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生忌物倶楽部  作者: 鬼居かます
8/55

08「第二話 出現」 私は真夜中にイヌたちを見る。

【毎日昼の12時に更新します】


この作品には以降のストックがありません。

そのため書き上げてからの投稿となるので一日一回の更新となります。

すみませんが、よろしくお願いいたします。



 



 第二話 出現

 -----------------------------


 

 街中を騒がせた動物の暴れた事件はミステリーなニュースとして、

 夕方のテレビニュースになっていた。


 


 だが幸いなことに怪我人が数人出ただけで、

  惨事にはならず翌日には平常を取り戻していた。

 

 

 

 そして数日後。


 


「……ではこの問題を、千木良(ちぎら)、答えろ」




 生物の授業中である。寸又嵐(すわらし)先生がきいを指した。


 


「うーっ。……先生、黒板が見えませんっ」




 きいがうめきながら答えた。


 


「お前が、そんなでっかいのを教室に連れてくるからだろっ!」




 半ばあきれ顔で寸又嵐先生が言った。


 


「で、でもっ、

 相棒は寝食を共にするってのは学校の決まりじゃないですかっ?」


 


 巨体の向こうできいの声がする。

 きいの姿は寸又嵐先生には見えていない。間にムサシがいるからである。


 


「物事には限度ってものがあるんだぞっ。

 教室から出せとは言わないが、せめて後ろに控えさせろ」


 


 先生からそう叱られたきいは、しょんぼり顔でムサシを教室後ろに連れて行く。

 そして伏せの状態にさせた。


 


「……ごめんねっ。

 授業が終わるまでここにいてねっ」




 そして愛おしそうに鼻先をさする。

 するとムサシは気持ち良さそうに鼻をふんふんと鳴らすのであった。


 


「休み時間になったら校庭で遊ぼうねっ。

 いっぱいいっぱい遊ぼうねっ」


 


 千木良きいにとって初めて飼った動物がムサシとなる。


 


 実家がアパート住まいなので動物が飼えなかったきいは、

 このことがうれしくてうれしくてたまらないのである。

 だから教室はもちろん寮の部屋でも自由時間でも、

 それこそ風呂場まで一緒なのであった。


 


「……ところで千木良。問題の解答はどうなった?」




 席に戻っても後ろを振り返り、

 うるうる目でいたきいに寸又嵐先生が尋ねる。


 


「へ? はれっ? ほれっ? ……なんでしたっけっ?」




「ち・ぎ・ら……。お前はムサシといっしょにいて良し。

 後ろで立ってろっ!」


 


「イ、イエッサーッ!」




 クラス中の失笑を浴びてきいは教室の後方へと向かった。

 一方、一度立ち去ったきいが戻ってきたことでムサシは喜んでいるようで、

 鼻先をきいに向けてきた。


 


「えへへ。……いっしょだねっ」




 そしてムサシの背中をさするのであった。


 


 ■


 


 そんなことがあった日の数日後の夜だった。


 


 深夜、ふとかすかな物音にきいは目が覚めた。 

 カタンとしたわずかな音だったが、

 それほど広くない部屋の空気が動き、生物(いきもの)がゆらりと移動する気配を感じたのだ。


 


「……あれ? ムサシ?」




 常夜灯の薄暗い中、ゆらりと立ち上がるムサシのシルエットが浮かび上がる。

 ムサシは部屋の真ん中、部屋の両脇に設置されたベッドの間の床にいつも寝ているのだ。

 ちなみにムサシの向こうのベッドには、

 三ケ木ゆうとワオキツネザルのジャンボがすやすや眠っていた。


 


 ムサシはくるりとその場で方向転換するとドアへと向かう。

 そしてドアのレバーを鼻先で器用に下げると開かれたドアを越えて、

 静かに静かに廊下へと向かった。


 


 この寮のドアには鍵はない。

 鍵を付けると良からぬ事をしでかさないとの考えから、何十年も前から設置されていないのだ。

 ただ貴重品の盗難だけは考慮されていて、

 部屋の中にひとりずつ鍵がかかる引き出しが用意されている。


 


「……どこ、行くんだろう?」




 きいはムサシが気になり、

 ジャージ上下を着て、こっそりとムサシの後を追うのだった。


 


 ムサシは基本、いつもきいといっしょだ。

 朝起きて朝食を食べるときも、授業のときも、

 そして放課後になって部屋に戻るときも、いつもその姿はきいの近くにあった。


 


