ケンカはやめれ~!
大泣きしたユエと一緒に寝てしまったシャオマオが目覚めたのは空腹のせいだった。
まだ夜明け前だったが、ぐーぐー鳴くお腹を抑えて二人で食堂に行って、仕込みが終わったばかりのスープをもらってちびちび飲んだ。
もう少し時間が経てば、朝一番の依頼を取り合うために冒険者が集まってくるが、まだこの時間に食堂にいるのは二人だけだ。
泣いたことを感じさせないくらいにユエは今日も美しく微笑んでシャオマオの世話を焼く。
『鳥の声するね』
「なあに?」
「ぴーよぴよ。チュンチュン。ピーピー」
鳥の真似をして窓を指さしたら、ユエは赤く頬を染めて「かわいい」とうっとりした。
「シャオマオは子猫なんだから、ニャーと鳴いてごらん?」
「う?」
「にゃあ」
「にゃー」
「かわいい!」
抱き寄せられて、鼻にちゅうとキスされた。
「シャオマオは今日は貰った伝統衣装を着るといい。髪でお団子を作って耳みたいにして、猫族の子供みたいにしてあげる」
「う?」
「可愛くするよ」
「かわいいの?ありがとうユエ」
最後のニンジンを口に入れてもらって、スープも完食だ。
この世界に来た当初より少しは食べられる量も増えてきた気がするし、会話も聞き取れてる。
ちゃんと成長してるんだなぁとシャオマオが感慨深く思っていたら、ユエにサッと抱き上げられてしまった。
「ユエ?なに?」
ユエの目線の先には食堂の窓。
そこにびったりと人影が何人も何人張り付いていた。
「ぴえ!」
みんな羽が生えているようだが、ニーカとチェキータのような真っ白の天使様は居ないようだ。
シャオマオがこちらを見たと喜んで、鍵の空いてた窓一つから、まず二人男女が入ってきた。
「初めまして妖精様。サラサです。やっと会えました」
「妖精様。私はジェッズです。初めまして」
その場に跪いて頭を下げる。
「おはようサラサ。おはようジェーズ」
「何故朝から鳥族がこんなにやって来るんだ?」
シャオマオは機嫌良く挨拶をしたが、ユエの機嫌は急降下だ。
わらわらと食堂に入ってくる鳥族は30人ほどいる。
なんでこんな朝早くに来るんだ。
「うむ。昨日ニーカとチェキータが妖精様に名を書いていただいたと自慢してきたんだ。流石にお小さいので全員に名前を書くのは無理だろうと長老とも相談してな。夜は失礼だろうと夜明けとともに今集まれるものだけ集まったのだ」
「妖精様、空を飛んで遊びましょう。今日の風はすごく気分がいい」
「許可できない」
ニコニコ説明するジェッズをユエは一刀両断だ。
「何故だ?あ!お前がユエか?」
「ニーカが言っていた。いつもユエという虎が邪魔すると」
サラサとジェッズが眉間に皺を寄せて睨む。
「空は俺の領分じゃない。何かあっても助けに行けない」
大きなコップを傾けてお茶を飲むシャオマオの手を支えてやりながらユエが説明した。
(シャオマオ用に小さな食器を猫族エリアで買わないとな)
「それは聞き捨てならない」
「鳥族が空にいて、危険なことなどない」
そうだそうだと周りの鳥族も加勢する。
「お前たちは飛ぶのが早いだけだ。戦うすべがない」
「ここは魔物が出るかもしれないからな。じゃあ海の上を飛べばいい」
「だめだ!落ちたらどうする!?」
「なんだと?!俺たちが運んでいるものを落とすと思うのか!」
だんだんとユエとジェッズの言葉が荒々しくなってきて、びっくりしたシャオマオが反応して慌てる。
(どうしよう・・・どうしよう・・・ケンカだ・・・)
「お前たち、シャオマオちゃんがおびえてるのが見えないのか?」
あまりにもギャーギャー騒いでいたので食堂のスタッフがライを呼びに行ったようだ。
大あくびをしながらライがやってきたので、シャオマオはライに向かって走って行った。
