「特別」って誰が特別にするんだろうね。
「なあ、シャオマオ。お前いつもこんなうまいもん食ってんのか?」
自分のランチを完食してから、さらにフルーツサンドを難なく食べるジュードを見てシャオマオは驚いた。
獣人とはいえ、男の子とはいえ、こんなに食べるものなのか。
横を見ると、カラも普段シャオマオが食べる量よりたくさんの量をぺろりと完食した後にフルーツサンドを喜んで食べている。
よく食べる年の近い人はミーシャで経験していたが、ミーシャが特別なのかと思っていた。
どうやら自分の方が「特別食べられない」のだとわかった。
標準より痩せている人族のペーターも、男の子というのを加味してもよく食べてる。
実際はペーターはおうちの手伝いをよくしているので体をよく使う子供ではあるのだが。
「そうよ。ライ・・先生ったらお料理上手なの」
一番好きなタオの実がゴロゴロ入ったジューシーなフルーツサンドをかじりながら、嬉しそうにシャオマオが笑う。
「・・・・う、かわ・・・、いや、う、らやましい、な」
ジュードが真っ赤になりながらしっぽを揺らす。
「ジュード、あんた真っ赤よ」
「あんなピカピカの顔を目の前で見て、どーよーしないほうがおかしいだろ!!」
カラとジュードがひそひそケンカする。
ジュードにはシャオマオの顔が光って見えていたらしい。
「僕このはんばがーが一番好きだな」
「『ハンバーガー』よ」
「ハンバーガー?サンドイッチより食べ応えがあって、野菜も入ってるのに肉の味が濃くて美味しいよ。これ何個でも食べられそう」
ペーターのお母さんがこの場に居たら、ペーターが饒舌に食事について語るのは珍しい姿だと驚いただろう。
「ライ先生も喜んでくれるの!褒めてくれてありがとう!」
シャオマオが家で食べているものは、前の星で食べたくても食べられなかったものだ。
シャオマオも見た目だけで食べたことがないので味の正解は分からない。
かなりシャオマオの好みに偏っているはずだが、目新しいのもあってみんな喜んで食べてくれる。
「ねえ、シャオマオ。この、クリーム、なんだっけ?なんとかズ」
『マヨネーズ』
「そ、それなんだけど。これ、あの、これ・・・・売ってほしい!!」
「え?!」
「もしかして・・・高い、の?私のおこづかいで足りないかな・・?いくらくらい?」
「え?え?高い?」
「もうこの味がなかった頃には戻れないの!!お願いよ!!」
「ひええええ」
シャオマオが助けを求めて近くで見守ってくれているミーシャを見る。
「カラがマヨラーになっちゃった・・・」
「まよらー?」
きれいな顔をきょとんとさせるミーシャ。どんな顔をしていてもきれいなものはきれいだ。
「マヨネーズ、売ってないの。ライ先生に作ってもらってるから自分たちで食べる分だけ」
「そうなんだ・・・」
「カラそんな悲しい顔しないで。作り方教えるから自分で作れるよ」
「え?!教えてくれるの!?」
ぎゅっとシャオマオの手を握って感動するカラ。
「タダで教えていいの?これ相当儲かると思うよ?」
近くから見ていたグリーが話に入ってくる。
「うちんち食料品とか売ってるんだけどこんなの食べたことないもん。レシピだけでも一攫千金目指せるぜ?」
「う・・・。シャオマオ、お金、あんまりわかんない・・・」
レシピを売って、お金を稼ぐことが自分に必要なことかもよくわからない。
今はお金には困っていないが、それは周りの大人の世話になっているからだ。
きっとお金持ちになって、今までお世話をしてくれた人にお返ししたほうがいいのだろうとは思う。
みんな要らないって言ってくれると思うけど、自分が食べているものも、着ているものも、人のお金だ。
それも、偶然この星に来た時に助けてくれた人に、ずっと甘えてる。
「妖精様だからな。金にこだわらなくてもみんなに何でもしてもらえるもんな。俺たちただの人とは違うんだろ」
冷たい声が聞こえてきた。
自己紹介の時にシャオマオに突っかかってきたブルースだ。
「ブルース!」
「なんだよ、お前らだって妖精様を特別な目で見てるじゃねーか。自分達「人」とは違う、妖精様だろ?」
「ブルース。妖精様を怒らせたら・・・・」
「怒ったらどうなんだよ。怖いのかよ。そうだよな、怖いよな!特別な力でケガさせられたり?それとも周りの大人に命令するのか?俺を殴れとか?」
周りの人族の子供が止めたが、ふんっと鼻で笑いながらブルースが吐き捨てるように言う。
「そ、そんなこと。しないもん!」
「気ままに人をからかって、助けたりいたずらしたり、好き勝手にやりたいことやって、それでも許されるんだろ?特別な妖精様だもんな」
特別、に悪意を込めるブルース。
みんなに「妖精様は自由です」「みんなに愛されています」「好きに生きていい」と言われていた。ずっと。この星に来てからずっと。言い聞かせるようにずっとそういわれていた。