 だが、ときどきムサシはその巨体をきいから隠すときがある。

 ふと気がつくと姿がなくなっているのだが、でもいつのまにか戻ってきている。

 そのことからきいはムサシの行動を黙認していた。

 それはただの気まぐれで、とくに気にかけることもないと思ったからだ。


 


 だけど今回は違った。

 ムサシがまるで気配を悟られぬように気を使い、

 そっと出ていったことに気がかりを覚えたのだ。


 


 ムサシは薄暗い廊下を静かに歩を進めていた。

 着替えた、きいとは距離が離れたが、その巨体故に姿がきいには視認できた。


 


 そして寮の正面玄関の扉に近づいた。

 そこはさすがに鍵がかかっている。

 いくら辺鄙な野原の真ん中に建っているとは言え、

 寮には未成年の女生徒が大勢暮らしているからだ。


 


「外に行こうとしているのかな? 

 ……でも鍵がかかっているし」




 きいは離れた距離からムサシの行動を見守る。

 するとムサシは玄関扉から数えて五つ目の左側廊下窓に前足を伸ばし、

 爪先で取手を引いた。


 


 するとスルリと音もなく窓のガラス戸が開いた。

 寮内に日差しを取り入れるために大きく作られた窓は、

 ムサシの巨体でも通り抜けることができた。


 


「ムサシ、頭いい……」




 きいは感服した。

 この窓だけは実は鍵がかかっていない。

 それはなにかの理由。

 例えば遠く離れたコンビニまで行っていて門限に間に合わなかったとか、

 などの理由で正規の手段では寮に入れなかった場合のために、

 生徒たちが予め鍵を開けているのである。


 


 もちろんこれは先生にはナイショの話で、

 この寮に住む先輩から後輩へと受け継がれてきた隠れた()()()()のひとつだった。

 おそらくたぶんムサシは女生徒の誰かがこの窓からこっそり出入りしているのを目撃して、

 それを記憶していたのだろう。


 


 やがて外へとするりと巨体を滑らせたムサシを追って、

 きいもその窓から庭へと忍び出るのであった。


 


 ムサシは月明かりから身を隠すように、学校の敷地にある森林の影を通った。

 そして校舎を通り抜け、学校の外部を一周する柵へと到着した。

 むろんきいはその後をつけている。


 


 そしてムサシは身を一瞬屈めると、

 一気に跳躍し高さ二メートル以上あるフェンスを飛び越えて学校の外に身体を置いた。


 


「ああ、待ってよぉ~」




 当たり前だが、きいにはムサシのような跳躍力など持っていない。

 なので内側しか鍵の開閉ができない通用扉まで進み解錠して外へと出る。

 幸いムサシはまだ遠くへと行ってなく、その姿はギリギリ視認できた。


 


 ムサシは未舗装の森の脇道をゆっくりと進んでいる。

 その方角にきいはふと記憶を刺激された。


 


「あれ? このまま進むとお墓があるんじゃ……?」




 きいが先日に犬笛を手に入れた霊園のことである。

 またしても夜の墓地へと向かうムサシに、きいは戸惑った。

 やっぱり怖いものは怖いのだ。




「……でも、ムサシが気になるしっ……」




 怖さと好奇心を天秤にかけたきいだったが、結果は好奇心に傾いた。


 


「ムサシがいるから大丈夫っ」




 そう小声で決意表明すると、きいは再び距離を取ってムサシを追うのであった。


 


 そしてムサシはやがて道をそれて月の光が届かぬ森の中へと続く小道に入っていった。

 きいは見失わぬように足を早めて、それに続く。


 


「ムサシ。そう言えば私に気がついているのかなっ?」




 そんなことを思った。

 走る必要はないんだろうけど、暗い夜道を歩くきいに合わせて、

 ゆっくり歩を進めているように思えるような速度だからだ。


 


「もしかしたら、私を案内しているのかもっ……」




 きいはムサシが今回もまた自分をどこかに連れて行きたくて、

 わざとゆっくり歩いているんじゃないかと思い至った。

 前回の犬笛のようにだ。


 


 そして寮の部屋を出てから、だいたい一時間くらい経過して頃だった。

 ムサシが急に立ち止まり、後ろを振り向いた。

 そしてお座りのポーズになると、長い尻尾を振りながら、

 きいをじっと見つめたのだ。


 


