お空への誘い
「にーに。ミーシャにーに」
「どうしました?シャオマオ」
「んーん。にゃんでもないの」
スカートをもじもじ掴んで照れるシャオマオ。
シャオマオは名前を呼んで、ミーシャの黄色の目と目が合うのが嬉しくて何度もミーシャの名前を呼んでしまう。
そのたびにミーシャは微笑んで必ず目線を会わせて返事をしてくれる。
「シャオマオは甘えたですね」
「うん。ミーシャにーにに甘えたいの」
しばらく眠ってから、昼過ぎに目覚めたミーシャとシャオマオは起きてからずっとこんな感じだ。
シャオマオはあの戦闘の後、あまり眠っていないのに屋敷に戻ってしばらくして目覚めてしまい、くしゃくしゃの髪でぶすっとした顔をしていたが、そんなシャオマオの寝顔を起きてみていたミーシャと目が合ってまたわんわん泣いた。
「みぃしゃーーー!あーーーーーーん!」
「ご心配おかけしました。シャオマオ」
「にーに。大好き。起きてくれてありがとう!うわーーーーん」
「私もシャオマオが大好きです。起こしてくれてありがとうございます」
二人はだくだくと涙を流して再会を喜んだあと、お昼ご飯を食べて、今はリビングの敷物の上でいちゃいちゃしている。
因みに、お昼ご飯を食べるときにも嫉妬したユエとシャオマオはひと悶着あったし、なんなら今もユエは拗ねたまま虎姿でイライラとしっぽを地面にたたきつけている。
「シャオマオ。ミーシャの膝からこちらへ」
「やん。ミーシャと食べるの」
「やんやんいわないで。いつものように一緒に食べよう」
ミーシャはサリフェルシェリの回復薬のお陰もあって、ずいぶんとすっきり元気になった。
大量に用意された食卓の野菜を、鳥族親子がもりもり消費している。
息子の回復に、両親も安心してお腹がすいてきたんだろう。
疲労感は回復薬で何とかなっても、空腹は食べるしかない。
シャオマオはミーシャの膝だっこで一緒にプチトマトのような野菜をむぐむぐと食べていた。
ユエの言うことは聞かない。
シャオマオが自分の膝の上にこないとユエは座って食事しないだろう。
今にもシャオマオをミーシャの膝から奪い取るようなそぶりを見せている。
そうなると、シャオマオは泣いて抵抗して、食卓は無茶苦茶だ。
ライはため息をこっそりついた。
「シャオマオちゃん。まずは起きたミーシャがゆっくりご飯が食べられるようにしてあげないといけないよ」
「・・・はあい」
(なぜ、ライの言うことは聞くんだ!)
ユエは一旦むっとしそうになったがシャオマオがミーシャの膝から降りて、自分の方に歩いてきたのですぐに忘れた。
「シャオマオ」
さっと抱き上げて自分の膝の上に乗せる。
結局はシャオマオが自分のそばにいてくれれば満足なのだ。
「さあ、シャオマオ。スープを食べて」
にこにこと世話をするが、シャオマオはちらちらミーシャがご飯を食べているところを見ていて気がそぞろになっている。
ミーシャが野菜をバリバリを咀嚼し、飲み込むところを見てほっとしているようで、ユエも咎めづらい。
「シャオマオ。私は大丈夫です。今度はシャオマオが元気になっているところを見せてください。今のシャオマオに戻って、ご飯がたべられなくなってませんか?私も心配です」
シャオマオの視線を感じたミーシャがゆったり尋ねる。
「らいじょーぶ!食べてる!元気よ!」
「私もシャオマオが食べているところを見たいです」
「わかった!ミーシャ見ててね!」
「はい。見ていますよ」
ミーシャはシャオマオの扱いをユエよりよっぽどわかっている。
ユエに食べさせてもらいながら、「ほら!」といった目で見ると、ミーシャもにこにこと喜ぶ。
するとシャオマオはどんどん食事をすることに集中していった。
ライはほっとするとともに、(そういえはミーシャは魔王様だったな)と、学校でのミーシャの人たらしっぷりを思い出してきていた。
そんな食事を終えてから、ミーシャに怪我をしてから眠って、目が覚めるまでのことを簡単に大人たちが説明した後に、シャオマオが端折られた所を一生懸命話して聞かせていた。
「にーにが起きてくれて本当にうれしい。にーには変わらずシャオマオが好きかしら?」
「もちろんです。妖精様としてだけではなく妹としても、大好きですよ」
「う、うれしい・・・」
何度目かの抱擁を交わす二人。
それを見ていられないけれど、見ずにはいられないユエ。