シャオマオだって、妖精らしくしようと思ったときもあった。
自分が妖精として求められているなら妖精らしく生きないと、と。
自分は役目があってこの星に帰ってきたのだから、妖精としての仕事をしないといけないと思っていた。
でも、ブルースはシャオマオに出会った時から噛みついてきてた。
みんなが大好きだと言ってくれる中でも、妖精だからと嫌われることもあるのだということを突き付けられる。
「あ、う・・・」
「ブルース。言いすぎだぞ」
ジュードが歯をむき出して怒る。
「おー。獣人従えてる妖精様は怖いなぁ」
「ブルース!いい加減にしろよ」
周りの子供が止めるが、ブルースはぶすっとシャオマオをにらみつける。
「シャオマオ!!」
勢いよく空に飛びあがったシャオマオは、森の方に向かって飛んで逃げてしまった。
「ミーシャ!」
「はい!」
ライの声でミーシャが後を追う。
自分はユエを縄で拘束しているので忙しい。
口枷もつけて手足を縛っているのにじたばたしている。
なんならサリフェルシェリの精霊札も使って「固定」しているのになんでこんなに動くんだ。
「落ち着けってユエ」
「むぐうううううう!!!」
「ちゃんと子供たちで解決させなさい。妖精様だから、番だから、みんなに優しくされて守られていると思っているのはブルース君だけではないですよ」
サリフェルシェリの言葉に、口の中に苦さが広がるユエ。
「うぐう・・・」
違う。
違う。
可愛いシャオマオ。
妖精じゃなくても、今の姿じゃなくても、なんなら男であっても、絶対にシャオマオが好きだ。
それだけは曲がらない、はっきりとわかることだ。
誰よりも、自分よりも大事な大事な俺のシャオマオ。
俺の番、俺の魂。俺の半分。
少し怒りが収まったが、シャオマオが悲しんでいる気持ちを思うと心臓が握りつぶされるような物理的な息苦しさを感じる。
子どもたちは子どもたちでまだ言い争っている。
ことの発端のブルースはむすっとして、周りに何を言われようとそっぽを向いている。
ブルースを擁護するものも何人かいるようだが、いまはその周りがぎゃあぎゃあと言い争っている。
「お前が一番妖精様を特別に見てるって、自覚したほうがいいぞ?」
「そうだよブルース。シャオマオのこと妖精様だって今も言い続けてるのお前だけじゃん」
中立派のほとんどの子供たちがブルースを責めるわけではないが、諭すように色々声をかけてくる。
「!?」
「ユエ?」
しばらくじっとしていたのに、ユエが突然に完全獣人となって縄を引きちぎり、走り出した。
「ひ!」
「きゃあ!!」
子どもたちは完全獣化する獣人なんか見たことがない人族が多かったこともあり、悲鳴を上げて混乱する。
「ユエ!」
子どもたちの方に走って突っ込んでいくユエは、大きく跳躍して子供たちの集団を飛び越えて森の中に飛び込んで行った。
「ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
その直後、森の中から笛の音が響いた。
獣人の耳にしか聞こえない、特殊な音の鳴る笛だ。
その音を聞いて、打ち合わせ済みの兵士とライは目で合図を送る。
「サリフェルシェリ先生。昼ごはんもすっかり終わりましたし、我々は帰り道もあります。学校にゆっくり戻りながらはぐれた子たちを待ちませんか?」
「獣人のユエ先生が探しに行ったのなら、きっとすぐに戻ってきますよ」
兵士たちは何事もないようににこっと提案する。
「そうですね。では皆さん。帰りながら今度は熱さましになる「ヴィブ」の薬草を探しましょう」
サリフェルシェリも、ふんわりと何事も悟らせない声色で子供たちに語り掛ける。
「先生、さっきの・・・むぐ」
「ジュード、だめよ。聞こえてない子もいる」
一部にしか聞こえないような笛の音で、子供たちの集団パニックを避けているのだ。
きょとんとしているペーターの顔を見て、カラがジュードの口を押える。
「ユエはしょうがねえなぁ。まあミーシャもいるし、大丈夫だろう」
「ライ先生・・・」
明るく話すライをみて、カラは不安な心を落ち着かせようとする。
「カラ。いい子だな。大丈夫だよ」
「ライ先生・・・」
にっこりと美形のライに見つめられて微笑まれたら、いくら子供のカラでもドキドキしてしまう。
「じゃあ、ミーシャの代わりに俺がここに引率で入るよ。ヴィブ。結構見つかりにくいけど探せるか?」
「このチームには歩く図鑑のペーターがいるんだから大丈夫さ」
「じゃあ、ヴィブの特徴言ってみて」
「えーっと、水はけのいい、すこし乾燥した場所に生えてて、とげとげとした葉っぱで黄色の小さな実をつけます」
ライはペーターの解説を聞きながら、子供たちをしっかりと引率して歩き出す。




