水の神様?
妖精の気持ちにこたえようと、精霊たちはきゃあきゃあと喜んで妖精の魔素を舐めてからミーシャへと近づく。
ミーシャはうつむいたままだ。
「ミーシャ・・・起きてよお。まだ眠いの?チェキータも、ニーカも心配してるの。もちろんシャオマオも心配よ。ミーシャたくさん食べるでしょ?おなか減ってない?お熱つらくない?お水飲む?みーしゃぁああ」
「ああああああん」
ミーシャに話しかける間に気持ちが高ぶって泣いてしまったシャオマオ。
「妖精様・・・」
チェキータに手探りで探し当てられて、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「み。み。みーしゃが、かわいそう、なのおおおおお。うひーーーーーん」
「妖精様、妖精様、泣かないで」
「シャオマオ!」
部屋の扉をノックすることなく開いたユエ。
チェキータが中にいるので普通は男は入らない。
番のいる異性の部屋に、番の許可なく入るのは常識としてありえない。
しかし、その部屋には自分の番(候補)もいる。
ユエは近くに居たニーカの首根っこを掴んで一緒に連れてきて、ドアを開いたのだ。
「信じられないことするな!」
ニーカもたまには怒る。
「シャオマオ!」
ニーカをパッと放してシャオマオに駆け寄るユエ。
「シャオマオ。今日はもう部屋に戻ろう。シャオマオを泣かせるものは遠ざけたい」
「らめ~!!にーに動いたのおお。にーに!にーにぃ!起きてええええ」
チェキータの腕から逃れてまたミーシャにがしっと抱き着くシャオマオ。
手も足もぎゅうぎゅうとロックしている。
「ミーシャが起きるまで離れない!!」
「シャオマオ・・・・それはやめてくれ・・・・・」
木にしがみつくコアラのように、シャオマオはミーシャにがっしりと掴まっている。
「ミーシャはシャオマオを泣かせる。起きるまではそばにいないほうがいい」
「・・・・・・・・・・・ゆえだっていっぱいシャオマオ泣かせた・・・・・・・・」
「ぐぅ」
それをいわれると辛い。
「ミーシャ。とっても熱くなってる。お熱が上がってるんだ。サリーに診てもらわないと」
「サリフェルシェリならもう来てくれてるよ」
ユエが騒いだのでみんな部屋の向こうからのぞいているのだ。
「はいはい。サリーが参りましたよ」
「サリー!助けて!」
ばっと声のした方をコアラのポーズのまま見る。
「あらあら。ミーシャから離れたくないんですね」
「そうなの!シャオマオが話したら動いたの!!もうすぐ起きる!起きるまで離れない!」
「わかりました。そのままでも大丈夫ですよ」
頑固なシャオマオを刺激しないように、サリーは優しく話しかける。
ミーシャは獣人で力持ちだ。
子どもの一人くらい抱えていても大丈夫だろう。
「いくら獣人でもこれ以上熱が上がるのは良くないでしょう。とにかく熱さましを」
シャオマオがくっついてるところがじわじわと汗ばんでいる。
それくらい表面温度も熱くなっている。
サリーが腰に付けた薬の入ったカバンから、試験管のような細い瓶をチェキータに渡す。
チェキータはそれをすべて口に入れ、ミーシャに口移しですこしずつ飲ませる。
意識のない患者に薬を飲ませるのは大変なのだ。
「水の精霊ちゃんたち、ミーシャを冷やしてね」
シャオマオの一言で、部屋の体感温度がミーシャを中心に少し下がった。
「風の精霊ちゃんたち。いっかい部屋の換気してほしいの」
がたがたがた・・・
シャオマオの言葉で窓が開いて、部屋に新鮮な空気が入ってくる。
「ミーシャ。きっと海に行ったら元気になる。いっしょに海に行こうか。シャオマオが連れて行ってあげる」
薬を飲み終わった赤い顔をしたミーシャに語りかける。
「シャオマオ・・・海は俺が一緒に行けない」
ユエは水が好きで泳げるが、空を飛ぶものについていけない。
「・・・・ユエはお留守番してるといいの」
自分に背を向けたままむすっとするシャオマオにショックを受けるユエ。
「いまのミーシャは、シャオマオを守れないから、シャオマオを守る、誰かが一緒じゃないと・・・」
ショックを隠しながら、なんとか海に行こうとするのを阻止したいユエ。
「シャオマオが守るの!!シャオマオは妖精だからできるの!ミーシャが起きてくれるなら海に行くの!」
強くシャオマオが主張すると、それに呼応された何かが大きく部屋を揺らした。
「地震!?」
またミーシャの周りを水の雫がくるくる彩る。
「水の力の暴走か?」
水の気配が強くなりすぎて、チェキータはとうとう我慢が出来なくなってきた。
「ミーシャ、水の力を暴走させないで・・・」
少し、からだがカタカタと震えている。
鳥族は魔素の動きに過敏なのだ。
「いや、そのまま、そのまま力を使ってしまえ。使いどころのない水の力が体にたまってるんだ」
「ぱぁぱ」
