シャオマオは久しぶりの学校とクラスメイトに興奮している
「あ!シャオマオじゃないの!」
教室に入るとシャオマオの隣の席のカラが一番最初に反応してくれた。
久しぶりに朝から学校へ登校したシャオマオ。
元気になったミーシャも寮に戻ってしまったし、少し家庭学習に飽きてしまったシャオマオは再び学校へ通う事にしたのだ。
数日前から、今日は特別な授業があると聞いていたせいもある。
「カラ!久しぶり」
「本当よ!急に来なくなったと思ったら、あの魔物の騒ぎでしょ?避難場所でも誰もシャオマオ達を見なかったって言うんだもの。心配したのよ」
腕を広げて待つカラに飛びついたら、がしーんと抱きしめられた。
「ごめんね、カラ。心配してくれてありがとう」
「ううん。ジュードもペーターも街で会ったって言ってたから、無事なのはみんな知ってたの。でも、実際会うまでは心配だったのよ」
やっぱりお姉さんのように心配してくれるカラ。
ふさふさのくるりと巻いたしっぽがグルングルンと回転して風が起こっている。
「カラのやつ、本当にお前のこともミーシャ先輩のことも心配してたんだよ」
「ごめんね。みんなにお手紙書けばよかったね」
「え?!妖精様の手紙?!」
シャオマオの言葉に反応して、周りでカラ達とのやりとりを見守っていた数人がシャオマオを見る。
「お前らなぁ・・・。シャオマオがそんなに何人にも手紙書ける訳ないだろ?」
ただでさえシャオマオは字を書くのがゆっくりなのだ。
妖精の手紙をみんなが欲しがったらシャオマオには時間がいくらあっても足りない。
欲しがれば、シャオマオは無理をしてでもみんなに平等に手紙を書き続けるだろうから。
「シャオマオ」
「ユエ、先生」
シャオマオを教室まで送り届けたユエが、シャオマオに水筒を渡す。
「バスケットは俺が運ぶから」
「ありがとう」
少し大きめのカゴに、みんなと分けて食べられるくらいの軽食やおやつが入っている。
もちろんライのお手製である。
ユエはゆったり微笑んで、シャオマオの頬をするりと撫でて教室を後にした。
その姿を見て、教室の女子生徒達が顔を赤らめてほぅっとため息をつく。
シャオマオにしか見せない頬笑みに、みんなドキドキしているようだ。
「久しぶりに見たけど相変わらず強そうだし、シャオマオのことしか見てないんだな」
シャオマオ以外には愛想を振り向かない徹底している姿にジュードも感心しているようだ。
「シャオマオ」
「ペーター!」
近づいてきたペーターの手を取って、嬉しさのあまりその場でふわりと浮いてしまうシャオマオ。
シャオマオが精霊と縁をつないだことでメガネが不要になったペーターは、髪もすっきりと短くして、きれいな真っ青の瞳がはっきりと見える。
「髪短い!それにペーターの周りに精霊がいっぱーい。きれいな目が見えて喜んでる~」
くすくす笑ってふわりと浮かぶシャオマオは、ペーターの周りの精霊たちを見てちょっと妖精の力を分ける。メガネの代わりをしてくれてる子たちにお礼だ。
周りの子供たちも久々に喜ぶシャオマオの姿を見ているだけで、心がほっこりしてくる。
教室だけではなく学校全体の空気が清浄なものに変わって、体もなんだか元気になる。
「ペーター髪短いの似合うね!かっこいい」
少し男らしくなったような印象だ。
「あ、あ、あ、あの、精霊、さま、かな?ぼ、ぼくの髪を、勝手に、きっちゃって・・・」
「え?」
シャオマオがぎょっとする。
「あ、の、あさ、起きたら、前髪が・・・」
ペーターの横にいる精霊をちらりと見たら精霊たちが「だって、髪が長くてきれいな青が見えないの」「だから切ったの」と嬉しそうに笑っていた。
朝起きると前髪ががたがたに短くなっていたので、それに合わせると全体的に短くなってしまったのらしい。
「それは本人に聞かないでやったらダメでしょ!」
シャオマオが精霊に「め!」と指を立てると、精霊はしゅんとして光が弱くなる。
「あ、あの、いいんだ、よ、シャオマオ。メガネが無くなって、ぼく、す、すごく、すっきりしたんだ。この髪形も、気に入ってる」
照れて笑うペーターは以前のように伏し目がちではない。
言葉も以前よりすんなり出るようになってきたようだ。
さっきまでしゅんとしていた精霊たちが、力強いペーターの瞳をみて、うっとりしている。
「うん。ペーターのきれいな目がきらきらしているのがよく見えて、シャオマオも嬉しい!」
にっこりとシャオマオが笑うと、ペーターが顔を真っ赤にして照れる。
照れ屋さんなところはまだ変わってない様だ。
「皆さんおはようございます」
教室に入ってきたサリフェルシェリの挨拶で、みんなが慌てて自分の席に座る。
「久々に全員がそろいましたね。さっそく授業を始めましょう」
「シャオマオ。今日は課外授業にも出られるの?」