「ムサシ。やっぱり私に気がついていたんだっ?」




 そう尋ねるとムサシは舌を出しながらハッハハッハと息をする。

 きいはムサシに近づくと、その大きな頭を抱えて撫で回した。


 


 そのときだった。

 ムサシの背後の藪の向こうから、ワンワンと言った何匹もの犬の鳴き声が

 聞こえてきたのだ。


 


「え? ワンコがいるのかなっ?」




 きいはムサシがいることで大胆になり、茂みをガサゴソとかき分けた。


 


「……ああっ!! いっぱいいるっ!!」


 


 茂みの向こうは、先日来た霊園だった。

 その墓地と墓地の間にある広場のようになっている空間に、

 大小さまざまなイヌたちが集っていたのである。


 


 イヌたちは広場の中心に向かって頭を向けて円になっていた。

 そこにはシェパードやドーベルマン、セントバーナードなどの大型犬だけでなく、

 ポメラニアンやチワワと言った小型犬も数多くいて、雑種に思えるのワンコも

 多数混じっていた。


 


 そのときだった。


 


 ピイィーっと口笛が聞こえた。


 


「ああ、誰かいるよっ……!?」


 


 雲間から月が顔を出した。

 すると月光がイヌたちの輪の中心にいた人を照らし出したのだ。

 その人物はシルエットで顔や容姿は不明だが着ている服装で男性だとわかる。


 


 そしてその人物はきいに気づいたようで顔をこちらに向けた。

 その動きで表情に月光が当たり性別が明らかになる。


 


 少年だった。

 年頃はきいと同じ高校生くらいに見える。

 白い襟付きのシャツにカーキ色のチノパン姿で、

 意志の強い瞳、そして鼻先までかかる長い前髪が特徴的だった。


 


「あなたは誰っ?」




 気がついたら、きいは話しかけていた。

 常識的に考えてみれば夜の墓場でイヌに囲まれて口笛を吹いて座っている少年になんて、

 話しかけるのは尋常じゃない。

 だけど、ムサシがいることで、きいは大胆になっていたのだ。




 まさに虎の尾を借りる狐である。


 


 すると少年が顔をこちらに向けた。

 きいと少年は視線が合う。

 互いに無言だったが、敵意はなく穏やかな雰囲気が漂った。 


 


 すると途端にざわめきが広がった。

 集まっているイヌたちが、クゥーンとかキュイーンとか鼻にかかった声を出したからである。

 そして次第にその声は大きくなり騒然と言って差し支えのないくらいの音となった。


 


「ええっ? な、なにっ?」




 突然の事態にきいは動揺してしまい、イヌたちを見回した。


 


 そしてその直後だった。


 


「……あ、あれっ?」




 少年の姿が消えていた。

 イヌたちの集会の中央にいたはずのその姿がこつ然と消え失せていたのである。


 


「……ね、ねえ。ムサシ。……男の子、いたよねっ? 確かにそこにいたよねっ?

 ……や、やっぱり……ゆ、幽霊だったのかなっ?」




「キュイーン……」




 ムサシはどこか寂しそうに鼻を鳴らしたのであった。 


 

 その後、たくさんいたイヌたちは思い思いの方角に次々と去って行った。 

 だが、きいはしばらく動けなかった。

 そして少年がいたのも、イヌたちがいたのもすべて幻だったんじゃないかと、

 感じていた。


 


 森の中の遠くで、なにかの鳥が鳴いた。

 それできいは我に返る。


 

「……ムサシ。帰ろうっ」




 そう話しかけると、ちゃんと通じたようでムサシは立ち上がり、学校の方角へと歩き出した。

 きいは足元に気をつけながら、その後ろをトボトボとした足取りで付いていくのであった。


 


 ■


 


 そして朝が来た。

 千木良きいの無断外出は学校にも同室の三ケ木ゆうにもバレることはなく、

 いつも通りに教室へと登校した。



 

「今朝起きたときから思ったんだけど、なんだか眠そうね?」




 隣の席のゆうが話しかけてきた。


 


「……う、うん。よく眠れなかったんだ……」




 きいはあくびを噛み殺しながら、そう返答する。


 


「嘘でしょ? 夜遊びしてたからじゃない?」




 周りに聞こえぬようにゆうがいたずらっぽく笑う。


 


「ええっ!! バレてたのっ?」




「当たり前でしょ? 私がトイレに起きたら、きいもムサシもいないんだもん。

 わかるわよ」


 


