グローの夢
「おお。お帰り」
「ただいま帰りました」
「ミーシャ、お疲れさまでした」
庭でサリフェルシェリとライに迎えられたミーシャはリューを撫でてねぎらう。
くおんっと鳴いて、体を震わせたリューはすううっと姿を消してしまった。
「うわ!」
上の乗せられていたグローが慌てて地面に降り立つ。
「消すなら消すって言えよ。あぶねえな」
相変わらずロープにぐるぐる巻きにされたグローは悪態をつく。
「思ったより早かったな」
そんなグローの様子を気にもしないで話しかけるライ。
「ミーシャは子どもなのに夜更かしさせすぎた。風呂に入って寝るといい」
「ありがとうございます」
あまりミーシャは眠そうにしていないが、子供が起きていていい時間じゃない。
「朝飯まで時間あるしな。ひとっぷろ浴びて仮眠する時間はあるぞ」
「ありがたい。そうさせてもらう」
にかっとラーラが笑う。
「お前もラーラと一緒に入れよ」
「あぁ?」
「客室は二階の一番奥を使え。朝飯が出来たら起こしてやるからな」
ライは歩きながらいろいろ指示を出して、くわーっとあくびしながら後ろ手に手を振って部屋に戻っていった。
「グローよ。なぜそんなに不満そうな顔をしているんだ」
ロープを外されたグローは少し離れた位置で浴槽に浸かっていた。
「・・・・・・・」
「なんだ。獣人と風呂に入るのがそんなに不満か?」
ちょっとしたジョークを言ってみてもグローは何も話さない。
自分の鱗を撫でながら、何か深く考え込んでいる。
自分の、自分たち鱗族という存在のすべてが変わろうとしているのだ。
戸惑うのが当たり前だろうと、ラーラは少し微笑んで真面目な顔をするグローの横顔を見つめた。
「おぱよラーラ」
「おはようございます妖精様。今日も美しいですね」
ユエの腕の中でもごもご話す寝ぼけ眼のシャオマオは、一番最初に出迎えてくれたラーラに挨拶をした。
まだ目もしっかり開いていないが大きな窓から差し込む朝日を浴びて、キラキラと輝くお人形のようなシャオマオ。
ラーラは飛び切りの宝物のような妖精をみて、しっぽが動くのを止められない。
しっぽが長い獣人は、あまり感情のままにしっぽが人前で動くことをよしとされない。
感情が露になりすぎるのは「下品」なことだとされている。
そんなことは分かっているが、この場では咎めるものがいないと思って制御しようとする気持ちも薄くなる。
何故ならユエのしっぽは必ずシャオマオの体のどこかに巻き付いているからだ。
誰も気にしていない。
シャオマオもまるでベルトやアクセサリーのように巻き付いているしっぽを気にしていない。
なんという理想の二人だろうかとラーラは羨望のまなざしで二人を見る。
ラーラはまだ番を得ていないが、こんな風に自分の愛をそこにあるものとして、当然のものとして、自分が受け取るのが当たり前のものだとして受け入れてくれる相手と出会えますように、と少し祈るような気持ちになった。
「ラーラ。感動してるところ悪いけど、グローを連れてきてくれよ。あいつまだ起きてこないんだ」
ライに言われたラーラは客室へグローを迎えに行った。
「入るぞ」
ノックをしても返事がないのでノブを回して部屋に入ると、ベッドの上に座ったグローの背中が見えた。
昨日の夜に部屋に突っ込んでから、全く眠っていないようだ。
「朝食の準備ができた。食堂に呼ばれている」
「・・・・・・・ああ」
「おはようグロー」
「・・・」
「挨拶せんか」
シャオマオの挨拶に返事を返さなかったらラーラに怒られた。それでも返事をしないグローに、ラーラはため息をついた。
「さあみんな、食ってくれ」
「いただきまーす!」
ライの声にみんなが挨拶をして食事を始める。
今日はライにしては簡単な食事だ。
人数が多いのでボリュームに重点を置いたのだろう。
ダニエル王たちはダリア姫を連れて城にいったん帰ってしまったが、それでも人数が多い。
「シャオマオ。ほらあーん」
「あむ」
「うん、上手」
トロトロ卵をきれいに食べただけで褒められる生活にも慣れてきたが、幸せなんてあるのが当然だと思ってはいけない。
健康な体。自分を愛してくれる人たち。暖かい食事。恵まれている。
「幸せ。シャオマオったら本当に幸せ。みんなありがとう」
その場にいる全員の気持がすうっと軽くなった。
ほとんどここにはなかったような魔素が浄化されて全員の身体の中の魔素にまで影響を与えた。
空気が美しくなったなと感じた後、飲んでいるミルクがさらに甘くなった。
卵はさらにまろやかになったように感じる。
朝日はきらきらとテーブルの上を輝かせる。
パンは湯気を立てながら柔らかさを増した。
ぴかぴかの光を放つようなシャオマオの笑顔をみて、ユエは涙がこぼれた。
「ユエ?どうしたの?」