「うん!だって今日はみんなでピクニックでしょ?お弁当ね、交換できるようにたくさん作ってもらったのよ」
本日は体育の授業を兼ねた課外授業の時間が長めに取られている「薬草採取会」のある日だ。
家の常備薬で使うような、初歩の傷薬用の薬草をみんなで摘みに行く一番人気の授業だ。
人族は万が一、こどもが人族エリアから外れた時の対処の仕方を小さい時から教えているが、基本的にはむやみにエリア外に出ることは許されていない。
塀に囲まれて門番もいるような人族エリアではこっそり出ていくこともできないのだが。
子どものころから他の種族に守ってもらわなければ自分の身を自分で守ることもできないことも徹底的に叩き込まれている。
それでもやっぱり人族の子供たちは「外の世界」に興味津々だ。
そして「外に行ってみたい!」と言っても「学校の課外授業まで待ちなさい」という大人たちの言葉によって我慢してきた子供たちの興奮が爆発する日だ。
「シャオマオは最近外から来たところだし、猫族エリアとかも行ったことあるんだろ?近くの泉でも嬉しいもんなのか?」
「うん!みんなとお出かけよ?楽しみ!お弁当もね、ライが作ってくれたし」
体操着に着替えて廊下を歩くみんなについてふよふよ浮いていたら、校庭から声をかけられた。
「シャオマオ!」
「あ!ミーシャにーに!」
キラキラとした光の塊のような美しい少年が手を振っている。
ミーシャも体操着を着て、髪を一つに結んで剣をベルトに差している。
「ミーシャにーに。もしかして、課外授業についてきてくれるの?」
「ええ。格闘の成績が良いものは今回の下級生の課外授業の世話役として選ばれています」
だいたい上級生1人で2、3人の1年生の面倒を見るようだ。
今は上級冒険者のライとユエもいるのだからとエリティファリス校長が喜んで、課外授業の時間が今までよりも多くとられることになったのだ。
「シャオマオの隣の席はカラ、でしたね。今日は私が引率します。よろしくね」
「は、はひぃ!」
シャオマオの隣にいるカラににっこりと声をかけると、カラはこれ以上ないくらいに真っ赤になって返事をする。
「目が・・・」
今回の笑顔はそばにいたジュードとペーターにも刺さってしまったようだ。
目を抑えて下を向いている。
「キケンなビボウよね・・・」
シャオマオは多少見慣れてきたので今回は耐えることができた。すこしばかりチカチカするが。
「では、出発しますよ」
列の一番前の兵士を追い越さないこと。
列の一番後の兵士より遅れないこと。
引率の先輩や先生のそばを離れないこと。
必ず自分の隣の席の子と行動すること。
異常があれば配られた笛を吹くこと。
それらの注意事項をみんなに言い聞かせて、一行は出発した。
シャオマオはふいふいと楽しそうに浮かんでついていく。
「え・ん・そっく~、えんそ~~くぅ~、た・の・し・い・な~」
シャオマオは無意識に勝手に口から出るでたらめな歌を歌ってご機嫌だ。
「『エンソク』って?」
「ん?みんなで歩いて遠くにいくこと~。シャオマオ、初めてなの!学校のお友達とね、お弁当持って
『遠足』いくの初めて!ドキドキ!」
肩から下げる水筒の紐をぎゅっと握って興奮するシャオマオ。
なにせ前の星でも体が弱くて学校に通ったこともない。
遠足なんて夢のまた夢だった。
「シャオマオ、空飛んでるから歩いてねーじゃん」
「あ!ほんとだ!」
すすすっと降りてきて、地面に足をつける。
「シャオマオ。歩くんだったら手をつなごう」
「むう。ありがとう」
カラもシャオマオをだいぶ妹扱いするようになったがしょうがない。シャオマオはクラスで一番背が小さい。まだ人族エリアを出て時間は経っていないがもう舗装された道が途切れてきた。
人通りが多い道なのでひどい道ではないが少し凸凹している。
ユエはシャオマオに何かあれば駆けつけられる程度の距離を開けて、後ろからついてくる。
前日まで散々「課外活動中はミーシャ達生徒に基本は任せること」とサリフェルシェリに口を酸っぱく言われているので見守るつもりではあるが、シャオマオに何かあるかもしれないと思ったら目を離すことなんてできない。
それに、つやつやのほっぺたを赤くして興奮しているシャオマオが可愛い。
心から喜んでいるところが見られてユエも嬉しい。自然と口元が弧を描く。
ライは列の真ん中あたりについて生徒たちと賑やかに歩いている。
先頭集団は人族の子供たちがサリフェルシェリの解説を聞きながら歩いている。
やはり一番前の子供たちは初めて塀の外に出た子もいるのでだいぶおっかなびっくりの様子だ。
「さあ。泉までもう少しですからね」
サリフェルシェリがゆったりと人族の子供たちに話しかける声が後方のユエにも聞こえてきた。