ダァーディーがやってきて、キラキラ光る眼でミーシャを見つめる。
「体を治すことに使っていた魔素が使いどころを失って暴れてるんだ。水の力が相当強くなってるんだろうな」
「ミーシャはもしかすると、暴走しないように必死に水の力を抑えているのかもしれませんね」
キラキラと体の周りをまわる水の雫を眺めたサリフェルシェリも心配そうにいう。
「よし!ミーシャ。これだけの猫族がいるんだ。暴れろ。好きなだけ暴れて、力を使い果たせ!」
ダァーディーが大きく好戦的に、唸るようにミーシャに言い放った。
「さあ、ミーシャ!外に出ろ!!」
窓を大きくあけ放ったダァーディーの目はきらきらと輝いている。
ぐらり
ミーシャの体が少し前のめりに倒れそうになったところでユエが素早くシャオマオを取り返す。
「みーしゃ!」
ミーシャは目をつむったまま翼を動かして窓の外に飛び出していった。
ダァーディー、ライ、レンレンとランラン、ユエが窓からミーシャを見た。
「なんだありゃ?」
「・・・『竜』よ」
「りゅー?」
シャオマオ以外は全員見たこともない巨大な角を持った蛇を口をあんぐりと開けてみていた。
蛇のようだが鬣があり、小さな手足が付いている。
この世界には竜はいないのか。
シャオマオは以前の星で見たことのある水墨画の巨大な竜を思い出していた。
水でできた竜が、空を飛ぶミーシャを守るようにぐるぐると巻き付いている。
「すげえ・・・・こんな巨大な精霊を使役してるのか」
「ぱぁぱ。あれ精霊ちゃんなの?」
「うむ。大精霊というやつだろうな」
大精霊をシャオマオも召喚したことはあるが、竜の形をしていなかった。
「召喚するものはイメージでしかないからな。あれがミーシャのイメージか。強そうだねぇ~」
ダァーディーは何よりもうれしそうな顔をして、二階の窓から飛び出していった。
「俺も俺も~!」
「レンレンも行こう!」
「ランランも行こう!」
ライたち兄妹も飛び降りていく。
ユエはぎゅうとシャオマオを抱きしめてから、形のいいおでこにちゅうと口づけをして飛び出していった。
「シャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ライたちはもう完全獣体となって、裏庭を通り抜けて走っていく。
人族のエリアから離れて魔物の出る森の中へとミーシャを誘い出す。
「妖精様も行きましょう!」
「うん。ミーシャが心配なの!」
チェキータとニーカに手をつないでもらって、シャオマオは空を高速で飛んで追いかけた。
そこからは朝になるまでみんなが楽し気に暴れまわるのを見つめるだけになった。
ミーシャがただみんなを攻撃して力を使うことでもいいのだが、時には空にいる有利をひっくり返してミーシャに攻撃を加えて防御させたりと、大きく翻弄していた。
大きな稲妻がライの呼び声にこたえて空から放たれると、ミーシャを守っていた水の竜が貫かれてただの水になって地面に降り注いだ。
何度か水の竜は水に戻っていたが、そのたびに復活していた。
それが復活しない。
ミーシャの水の魔素が尽きたのだろう。
ぐらりと体をゆらして地面にゆっくりと落ちて来るミーシャを、チェキータとニーカ、シャオマオが空中で捕まえた。
少し、開いた黄色の瞳と、久しぶりに目が合った。
ミーシャは口の端を少しだけ上げた。
「うおおおおおおおおおおおおん。ミーシャ!ミーシャ!ミーシャあああああああん」
シャオマオは鼻水を垂らしながら吠えるように泣いた。
もちろんニーカも同じくらい泣いている。
チェキータは言葉にならないのだろう。ハラハラ涙を流して喜んだ。
わかったのは、猫族がほんとうに戦闘狂気味であることだ。
朝まで戦っていたのに、ミーシャの水の力が尽きた時にはみんな笑顔で「いい汗かいたなぁ」くらいだった。
怖い。
「いやあ、ミーシャがこんなに強くなるだなんてなぁ」
ダァーディーは半獣姿でもわかるくらいにほくほく顔で水をぶるぶると振り払っている。
あとから荷物を色々用意して駆けつけたサリフェルシェリに火を起こしてもらって、みんなでお茶を飲んだり、川で水浴びしているところだ。
ミーシャと泣きつかれたシャオマオは、敷物の上でチェキータに膝枕をしてもらってくーくー眠っている。
まるで聖母像である。
甲斐甲斐しくユエに鼻を拭いてもらったりしてるうちに、急にかくんと眠ってしまったのだ。
どう考えてもエネルギー切れだ。
晩御飯を食べてお休みの挨拶に行って、興奮しすぎて暴れまわっていたが、ほぼ徹夜でことを見守っていたのだ。
それでもミーシャの服をつかんで離さなかったので、一緒に眠らせている。
限界まで丸まって子猫のように眠っているのをみて、ユエは複雑そうだ。
因みに、シャオマオが掴んだミーシャの服を千切りそうになったユエを身を挺して止めたのはニーカだ。
守るものがあるときは強くなる男である。




