泣きすぎたら目が溶けるってホント?
「ぐうううう」
「ユエ」
ユエが鼻にしわを寄せて近づくキノを威嚇する。
「なんだ。虎猫か。人の姿を保てない?不自由だな」
「ガァ!」
「らめ、ユエ」
馬鹿にしたように言うキノに怒るユエの頭をしっかりと捕まえて落ち着くように暖かい気持ちを流す。
ユエの今にも飛び掛かりそうな雰囲気が和らいだようだ。少し安心した。
「キノ、シャオマオ、ともらち?」
敵意がないのかをまず確認したかった。
「ともらち?・・・ああ。友達ですか。妖精様はシャオマオ様というのですね。もちろんキノは妖精様の、シャオマオ様の味方です。友達ですよ」
にこにこというキノの顔はなんの裏もないように見える。
とにかくいまみんなが倒れたり、ユエが虎の姿になってしまった以上、ここで頼れるのはキノだけかもしれない。
「ここ、出たい」
「そうですね。私もそろそろ海に帰らないと。大きな魔物が出たと聞いていたので見回りに出たんですが、この魔物が大暴れしてましてね。一人ではどうにもできずに飲み込まれてしまったんです。まあそのうち助けが来ると思って待っていたんですけど、妖精様が来てくれるとは思ってもみませんでした。のんびり待ってみるもんですね」
ぺらぺらと話すキノはなんだか楽しそうだ。
何を言っているのかはあんまりわからなかったが。
「では、妖精様。この子を星に帰しましょう」
「帰す?」
「そうです。あの魔石をもらってあげましょう」
「もらうの?」
「あれを預ける先を探して泣いていたんです。十分浄化したのになぜか命が尽きなかったので苦しかったのでしょう」
「う?」
「さあ、石を持ってください」
よくわからないが、ユエも止めない。
言われた通りにユエから降りて、石を両手で持つ。
やっと帰れる。ありがとう・・・
石からひどく疲れていたクジラの感謝の気持ちが伝わってきた。
『頑張ったんだね。ゆっくりしてね』
星の愛し子・・・ありがとう。
クジラの心が流れ込んでくる。心底安心しているような気持ちが届く。
星の愛し子・・・金・・の・・・
クジラの声はとぎれとぎれになって、最後まで聞き取れなかった。
『なに?金のなに?』
慌てて聞き返したが、もうクジラの声はしなかったし、足場だったものがすっと消えた。
クジラが消えた。
つまり、自分たちの周りにあったものが何もなくなったのだ。
シャオマオは大きな魔石を掴んでいたが、魔石には重さがないのか持っていても沈んだりせずに腕の中にある。
慌てて周りを見回すと、シャオマオの周りはシャボン玉のような空気の塊に包まれて無事だった。
『なにこれ・・・?あ!ユエ!ニーカ!ちぇきいた!みんな!!』
自分の体を包んでいるシャボン玉は自分を守ってくれているようだが、周りを見回したら遠くに点々と鳥族の姿と、自分のそばにユエの虎の姿が見えた。
みんなそのままゆっくりと海の底に沈んで行っているように見える。
(なんで?ユエはさっきまで起きてたのに!)
『みんな!ユエ!ニーカ!起きて!泳いで!!』
シャボン玉は叩いても全然びくともしないでゆっくりと上昇している。
力いっぱい叫んでも、上昇する自分と沈むみんなとの距離はどんどん開くばかりだ。
『だめ!死んじゃう!!誰か助けて!!』
シャオマオがわんわん泣いていたら、横を猛スピードで通り抜ける者がいた。
「キノ!」
人魚の姿で猛スピードで泳いでユエのそばまで行くと、ほわっと息を吐いた。
キノの吐いた息は丸く大きくその場に留まって、ユエの頭を覆うとゆーっくりと上昇を始めた。
『ゆえ・・・たすかった?』
へたり込んだシャオマオはびしょびしょの顔で鼻をすすりながら周りのみんなを見回した。
他にも人魚が何人か駆けつけてくれていたようだ。同じように鳥族の顔の周りに空気の層を作って、海面まで連れて行ってくれるようだ。
だんだんと明るい海面が近づくと、心が少し落ち着いてきた。
海面に出るまでは、キノがそばで見守ってくれるようだ。
「シャオマオ様。心配せずともみんな無事ですよ」
水の中でシャボン玉を隔てているのに、キノの声ははっきり聞こえて不思議だ。
シャオマオのシャボン玉は特別なのか、海面にぷくりと浮き上がってからも割れなかった。
そのままキノに運ばれて、砂浜にたどり着いたらぷちんと割れたので濡れずに済んだ。
「さあ。シャオマオ様。せっかくここまで来たのですから海人族のみんなと遊びましょう」
魔石ごとささっと抱き上げられて、連れ去られそうになる。
「やーん!」
全員はまだ浜にいない。何人か浮かんだまま海にいて、人魚たちに運ばれているところだ。
まだ全員の無事を確認していない。
シャオマオはキノの腕の中でじたじた暴れて抵抗した。
「放っておいても彼らが介抱するので大丈夫ですよ。ささ」
「ユエ~~!ニーカ!ちぇきいた~~!」
キノの肩越しに見えるみんなに向かって叫んだが、みんな砂浜に倒れたままで動かない。
大丈夫なのか今すぐにでも確かめたいと思ったのに、キノが放してくれない。
「はなちて~!」
「嫌がってるだろう。放せよ」
キノの背後からナイフを突き付けたのはライだ。
立ち止まったキノは冷たく言い放つ。
「なんだ。また猫か」
バチン!!
