喧嘩するほど仲がいい
「ダニエル王、ジョージ王子。私の力が足りなかったばかりに、あなた方王族に呪いが及んでしまったことを深くお詫びいたします」
「ダリア姫。頭を上げてください」
ジョージ王子は慌ててダリア姫の手を握って寄り添った。
別室でお茶をしながら皆を待っていたダニエル王たち。
ダリア姫は先程、自分の兄の子孫である王たちを見て、人族の生活を聞いて感動していたが、それよりもジョージ王子やダニエル王に謝罪するほうが先であったと頭を下げた。
本来ならば、自分の体にドラゴンの両親の呪いを完全に閉じ込めてしまえれば王族に呪いが及ぶことはなかったはずだ。
漏れた呪いが王族に及んでしまったのは、人族の王族として育ったことで「縁」のようなものがつながったせいだと思う。
本当に血のつながった家族ではなかったが、愛情で深く深くつながっていた。
その「縁」がダリア姫から王族をたどって呪いが及んでしまったのだろうというのがダリア姫の考えだ。
ダニエル王たちが家族を失うことになったのは、自分の力不足であるとダリア姫は頭を下げる。
「ダリア姫。頭を上げていただきたい。決して貴女様のせいではございません」
ダニエル王もダリア姫の手を力強く包み込むように握った。
「貴女様は他人の思惑により運命に翻弄されてきたのです。そんな中でも人族にもドラコンにも、この幻獣にも、すべてに愛を注いでこられたではないですか。我々はそんな愛で生かされたのだと思っています」
過去は変わることはない。亡くなった王子たちのことを嘆くより、自分やジョージ王子が生かされたことを喜びたい。
「王よ・・・」
「感謝しております、ダリア姫。我々を守ってくださって」
「ありがとうございます」
ダニエル王とジョージ王子がにこりとダリア姫の手を握って微笑む。
涙がこらえきれなくなったダリア姫の肩に乗ったぷーちゃんは、すりすりと体を寄せてダリア姫を慰める。
「ありがとう・・・」
ダリア姫の心からの笑顔を目の当たりにしたジョージ王子が真っ赤になって照れると、ぷーちゃんは三人の手の近くへ飛び、ジョージ王子の手の甲をつつきまくった。
「痛い!」
「こら!幻獣なにをする?!」
「ぷいーーーーーーん!」
ジョージ王子がダリア姫から手を離すとやっと落ち着いた。
「幻獣。子供を苛めてはいけないよ」
「ぷい!」
諫められてもそっぽを向いてぷりぷり怒っているぷーちゃん。
わざわざ言いつけはしないが、王子は妖精様が好きなんだから、ダリア姫にまでデレデレするのは許せない!とかなんとか。
「ダリア姫~」
ノックの音と共に、かわいらしい妖精様の声。
ウィンストンがさっと王とダリア姫の顔を見てから扉を開く。
「お迎えに来たよ。みんなでデザート食べよ」
ユエと手をつないでみんなを迎えに来たシャオマオ。
ニコッと笑うとその場の空気がさあっと洗われたように清らかになる。
溜まる魔素を一掃するのだから本当にきれいにしているのだが、みんなの心まで軽くする。
「妖精様。先程の鱗族の若者は?」
入り口のシャオマオに走り寄るダリア姫。
「うん。一度お家に帰ってもらったの」
「大人しく帰りましたか?」
「うーん。ラーラが心配してまたぐるぐる巻きにしてたの」
「あはは。それはあの若者も困ったでしょうね」
「諦めたって言ってた」
ラーラとミーシャが送っていくんだという話を聞きながら、シャオマオと手をつないで歩くダリア姫。
「ダリア姫。安心しろ。じきに立派なドラゴンへ羽化する」
「・・・・妖精様?」
少し立ち止まってダリア姫を見上げるシャオマオの瞳がきらきらと光って見える。
まるでタオの実に銀の星を散らしたようなきらめきだった。
この星を空から見ているような遠い遠い気持ちになったダリア姫。
妖精様とつないだ手がほんの少し冷たい。
「シャオマオ?」
ユエはつないでいた手にほんの少し力を入れた。
ほんの少しだけ、シャオマオの存在が薄くなったように感じたのだ。
「・・・・・?」
ユエに呼ばれて振り向いたシャオマオは、いつものシャオマオだった。
「ユエ?」
「うん。デザートは最初に何を食べるのかな?」
「えーっとえーっと、タオの実のタルト~」
想像だけで幸せな気分になったシャオマオは、ふんわりと浮かんで空中を歩いた。
妖精が愛しすぎて年中収穫できるようになってしまったタオの実。
妖精様の色だと人々にウケて祭事には欠かせないものとして定着した。
今ではタオの実がおいしく実ることが妖精の機嫌の良し悪しだとして最も注目される果実である。
自分の顔より大きなホールケーキをペロリといくつも平らげるぷーちゃんとダリア姫。
途中だった食事を綺麗にしてからのデザートだったので流石の獣人たちも唖然とした顔をしている。
「ダリア姫はまあ、いいとして。ぷーはその体のどこに食べたもの隠してるんだろうな・・・」
「兄さん。気にしたら負けよ」
「あんな生き物他にいないね」
げんなりとしながらお茶を飲むライに、双子が口の周りについたクリームをペロペロしながら返事する。
今ではライの握り拳くらいの大きさに育ってはいるが、ぷーちゃんはまだ嬉しそうにデザートを食べ続けている。
「幻獣よ。お前も早く元の幻獣の姿に戻りたいか?」
「ぷぷう」
「なんと。今の姿を気に入っておるのか」
「ぷううー」
「ぷーちゃんったら、ダリア姫とずっとひっついていられるから、今の姿がいいのよね」
ぷーちゃんはダリア姫の胸元をチラリと見て、クネクネと踊るように照れていた。
「しゅけべだ・・・・」
「シャオマオの教育に良くないな」
「食べちゃダメよ、ユエ」
シャオマオはすかさず釘を刺した。
「わかっているよ」
にこりと微笑むユエの口は美しい弧を描いているが、どうにもわかっていない気もする。
「教育という意味ではユエも別に良いわけじゃないしな」
「・・・どういう意味だ?」
「いや、そのままだ」
ライに指摘されたが本気でわかっていないユエは首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
「鱗族たちの意思決定はいつになるだろうか?」
ダリア姫が不安そうな顔をする。
一週間や十日で決まるものだろうか?
