ハンバーグ祭り
「なぜ、この鳥はシャオマオの頭に乗りたがるんだ」
屋敷についた一行は、リビングでお茶を飲んでいた。
またユエがシャオマオの頭の上のぷーちゃんを振り払ったが、ふいっと飛んで避けた後にうまく着地する。
「くふふ。全然重くないし、ふくふくで気持ちいいのよ」
「シャオマオ。俺だってふくふくしているし、気持ちいいはずだ」
「あ、あう」
ユエのしっぽがくるりとシャオマオの首に巻き付き、さきっぽで頬をすりすり撫でられる。
「う、うん。ふくふくしてる」
「ふくふくしているだけ?」
膝の上に座らせたシャオマオに顔をぐっと近づける。
「えと、えと、ふくふくでつるつるで、きもちいい、の」
「シャオマオ・・・・」
ユエは真っ赤になって片手で口元を覆い隠した。
「強引に言わせて勝手に照れて爆死している・・・・」
ライは呆れてぽかんとした顔をしながらもう突っ込む気力も失ったようだった。
「シャオマオー。お帰り」
「ただいまー。おかえりー」
「にーに!ねーね!お帰り!ただいま!」
出かけていたので、双子もシャオマオも、お帰りとただいまをお互いに言い合う。
「シャオマオ。珍しいね。兄さんとご飯作るの?」
ちょうど、シャオマオがユエにエプロンをつけてもらっているところだった。
「うん!ライにーにといいもの作るのよ!」
「なになになに?」
「ひみつぅ~」
シャオマオにぐいぐいと押されてレンレンとランランはキッチンから追い出された。
「できあがるまでひみつなの!ユエといっしょに待ってて!」
「ええ~」
それからしばらくして、キッチンから食欲を誘う肉の焼ける香りが漂ってきた。
「なんだかすっごくいい香りがするよ」
「あのスダダダダンって音、怖かったけど・・・」
キッチンから強烈な破壊音が聞こえていたけれど、シャオマオからは「大丈夫だからまってて~」とのんびりとした返事しか返ってこなかった。
じっと座っているユエは、目を閉じてキッチンの音を聞いているようだった。
「シャオマオ・・・」
「ユエは心配しすぎよ。兄さんがいてケガさせるわけないよ」
ランランが慰めたが、ユエは不安そうな顔をしたままだ。
「でーきーたーよーーー~」
シャオマオがキッチンから声をかけたとたんに、ユエは走り出した。
「シャオマオ!」
「ユエ!できたから運んで!」
「もちろん!」
レンレンとランランはみんなのテーブルセットを並べて、ライは蓋のついた大きな鉄板を持ってやってきた。ユエはシャオマオを運ぼうとして「ちなう!」と怒られていた。
鉄板は、シャオマオの前の星で言うところのホットプレートみたいなものだ。
魔石で熱を保って、テーブルの上で暖かい料理を食べることが出来る。
「さ、シャオマオちゃんが教えてくれた料理を食べようじゃないか」
ライがもったいぶった顔をして、鉄板の蓋を開ける。
そこには、いろんな形をしたハンバーグがじゅうじゅうと音を立てながら肉汁をあふれさせていた。
「に、兄さん。この料理は・・・」
「はんばあぐというらしい」
基本的に獣人は肉をあまり加工することがない。
そのまま切って焼くのが基本。
硬い肉は煮込むくらいだった。
それが、ミンチにされて、味をつけられて、形成されて、焼かれている。
肉とスパイスの香りが食欲を誘う。
「シャオマオ・・・この形は」
「あ、これはねえ、トラさんなの。こっちはヒョウさん」
ほにゃほにゃとした形の何かは、シャオマオが虎といえば虎なのだ。
「シャオマオね、ユエのこと考えてこねこねしたのよ」
「嬉しいよ」
シャオマオを膝の上に乗せて、感激するユエ。
「これが愛する妻の作った手料理・・・」とかなんとか言っているが、妻ではないし、シャオマオはこねるところしかやっていない。
虎の獣人が虎の形のハンバーグを食べるシュールさは気にしないことにする。
人もスマイルの顔の形のポテトを笑顔で食べていた。
「じゃ、みんな食べてみよう」
「いただきまーーーす!」
「こ!これは!!」
「すごいね。はんばあぐ。細かくした野菜も入ってる」
「うん。ジューシーで柔らかくてスパイスの味も最高!」
「これ、年老いた人も子供も食べやすいのではないか?」
「そうね!里でも作ってあげたいよ」
猫族の里はケガや年老いて冒険者や傭兵を引退してたものも多い。
肉を食べるのが体質に一番合うが、食が細くなっているものも多いのだ。
「シャオマオ。素晴らしいよ。こんな素敵な肉料理は初めてだ」
「ライにーにがすごいのよ」
シャオマオはハンバーグを食べたことがなかった。
映像で見たことあるくらいだった。
食べたかったけれど、体が受け付けなかったので食べられなかった。
作り方はおばあちゃんに聞いていた。
「元気になったいくらでも食べられるんだから。作るときには手伝って頂戴ね」
