ジョージの願い
「シャオマオ!遊びに困ったら噴水に来い!一番子供が集まってる!」
「ありがとうジュード!あとで遊びに行くね!」
手を振ってジュードと別れる。
「ジョージ。気になるお店があったら言ってね」
「わかりました」
二人はいろんなお店をきょろきょろしながら歩いているし、虎に乗ったタオの実色の髪の美少女が、ちょっといいところのおぼっちゃまみたいな恰好の少年と歩いていれば、注目を浴びないはずはなかった。
一目見たら「妖精だ!」とすぐにわかる。
隣を歩いている少年も、先日の避難所で見たものは多い。
こちらもすぐに「ジョージ王子だ!」とばれた。
ばれたが、「気分屋の妖精」と「病弱だった王子」が二人で楽しそうに歩いているのだ。
最初はびっくりしても、みんながみんな「絶対邪魔してはいけない」と思わされるような雰囲気になった。
最初は妖精の雰囲気にのまれるものや、ふらふらと吸い寄せられる心の弱いものもいたようだったが、そんな時はユエの唸り声を聞いて牙を見せたら我に返る。
唸り声をあげるたびに「ユエー。怖がらせたらダメなのー」とわかっていないシャオマオに、ほっぺたをにゅうーっと引っ張られていたが。
虎の皮はよく伸びるし、シャオマオはユエのだぶだぶの皮を引っ張るのが大好きだ。
ユエもシャオマオに引っ張られるのが好きだ。
つまりこれは、ユエにとってはいちゃいちゃしているのと変わらない。
全員が楽しんでいた。
「ジョージ、のど乾いたね。何か飲みたいね」
「あ・・・お恥ずかしい話ですが、私は個人的な金銭を持っていませんので、シャオマオに買って差し上げることが出来ないんです・・・すみません」
王子であるジョージは、成人するまでは自分の個人的な資産を持つことが出来ない。
おこずかい程度の金銭も禁止されている。
それは法律で決まっていることだ。
成人後の個人的な資産といえば、王家が所有している土地の一部を分け与えられ、自分で経営をして増やすことのみ。ちなみにこの個人の土地は基本的には売買禁止で、その土地の中で何かを生産することで金銭を得ることを推奨されている。
「ジョージ。ジョージに買ってもらうんじゃなくて、今日はユエに買ってもらうの。大人がいるんだから、大人が買ってくれるのよ?」
ちっちっちと、かわいく指を顔の前で揺らすシャオマオ。
あまりの可愛さに、ふふっと笑いが漏れる。
「いえ、ユエ様に頂くわけにも・・・」
「ぐあう」
途中まで話したが、ユエにさえぎられたので黙るジョージ。
シャオマオはユエの首の鬣みたいな長い毛皮にうずもれた紐をごそごそして、その先に括りつけられた巾着を取り出す。
「ユエものど乾いたもんね」
「がう」
小さなパラソルの果実水を売るお店につくと、
「こんにちわ。おじさーん。つめたーーーいのどれ?」
と、シャオマオが元気よく尋ねる。
「おや、可愛いお客さんだ。こんにちは。どれも冷えてるけどココの実ジュース飲んでみたことあるかい?」
店主は目を細めて水の中に沈んでた巨大な白い実を取り出した。
「それ絞るの?」
「いや、硬いから割るんだよ。中にはジュースがたっぷり詰まってる」
「『ヤシの実』かな?」
「そういう名前は聞いたことないけど、最近暑い国から入ってきたんだよ。どうだい?試してみるかい?」
「飲んでみたいひとー?」
シャオマオが呼びかけると、ユエもジョージも手を挙げた。
「みんな飲んでみたいって!おじさん三人分くださ~い」
「はいよ」
ユエは咥えた小さな巾着を差し出して、代金を受け取るように店主に首を突き出す。
「虎さんは一つ飲めそうだね。小さい子はコップに入れてあげよう」
「ありがとうおじさん!」
ざっくざっくと大きななたで皮をむいて、一部分を削るように割ると、中が空洞なのが見えた。
それを傾けると白みがかったジュースがじゃばじゃばとコップに注がれた。
「すごーい!」
初めて見るシャオマオとジョージは目を丸くして驚いた。
「すごいだろ?まだ馴染みがないからあんまり売れてないんだけどね」
「ぐあう」
もう一つ、穴を開けようとしたおじさんに、ユエが声をかける。
「おじさん、それそのままユエにちょうだい、だって」
「え?すごくかたいよ?」
「大丈夫なんだって」
ユエに一つ渡すと、ココの実を地面に置いて、お尻をつけて座って、片手を慎重に上げた。
「ふっ」
バコ!
