夢でも会える
シャオマオはいつもの通りに眠る準備をして、ユエに髪をゆったりと編んでもらい、いつものようにすこしお話してからベッドの中で抱き合った。
「おやすみシャオマオ」
「おやすみユエ」
頭のてっぺんに触れる唇の感触が心地よくてとろんとした眠りがやってくる。
とろとろとした眠りに揺蕩っていると、今日聞いた話がいろいろ思い浮かんでくる。
行方不明になったお姫様。
ダリア姫。
みんなに好かれる太陽みたいなお姫様。
元気でかわいくて・・・
「逃げることは許さない」
暗闇の中で、低い男の声がはっきり聞こえてきた。
シャオマオは飛び上がるように驚いて、瞳を開けているのか閉じているのかあやふやな感覚のまま、声のした方向をきょろきょろと首を動かして探す。
何も見えない真っ暗な中、シャオマオは立っている。
大きな大きな気配が闇の中にある。
ぞっとするような巨大な体で上空からじっとこちらを見つめているようだ。
睨まれた所から体が凍り付くような寒気を感じる。
「我らはこの身に受けた呪いを削ぐための贄をやっと手に入れることが出来た・・・」
「呪いの王が気に入る贄を見つけたのだ・・・」
「この贄には儀式の間生きてもらわねばならぬ」
「贄の『幸運』とはなにか?儀式に邪魔は入らないのか?」
上空の気配とは違って、遠くからざわざわとたくさんの人の話し声がする。
纏わりつくような熱気が渦巻いていて、肌がじっとりと湿るような空気だ。
シャオマオは心臓がどきどきする。
(ゆ、ゆ、ユエ~。怖いよぅ。ここどこ?夢?)
夢だとは思うがリアリティがすごい。
埃っぽい香りまでまとわりついてくる。
誰かに見つかってしまってはいけない気がする。
シャオマオはドキドキする心臓を抑えてガチっと体を固めたまま心の中でユエを呼んだ。
「シャオマオ」
耳のそばでそっと、ちいさくシャオマオの名前を呼ぶのは
「ユエ!」
何も見えない中で隣の気配に抱き着いた。
すっと抱き上げてもらうといつもの安心できる大きな体と大好きな甘い匂い。
ふうっと小さく息をついた。
「呼んでくれてありがとう」
ゆったり背中を撫でられる。
「ユエ。ここどこかな?ユエのことシャオマオが呼んだの?来てくれてありがとう。ここ真っ暗なの」
とりあえず思いついたことを小さな声で一気にしゃべった。
「ここはシャオマオの夢だよ」
「夢?」
こてんと顔を傾けた。
相変わらず塗りこめられたような暗闇で、抱いてくれているユエの輪郭すら見えない。
「普通とは違う。眠っているから夢なんだろうけど、シャオマオがつくったんじゃなくて、他の誰かの夢に入り込んでるみたいだね」
いつもみたいに片腕でシャオマオを支えて、頬を反対の手ですりすり撫でながら小声で話す。
「ここ、なんか好きじゃない・・・」
「うん。嫌な気配がするね」
ユエは暗闇の中をすたすたと歩く。
真っ暗でも虎の目は進むところが見えるんだろうか。
何の光もないところでは夜行性の動物でもなにも見えないって聞いたことがあるけれど、ユエはためらいなく進むのでなにか見えているのかもしれない。
「シャオマオ。怖がらなくても大丈夫。ここはシャオマオに危害を加えない」
「・・・そうなの?」
「うん。夢じゃなくて記憶だから」
誰もユエやシャオマオのことを認識していないのらしい。
「呪いの王に選ばれた贄よ」
「我らを呪いから解放する鍵よ」
「次の満月が儀式の日。それまで逃げたり死んだりしないようにしなければ」
ざわざわする気配が口々にしゃべる。
それをシャオマオはユエの腕の中でじっと聞いている。
(にえ・・・っていけにえ?生贄?!)
