子供をやってから大人になるの
「ジョージ王子、ようございましたな」
お茶の準備を整えたウィンストンがジョージに声をかける。
「シャオマオ。着替えてまいりますので先にお茶をどうぞ」
ぐすっと鼻をすすってからきらびやかな笑顔になったジョージがベッドから降りて隣の衣裳部屋へ行く。
シャオマオとユエはテーブルにかけて、ウィンストンのお茶を飲む。
今日はミルクティー。
「ウィンストン。お茶おいしいです」
「それはよかった。お代わりもお申し付けください」
「ぐるう」
カフェオレボウルのような器に入れてもらったお茶を飲みほしたユエはお代わりをねだる。
「ユエ様の口にも合いましたか。ようございました」
ミルク多めにして少し冷ましてまたユエの前に置く。
「ウィンストン。ジョージったら王様にご褒美もらったかしら」
「どうしてです?」
「だってだって、街の人と一緒に避難して、ジョージがみんなを守ってたんでしょ?」
「ええ。さようでございます」
「誰も怪我しなかったし、みんなケンカしたり泣いたりしなかったんでしょ?」
「ええ。王子が指揮を執りまして、みな大きな混乱もなく避難所生活は訓練通りでした」
「すごいことよ?ジョージったらまだ10歳なのにすごいことをしたのよ?シャオマオにプレセントくれるの嬉しいけど、どうしてかしら?シャオマオじゃなくてジョージのプレゼントじゃないのかしら?」
「それは、私が説明いたしますよ」
ジョージが着替えを終えて、部屋に戻ってきた。
「ジョージったら、かっこいい」
「ありがとうございます」
金の髪を後ろに撫でつけて、きちんとした礼服を身に着けたジョージ。
シャオマオが来てもパジャマで寝ているばかりだったので、きちんと身だしなみを整えているのを見たのは初めてだ。
しゃんとした姿勢に、優雅な立ち居振る舞い。
これはこれは、学校で見る友達とはやはり違うのだと感じさせられる。
「褒美は頂いています。王からはお言葉を頂きました。民が無事怪我もなく避難所から自宅へ帰れたことも褒美です。シャオマオが会いに来てくれたことも褒美です。私にこれ以上の物はいりません」
「ジョージったら、子供じゃないみたい」
「ええ。私は子供ではありません。ジョージというこの人族を治める王族の王子です」
にっこりと微笑んで、紅茶を一口飲んだ。
「ウィンストン、ジョージいつもこんな感じ?」
「さようでございますね」
ひそひそ傍らに立つウィンストンに聞いてみたら、ウィンストンもひそひそと返してくれた。
病で寝たきりだったし、たくさんやりたいこともあっただろうにできずに頭でっかちになってるんじゃないだろうか。
周りは大人ばかり、自分より身分の高いものはおじいちゃんだけ。
そりゃこんな風にもなってしまうのかもしれない。
「ジョージ。私からご褒美をあげるね」
「そんな!シャオマオからはもういただけません!」
「シャオマオまだなにもしてないもん」
「貴重なお薬を分けていただき、頭を撫でてくださいました。お褒めの言葉まで。これ以上は望みすぎというものです」
「ジョージ!シャオマオはなに?!」
「シャオマオは妖精様です!!」
急に大きな声を出されたので、ジョージは驚いてさっと立ち上がって答える。
「そうでしょ?シャオマオいまから妖精のわがまま言うね」
「は、はい!」
「ジョージ。子供になって遊びに行こう!」
「え!?」
「ウィンストン!ジョージにもっと簡単な服を着せて!」
「畏まりました」
「え?!え?!」
ジョージはベルで呼ばれたメイドたちにまた衣裳部屋に連れていかれた。
しばらく待っていると、シャオマオの意図をちゃんとくみ取ったウィンストンの指示により、街中でも浮かない程度の簡単な服に着替えたジョージがおっかなびっくりやってきた。
「ジョージ。さあ、遊びに行こう!」
「は、はい!」
うんしょ!っとユエによじ登って、シャオマオがきちんと座ればユエは歩き出す。
「シャオマオ様。ジョージ王子をよろしくお願いいたします」
「はーい。ユエもいるから大丈夫よ。王様に言っといて」
「畏まりました」
ウィンストンに見送られて二人とユエは街に向かって歩き出した。
「ジョージは街に行ったことある?」
「はい。うんと小さい頃ですが。まだ病になる前です」
ジョージはユエに乗せてもらうのを遠慮したため、隣をとことこついて歩く。
