ネタ(三十と一夜の短篇第85回)
万人恐怖 言フ莫レ 言フ莫レ
『看聞御記』より
思えばつまらん盗人同士の口喧嘩で、オイラは金覆輪の太刀を盗む羽目になった。
備前長船の業物で、鞘に黄金だが、その黄金のまばゆさが白く眼をくらませる、天下に名だたる名刀だ。それなら盗めば、オイラのほうが腕がいいと誇ることができる。
しかし、肝心の太刀がどこにあるのか分からない。そんなのは当たり前だ。それを調べるのが、盗人ってもんだ。
干した鰈が二十枚ほど手に入ったので(盗んだんじゃない。まあ、女がらみさ)、物売りに身をやつして、ネタを集めた。土倉に入ったとか、土に埋められたとか、そんな話がたくさん出てきて、そのほとんどがきく価値のないクズなネタだった。
そんな盗人の味方は何か、分かるか?
一服一銭だ。
まったく京を四条五条と歩き倒したあとの茶はうまいものだ。程よく苦い。
僧形の頭に水を含ませた粗布を畳んでのせている愛嬌のある親爺だった。
「おれはこんなところで一服一銭で終わるつもりはないんだ」
「へえ」
「甘葛を安く手に入れる伝があるから、茶にそれを少し混ぜる。飲みやすくて癖になる。それなら二銭で売れる。つまり、一服二銭になるんだ」
「そいつぁ、すごい。まあ、おれは一銭でいい」
「さらに何かしてやって、一服金一枚になるのが、おれの夢なんだ。ゼニが集まれば、えらくもなれる。もっとも一色と土岐の殿さまみたいなことになっちゃあ」
次の瞬間、親爺の首が飛んだ。
侍がふたり、オイラにも一太刀見舞ってきたんで、こっちは逃げに逃げた。
あとできいた話では、一色の殿さまと土岐の殿さまは公方さまに言われて、大和へ兵を出したが、陣中でメシを食おうと公方さまに誘われて、メシを食いに行ったところで斬られたんだと。
謀反をおこしたって話だが、公方さまは人の好き嫌いで簡単に殺めるところがある。
他にも坊さんの耳を削いで、カンカンに焼いた鍋をかぶせたとか、自分の小舅を殺めたとか、それを噂した公家が鬼界ヶ島に流されたとか。
他にもうっかり口を滑らせて、六条河原で首が滑り落ちたやつは数えきれん。
まさに悪公方だ。あの一服一銭には一服二銭になる野心があったのに、その夢も自分の首と一緒に飛んでいった。
偸盗に手口はいろいろあるが、オイラは人は殺さないのが自慢だ。いや、女子が叫んだり、泣いたりしたら、そのヤマは失敗と素直に認めて、盗るもの取らずにずらかる。
盗人のほうが公方さまよりも命を大事にするなんてな、世のなかが狂ってる証拠だぁな。そりゃ土一揆もおきる。
ひと泡吹かせてやりたいと思うが、盗人風情に何ができる?
声を潜めるが我慢してくれよ。
いや、ほんとはささやくのも嫌なんだ。
というのも、いま、オイラはいま、赤松屋敷の縁の下に這いつくばってる。
オイラの頭の上には赤松の殿さまの宝物庫があって、そこに目当ての金覆輪の太刀がある。
そうなんだよ。オイラはそいつを見つけたってわけさ。
どうやって知ったかって?
そいつは秘密さ。ネタは盗人の命だぜ? でも、まあ、うん。女がらみさ。
尖った鎹があるから、これでこっそりコリコリ削って、床に穴を開けたら、そこから金覆輪の太刀を盗み出して、ずらかる。これで五郎右衛門のやつ、どっちが本当に上か思い知るってもんさ。
ん? なんか、物音がする。誰か来やがったな。
――教康。本当にうまくいくと思うか?
――父上。やるかやらぬかではありませぬ。やるしかないのです。結城が破れて、一色と土岐は斬られました。次は我らの番です。叔父御は公方さまに取り入って、赤松の惣領を狙っています。
――貞村め。あやつらしい。姑息なやつめ。しかし、公方さまを殺すとあっては、我らもタダでは済まぬ。
まったく、びっくりして大声で叫ぶかと思った。赤松が公方さまを討つ? こいつは謀反じゃあねえか。
――貞村だけを討って、それで良しとすることはできぬか?
――公方さまは少しでも自分の気分を害したものを決して許すことはございませぬ。
――わかった。もう、こうなっては挙兵しかあるまい。南朝の残存と結託できるか?
――北畠、それに関東の諸大名も我らに同心するでしょう。
――公方さまにはせいぜい赤松の囃子を楽しんでもらうことにしよう。献上の供物は?
――そこに太刀が。他、全部、そろってございます。あとは明日に。
五郎右衛門はどこかの酒屋から砂金の袋を盗んできた。
「どうじゃ、太助。どちらが上か分かったか?」
オイラは小路のボロボロの塀の上に座って、くわえていた雑草の茎をペッと吐いた。五郎右衛門に当たればいいと思ったが、ぜんぜん届かず、へなへなと落ちていく。
「金覆輪の太刀。盗めなかったな」
「盗めたさ」
「負け惜しみを」
「なあ、五郎右衛門。お前は知らないかもしれないが、オイラはもっとすごいものを盗んだんだぜ」
「何を盗んだ? 言うてみい」
「公方さまのお命さ」
がらがらと、西洞院二条、赤松の屋敷から雷の音がした。
将軍此ノ如キ犬死ニハ古来ソノ例ヲ聞カザル事ナリ
『看聞御記』より