なんていって、おばあちゃんはレシピを教えてくれた。
それを口で説明しただけで簡単に作ってしまったライのセンスがすごいのだ。
「この細切れにした肉の汎用性は素晴らしいものがあると思うんだ」
ほにゃほにゃのヒョウの形のハンバーグを食べながら、真剣な顔でライがいう。
「例えばこれを、衣をつけてカツのように揚げたら・・・」
「に、にいさん・・・そんな恐ろしいものを・・・」
レンレンがごくりと喉を鳴らす。
「例えば、これでゆでた卵を包んで・・・」
「に、にいさん・・・・悪魔のような発想よ」
ランランがよだれを抑えながら震える。
「野菜、はんばあぐ、パンでサンドイッチのような・・・」
「ハンバーガーよ。すっごく人気なのよ。シャオマオは食べたことないけど」
小ぶりな俵型のハンバーグをむぐむぐしながら前の星の食生活を思い出すシャオマオ。
おもえば食生活の豊かな時代に生きていたはずだが、前の星では全くと言っていいほどそれを享受できなかったシャオマオ。
ライの作ってくれる料理は基本的に凝った料理が多く、一般家庭で食べているものよりも高級な部類になる。
高級レストランで提供されているものと遜色がない。
しかし、夢にも見た前の星の料理も食べてみたい欲がむくむくと湧いてきたのだ。
「お肉だけだったら小さくお団子にしてスープに入れるのもいいし、野菜といためてもいいし、お肉柔らかくしたらみんな食べられるね」
トマトで作った即席ケチャップをスプーンで塗って、嬉しそうに食べるシャオマオ。
ライはみんなにふるまうために、次々とハンバーグを鉄板に並べてどんどん焼く。
「第二弾は中にチーズが入ってるよー」
今回使用された牛に近い家畜の肉は、狩りで得られる高級肉ではなく庶民の食べ物だ。
自分で狩りに出かける獣人はそんなに食べることがない。
それでもこんなに美味しく食べられるのかとみんなが驚いた。
「ライにーに。シャオマオのお願いきいてくれてありがとう」
「ううん。俺こそこんなおいしい料理を教えてもらって嬉しいよ。ありがとうね」
テーブルの向かいから頭をなでなでとされて、照れるシャオマオ。
「気軽にシャオマオの頭を撫でるな」
「いや、今のはいいでしょ?!」
「んもう。ユエったらライにーににそんなこと言っちゃやーよ」
ぷりぷり怒るシャオマオの口の周りについたケチャップをハンカチで嬉しそうに拭いてあげるユエ。
「な、な、なんという・・・・」
みんながいくつかハンバーグをばくばく食べていたところに帰ってきたサリフェルシェリ。
衝撃のあまりに手に持っていたカバンをぼとりと落として膝をついた。
「サリフェルシェリ先生しっかり!」
一緒に荷物を持ってやってきたウィンストンが気絶しそうなサリフェルシェリの肩を揺さぶって、大騒ぎになった。
「どどどどうして、どうしてサリーのいない間にこんな料理を・・・」
「サリー!サリーの分ちゃんととってあるから!!」
シャオマオは一口大に切ったハンバーグを、ぐさっとフォークにさしてうなだれるサリーの口に押し込んだ。
「これ、サリーのこと考えてシャオマオがこねこねしたのよ。おいしい?」
サリフェルシェリの分はきちんと焼いて置いておこうと思ってよけていたのだ。
むぐむぐと口を動かしたサリフェルシェリがかっと目を見開く。
「なんと、シャオマオ様の手作り・・・」
サリーはハンバーグのおいしさにほとほと涙を流して喜んだ。
「ウィンストン。こんばんわ。ウィンストンも食べますか?」
シャオマオに尋ねられて喜んだウィンストンだったが、王でも食べたことのない妖精様の料理を主君を差し置いて先に食べることなどできるはずもない。
「シャオマオ様。もしできましたら、ダニエル王とジョージ王子に食べさせてはいただけませんでしょうか?」
「まだいっぱいあるの。いいよね?ライにーに」
「そうだね。まだ焼いてないやつ、いくつか持って帰ってもらったらいいんじゃない?城で料理人が上手く焼いてくれるよ」
「ありがとうございます」
ウィンストンはにこにこと喜んでハンバーグの種をもって急いで馬車で帰って行った。
「サリー、ごめんね。ハンバーグができたのが嬉しくて、さきに食べちゃった」
「よいのです。こんなおいしいものを我慢できるはずもございません。サリーの分が残っていればいいのです」
サリーはいつもの美しいテーブルマナーでみるみるうちにハンバーグを平らげる。
「これは、チーズが中に!なんといううま味の暴力・・・!」
付け合わせの人参グラッセまで喜んで食べていた。
「ところで、城で資料はみつかったのか?」
ライがサリフェルシェリのお皿に新しく焼けたハンバーグを乗せながらたずねる。
「はい。「幸運に愛された姫」のことが分かりました」
少し陰のある笑顔で笑うサリフェルシェリに、シャオマオは嫌な予感がした。




