、ミーシャは暗くなった夜空を飛ぶのには不安があるので、シャオマオが腰に吊るしているランプの明りを目印に飛んでいる。
因みにランプの中には「明りの精霊」が入っていて、風が吹いても消えない光だ。
「ねえねえ、グロー。みんなが逃げられる近くの洞窟ってもうすぐ?」
「空からだとよくわかんねえな。地下でつながってるから」
非戦闘員の老人や女子供は先にシャオマオを連れてユエが誘導して逃げることになっている。
闇ギルドとして襲撃を受けた時に逃走用の穴として掘ってあるが、先は行き止まりだ。陽の光を避けねばならず、地上に出たとしても行くところがないせいだ。
これを「逃走用の隠れ家」として聞いた時にシャオマオはとても悲しい気持ちになってしまった。
まるで鱗族の未来のように感じてしまったのだ。
シャオマオは悲しい気持ちを振り払って前を見据えて飛び続ける。
「そろそろ鱗族のアジトにつくぜ」
グローが指さしたところを見ると、岩がゴロゴロ並んでいる開けた場所があった。
「ん?ここは前に来たところじゃないな」
「お前らが破壊してくれたからな!あの場所はもう閉じて別のところに穴開けたんだよ」
グローはライをにらみつけて怒っていたが、ライは「ははは」と大らかに笑っていた。
鱗族のアジトへの入り口は縦横無尽に開いており、いろんなところから出入りできるようになっている。全部の出入り口を正確に把握している者はいないかもしれないということだった。
「勝手に広げるんだよ。暇な奴が」
「暇・・・」
「そう。暇なやつがどんどん増築するから、割と快適なんだぜ?穴倉の生活でもな」
グローは今の生活でも自分たちは楽しんでいるという。
「そらそうだよな。あの穴の中の広場にドラゴンが住んでたんだもんな」
「あのドラゴンの巣を中心に穴を広げたんだ。あそこがすべての始まりだ」
広場にリューが降り立つと、全員が岩の前にそろった。
「リュー、ご苦労様。また帰りに呼ぶからね」
ミーシャとシャオマオが撫でるとリューは嬉しそうに鱗を震わせて消えた。
「さあ。シャオマオ。手をつなごうね」
「はあい」
シャオマオはグローが開錠した岩の扉をくぐって鱗族のアジトへと足を踏み入れた。
登ったり下りたりを繰り返し、シャオマオの方向感覚がすっかりおかしくなった頃に広場にたどり着いた。
「・・・・・懐かしい」
自分がドラゴンになるまでに過ごしていた場所だ。
ダリア姫は竪穴の底へ降り立っていろんな壁の傷や使っていた食器を見つめて目を細めた。
「これは父が寝ぼけて壁を爪で引っ搔いた後で、こっちは私に呼ばれて振り返った時にしっぽで削ってしまった痕です」
えぐられた壁の大きな傷を見て、「なんでダリア姫がドラゴンと一緒にいて無事だったのか不思議だよ」とライは顔を引きつらせながらこぼしていた。
「ドラゴン様!!妖精様!!」
上空からかけられた声に上を見上げると、何人もの鱗族がわあわあと竪穴の縁から手を振ってくれていた。
「ユエ、ごあいさつしましょうね~」
「ああ」
ユエがシャオマオを抱きしめると、空を飛んでふんわりと二人で竪穴の外へ出た。
「妖精様。よくおいでくださいました。是非ご挨拶をさせていただきたい」
その場の鱗族全員がきちんと座り、これ以上は低くなれないくらいに頭を下げて挨拶する許可を求める。
「こんにちわ。はじめまして。シャオマオです。妖精でっす」
「はじめてお目にかかります。鱗族のリンです。代々長老は鱗族のリンを名乗ります」
男性でも女性でも、長老となったものが「リン」を名乗って歴史を紡いできたのらしい。
「我々は裏の歴史気を生きてきたもので、妖精様と接触したことが鱗族が生まれてから一度もありませんでした。此度のことは、我々がご迷惑をおかけした結果でございますが、本当に・・・・妖精様と出会えた奇跡・・・嬉しく思います・・・」
涙を流す長老は手を組んでフルフルと震えている。
「妖精と会ったことないの?」
「ええ。妖精様も我々のことは知らなかったかもしれませんね」
人族であったなら、どんな子供でも妖精の物語を聞いて育つし、遡れば「うちのじいちゃんのじいちゃんは妖精様と遊んだことがあるんだぞー」なんて話が出てくるものだが、鱗族とは全く接触がなかったのだという。
「そっかぁ。じゃあこれから仲良くしようね。リンちゃんにはこれあげるねー」
シャオマオは自分の首からスカーフをとって、シワシワのリンの首に巻いてあげた。
「よ、妖精様・・・!」
「うん。これから鱗族と仲良くするっていう約束」
わあっとその場にいた者たちから歓声が上がったと同時に、遠くからドラゴンの咆哮が聞こえた。
「シャオマオ!来たぞ!!」
「うん!」