「何をしたの?」
「こっそりと馬車から街を眺めただけです。中央広場の噴水に行くと、夏だったので子供がたくさん遊んでいました」
「ジョージも遊びたかった?」
「どうでしょう。昔のことなので正確には覚えていませんが、そのあとの予定がなければ遊びたかったかもしれませんね」
場所も、季節も、その日の予定も覚えているのに、自分の感情は忘れてしまっている。
蓋をしてしまっているのだろうか。
シャオマオは、自分がこんこんと咳をしながら窓の外を眺めていたことを覚えている。
その日は雪が降っていた。
雪は地面を真っ白に染めて、何もかもを塗りつぶそうとするのに、窓の外にいる真っ赤な帽子と上着を着た女の子のことは隠すことが出来ないのだ。
お見舞いにきた家族だったのだと思うが、病院の裏庭で駆け回っていた。
生命力にあふれて、雪が頭にも方にも積もってきても振り払って遊んでいた。
真っ赤な赤くなったほっぺたも、雪玉をお姉ちゃんとぶつけ合うのも、大きな声と一緒に吐き出される白い息も、何もかもが「元気」だった。
自分の痩せた腕を見て、少し笑った。
あの小さな女の子にも負ける細い腕。
窓から見える景色は、「自分とは関係のない世界」。
自分がいるのが現実。
窓の外は夢かテレビの中にしかない世界。
それくらいの感情で外を見ていた。
「ジョージ。いいにおいがするね」
「ええ。たくさんの香りが溢れていますね」
屋台の肉を焼く香り。
売っているスパイスの香り。
果物の甘ったるい香り。
搾りたてのジュースを売っている香り。
コーヒーを販売する屋台の香り。
魚の干物を焼く香り。
食べ物だけでもたくさんたくさんの香りがする。
通りを挟めば化粧品の香り。
お香の香り。
革製品の香り。
くんくん鼻を鳴らしてきょろきょろと街の中を見回していると、遠くから声を掛けられる。
「シャオマオ!!お前無事だったか?」
「ジュード!」
駆け寄ってきた同級生のジュードは、シャオマオがまたがっている虎を見てぎょっと立ち止まった。
「ユエ先生じゃないか。街で虎姿なんて自由だな」
ひくひく鼻を動かしているから、匂いでユエだとわかったのかもしれない。
「うーん。なんでかな?ユエったら王宮に遊びに行こうとすると虎になるのよ」
シャオマオも聞いてみたが、あまり明確な返事はもらえていない。
まあそういうものなんだろうと思っている。
「王宮?あ!!ジョージ王子!」
ジュードはジョージを指さしてから、さっとごまかすように腕を後ろに組んだ。
「そうだよ。君はシャオマオの友達かな?」
「同じクラスの同級生だ、です」
敬語に慣れないジュードに、ジョージはにこにこして普通に話していいよと許可した。
「ジュードったらどうしてここにいるの?」
「お使い頼まれたんだ。紅茶の葉っぱ買いに行ってた」
肩から下げているバッグをポンポンと叩くジュード。
「シャオマオ。お前、ミーシャ先輩のこと知ってるか?こないだの避難の前からミーシャ先輩寮に帰ってこないらしいんだ」
「あう。ミーシャったらちょっと、用事があって、あにょ、お休みしてるんだけど、えっと、もうすぐ元気に、あ、ちがった、用事が終わったらまた学校にもどるにょ」
しどろもどろで目線もあわないシャオマオに、ジュードはふんっと鼻息で返事した。
「お前、壊滅的に嘘が下手だな。知らないって言ったほうがまだましじゃないか?」
「あ、そうかな?じゃあ知らないの」
「いまさらだな!!」
呆れたようにいうジュード。もうシャオマオから聞くのはあきらめたようだ。
「カラが寮生だからな。心配してる生徒が多いんだとよ。今は学校も休みだからな。寮に残ってる子供たちも少ないからあんまり大騒ぎしてないらしいんだけど。まあ、また戻ってくるって伝えとくよ」
「うん。ジュードありがとう」
「んで?王子様と一緒に街にいるのはなんでだ?」
「ん?子供になって遊ぶところよ」
「子供になって?お前も王子も十分子供だろ?何言ってんだ」
本気で「何言ってんだ?」という顔をしたジュードに指さされて、シャオマオはぷーっと噴き出した。
「そうなの!子供なの!シャオマオもジョージも、まだ子供なのよ!」
きゃっきゃと笑うシャオマオをみて、ジョージもジュードもきょとんとした。
「子供は何も考えないで遊ぶのよ!行こうジョージ!」