イライラがどんどんたまっていることは、しっぽを見ればわかる。
「ねえねえ。ミーシャったら眠っていた間、シャオマオがたくさんお話してたの聞こえてた?」
「ええ。遠くでずっと皆さんが話してくれていることが聞こえていました。シャオマオの声はもちろんです。シャオマオにいたずら友達ができたとか」
「そうなの!!ジョージったらね、いい子ちゃんなの!それをね、わがままな妖精がわがまま王子にしちゃうのよ!」
「それは大変!」
「そうでしょ?!シャオマオと一緒に子供になってもらうの!」
シャオマオは嬉しい気持ちが押さえきれずに、座った形のまま少し浮かんで空中でくるりと宙返りをした。
「ああ。なんて自由に飛ぶんだ・・・」
ミーシャが赤い顔をしてうっとりとシャオマオを見た。
当然ニーカとチェキータともうっとりとした顔をしている。
「お空をね、もっとたくさん飛んだ方がいいってチェキータに教えてもらったのよ」
「そうでしたか。風の精霊は妖精様の浄化魔素によってどんどん生まれて成長しています。美しい光景です」
「本当に、これが見られるだけで妖精様が生きる時代に一緒に生きることが出来て幸せを感じ、ます」
珍しくニーカがまじめな顔に涙をにじませた瞳でじっとシャオマオを見つめて来る。
「ニーカ。真面目な顔ね・・・」
「ぷはっ!」
ライがふきだしたが、ニーカは気にしていない。
「しょうがない。こんなに風の精霊が生まれて育って、妖精様を愛して・・・こんなに、美しい風の愛が妖精様を取り囲んでいる。そして、愛は私たちにも注がれる。鳥族は風をつかまえるたびに精霊たちの愛を感じるでしょう」
チェキータも説明してくれる。
「飛ぶたびに幸せ?」
「そうです。風が私たちを愛してくれているのが感じられます」
「その愛は、妖精様が私たちを愛しているということでもあります」
「うん。シャオマオみんなだーい好き」
「その愛は、星の愛でもあります」
「星もみんながだーい好き」
チェキータの言葉にシャオマオはきゃっきゃっと喜んで高い天井までふわふわ浮かんでいく。
シャオマオの一言に、みんなの胸の中がほかっと暖かくなった。
シャオマオがいうと、ほんとうに星に愛されている気がする。
いや、愛があるから自分が生きているのだということをこの星の人たちはみんな知っている。
しかし、胸にしみてあふれるほどの実感が湧いたのは初めてかもしれない。
今皆には一部の自分と相性のいい精霊しか見えていないが、この部屋の精霊は妖精の機嫌に会わせてみちみちに増えて愛を振りまいている。
窓から漏れ出して、近隣にまで愛を運んでいる。
たぶん、シャオマオが今日一日「星がみんなを愛してるー」と言い続けたら、星を一周するくらいの愛が溢れかえってしまうことだろう。
それができる妖精。
うっとりと見ていたら、シャオマオがすすすっと降りてきて、ミーシャに手を差し出してきた。
「ミーシャ、いつ一緒に飛ぶ?」
「い!一緒に!?」
ミーシャの顔が真っ赤になる。
「あれ?シャオマオ何か変なこと言った?」
「いいえ!」
ミーシャは必死に、今まで鳥族からももちろん獣人からも人族からも言われなかった言葉を落ち着いて受け止めようとした。
妖精様は鳥族の習慣をご存じない。
眠っている間もとてもギャップがあることを感じていた。
一緒に空に誘うなんて、デート(ほぼ求愛)だ。
ミーシャは鳥族の中ではとてもとても変わっている子供として、見た目は整っていて素晴らしい飛行能力があるがまだペアの鳥族を見つけられていない。
同じ昼行性の鳥族にはもちろん、夜行性の者とは時間が会わないために飛ぶことが難しいので選ばれることがないのだが、鳥族でも一人で飛ぶものもなくはない。
自分は生涯、ペアを見つけずに一人で飛ぶことになるだろうと、幼いころから諦めていたミーシャに手を伸ばして空に誘ってくれたのが妖精様だ。
相手はそんな重大なことをミーシャに言ったとは思ってもみないだろう。
シャオマオと自分では習慣や言葉にギャップがあることもわかっている。
それでも嬉しさが込みあがってくる。
「素直に喜んでもいいんだよ。妖精様からの誘いなのだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
チェキータはちゃんとわかっていた。
慰めるように語り掛ける母の言葉に、絞り出すようにしか言葉を吐き出せなかった。




