叱るはむずかしい
「ぷーちゃん大丈夫かな?」
ミーシャに教えられて犯人についていったぷーちゃんのことをシャオマオは心配したが、ミーシャとユエに「絶対大丈夫」と太鼓判を押された。
あの犯人が大したことのない相手だというのは、シャオマオの「変わり身の術」に気づかなかったのもあるが、それに交じって鳥がくっついていたのにも気づかなかったのでもわかる。
多分ぷーちゃんは見つからないで帰ってくるし、見つかったとしても逃げる隙がいくらでもあるはずだ。
「風の精霊ちゃんたち。ぷーちゃんが困ってたら助けてあげてね」
シャオマオは周りにいる精霊にきれいな魔素を分けてぷーちゃんを助けてもらうよう働きかける。
精霊たちは(ぷーちゃんったら楽しそうにしてるのよー)とシャオマオに報告をしてくれた。
「楽しそうなの?」
(うん。もうしばらく遊んでから帰るって言ってるー)
遊んでるのか。
シャオマオはやっと少し心配する気持ちを落ち着けることが出来た。
誘拐のショックを受けてすぐに家に帰りたがったユエだったが、シャオマオに「学校に戻らないとまたみんなを心配させちゃう」という言葉に渋々従った。
誘拐がショックだったのはシャオマオよりもユエだ。
急に完全獣体になって服が破れてしまったので虎から戻れないユエに乗って、ミーシャからレクチャーされたヴィブの葉っぱを探す。
「これかなぁ?」
「ぐあう」
「あれ?違うの?」
ユエの背中から葉っぱを指さしたが、違うらしい。
「これはヴィブに似ている葉っぱです」
「あにゃ。これ熱さましにならないの?」
「ええ。間違っても毒はありませんがただただ苦いのです」
「苦いだけ?」
「はい。苦いだけです。でもこれを好んで食べる動物がいて・・・」
シャオマオはヴィブの葉を集めながら学校に戻った。
「シャオマオ!無事だったか!!」
「シャオマオ!もう!一人でどこかに行かないでよ!!」
「にゃあ!ごめんねジュード!カラ!」
学校について、門でユエから降りて教室に向かおうとしたら、廊下に出ていた二人にぎゅうぎゅうと抱きしめらた。
ペーターもとても心配してギリギリまでいたが、家のお手伝いの時間が迫っていたので渋々帰ったらしい。
他の生徒はみんなヴィブの葉の採点をしてもらってとっくに帰っているらしい。
「集団行動の時には勝手にどこかへ行ってしまってはいけませんよ。シャオマオさん」
「サリー先生。ごめんなさい・・・」
「サリー先生、シャオマオだけ怒られるの・・・?」
カラはシャオマオをかばったが、サリーは首を振る。
「一人で集団から離れることは、自分だけではなく他の人を巻き込むような危険な行為です。良くないことです。みんなを守るためにつけられた護衛の兵士を分断することになるのです。わかりますか?」
「・・・・・・はい・・・・・・・・」
「貴女は妖精様ですが、学校に通っている以上はここの一生徒です。ご自身もそうですが他の子供をも危険に巻き込むようなことをしてはいけません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅあい」
大きなシャオマオの瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれた。
ただちょっと、あのみんなの怒りの空間から離れたかっただけだ。
しかし、自分を攫いに来た誘拐犯に捕まりそうになった。
あんなにみんなに気をつけろと言われていたのに考えなしだった自分の行動が恥ずかしい。
それに、他の人が危ない目にあったかもしれないという言葉に体が震えた。
怖い。自分の行動で、自分を守ることもできない子供たちが巻き込まれていたかもしれないなんて。
猫族の里でも子供たちを巻き込んだ。
さっと顔色が悪くなって胸のドキドキが大きくなった。
涙が顎まで届いたところでユエがぺろりと嘗めとった。
「サリーせんせえ、みんな、ごめんなさ~~~~~~~~い」
それをきっかけに大きな声を上げてシャオマオが泣き出してしまう。
「はい。自分が危ないことをしたのだとわかってくれたのならいいのです」
サリフェルシェリは屈むとにっこりと笑ってシャオマオを抱き寄せた。
「うあああん!」
「今回はしっかりと反省して、次から気をつけましょうね」
サリフェルシェリの服をぎゅうと掴んでしばらく泣いてしまった。
誰にとってもシャオマオを叱ることは難しい。
過保護者たちは何とかしていつもシャオマオが悪いことをしたら叱っている。
なにせ誰もかれもがシャオマオを許すのだ。
例え今回のことでシャオマオを守ろうと護衛が動いてしまった結果、子供たちにけが人が出たとしてもシャオマオは許される。
そういう存在だからだ。
妖精様にはそういう存在であってほしいと願う者もいる。
落雷によって怪我をしても、本人も周りも不運だったと思うだろう。
