洞窟での出来事③
ドラゴンとダリア姫は少し目を離しても大丈夫そうだ。
ユエとシャオマオは再び崖の上まで飛んで、鱗族の集まっている場所を覗いた。
焚き火を囲んで数人でお茶を飲んでいる。
コップを握りしめるように持っている長老に向かって、みんな口々に話しかける。
「贄を与えたが、呪いの王が我々の呪いを解く気配がないな」
「てっきり贄を食べて満足すれば我々が許されるのかと・・・」
不思議そうな顔をする若者達。
「あの贄は、ただの獲物ではないのだ」
老人がお茶を一口飲んでポツリと呟いた。
「あれこそが我々の罪。我々の呪いの始まり・・・」
老人は自分の手をじっと見つめた。
鱗の生えた黒の肌。
まるっきり呪いの王と呼んでいる黒ドラゴンと同じ姿だ。
「我々がこの洞窟に潜るようになって300年」
「陽の光を浴びることができなくなって300年だ」
「今では生まれながらの鱗持ちがほとんどだな」
老人がため息をつく。
「それだけあのドラゴンに長い間、苦しめられてきたんだ」
老人は若者の言葉に首を振る。
「ドラゴンを苦しめてきたのは我々だ。我々は報いを受けている」
「しかし・・・」
「例え先祖が行ったことだとしてもだ。我らはその先祖の行いを、どれだけ時間がかかろうと呪いの王に頭を下げ続ける。許しが得られるまで、何度でも・・・」
老人は疲れたようにつぶやいたが、反論するものはもう居なかった。
ユエと手をつないだシャオマオがユエを見上げた。
心得たようにユエは牢屋に向かって歩き出す。
その先にはダリア姫の幸運。金色の鳥がつかまっていた。
「ピヤアアアア・・・・・」
大粒の涙をぼとぼとと流す鳥。
鳥とはこんなに感情を表にすることができる生き物だったのかと驚くくらいうなだれて涙を流している。
心なしか金の輝きもうっすらと陰っているように見える。
シャオマオの眉が盛大に八の字になっているのをみて、ユエが抱き上げて目元やこめかみに口づける。
シャオマオもユエの首に抱き着いて、甘えて気持ちを落ち着けた。
「かあいそうよ、鳥さん。ダリア姫のこと大好きなのよ」
「そうだね。あの鳥は自分よりもダリア姫を愛しているね」
ユエには鳥の気持が理解できる。どんな生き物が相手であろうとも、自分の最愛をとられることと比べたら恐ろしいことなど何もない。必ず負けるとわかっていても動かずにはいられないだろう。
「鳥さん、このまま閉じ込められたままかな?こ、こ、こ、殺されちゃったりするのかな?」
自分で言って自分で怖くなってしまったシャオマオはブルりと震えた。
「幻獣だし自分で何とかできると思うんだけど、どうかな」
「こんなに泣いて、かあいそうよ」
ちょんちょんとユエの手をつついて地面に降ろしてもらうと、牢の鉄格子に近づいてシャオマオは鳥に話しかけた。
「あんまり泣くと目が解けちゃうのよー」
夢の中だからいいかと思って金の鳥を励まそうとした。
びくっと金の鳥が体を揺らした。
「え?」
シャオマオはそのタイミングに驚いた。
「鳥さん、あんまり泣くと、目が、解けちゃうよー」
シャオマオは「まさか」と思いながらももう一度、鳥にゆっくりと話しかけた。
金の鳥は左右に視線をさまよわせて、鉄格子の方に体を向けた。
「ピヨオ?」
「シャオマオはね、妖精なの。いま誰かの夢の中なの」
鳥にはシャオマオの姿は映ってない様だ。
視線をさまよわせながら、鉄格子の向こうにいるシャオマオの声のする方に近づいてきた。
「鳥さん、幻獣なんでしょ?」
「ピヨ」
「ダリア姫のこと助けに来たの?」
「ピ!」
「ドラゴンに勝てるの?」
「ピヨ!」
「か、勝てない?勝てないの?どうやってダリア姫助けるの?」
「ピーヨピヨ!」
「逃げるだけかぁ。どこまでも追いかけてきそうだけど・・・」
ユエは金の鳥と会話するシャオマオのことを驚きつつ見守る。
これは誰かの記憶。本当にあったことかもしれないし、誰かの希望が入った夢かもしれない。
そんなあやふやなものに招待されているだけでも「変」だが、シャオマオが登場人物に干渉しているのだ。もう「妖精だから」という一言で自分の疑問に蓋をするしかない。
そもそもユエは深く物事を考えるのが苦手だ。
シャオマオの希望をかなえ、笑顔で幸せに生きるシャオマオの隣に未来永劫いること以外はどうでもいいのだ。
鳥が可愛そうといったシャオマオの八の字眉毛が、少し通常に戻ってきたのでそれはそれでよかったなと思う。
「ユエ、鳥さんドラゴンさんと喧嘩しても勝てないみたい」
「そうだね」
一度意表をついた奪還作戦を決行していたが、幻獣であるはずの鳥の姿はドラゴンには最初から見えていたし、体格的にもドラゴンが勝っていた。パワーどころか飛翔能力もドラゴンの方が上かもしれない。