自分の考えに自分でびくーっと震えた。
そんなシャオマオの背中をさすさすと優しくさするユエ。
「シャオマオ。大丈夫。大丈夫」
フルフル震えるシャオマオをきゅうっと抱きしめる。
「人族は何の力もない。寿命も短い。病にも弱い。すぐ死ぬ。気を付けなければ」
「それがなぜ呪いの王の目に留まったのか?」
「わからない。吹けば飛ぶような存在だ。我らも気にしたことがなかった」
ざわざわとした気配はシャオマオたちの前に集まっているようだ。
真っ暗な中で何も見えないが、シャオマオは気配の方に目線を向けた。
「!」
ぼんやりとした光が見えた。
目を凝らす。
少し上の目線の先に何かある。
「・・・・・檻?」
高い天井から吊り下げられている、大きな四角い檻。
「!!」
いくら誰にも認識されていないとはいえ、大きな声が思わず出そうになってシャオマオは両手で小さな口をさっと押えた。
「・・・きっと、あれが、『幸運に愛された姫』だろうな」
ユエにもぼんやりと光る檻のなか、その床に横たわる真っ白なドレス姿の女の子が見えたらしい。
「はう!」
シャオマオが目覚めると、夢の続きのようにまだ部屋は暗かった。
それでも窓から差し込む月光のお陰で部屋の中にあるものがぼんやりと見える。
「大丈夫だよ、シャオマオ。ちゃんと俺がいるよ」
ユエは先に目覚めていたようだ。
横になったまま抱きしめられる。
「ゆ、ゆえ・・・。さっきのこと・・・?」
「うん。覚えてるよ」
「夢、だけど、夢じゃないのね」
「うん」
きゅう、と抱き着いてくるシャオマオの背中を撫でて、頭のてっぺんに口づける。
「シャオマオ。俺を呼んでくれてありがとう」
「うん。ユエ。来てくれてありがとう」
「シャオマオが呼んだら俺はどこへでも行く。必ず。安心して」
「ありがとう」
心底安心したように微笑むシャオマオが愛おしい。
呼ばれなくても絶対に離れない男、ユエは満足そうに微笑む。
「かわいい。シャオマオ。大好きだ」
「シャオマオも、ユエが好きよ」
「ぷい~・・・」
二人が抱き合っていたら、遠くから小さくぷーちゃんの鳴き声が聞こえた。
「・・・?ぷーちゃん?」
いつもより元気のない、悲しげな声だ。
「ぷーちゃん、どうしたの?」
窓際に置かれたぷーちゃんのベッド(ライが用意した布入りのかご)に月光が降り注いでいる。
「ぷい~~ん・・・」
ぷーちゃんは外を見ながら大粒の涙をぼろぼろとこぼしていた。
「ぷ、ぷーちゃん?!どうしたの?」
がばっと飛び上がって、ベッドから降りたシャオマオが、ぷーちゃんのベッドへ駆け寄る。
「ぷい~~ん・・・・・」
「ぷーちゃん?どこか痛いの?それともなにか悲しいの?」
「ぷい・・・・・」
「自分でもわからないの?」
「ぷいん・・・」
こぼれた雫は羽毛にはじかれて、コロコロと転がってベッドに吸い込まれていく。
「ぷーちゃん・・・」
「そっとしておいてあげるといい。言葉にできない何かがあるんだろう」
ユエがそっとシャオマオを抱き上げる。
シャオマオは静かに月の明りを見ながら、涙の雫を流し続けるぷーちゃんをユエの膝の上からしばらく黙って見つめていた。
「ぷぷぷぷぷぷん~」
翌朝のぷーちゃんはいつものように元気だった。
ぷいぷい飛び回ってライの朝ご飯をモリモリと食べて、ユエに追い払われようともシャオマオの頭に座ったりといつも通りだ。
(無理してるっぽい感じもしないから、大丈夫かな?)
シャオマオはぷーちゃんを観察するが、いつもとの違いが分からない。
「それで、シャオマオ様の夢にユエは入れたんですね?」
「そうだ」
「片割れだからなのか、妖精のシャオマオちゃんが呼んだからなのかはわからんが、ユエの執念のような気もするな。お前はすごいよ」
いつものリビングの敷物の上で、食後のお茶を飲みながら昨日の夢の話をみんなに聞かせたら、ライたち兄妹は大笑いして喜んだ。
シャオマオは「誰かの招待で誰かの記憶に入った」。
そこに記憶の持ち主が呼んでもないユエが割り込んだのが「あり得ない」ような出来事なのらしい。
シャオマオがそのことを意識していなかったのも良かったのらしい。
「シャオマオ様はなんでもやりたいと思ったことを自由にやればいいのです」
サリフェルシェリがにこにこと喜ぶ。
「巨大な気配。呪いの王。我ら。呪いを解く鍵」
夢の中のキーワードを拾い上げるライ。
それをノートにまとめるサリフェルシェリ。
「満月の儀式。生贄。檻の中の女の子・・・。やっぱり、誰かに計画的に攫われたんだな・・・ダリア姫」
ぽつんとつぶやいたライの声が広いリビングに響いた。
その声を聞いて、眉毛がふにゃんと下がるシャオマオの背中をユエがポンポン叩いて慰めた。
やっと続きをかけるくらいに生活が整いました!
住んでいたところから突然の引っ越しが発生してバタバタしておりました。
また元のペースで更新できるように頑張ります('ω')ノ