「ううっ……」




 仕方ない。

 きいは、ゆうになら夜の出来事を話してもいいと思った。




 きっとゆうなら無断外出を先生に報告しないだろうし、

 それよりも墓地での少年とイヌたちの不思議な集会のことも信じてくれると

 思ったからだ。


 


「あのね、実はムサシが出かけたんで付いていったんだっ。

 そしたらね。墓場で知らない男の子がイヌをたくさん集めて口笛吹いてたのっ」


 


「……どこからどこをツッコめばいいのか、迷う話ね」




「え? 信じてくれないのっ?」




「冗談よ。きいのことだもん。信じるわ」




「わーっ。だから、ゆう大好きっ」




 きいは床を蹴ってゆうに抱きついた。


 


「ちょ、ちょっと、もう先生来るわよ」




 ゆうが慌ててそう言う。

 するとその言葉通りに先生が教室に現れたのだった。


 


 その後の昼休み。

 千木良きいと三ケ木ゆうの姿は正式名称カフェ・ファーム、通称「農業食堂」にあった。


 


「あれ? ゆうはたぬきそばにしたのっ?」




「そうよ。この間きいが食べていたのを見て、食べたくなったの。

 私はきいのお陰で百円の価値を再確認したわ」


 


 たぬきそばは百円だった。

 じっさいには、かけそばなのだが、

 無料で天かすが盛り放題なので、たぬきそばになるのである。


 

「私は今日はうどんにしたよっ。だから、たぬきうどんっ」




 そう言ったきいは、天かすを山ほど盛った。


 


「あら? 今日はお惣菜も買ったの?」




「うん。コロッケ。二十円だったよっ。……たぬきそばだけじゃ、あとでお腹空いちゃうから」




「だったら。お肉のお惣菜にすれば良かったんじゃないかしら? 

 たぬきうどんとコロッケじゃ、肉なしよ? スタミナが足りないわ」


 


「……ああっ! そうだったっ」




 きいは根本的に思考能力が欠けていた……。


 


 そんなこんなで二人は空いているテーブル席に向かい合わせで腰掛けて、

 昼食を始めたのであった。

 食堂は時間が進みに連れて混み出し始め、きいとゆうが食べ終わりそうな頃には、

 ほぼ満席だった。


 


「……あ、ああっ!!」




 突然にきいが大きな声を上げた。

 ゆうは何事を思い、きいの視線の先を追う。

 すると五人ほどの女子生徒を連れたひとりの男子生徒の姿があった。


 


「……津久井(つくい)くんね、彼がどうしたの?」




 ゆうがきいに小声で話しかける。

 それは相手が男子だからだ。

 もしかしたら恋バナで大声で話せない内容かもしれない。


 


「津久井くんって言うのっ?」




「ええ。津久井純平(じゅんぺい)くん。獣医科男子クラスの人よ」




 津久井純平は獣医科男子クラスの一年生だ。

 所属している部活は乗馬部で白馬を愛馬にしている。

 そして甘い容姿で性格も良いことから、

 入学早々に女子たちから好意的に見られている。


 


 なので今も周りにいる女生徒たちは、いわゆる取り巻きになる。

 だが純平はそれを不快に思わず、そしてそのことで鼻にかけるような態度でもない。

 紳士的。それが津久井純平だった。


 


「うん。あのね。あの津久井くんが夜中の墓場にいた少年だよっ!」




「ええっ……!!」




 意外な展開にゆうは絶句した。

 もちろんゆうにしても入学してから知った純平の人となりは知らないが、

 寮を抜け出し真夜中に墓地でイヌたちを戯れていたなどと言う行動は理解できないからだ。


 


 それに純平は馬一筋のはずだ。

 これが馬を侍らせての真夜中の集会ならば、まだわかる。


 


「ホントに津久井くんだったの? 間違いはないの?」




「うん。だって顔が同じだよっ!」




 きいは断言した。

 ならばそうなのだろうとゆうは思うことにした。


 


「私、行ってくるねっ!」



 そう言うときいは箸をお盆にバシンッと置き、すっくと立ち上がると、

 一目散に純平を目指したのであった。

 



 


よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。


私の別作品

「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み

「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み

「墓場でdabada」完結済み 

「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み

「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み

「空から来たりて杖を振る」完結済み

「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み

「こころのこりエンドレス」完結済み

「沈黙のシスターとその戒律」完結済み


 も、よろしくお願いいたします。

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