『ラ~イ~。みんな大きい声で~怖いよお~!ケンカだよぉ』
「よしよし。怖かったね」
走ってきたシャオマオを抱き上げて、頭をなでる。
「シャオマオ!俺のところに来い!」
いつもの声ではない怒った声のユエに、シャオマオはびくりと震える。
「やめないかユエ。シャオマオちゃんがおびえてる」
「シャオマオ!こっちに!」
「落ち着け」
手を伸ばして近づいてくるユエの声が怖くて、ライの肩に顔を押し付けるシャオマオ。
ライは手を前にしてユエを制止した。
「小さな子供は自分にはわからない言葉で大人たちが大声で言い争いしてたら怖いんだとわかれよ」
呆れたようにいうライに抱き着いて、必死に出そうになる涙をこらえるシャオマオ。
いま泣いたらみんなを責めているように見える。
「鳥族のお前ら、ジェッズだっけ?シャオマオちゃんはいきなり来て喧嘩するようなやつらとは遊ばない。ちゃんと年上のニーカやチェキータと一緒に来い」
その場にみんなを残して、シャオマオを抱いたライは去っていった。
「ごめんね。シャオマオちゃん。助けに行くのが遅れて」
ライに元ユエの部屋に連れていかれて、ベッドに座らせてもらった。
ライもその隣に腰かける。
『み、みんな、怒ってて・・・。な、んだか・・・怖くて。大きい声で・・・』
「シャオマオちゃんと遊びたいんだよ。みんな。シャオマオちゃんが好きなんだ」
「シャオマオ、すき?」
「そうだよ。みんなが君を大好きなんだ」
『でもケンカ・・・する。大きい声で「らめ!」っていう』
「あー。ユエが鳥族の若い奴らを止めたんだな」
ゆったり髪を撫でられる。
「ユエは本当にシャオマオちゃんのことが好きなんだ。独り占めしたいんだ」
「ひちょり?」
「独り占め。誰にも触らせたくないんだ。本当は」
ライはシャオマオの髪をひと房とって弄ぶ。
「こうやって、俺の匂いが付くだけで・・・本当はすっごく嫌なはずなんだ」
「ライ?」
ライのエメラルドグリーンの宝石の目がきらきらしてる。
『ライの目、エメラルドみたい。宝石の目だね』
じっと、ライの瞳を見る。
きゅうと瞳孔が丸くなる。
二人の視線がずっと、外れない。
ライの瞳はユエと違って、本当に動物の瞳に近い。瞳孔がきゅるきゅる動いてみていて飽きないのだ。
「シャオマオちゃん。ずっと、ずっと、子供のままでいてくれたらいいのに」
小さな声で話したことは早口だったし聞き取れなかった。
「さあ、そろそろいい時間だ。サリフェルシェリを起こして今日の勉強を教わろう。朝は勉強。お昼はお弁当持ってピクニックに行こう」
シャオマオをベッドから降ろすと手をつないでくれた。
いつもの紙とペンのセットをもって、サリフェルシェリの部屋をノックする。
「妖精様には二種類の文字表を書いていただきましたので、私も読み方を覚えました。「ぬ」と「め」と「の」と「あ」が難しいですね。「さ」と「ち」とか」
応接室のテーブルで、ひらがなの下にカタカナを書いた表を広げてみんなで見る。
サリフェルシェリは眠っていなかったのか、部屋をノックした時点で準備万端だった。
「しかし、小さい文字にして書くのも珍しい。さりふぇるしぇり。小さい「え」が二度も入る」
自分でも紙に名前を書くサリフェルシェリ。
ひらがなでも今見たばかりのカタカナでも書けるようだ。
(頭良すぎない?この人)とシャオマオが驚いていたら、にこにこしたサリフェルシェリが「では。まずは何かあったときに自分の体の異常を伝えてもらわなければならないので、人体の名称から行きましょうか」といって、シャオマオの姿をササッと描いた。
簡単に描いたように見えて、結構似てる。
「まず、ここは髪」
「かーみ」
「頭」
「あちゃま」
