優しくするのは怖さの裏返し?
「サリー。ミーシャは?」
鱗をすべて拾い集めてミーシャの血で固まったハンカチに包んだシャオマオは、治療を終えたミーシャの体を浄化魔素で包んだ。
「これでしばらく安静に。意識が戻るのを待つだけです」
「意識は戻る?」
「体内の魔素が大きく乱れていました。・・・・血とともに失ったのでしょう。血は補いましたが魔素をいま補給させているところです。この体を包んでいる魔素をすべて吸収すれば安心です。時間がかかりますが」
「そう。鳥族を呼んで、ミーシャを安全な場所へ」
「畏まりました」
サリフェルシェリは意識的にシャオマオへの返事を変えた。
急激に大人のようにふるまうシャオマオに合わせたのだ。
サリフェルシェリが鳥族の羽根を使って夜に飛べるものを何人か呼び出す。
緊急の信号として風の精霊をつけて呼んだので、すぐにやってくるだろう。
シャオマオはミーシャの顔色がよくなっているのをみて、ほっとした。
眠っているだけ、とは言わないが、呼吸も安定しているように見えるし苦しそうな表情はない。
「サリー。向こうの状況は?」
「みな散り散りになって魔物を食い止めているところです。しばらくは浄化魔素のドームがあったのですが、急に消えてしまって」
シャオマオが気持ちを乱して飛べなくなった頃だろう。
みんなを守っていたドームも消えてしまったのだ。
「シャオマオが弱いから消えてしまったんだ。守れない・・・弱くて・・・」
「シャオマオ様。何がありました?」
浄化のドームが消えただけではないような雰囲気を感じた。
「サリー。たくさん話したいことがあるんだけど、みんなを助けに行く」
泣き虫で子供のシャオマオが、泣くのを我慢しているのだろうか。
「シャオマオ様。もうサリーはシャオマオ様の『先生』にはなれませんか?」
「いまも『先生』よ?」
サリフェルシェリは以前にシャオマオから教わった、シャオマオの星の言葉で聞いてみた。
「頼ってくださいね。涙も流せばみんなが拭いてくれますし、困ったことがあればみんなが解決するように動きますよ」
「サリー・・・」
手を広げてくれたサリフェルシェリに抱き着く。
「いまはね、まだ泣けないの。泣いちゃダメなの。まだやらないと」
「シャオマオ様だけを戦わせることはしませんよ」
「うん。でもね、シャオマオがここに来た意味があるんだと思う。シャオマオが、別の星に生まれて、またここに生まれた意味」
「シャオマオ様」
「ぐるあ」
「うん。ユエ。行こう」
シャオマオは隣に来たユエに飛び乗った。
「サリーはミーシャを鳥族に運んでもらって。それから合流するか、一旦引くかは任せる」
「畏まりました」
「ユエ!走って!」
「ぐるるるる」
あっという間に見えなくなるシャオマオを、少し不安に思いながら見送るサリフェルシェリ。
ミーシャを必ず助けなければ。
「ユエ!私が居なくなってからの状況を教えて!」
「ぐあああ」
ユエの話からすると、木の根のようなミーシャを傷つけたものはミーシャの血をすすってまた地面に戻っていったのらしい。
地下から現れた木の根のような影。
あれは金狼の体の一部だろう。
ミーシャを傷つけて、また地下に戻った?
ミーシャだけを・・・。
そのあとドームが消えてしまったのが後ろで叫ぶ犬族の声でわかったのらしい。
その時にはユエはもうシャオマオを追いかけて走り出していたが、ミーシャのケガを何とかしなければというサリフェルシェリに呼び止められて、彼を乗せるために少し手間取ったらしい。
「ユエ。勝手に飛び出してごめんなさい」
「ぐるる」
「ユエも自由にしていいっていうのね。妖精に振り回されて嫌じゃない?」
「ぐあう」
「みんな妖精に優しすぎる。そんなに怖いのかな?」
「・・・」
「妖精ったら、すごいことが出来る。機嫌を損ねちゃダメだって。みんな知ってるって。だからみんな優しいのかな?何をしても許すしかないのかな?」
「ぐうう」
「そうね。そうじゃない人もいる。シャオマオを愛してくれる人もいるもんね。ユエもそうだもんね」
「ぐあう」
シャオマオは自分の意識と、妖精の意識と、みんなの意識との間でぐらぐらと揺れているようだ。
ぐしっと鼻をすする音がする。
ユエは自分の背中で泣いているシャオマオを感じて、身を引き裂かれそうな気持ちになった。
シャオマオにこんな思いをさせるものが許せなかった。
「ユエ。金狼様と戦うのは、シャオマオがやらないといけないことなのかもしれない」
「ぐるあ!」
「止めてもダメ。やるって決めた。ユエはちゃんと手伝って」
「・・・・・・ぐるう」
「ありがとう、ユエ。大好き」
「ぎゃう」
シャオマオからの大好きをもらって、ユエはさらに急いだ。
ドドン!
