よし!妖精をやってみよう
「ねえ、おねえちゃん、よーせーさまでしょ?」
「こら!クララ!妖精様に話しかけるなっていったろ?!」
噴水にやってきた小さな子供二人。
妹とお兄ちゃんだろう。
きっと妖精を近くで見たいといった妹の願いをかなえてこっそり近くで見るだけだったのだろうに、思わず話しかけてしまったようだ。
「クララちゃん?こんにちわ。かわいいね」
お兄ちゃんに手をぎゅっと握られてる。
「よーせーさまこんにちは」
褒められて照れるこげ茶の髪色の妹は、スカートをつまんで少し腰を落とすお辞儀をした。
「わー。礼儀正しい。クララちゃんえらいね」
シャオマオは手を叩いてほめてあげる。
きっと抱きしめたりしたらお兄ちゃんの方が怒ってしまうだろうと我慢した。
「どうしてシャオマオが妖精だってわかったの?」
「え?」
「え?」
「え?」
シャオマオの質問に、クララも、クララの兄も、横で聞いていたジョージも同時に聞き返した。
全員が頭の中で(わからないわけがない)と思ったが、説明のしようがない。
こんなにも透明で透き通っているのに、力強くすべてを塗りつぶすような圧倒的な力を無造作に垂れ流すような人族はどこにもいないのだ。
見た目も驚くほどかわいい。
指の先、爪の形まで整っている。
背景から浮いているように見える。
そこにいるだけで空気は違う。甘さがあるように感じられる。
浄化された魔素は心地よさを越えて、癒しの力があるようだ。
「天気がいいから、今日は体の調子がいいなぁ」と言いたくなるようなすがすがしさがある。
なのれでもふらふらと近寄ることはできない。
ふとした時にシャオマオにじっと見つめられると丸裸にされるような心細さが襲ってくる。
シャオマオが相手をきちんと知ろうとしてるときには、そんな「試されてる」ような心持になることもある。
「妖精様ってなんでわかるのかわからないけど、みればわかるよ」
妹が難しくて説明できない、とお兄ちゃんを見たので、お兄ちゃんがぶっきらぼうに答えた。
「そっか。なんでみんながシャオマオのこと人族と間違えないのかいつも不思議で」
(こんな人族がいるわけがない)と全員が思ったが、黙って笑っておいた。
ジョージは空気の読める子供でよかったと胸をなでおろした。
「よーせーさま、空飛べる?」
「うん。飛べるよ」
噴水の縁からジャンプして、ふんわりとドレスをなびかせて宙に浮かぶシャオマオ。
「わあ!すごいすごい!絵本の通り!!」
クララはぱちぱちと手を叩いて真っ赤な顔をして喜ぶ。
「妖精のお話好きなの?」
「大好き!妖精様がね、子供にまほーの粉をかけて、空を飛んで夢の国に連れていくお話が大好きなの!」
シャオマオは一瞬、(人攫いでは・・・?)と思ったが、子供が怖いと思っていないのならちょっと遊びに連れて行くようなお話なのかな?と納得した。
「魔法の粉かぁ・・・」
「よーせーさま、クララも夢の国に行きたい!」
「クララ!!」
お兄ちゃんの方がクララの手を引っ張って、抱えるように庇う。
「クララを連れて行かせないからな!」
「うん。夢の国はシャオマオもどこにあるのかしらない。ごめんねクララちゃん」
威嚇するように唸るお兄ちゃんに、落ち着くように言い聞かせる。
「そっか・・・せっかくよーせーさまに会えたのに・・・」
「あんなのお話の中だけのはなしだよ。クララ。あきらめろ」
「うん・・・」
しょんぼりとしたクララが可愛そうになったシャオマオ。
「ねえ、ユエ。遊んであげていいかなぁ」
「ぐあう」
「クララちゃんとお兄ちゃん。手をつなごう」
地面に降りたシャオマオが両手を差し出す。
「え?」
「魔法の粉は知らないけど、二人くらいならちょっとお散歩するくらい飛べるよ?」
何しろシャオマオは大人の姿だった時はユエを抱えて飛ぶことが出来たくらいだ。
「クララ!」
クララちゃんはお兄ちゃんの手を振り切ってシャオマオに飛びついた。
「お兄ちゃんもおいで。クララちゃんとシャオマオだけどこかに行くのは嫌でしょ?」
「当たり前だ!」
威勢良く吠えるが恐る恐る近づいてきて、シャオマオの手をぎゅっと握る。
「ユエ。ジョージを守ってあげててね」
「ぐるあ」
「え?護衛の人いるの?全然わかんなかった!」
どうやら三人で冒険してるようだったが、ちゃんと護衛がついてきてくれていたようだった。