「ああ。幸せだ。番が、片割れが幸せを感じている。幸せだな」
「ユエ・・・」
ふたりはきゅうと抱き合った。
「なに見せられてんだコレ・・・」
「幸せの形だろう」
グローのつぶやきに、キラキラになったスープを一口飲みながら几帳面に答えるラーラ。
味が格段に上がっている。
パンにバターを思いっきり乗せるグローも、急にさっきまでと味が違っているのを感じて不思議そうに齧ったところを見つめている。
「城でも食事が終わったら、ダリア姫たちがまた来てくださいますので、その時にグローの話を聞きましょうね」
「はーい」
シャオマオはユエにハムとチーズを挟んだパンを食べさせてもらいながら手を挙げた。
「はあ、今日のご飯美味しかったね」
「ほんとよ。バターまで格段に美味しくなってたね」
双子はぽんぽんに大きくなったお腹を撫でながら、ふかふかの敷物の上でごろごろと怠惰に過ごしていた。喉からごろごろという音がもう止まらない。
「出来上がった料理にまで妖精様の力が強く影響すると思っていませんでした」
すこし食べすぎた自覚のあるラーラはサリフェルシェリの消化薬をもらって飲んだ。
「そうでしたか。どうりで・・・」
うんうんとうなずくダニエル王に、シャオマオが首をかしげる。
「いつも城では同じ朝食を食べているのですが、格段に味が違いました」
「え?お城でも?」
ジョージ王子の言葉にシャオマオが驚く。
「今日は同じ時間に食事をしていたものはみな『いつもと同じなのにいつもより美味しいなぁ』なんて思いながら食べていたかもしれませんね」
「それってすごくステキ!」
「素敵ですね」
きゃっきゃと喜んでから、シャオマオは窓から庭を見ながらぼーっとしているグローに近寄った。
「グロー。みんな集まったからお話しましょ」
「・・・・・・・」
「お話したくない?まだみんなの気持ちは一個になってない?」
「・・・いや。長の意見も聞いて方針は固まってる」
「じゃあ、みんなで相談しましょ」
「・・・ああ」
力が抜けていて、シャオマオともきちんと話してくれる。グローは招かれるままにみんなが座る敷物のところへ近づいてきた。
「鱗族は洞窟のドラゴンの呪いを解放したいと思っている。それにより、自分たちが呪いから解放されるならよし。今世の呪われた者たちが許されなくともよい」
きちんと座ったグローが鱗族の長の言葉を紡ぐ。
「自分たちがやったことの後悔ばかりが残る人生だった。我々のために不幸にしたドラゴンの家族を弔い、いま残る子供のドラゴンが健やかに育つこと。それが鱗族の総意です」
グローは頭を床につけるくらい下げてシャオマオに願った。
「鱗族としては、ドラゴンの弔いがまずかなえるべき願いです。それによって我々の生活が人族に近づくならば喜ばしいことですが、第一の望みではありません。我々はダリア姫の願いをかなえるために従い、全力を尽くします」
「まあ・・・」
ダリア姫が嬉しそうに微笑む。
想定としては、鱗族はみな呪いを解いて欲しいと願うと思っていたのだが、シャオマオの予想としてはちょっと違っていた。
「鱗族のみんなは昼間の生活をした方がいいの」
「我々は後世にこの呪いが残らなければいいと思っています」
「グロー・・・」
「我々の子孫には、ドラゴンの呪いなどなく、日の光を浴びても痛む肌を持たず、自分達よりも大きな力を持つ者に対しての畏怖の念を持ち、この星でつつましやかに生きてほしいと思っています」
頭を上げたグローはすっきりとした顔をしていたが、シャオマオの顔をみてニッと笑った顔は今までのようにいたずらな表情だった。
「長はこういう風に言うんだよ。俺はもっと願ったほうがいいって言ったんだけどな」
「もっと、だとグローはどんなお願いがあるの?」
「そうだなぁ。この黒い肌と鱗を嫌がってるやつもいるからな。そういうやつの見た目は人族と同じになればいいと思うぜ」
「グローは?」
「俺はこの姿を嫌ってないからな。別に何とも思ってねえ。昨日も言った通り、太陽の下で活動できればいいと思うぜ」
グローの黒い肌は太陽の光に焼かれて痛みが起きる。
我慢できないわけじゃないが、陽にさらされる時間が長引けばどんどん痛みは増す。
「犯罪者集団だけど、そうじゃないやつもいるんだ。そういうやつらは人族に交じって生きれたらいいと思う。いま捕まってるやつらも、罪を償ったあと普通に働く道があれば、俺たちの生き方も変わると思うんだよ・・・・」
「そうだね。グロー。もっといっぱい願って。妖精に、星に願って」
座っているグローの手を、シャオマオは握った。
「たくさんたくさん。希望を言って。きらきら光る、未来を語って」
シャオマオはグローから、たくさんの夢を聞きだして一つ一つに「かなえようね」と返事した。