「す、すげえな虎さん・・・」
爪?それとも手刀?なんだかわからないけどユエは固いココの実を片手で横二つにして、器と蓋に分けてしまった。
「ユエったらすごい!すごーい!」
「ぐあう」
「うん、すごい。ユエと二人っきりで暑い国に行っても、ユエがココの実を割って飲ませてくれるから大丈夫ね!」
「ぐあるるるる」
三人は並んでお店の前でココの実ジュースを飲む。
「うわ~美味しいね!ジョージ」
「はい。とても」
何故かわからないけれど、完全にスポーツドリンクの味。
あの高熱を出したときに飲むように言われた味とそっくりなのだ。
「運動した後とかこれいいかも」
ぷはーっとお風呂上がりのコーヒー牛乳のように、美味しそうに飲んでジョージに話しかける。
「そうですね。汗をかいた後にちょうどいいかもしれません」
ほんのり甘いけれど、さっぱりとした飲み口にジョージも驚いている。
ユエはぐびぐびと一つ飲み干して、満足そうにしている。
ユエも美味しかったみたいだ。
器を返して次のお店へ。
「シャオマオねー、この串すきなのー」
「そうですか。私は食べたことがないです」
またユエに買ってもらってふわふわの肉を巻き付けたタレのかかった串焼きを食べる。
宝石のような飴を売ってる屋台にはくじがあって、紐を引くとその先についた飴がもらえる。
小さい飴からあたりの大きな飴まで何が当たるかわからない。
「シャオマオはねー、あの大きな赤い飴食べたいなー」
シャオマオが指さしてチャレンジすると、それが当たる。
「シャオマオすごい!」
「ユエはどれが食べたい?」
「ぐるぐるぐる」
「じゃあこれー」
シャオマオはまた目当ての飴を当ててユエに渡す。
「どうする?ジョージも食べたいのある?」
「いえ、私は自分で当ててみせます。あの緑の飴です」
ジョージは目をつぶって手に触れた紐をぎゅっと引く。
「あ!ジョージすごい!当たった~」
「ありがとうございます」
ジョージはあまり人にわからないようにすごく喜んでいるようだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、子供っぽい表情をするようになってきた。
紐のついた飴をむぐむぐ食べながら歩く三人。
ジョージは食べながら歩いたり、飲みながら歩いたりするのにドキドキしているようだった。
くじ引きのお店でも、ボールを投げて景品をとるところでも、シャオマオは欲しいものをドンドン手に入れる。
「ジョージどれが欲しい?どれがいい?」
シャオマオはことあるごとにジョージに尋ねる。
最初は遠慮していたジョージも、求められる答えではないと気づいてからは自分の好きなものを必死に考えて口にするようになった。
そして、それが手に入るように自分で行動する。
それが手に入ったときは楽しそうにするし、入らないときには悔しそうにする。
「ジョージ、いつもかっこいいけど、今日はすっごくかわいい」
「か・・・かわいい、ですか?」
ジョージは真っ赤になって聞き返す。
「王子様のジョージじゃなくて、10歳のジョージよ。かわいい。みんなこのジョージが見られないなんてかわいそう。こんなにかわいいのに」
ユエに乗って振り返りながら笑顔のシャオマオがいう。
(かわいいのはシャオマオだ。こんなに輝いて・・・)
キラキラ輝くような、光に溶け込んでしまいそうな妖精様をみて、ジョージは胸の高鳴りを抑えきれなかった。
「ジョージ、噴水まで遊びに行こう!子供がいっぱいいるところ」
「はい」
噴水広場には待ち合わせの人、大道芸人、出店、遊びまわる子供たち、たくさんの人が集まっていた。
「シャオマオ。少し休憩しなくて大丈夫ですか?」
「そうね。ちょっと座ってお話ししようか」
にこにこわらうシャオマオが大きな噴水の縁に腰かけて、隣にジョージが座る。
「ジョージ。ジョージは毎日窮屈じゃない?」
「いえ。そういうものだと思っていましたので、今までは何も感じていませんでした」
「いままでは?」
「ええ。今日連れ出してもらったことで、自分の気持が上下することを知りました。私はずいぶんと自分の気持に蓋をしていたようです」
食べるものに美味しいもまずいもない。
人と本心ではなく、王子として話をする。
それが染みついていたことに気が付いてしまった。
「シャオマオ。私は、やっぱり学校に行きたいです。あなたと共に学びたい」
「うん。王様にお願いしてみようね」
シャオマオはジョージの手をきゅうっと握って笑顔で微笑んだ。