例え雷に意思があったとしても、強大で恐ろしいそれが人の手でどうにかできるものであってはならないと思っているのだ。
だから誰の手にも入らない妖精様は美しく、人を魅了し、恐れられる。
しかし、シャオマオはみんなが望むような妖精様ではいられない様だ。
前の星の気質や経験が色濃く残っている。
それならば、サリフェルシェリたちはきちんとシャオマオを叱ってあげたいと思っている。
一人の小さな「シャオマオ」という女の子として、良くないことをしたら叱って、良いことをしたら褒めたい。
自信を持って、「みんなの妖精様」じゃなくて「ただのかわいいシャオマオ」として胸を張って生きてほしい。
妖精様じゃない自分も、周りのみんなと同じような一つの命であることをちゃんとわかってほしい。
「あれ?珍しい。サリフェルシェリが慰めてるのか」
少しだけ涙が止まってぐすぐすと鼻をすすっていると、いつの間にか服を着たユエとシャオマオの荷物を持ったライがやってきた。
「サリフェルシェリが泣かせたのだ」
ユエは柔らかい手巾を出して、シャオマオをサリフェルシェリから奪うと涙を拭いて鼻をかませた。
「人聞きの悪い。あなたたちでは誰も叱れないでしょう?」
「サリー先生。今回のことは、いや、前からだけど・・・ブルースがそもそも・・・」
ジュードがもごもごとサリフェルシェリに意見を言う。
「はい。ブルースさんが言ったことはシャオマオさんを、聞いた人を傷つけるようなものでした。良くないことでしたね」
「妖精様だからって言ったら、私たちだって獣人族だし。・・・それこそ人族だって、なんていうか、そうやって分けちゃうことって、全部悪いわけじゃないけど、私も分けちゃうことあるけど、あれは・・・・・とってもイヤよ」
カラもしゅんとしながらも感じたことを言葉にする。
「ええ。お二人が感じたことは間違いではないです。とっても嫌な気持ちになったのでしょう」
カラとジュードはうんうんとうなずく。
「どうしてブルースってあんなにシャオマオに突っかかるんだろ」
「シャオマオにっていうか・・・・。妖精様に?」
二人して首をひねるが、あまり話したことがない相手だ。ちっともわからない。
「ブルースさんに話をきいてみたほうがいいかもしれませんね」
サリフェルシェリはにこっと微笑んで、カラとジュードに家に帰るよう促した。
二人はペーターの家に寄ってシャオマオが無事だったことを報告してから帰るらしい。
「シャオマオ!また学校ちゃんと来いよ」
「待ってるからねー」
手を振って二人は駆けて行った。
何とか手を振り返してはいるが、少し顔を伏せたままのシャオマオを抱き上げて甘やかすユエはもう気にしていないが、シャオマオに何かあったことはミーシャの笛の合図でわかっている。
「さて、ミーシャ。なにがあったかうちで飯食いながら教えてくれるか?」
「はい」
ライの誘いに、ミーシャは学校から借りていた武器をサリフェルシェリと返しに行って、着替えてから家に向かうと言ってくれた。
帰り道、ユエが抱き上げようとしたら嫌がったので手をつないで歩いているが、シャオマオは黙ってとぼとぼ歩いている。
「シャオマオちゃん。元気ないねぇ」
「あい・・・」
「そんなにサリフェルシェリに強く叱られたの?」
ライが優しく尋ねる。
「ううん。サリー先生優しい。優しく教えてくれたの」
「うん」
「シャオマオのしたことで、他の子たちを危ない目に合わせてたかもしれないって・・・」
「そうだね」
「そう思ったら・・・怖くて・・・・」
「今回は誰も怪我をしなかった。だから反省したなら次に生かせばいいんだよ」
「つぎ?」
「そうだよ。次に生かすんだ。頭でわかってたって実践でできないことなんていくらでもある。シャオマオちゃんはまだ大人に守ってもらえる子供なんだから、今のうちに何度でも失敗すればいいんだよ」
「しっぱい・・・しても大丈夫?」
「そうだよ!そのために大人、俺たち家族がいるんだろ?」
ニカッと犬歯を見せながらライが笑う。
美形のライの、人好きのする優しい笑顔。
心がほっとするような、陽だまりの笑顔。
「ほら、シャオマオちゃん。俺はシャオマオちゃんのなに?」
「・・・・・・・・にーに」
俯いてつぶやくと、ぐりぐりと頭をかき回すように撫でられた。
「そうだよ。俺はシャオマオちゃんの強くてかっこいいにーにだろ?」
自分で「強くてかっこいい」を付け足したライ。
「守るからね。シャオマオちゃんの心も、ちゃんと守って見せるから安心して失敗すればいいんだ」
「に~~~にぃ~~~~」
シャオマオの瞳がまた大きな雫をこぼした。
「ライ。シャオマオを泣かせるな」
「お前が言葉にできないことを代わりに言ったんだ。感謝しろよ」
ライは少し得意げな顔をして、家の門を魔道具の鍵で開けた。