「ちゃんと文字はあたまになってますね」
くすくす笑いながら楽しそうにどんどん教えてくれる。
「耳」
「みーみ」
耳のところに来て、みんなの顔を見る。
「シャオマオここ耳。ライここ耳。サリー耳ぴょん」
みんなの耳がそれぞれ違うことを聞いてみたかったのだ。
「ああ。それぞれ種族が違います」
「しゅぞく」
「そうです。ライやユエは獣人です。獣人の猫族。ニーカとチェキータは鳥族」
新しい紙に「獣人」と書いて下に棒を伸ばす。
何本か枝分かれさせてそのうちの二つに猫族、鳥族と書き足す。
「私はエルフ族です」
紙のまた別の場所にエルフ族を書く。
「ドワンゴがドワーフ族だよ」
とライも付け足してきた。
「あとは人族ですね」
「人族は耳が丸いよ」
絵のシャオマオの耳をちょんちょんと指さすライ。
「シャオマオ、ひとぞく?」
「いや、シャオマオちゃんは妖精様だよ」
「よーせー?ようせい・・・あ!妖精」
前に聞いた「妖精様」がここで出てきた。
サリフェルシェリはすべての種族の上に、「妖精様」とかいて、シャオマオと書いた。
「ここ、シャオマオ」
「そうです。妖精様はおひとりだけです」
「ひちょり・・・?」
「妖精様は我々とは違う生き物です。星の愛し子ですからね」
「・・・・・ひちょり」
一人という言葉がなぜか心に響く。
「大丈夫。シャオマオちゃんだから、みんな友達になりたがるんだ。今日も会いに来たろ?」
ライが頭を撫でて来る。
「ひちょり、や・・・」
「大丈夫。一人になんてならないよ。ユエもライもサリフェルシェリもいるよ」
「一人になりたいって思ってもなれませんよ。あのユエの執着を甘く見てはいけない」
サリフェルシェリが身震いしたとたんに、応接室の扉が大きく開かれた。
「シャオマオ!俺のシャオマオ!すまなかった!!」
ユエがささっと近づいてきて、跪くとゆっくりゆっくり手を差し出してきた。
シャオマオを驚かさないように、おびえさせないように、そっとそっと。
「シャオマオ。すまなかった。怖い思いをさせるなんて」
頭をうなだれて、耳は元気なく伏せられている。
「しっかり反省してきた。許してくれ」
頭を下げるユエが謝っている気持ちはわかる。
伏せている頭を撫でてあげる。
「・・・シャオマオ!」
「ユエ。ともらち、ほちい」
「・・・・・・・う」
「ひちょりナイナイ」
「独り?」
ライに目線で尋ねる。
「妖精族が一人しかいないことを知ったんだ」
「みんなが友達なので、一人ではないと教えています」
「うう・・・よ、余計なことを・・・・」
「いちいちお前がシャオマオちゃんに近づくやつらと喧嘩するのが悪い」
「ユエ。ともらち、らめ?」
シャオマオの大きな目に涙が盛り上がる。
「ひちょり、いや」
俺がいるから一人じゃない!
「ともらち、ほちい・・・」
友達ならもうライがいるだろ?
いろんな言葉が口からあふれだしそうになったが、あのライに抱きしめられて顔も見せてくれなかったシャオマオの姿がよぎると、声にならなかった。
「と・・・ともだち欲しい?」
「うん!」
「いいよ。たくさん作ろう!」
「ありがとう!ユエ!いっぱい好き!」
飛び込んできたシャオマオを難なく受け止めたが、ユエはシャオマオに見えないように悔しそうな顔で血がにじむほど唇をかみしめていた。
「こんな心にもないこと言えるようになったんだな」
「愛は人を成長させるんですねぇ」
保護者二人はまたもユエの成長が見えて感動していた。
ユエはどうやって反省していたと思いますか?
なんだかすごいことをしてそうですよね((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル




