精霊は人を愛したい
「ペーター。こんにちわ。シャオマオです」
早速お出かけの準備を整えたシャオマオたち。
肩にはぷーちゃんがしっかり乗っている。
ペーターの自宅へ着いたシャオマオは、恐る恐る入り口の開いている工房のドアから中に声をかける。
熱気と大きな声と音に少しドキドキする。
学校でシャオマオの席の後ろに座っているペーター少年。
本をたくさん読むのが特技で趣味なのだ。
ペーターの自宅は街のはずれにる工房だ。大きな工房には熱気が充満していてサウナのように熱い。
大きな音もするしとにかく忙しそうにみんなが動きまわている。
「あ、あ、あ、あ、シャオ、マオ!」
汗だくになってメガネを曇らせているペーターは、ぐいっと袖で顔の汗をぬぐって入り口のシャオマオに近づいてきた。
「ど、ど、どした、の?ひひひひさし、ぶり!再開したの、に、がっこ、うにこない、から、みんな、ししし心配して」
「ごめんなさい!学校また行くからね!急だけどペーターにお願いがあるの。シャオマオのお話聞いてくれる?」
「あの、えっと、い、いまは家の、ててて手伝いが」
ペーターが一生懸命に答えていると、お店の奥から大きな声が聞こえてきた。
「おい!何さぼってやがる!!窯の温度が下がるじゃねえか!」
大きな声。大人の怒鳴り声にシャオマオはビクンとして少し飛びあがった。
大きな声を出したのは奥からやってきた熊のような風貌の、髭を生やした男性だ。
人族にしては体格も大柄で迫力がある。
「ペーター君のお父様」
「はん。あんた学校のお偉いさんか」
サリフェルシェリに話しかけられたペーターの父親はペーターを見て「早く薪を運べ」と指示した。
「ははははい」
ペーターは名残惜しそうにシャオマオたちを見ながら工房の奥へと戻っていった。
「実はペーター君の知識を借りたいことがありまして」
「知識?はあ。あんな子供に借りなきゃならん知識ってなぁなんだい?」
鋭い目線でサリフェルシェリを一瞥する。
「あいつ、本ばかり読んで妄想するばかりだ。本を読んで得た知識なんぞ役に立たねえ。うちの工房を継ぐんだ。修行の方がよっぽど大事だってのに。目まで悪くしやがって」
父親は首にかけたタオルでごしごし汗を拭きながらため息をつく。
ペーターは自宅では本が読めないと言っていたが、本を持ち帰ることが出来ないのは図書館の決まりだけではないのかもしれない。
シャオマオはこっそり工房の中を覗き込もうとして、ペーターの父親に、むんずと首根っこを掴まれた。
「入るな。あぶねえだろ」
「ペーターのぱぁぱ。シャオマオはペーターのお友達なの。こんにちわ」
持ち上げられて熊のような顔の前に持ってこられたので、にっこりと微笑んだシャオマオ。
ペーターの父は毒気を抜かれたようだった。
「お、おう」
「シャオマオはペーターとお話しする時間が欲しいの」
「だめだな。いまは職人が何人も休んで忙しいんだ。ギルドに頼んだが欠員を埋められねえ。あいつでもいないよりましだ」
「職人が休んだというのは?」
「食中毒だ」
昼食で食べたお店の食材が痛んでいたようだ。ペーターの父も食べたが一人だけ平気だった。
「ペーターは何をお手伝いしてるの?」
「魔石の加工窯の見張りと世話だ」
ペーターの父の肩越しに見えるところに巨大な窯が何台も並んでいて、ペーターがせっせと薪をくべている。
薪を入れるたびに炎が窯の窓からごうごうと迫ってくる。
「しゅごい」
「うちは古い昔からの窯を使ってるからな。職人が火を見て窯を使わなきゃならねえ」
「んー。ユエ~」
「どうしたの?」
シャオマオが振り向いた時にはユエがシャオマオを取り返して、縦抱っこをしているところだった。
「火の精霊ちゃんたち!」
シャオマオが呼びかけたら、キラキラとした精霊が怒涛の如く現れた。
火の精霊が見えるのはこの場ではシャオマオとユエだけだ。
「あのね。窯のお世話をしたいんだけど、手伝ってくれる?」
きゃあきゃあと集まってきた火の精霊たちは、「もちろん」という顔をしてシャオマオに纏わりついて勝手に指から魔素を舐める。
「なんだかすごい量集まってるのでは?魔素があの窯へ流れて行ってますよ」
ちょっとびっくりしたような顔をしたサリフェルシェリが窯をじっと見つめる。火を使っているところだから、もともと火の精霊は多かったのだろう。
「火の精霊ちゃんが教えてくれるんだけど、ユエにお願いしてもいい?」
「シャオマオのお願いは何でも叶えるよ」
ほっぺにちゅうと口づけされて、地面に降ろされた。
あまりに熱い工房に入っていくため、ユエは上半身裸になって上着をサリフェルシェリに押し付けた。
美しい上半身を惜しげもなくさらすので、シャオマオは顔が赤くなった。
いくら見ても慣れない。よく彫刻のような、という例えがあるが、やはり生きた肉体美には生々しい美しさがある。一言でいうと「色気」だ。
「俺も一緒に行ってくるよ。魔石の加工ってみてみたかったんだよね」
気軽な感じでライも上着を脱いでついていく。
こちらも細身に見えてもしっかりしなやかな筋肉がついている。
「おい。お前ら勝手に・・・!」
ペーターの父親は追いかけて行った。
「ぷ」
「ぷーちゃんは危ないから駄目なの。火があるところはね、シャオマオもライにーににダメって言われるのよ」
あまりに恥ずかしかったので真っ赤な顔をしてぷーちゃんに話しかけてごまかすシャオマオ。
しばらくすると中からペーターがやってきた。
「シャオ、マ、オ」
「ペーター!」
シャオマオは少し飛んでペーターのそばまで距離をつめて、ペーターの手を握った。
「忙しいのにごめんね!ありがとう」
ペーターは少し握られた手を気にして、手を放そうとする。
「ご、ご、ごめん、ね。汗が、すごくて」
「いいの。ペーターが一生懸命はたらいてたの見てたから」
シャオマオがにっこりすると真っ赤な顔になるペーター。
「そ、そ、それ、で。今日はど、どう、どうしたの?」
「ペーターがね、本いっぱい読んでるから、知ってることがあったら教えてほしいの!」
「ぷ」
「と、とり?」
シャオマオの肩にいるぷーちゃんと目が合って驚くペーター。
「これぷーちゃん。知ってる?」
「ず、図鑑でも見たことないな・・・」
鳥の図鑑の中身をすべて記憶しているペーターが知らないというのだから、まだ図鑑に載っていない、発見されてない鳥なのかもしれない。
「この鳥のことが知りたかったの?」
じいっと集中してぷーちゃんを見つめるペーター。何かを一生懸命に考えているときはスムーズに言葉が出る。
「ううん。ぷーちゃんはね、ぷーちゃんだからいいのよ」
「ペーター君は生き物の図鑑も目を通しているのですね。素晴らしい。古代生物の図鑑は?」
サリフェルシェリが話しかける。
「大好きです!古代生物の図鑑と逸話の物語は学校図書館で真っ先に読みました!」
「素晴らしいです」
「幻獣、精霊獣のような古代生物の物語はどれくらい読んでいますか?」
「図書館にある112冊は読みました」
「では、そのうち呪いをかけられた古代生物の話はありましたか?」
「21冊です」
「呪われた生き物がどこかへ閉じ込められた話はありましたか?」
「21冊のうちの5冊です」
「なるほどなるほど。答えが早くて助かります。出てきた生き物は?」
「幻獣が1、ドラゴンが2、精霊獣が2です」
ペーターは中身を思い出しながらすらすらと答える。
「素晴らしいです、ペーター君。あなたの趣味は人を助ける」
「ありがとうペーター」
シャオマオはそのままペーターの手を握ってちょっと浮かんでくるくる回って喜んで、ペーターは「うわー」と悲鳴を上げ、サリフェルシェリはペーターから教えてもらった本のタイトルを聞いて5冊分書き留める。
「物語で人を呪うのはドラゴンが多いんだ。ドラゴンは人を嫌ってる。ドラゴンの呪いは人を毒殺したり、体を石に変えたり、鱗だらけにするとか・・・」
すいっと地面に降りてきてからペーターが教えてくれたことにシャオマオが食いつく。
「それ詳しく―!」
また同じようにサリフェルシェリが検索するように質問し、すらすらと答えてくれるペーター。
もし図書館の本を全部読んだら、優秀な司書どころではない。
中身まで全部記憶しているのだ。パソコンがないこの世界では貴重な能力だ。
どんな研究機関でも活躍できるし誰もが欲しがる能力だろう。
「ペーターったらすごいの!かっこいいの!」
シャオマオがきゃあきゃあと喜んだので、精霊が集まって来たり魔素が浄化されたりと獣人が大喜びしそうな現象が次々と起こる。
「ペーター。あなたのきれいな青の瞳はもっともっといろんなものをこれから見るのよー」
シャオマオはペーターの分厚いレンズのメガネをそっと外す。
「シャオマオ!メガネがないと・・・え?え?えええええええ?!」
ひどい近視のペーターは、メガネがなければ自分の顔を鏡で見るのも難しい。
そんなペーターのメガネはシャオマオの手の中だ。
それなのに、シャオマオの顔も、少し離れて立っているサリフェルシェリの表情までくっきり見える。
「精霊ちゃんたちがペーターの青い目が好きなんだって。もっと見たいからメガネの代わりしてくれるんだって」
「せ・・・精霊・・・僕に・・・?」
精霊は人族にも寄り添っている。
「ここは魔石の加工をしているから、ちーちゃい魔石の欠片をたまにあげて。みんな協力してくれるって」
「嬉しいよ、シャオマオ・・・」
涙のにじんだ瞳は、真っ青な色をさらに輝かせて精霊を喜ばせた。
多少の火の粉では火傷しませんが、服に火の粉が飛んで穴が開くのはライにぐちぐち言われるので上半身裸になったユエ(とライ)。
決して照れるシャオマオが見たかっただけではないのです。決して。