総意というからには全員の意見をまとめなくてはならないだろう。
今何人の鱗族がいるのかは聞いていないが、そう易々と決まらないのではないだろうか。
「いえいえ。明日の朝にはここにまた尋ねてくるように言いましたので、そんなに時間はかからないと思いますよ」
心配するダリア姫やダニエル王を置き去りに、サリフェルシェリがニコニコしながら返事した。
「え?明日?」
「ええ。明日です」
「そんなに急ぐのですか?」
「シャオマオ様の学校が始まってしまいますので、週末の間に決めておいた方がいいかと思ったのです」
「学校」
「なるほど」
ニコニコするサリフェルシェリをそのままに、ダリア姫とダニエル王は深く納得した。
「あ!そうよ王様!お願いがあったんだった」
「妖精様。私に叶えられることならなんでもおっしゃってください」
ダニエル王はやっと妖精様のお願いを叶えてあげられるのだと嬉しそうな顔をする。
「えっとね。ジョージったら学校に行きたいんだって。学校通ってもいい?」
「ジョージの通学ですか?」
「うん。そうなの!ジョージったらお友達が少ないのよ。シャオマオだけじゃないかしら?」
「ええ、学校にも通っていませんし、まだ友人になれるような子供との接触もありませんね・・・」
この星で妖精に友達だと言ってもらえることの価値は学校に通ってできる友達よりも大きいのではないかとダニエル王はジョージをチラリとみたが、言ってる本人も言われた方も、その価値にそこまで気づいていないようだ。
「ジョージは忙しいって知ってるんだけどね。学校行かなくても、オベンキョできるのも知ってるんだけど。それでもジョージに時間をあげて欲しいの」
モジモジとシャオマオは王にお願いする。
「ジョージに少しだけ、子供の時間をあげて欲しいの」
「妖精様・・・」
健康体になったジョージは今までの遅れを取り戻すように体を鍛え、家庭教師に学び、わがままを言わず、むしろ積極的にダニエル王の執務を手伝い、ますます大人のような振る舞いを心がけているようだった。
ダニエル王は健康に不安があるわけではないが、それでも自分が元気なうちにジョージ王子を次の王として立派に育ててやりたいと思っている。
ジョージもそんな祖父に応えようと必死でついてくるが、今という子供の時代をどんどん縮めてしまっているのではないかとはたと気づいてしまった。
「ウィンストン」
「はい」
「私とお前が出会ったのはいつだったかな?」
「今のジョージ王子よりも幼い頃です。出会っていきなり私がご無礼を・・・」
「そうだそうだ。父の従者が息子を連れてきて紹介してくれたが、いきなり『自分よりチビの従者なんて嫌だ』と文句を言われた」
「・・・・申し訳」
「いやいや、それでいきなり私が飛びかかって殴りつけた。懐かしい話だ」
そこから何十年の付き合いだろうか。
ダニエル王はその後こっぴどく父に叱られ、ウィンストンは父にしこたまぶん殴られたが、その次の日から2人は不思議と馬があった。
そこからは2人一緒になんでもやって、唯一無二の親友となった。
「そうだなぁ。ジョージよ。自分の従者を自分で選んでみるか?」
「え?」
「ジョージ王子。学校へ通い、友達を見つけよ。自分と本音で話してくれる子供を見つけてみろ。そして、そばにいてくれる従者を自分で選んでみるがいい」
「はい!」
「ジョージよかったね!学校に通える!」
「嬉しいです。シャオマオのおかげです」
シャオマオは嬉しさのあまり飛んでジョージに抱きつこうとしたが、ユエに阻止されてしまった。残念。