背後に立っていたはずのライが大きく後方にはじかれた。
何に?
ライを何かが叩いたのは音でわかったが、何が叩いたのかはわからない。
キノは前を向いたまま、両手でシャオマオを抱えている。体を動かした様子はない。
シャオマオが見えたのはライの体が吹き飛ばされるところだった。
ライは大きく吹き飛んだが、ナイフで打撃をガードしたようだ。くるりと一回転して着地したが、曲がってしまったナイフを見て砂浜に投げ捨てた。
「ライ!!」
「妖精様はみんなのものだ。海人族の島に招待するのを猫に咎められる覚えはない」
酷く冷めた言い方だった。
シャオマオと話す時と温度が全然違う。
前を向いたまま、ライのことを見ようともしない。
「違うね。妖精様は自由だ。妖精様のやることを妨げてはいけない」
「妖精様は自由に遊ぶ。人の生き死になどには関わらない」
吐き捨てるように言って、立ち去ろうとするキノ。
ぱちん!
シャオマオは魔石を放り投げてから、キノの頬を両手で挟むように叩いた。
怒っていたから衝動的にやってしまった。
怒りのまま人を叩いてからちょっと自分でも怖くなってしまった。
人を叩いたり、怪我をさせるようなことをしたことがない。初めてのはずだ。
自分の手も痛い。
でもライが怪我をしたかもしれないと思ったら、思わず体が動いたのだ。
「きらい!おろちて!!」
勢いのまま叫んだ。
「シャオマオ様・・・」
ちっとも痛くなかったが、キノはびっくりした。
妖精を怒らせてしまったのかと。
長生きのキノは先代の妖精とも遊んだことがあるが、妖精は遊ぶことが大好きで気まぐれで、誰のことも特に気にしたりはしなかった。
海人族よりもおおらかで何にもとらわれず、いたずらで、楽しいことしか目に入らないような存在だった。
そんな妖精がこんなことで怒るのかと驚いたのだ。
そっと地面に立たせると、一目散にライのところに走って行った。
「ラ、ライ~~~!」
「シャオマオちゃん」
きゅっと抱き合う。
「けが、ナイナイ?」
「ないよ」
『ユエもニーカもチェキータも、みんなみんなクジラに食べられて、溺れて・・・』
震えながら状況を説明してからこちらの言葉じゃないので伝わらないかと思ったが、しゃべるのを止められない。ライは「うんうん。みんなのところに行こう」と、シャオマオを抱き上げて海に向かって走り出した。
浜辺には鳥族とユエが寝かされていて、応急処置をちゃんと受けているようだった。
「う・・・妖精様」
「ちぇきいた!」
一番最初に頭を押さえて起き上がったチェキータの懐に飛び込んだ。
「よかっちゃ!!よかっちゃなぁ!!」
「妖精様。心配かけました」
チェキータも抱き返してくれるのが嬉しくて、「よかったよぉ~」と言いながら大粒の涙をこぼして泣いてしまったシャオマオ。
「泣かないで、妖精様。みんな無事のようですから」
後ろを振り返ると、みんなそれぞれ体についた水と砂を振り払うようにして起き上がってくる。
「ユ、ユエは!?」
ユエの名前を出したとたんに、首根っこをつままれて持ち上げられた。
「ユエ!」
「うるるるる」
ユエはまだ虎の姿のままだったが、元気そうだ。
「よかっちゃ!」
シャオマオは両目を手で覆って、ユエに咥えられて足をぶらぶらさせたままわんわん泣いてしまった。
「みんなケガ、ナイナイでよかっちゃよおおおおおおおお~ん!」
このあとは「目が溶けるから泣き止んで」とみんなに慰められてもシャオマオの涙はなかなか止まらず自分でも困っていたが、がっしりユエの首にしがみついたまま離れず、泣いて体力を使い果たして疲れて眠っても張り付いたままだった。
ユエは毛皮をびしょびしょにされたがこの上なく満足そうだった。
平和が一番!