ドカン!!
遠くから雷鳴がとどろいて、地面に何度も落ちているのが見える。
「ライだ!」
もう暗くなっているので稲妻が美しく浮き上がっているのが見える。
空を飛ぶ魔物はライからの攻撃に翻弄されて、どんどんと姿を消しているのが見える。
舞い上がる魔石がきらきらと光を反射して、落雷があったところは光がしばらく収まらない。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
大型の猫の威嚇の声が聞こえて、ライが興奮しきりなのが分かる。
「ユエ!あっち!」
シャオマオが指さした方向では、犬族が大きな大きなワニのようなものに吠え掛かっているのが見えた。
しっぽが長くて近くに行くと弾き飛ばされる。
体は固く、犬族の牙や爪はなかなか通用しないようにも見えた。
「レンレンにーにの武器も数が限られてるし・・・どうしよう」
「ぐるる」
ユエが返事すれば、一瞬でユエの体が熱くなり始めた。
「ユエ?!」
シャオマオには心地よい程度だ。
暖かい日だまりの中みたいだ。
それでも周りを見れば、ユエの体が燃えているのが分かる。
「カアアアアアアアアアアアアア!!!」
ユエの口からも炎が吐き出される。
「ユエ・・・炎が操れたのね」
まるで火炎放射器のように大きな炎が一直線に巨大なワニに向かって伸びていく。
「・・・・・!!」
ワニには大きな炎が燃え移り、じたばたと暴れるがすぐ大人しくなった。
自分を解放する、浄化の炎であることがわかったのだろう。
自分の身が朽ちるのをゆっくりと待っているようにも見える。
「ユエ。かわいそうな魔物ちゃんたちを楽にしてあげようね」
ユエは頷いて、シャオマオを乗せたまま走り回った。
犬族が苦戦しているところを中心に回って、犬族に火が回らない距離がある場所では炎を使い、犬族が押されている場面では爪で魔物を引き裂いた。
「シャオマオ様!虎殿!」
「ラーラ!」
しばらく走り回ってやっとラーラを見つけられた。
「ラーラ!怪我してるの?」
「大したことはありません」
そうはいっても、ラーラの腕には引き裂かれたような跡がついて被毛はべったりと血で濡れている。
「ランランねーね!またドームを作るから、ラーラのケガを見てあげて!」
「シャオマオ!帰ってきたね?!」
ランランは医療箱を持って走ってきた。
シャオマオはまた心を落ち着けて、大きなドームを作った。
今は魔物の数が減っている。全員が休めるタイミングなのだと思う。
「ラーラはランランのこと庇ってケガしたよ。申し訳ない」
「これもかすり傷ですからお気になさらず」
ラーラがニコッと笑ってランランを見つめる。
ランランは少し赤くなって、慌てて医療箱の中から消毒薬と包帯を取り出してけがの治療を始める。
腕はまだ動くし血も止まっている。
ラーラの言う通り、見た目は派手だがかすり傷程度なのだろう。
精霊の札は使わずに、通常の治療に留める。
「シャオマオ・・・・・・ミーシャは?」
「ミーシャももう大丈夫のはずよ。先にサリーたちと安全なところに避難してもらってる」
「そう・・・か。本当に、ほんとうに、だめかと思ったよ・・・あんなに大きな怪我・・・」
ランランは涙がにじむ瞳で息を吐いた。
「ラーラ!地下の金狼は?」
「また地下に戻って動きはありません」
もうシャオマオの蓋はないはずだが、地下で大人しくしているのらしい。
蓋をしてもまた地下から体を伸ばして攻撃してくるなら、蓋をする意味がない。その分シャオマオは地面にも浄化のドームの床を作ってみんなのケガが治るように浄化魔素で中を満たした。
「しばらくは休憩。怪我をしたものは治療を。動けるものと避難するほうがいいものを分けましょう」
「! 畏まりました」
ラーラは先程までのシャオマオの雰囲気が一気にかわったことに目を見張った。




