図書館といえば
「ぷ」
「鳥。シャオマオの頭に乗るな」
抱きしめているシャオマオを起こさないように、ユエの動きは緩慢だったが、ぷーちゃんは振りはらうように動かされたユエの手をよけて見せた。
ふいん!とジャンプして、手をよけてから再びシャオマオの頭にふくふくの体で着地する。
「ぷぷぷ」
「食うか」
「は!食べないで!」
がばっと起きたので、頭に乗っていたぷーちゃんは滑り落ちた。
「ゆえ、ぷーちゃん食べちゃダメ」
「うん。食べないよ」
いい笑顔だが本当だろうか。
「おはようシャオマオ」
「おはようユエ、ぷーちゃんも」
ユエにおでこに口づけされて、おはようの挨拶をいつものようにする。
「うなされていたね。ちゃんと眠れたかな?」
「あのねユエ、ノートとペンがいるの!それでね!一緒に考えてほしいの!」
シャオマオは頭にぷーちゃんを乗せたまま自分の部屋に走っていった。
自分の勉強机の引き出しからノートと羽ペンを取り出して、インクをつけて書きなぐる。
もう自動的に手が動くのに任せる。
ちょっとでも考えだしたら夢の内容がスーッと消えてしまいそうで怖かった。
ユエはそれが分かっているので、シャオマオが書き出したとたんに気配を消す。
書いているものを見て驚いたが、声はかけない。
シャオマオの邪魔にならないように見守るのみだ。
「ふう」
「シャオマオ。全部書けたかな?」
シャオマオがペンを置いたので声をかける。
「うん。あのね、これをね夢で見たんだけどね、夢なんだけどね、ユエに助けてほしいの」
「もちろんだよ。さあ、顔と手を洗って。まずはライの作った朝ご飯を食べよう」
シャオマオを抱き上げて、こめかみに口づけをしてから安心させるように背中を撫でる。
シャオマオは夢で見たことを人に話して信じてもらえるかを迷っているようだった。
例え夢での出来事だとしても、ユエはシャオマオがいうことなら何でもするつもりだ。
「夢にでてきたお化けを退治してほしい」と言われたらどうにかして退治しようと思う。
夢だからと馬鹿にしたり、うやむやにすることなど決してしない。
「妖精様の夢に出てきて訴えるなんて、きっと力を持った生き物でしょうね」
食卓にはきれいな料理が今日も並んでいる。
サリフェルシェリはボイルした豚肉の腸詰をぱきっといい音をさせて咀嚼した後に微笑んだ。
今日も儚げな見た目とは裏腹に、素早い動きとスマートなテーブルマナーでどんどん皿を空にする。
「シャオマオ様はその声の持ち主の声には聞き覚えがないんですよね」
「そうにゃの・・・」
しょんぼりしたシャオマオの口に、小さくちぎったパンが放り込まれる。
「シャオマオ。元気を出して。必ず助けるから今は安心して食事するといい」
シャオマオを膝抱っこしながらお世話をするユエはゆったりと微笑んでいる。
「そーそー。ユエの言うとおりさ。俺とユエはギルドの上級冒険者。どんな依頼もこなしてきたし、レンレンとランランだって今は中堅の冒険者。この星で3本の指に入るようなエルフの賢者のサリフェルシェリに、昼間の空を支配するミーシャとチェキータがいる。その子供のミーシャは精霊王まで連れてる。これだけ揃っててできないことなんてないね」
新しく焼けたパンをパンかごに追加してからライは笑ってテーブルに座った。
「そーそー。安心するよ。このパン美味しいね」
「レンレン!それ私のパンよ!シャオマオは指示だけ出せばいいよ」
レンレンとランランの双子は焼き立てのクルミパンを取り合いながらシャオマオに笑顔を向ける。
「シャオマオ。その生き物の鳴き声はどんな風でしたか?」
「えーっと、えーっと、『くおおおおおおん』って感じ」
「なるほど。言葉は話しませんでしたか?」
「言葉は鳴き声でわかったから、しゃべってなかったの」
「また一つ進展しましたよ。安心してくださいね」
顔ほど大きなボウルの野菜を食べきったミーシャがシャオマオを安心させるように微笑んで、ミルクを飲みほした。
「ミーシャ、ニーカにもミルク頂戴」
「はい」
ニーカもサラダを食べながら、パンをちぎってはミーシャについでもらったミルクを飲む。
ニーカはこのにぎやかな朝食の時間を愛しているので上機嫌だ。
さんさんと朝日を浴びると発光するように輝く3人の鳥族親子。
この真っ白な三人が朝にいると、まるで宗教画のように清らかで美しい空間になるのがシャオマオのお気に入りなのだ。
今日も三人がものすごい食欲を朝から見せているが、そんなことは気にせずうっとりと眺めるシャオマオ。
その隣ではぷーちゃんがすごい勢いでもりもりとまた野菜を食べている。
時々カリカリに焼かれたベーコンも食べている。
本当にただの鳥だろうか・・・。
ユエはシャオマオに敵対しなければぷーちゃんが何者でも気にしないが、その他の者たちは気にしている。
シャオマオは、基本的にこの星の生き物は自分の常識に当てはめてはいけないと思っているので、あるがままを受け入れる。
肉食の鳥もいるしね。
シャオマオがまた子供の姿になってから、ほとんどの生き物のおしゃべりを理解していることは、ぷーちゃんとの出会いで発覚したことだ。
鳥族はぷーちゃんと会話しているシャオマオを見ても不思議に思わなかった。
自分達も鳥と会話ができるからだ。
ユエは(鳥と会話するシャオマオも可愛い)と思っていた。
バーベキューをしているときに、やたらとスムーズにぷーちゃんと話すシャオマオをみて発覚した新しい能力なのだ。
「さあ、シャオマオ。もうお腹いっぱいかな?」
「うん」
「じゃあ、果物はお茶をしながらつまもうね」
「ありがとうユエ」
ニコッと笑うユエはシャオマオがミルクを飲んでいる間にシャオマオが残したものを平らげる。
残すのを嫌うシャオマオは、少しのものしか食べられないので、品数を多くとらせるとこうなってしまう。
それをきれいにするのはユエの仕事だ。
今日もバランスよく色々なものを食べてくれたのでユエは満足だ。
食後はみんなで片づけをした後に、リビングに寝そべってシャオマオの書いたノートを見る。
「シャオマオ様、これは何という字でしたか?」
「これはね、『真っ暗で何も聞こえない』って書いてるの」
「こちらは?」
「『狭い』、『動けない』『周りは壁』って書いてる」
ふんふんとうなずいてサリフェルシェリはノートの情報を整理する。
決してシャオマオが勢いよく書いたから字が読めないのではなくて、シャオマオが書いた文字が前の星の漢字交じりだからサリフェルシェリには一部読めないところがある。
ひらがなとカタカナを覚えているさすがのサリフェルシェリでも、見たことのない漢字は一目でわからない。
「助けを求める本人が、自分の置かれている状況を全く把握できていないんですね」
「うにゅ・・・」
「ジョージのびよきと同じような感じだと思ったの。だんだん動けない範囲が広がってて、痛くはなくて動かないだけ」
サリフェルシェリとライが目配せする。
二人はシャオマオが銀狼の力を使ってジョージ王子の病を追い払ったのを見ている。
そのとき銀狼は姿を現したところを「誰に頼まれた?」と病に問うていた。
答えなかった病はユエにかみ殺された。
あれはただの病ではない。多分、呪いの類だ。
古い神話時代の生き物には、人を呪う力を持っているものもある。
「ジョージ王子の病はその両親と同じものです。王家には過去にさらにその病で亡くなったものがいるかもしれませんね。ダニエル王に協力を求めましょう」
サリフェルシェリはにこっと微笑んでくれる。
「では、私は寮に一旦戻ります」
「え?ミーシャにーに?」
「さみしそうな顔をしないでください。シャオマオ」
眉を下げたミーシャが抱き着いてきたシャオマオを抱きとめる。
「やんやんやーん。ミーシャったらここから学校に通えばいいの!」
ぎゅうぎゅうに抱き着いてミーシャから離れない。
「ふふふ。一旦、ですよ。この問題が片付くまでは学校の寮で寝泊まりします」
「どーしてぇ?」
「学校の図書館は王家の寄贈です。なにか王家に関連するような資料があるかもしれません」
「あう・・・」
シャオマオの髪をなでなでしながら言い聞かせる。
「図書館の本は敷地内の寮には持ち込むことが出来ますので、しばらくこもって調べてきますよ」
本当は、ミーシャはシャオマオの屋敷に居たい。
ここに入れば妖精様の浄化した魔素を吸って、体の調子が整うのだ。
体の調子が整えば、心も安定する。
ミーシャの精霊王も安定して眠っているのだ。
「学校、図書館・・・・・・・・」
シャオマオは顎に手をやって、悩むポーズをした。
ユエはそんなシャオマオを真面目な顔で観察する。
(悩むシャオマオも美しいな)
何も考えていないのと同じだ。
「え?あ!図書館といえば!ペーター!!」
シャオマオは大きな声で同級生のペーターの名前を呼んで、天に指を突き立てた。
「ペーターに協力してもらうのよ!」
シャオマオはにこにこして、ペーターのおうちに遊びに行く準備をユエにしてもらった。