「あの感じだと、逃げるのも難しいかもね」
「え~」
シャオマオも何となくそう思っていたようで、ユエの返事に落胆こそしたものの予想の範囲内だったようだ。
鳥はシャオマオのいるあたりを見ているが、ユエのことはどうやら認識できないようだ。
「シャオマオ。鳥が可愛そうなのは分かるけど、ドラゴンにもなにかダリア姫にこだわる気持ちがあるんじゃないのかな?」
「そうだね」
「鳥をここから出してあげるのは、それがわかってからでもいいんじゃない?」
「ユエったらどうしてシャオマオが鳥さんを出してあげたいって思ってるのわかったの?」
「ん?シャオマオのこと愛してるからだよ」
シャオマオの顔がぽぽぽっと赤くなる。
「シャオマオももっとユエのことわかるように頑張るね」
「もっと愛してくれるってこと?」
「そ、そ、そそそそうかも」
「嬉しいなぁ」
シャオマオは赤い顔のまま金の鳥に「少し待っててね」といって、ユエと二人ドラゴンの巣の中に消えていった。
「ドラゴンの声って、あんまり言葉になってないの」
「気持ちがわかるだけ?」
「そうなの。あんまりおしゃべりしてない」
トコトコ歩いて近づいてみると、ドラゴンはうつぶせになって曲げたしっぽで藁のような草を集めてそこにダリア姫を招いて寝かせていた。
ダリア姫も疲れていたのか、小さく丸くなって藁にうずもれてすうすうと寝息を立てている。
「ドラゴン、ドラゴン。お気持ち聞かせて?どうしてドラゴンはダリア姫を攫ったの?どうしてダリア姫が大事なの?」
ドラゴンは鼻先に近づいてきたシャオマオを見つめているように見える。
近すぎてちょっとより目になっているのがかわいい。
「ドラゴンはシャオマオのこと見えてる?」
グルグルルルルル・・・・
「シャオマオ妖精なの」
グルルルル・・
「え?ダリア姫が?!」
ドラゴンの鼻息がシャオマオの髪を大きくなびかせた。
「ユエ、ドラゴンったら―」
ドゴン!!
鉄球がレンレンのいた場所にたたきつけられる。
「ええい!すばしっこいクソガキだ!」
イライラと叫ぶ鱗族の女の声にも、レンレンとランランは笑って鉄球をよけたり時には距離をつめて嫌がらせのような小さな攻撃をしたりとほとんど遊んでいる。
「あんな遅い動きで怪我したら冒険者やってられないよ」
「闇ギルドってあんなのしかもう残ってないね?」
「あー。兄さんとダァーディーにコテンパンにやられてまともなの残ってないのじゃないか?」
「じゃあ、相手するのも時間の無駄ね。ぷーちゃん連れてさっさと帰るね」
「そうね。ほっといても自滅するよ」
ケラケラ笑う双子の言葉にカッとなった鱗族の女は顔を真っ赤にして鉄球のついた鎖をビュンビュン回転させた。
「アネゴ!これ以上はやめてください!崩れちまう!」
慌てた鱗族の男が遠くから声をかけたが女は止まらない。
がりがりと壁を削ったり、振り下ろす先の床をえぐる鉄球を容赦なく振り下ろしている。
飛んで鉄球をよけた双子に遠くから放たれた弓矢が襲い掛かってきたが、レンレンがランランを引き寄せて無事だった。
「ランラン、ここ天井の近くに身をひそめるところがあるよ」
レンレンはいつの間にか握っていた閃光弾の筒を弓矢が飛んできた方向に向かって放り投げた。
カ!
一瞬で全員の視界を奪う光が洞窟を満たしたが、レンレンとランランは光を遮るメガネをさっとかけていたので相手がひるんでいる隙にその場にいた男たちの意識を刈り取ってしまった。
もろに閃光弾を浴びてしまった弓矢を持った鱗族だちはうめき声をあげている。
視界を奪われた女がなんとか振りおろした鉄球がレンレンのいた場所をえぐるが、レンレンは避けた後に両手に武器を持って最短距離で女に向かって飛び込んだ。
女は目を閉じながらも身構えたが、自分の背後に回ったランランの三節混によって足を払われて地面に突っ伏した。
ランランは3度の打撃で足、背中、首と攻撃した後に足払いをかけたが、そのスピードはすさまじく、鱗族のものは見ることもかなわなかっただろう。
「うぐあ!」
地面に顔を打ち付けながら悲鳴を上げた女の背中をランランが足で押さえる。
「レンレン、ランラン。ぷーを見つけたぞ」
「兄さん!」
「ぷーちゃん良かったね!」
光が収まった頃、片手に眠っているぷーちゃんを包むように連れてきたライは倒れている鱗族たちを見回した。
「ミーシャも待たせてるしな。さっさと帰ろうか。ん?」
ライが自分の手の中を覗くと、ぷーちゃんがもぞもぞしている。
「どうした、ぷー?お前泣いてんのか?」
「ぷい~~~~ん」
「なんだ?怖かったのかよ?」
「ぷい!」
ぷーちゃんは飛び上がってライの頭をくちばしでつついてから、出口に向かって迷いなく飛んで行った。