「クララちゃん、おうちどこ?」
「広場の西のこじいんにお兄ちゃんとほごしてもらってるの」
「こじいん?」
「孤児院だ。親がいないからな」
「・・・そっか。孤児院の人たち優しい?」
「うん。みんな優しくしてくれる」
二人の身なりはきれいだ。
そこまで痩せている様子もない。
服も新しくはないが、きちんと繕った後もある。
「じゃあ、ちょっと遊んだら孤児院まで送ってあげるね!」
二人を伴って空を飛ぶと、周りの子供たちがきゃあきゃあ言って大騒ぎし始めた。
どういう魔法なのかはわからないが、片手しかつないでいない二人も、ふんわりと全身で空を飛ぶのだ。
二人をぶら下げて飛ぶような不格好にならなくてよかった、と思う。
シャオマオは大きな噴水の周りをくるくる回りながら上昇して、広場を見渡せるところで止まった。
「こわくなーい?」
「たのしい!よーせーさまと飛んでる!!」
「怖くねえ。すごく楽しい」
「じゃあ、ちょっと空を楽しんでから帰ろうね」
広場の上からみんなを見下ろすと、子供が一人ひときわぎゃあぎゃあわめいてるのが見えた。
「なんだろ?」
「いつもクララたちをこじだっていじめる子よ」
「商家のおぼっちゃまさ」
「いやな子?」
「そうだよ。やな奴だよ」
基本的に人族は集団で生き残ることを選んだ種族だ。
弱いものを強いものが助ける。
弱いものは弱いものなりに、助けられながら一生懸命に生きる。
それを時々勘違いするものがいる。
どれだけ教育を頑張っても、勘違いは起きてしまう。
ここでのいじめははそういう時に起きる。
「おおかた、俺たちが妖精様と遊んでいることが気に入らないんだろ」
よくよく耳をすませば「どうして!」だとか「僕の方が!」とかなんとか聞こえる。
「ふーん。ちょっといたずらしちゃおっか」
「え?」
お兄ちゃんの方が驚いてじっとシャオマオを見て来る。
「精霊ちゃんたち~。いたずらしちゃおう!」
シャオマオが声をかけると、水の精霊が集まった。
もちろんそれはシャオマオにしか見えていない。
この場にいる人族の誰にも見えない。
「それいけー」
シャオマオが叫んでいる子供に向かって飛んでいくと、前を飛ぶ水の精霊が、ぷーっと水を噴き出した。
「んな!?なんだこれ!」
急に水が現れて、どんどんいじめっ子に水をかける。
怯えて走って逃げる太ったおぼっちゃま。
足が遅いのでどんどん水がかかる。
「あはは!精霊ちゃんたちいけいけー」
「精霊・・・なのか」
「音の精霊ちゃんたち~私の声を届けて~」
今度は音の精霊を集めていじめっ子にしか聞こえない言葉をかけると、いじめっ子は一人びちょびちょになりながら、びくびくと怯えて真っ青になった。
「な、なんて言ったんだ?」
「なーいしょ!」
「クララちゃんもういじめられないよ。いじめられたらまた妖精に言いつけるって言えばいいのよ」
「ありがとう!よーせーさま!」
いじめっ子は馬車に逃げ込んで慌てて出発していた。
「じゃあ、お散歩続けよう!」
二人を連れて、広場を離れて、街の中を飛んで見せる。
「すごい!いつものお店があんなに小さい!」
「すげえ・・・」
「この景色を見たことあるの、人族では二人だけよ?。屋根より高いんだもん」
「一生の思い出だ・・・」
お兄ちゃんの方が感動して言葉が出ない様だ。
しばらく空を見せてから、そろそろという時間になったので、二人を孤児院まで送り届ると、先についていたユエとジョージが庭で子供たちと遊びながら待ってくれていた。
「ユエ。お待たせ」
「ぐるる」
子供たちを追いかけまわしていたようだが、夜虎に食べられるような夢を見ないだろうか。心配だ。
空から現れたクララとお兄ちゃんをみんなが取り囲む。
妖精と遊んだヒーローだ。
孤児院の管理をしている夫婦もとてもいいひとそうで、王子や妖精が来てくれたことをとても喜んでくれた。
ジョージも抜き打ちではあったが孤児院の様子が確認できたことはとても嬉しかったようだ。
先日の避難所生活のことも感謝された。
その時にもジョージは孤児院の子供たちに聞き取りをして、生活が不自然に困窮していないかなどを確認していた。
今日は現地を自分の目で確認できたことで非常に満足できたようだ。
広場の近くで買ってきた食材やお菓子を寄付して、今日のところはお暇することにした。




