04「第一話 出会い」 私は生忌物倶楽部の存在を知る。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
別作品「四季の四姉妹、そしてぼくの関わり方。」本日より連載開始となります。
どうぞよろしくお願いいたします。
昼になった。
千木良きいと三ヶ木ゆうは寮に隣接する農業食堂にいた。
その食堂は本当はカフェ・ファームと言うのだが、誰もその名前で呼ぶ者はいなかった。
それには理由がある。
建物が築何十年も経っていて外壁には継ぎ接ぎがされており、
店内の天井や照明も時代を感じさせるものが多く、
手入れこそされているがボロい印象はぬぐえない。
それで歴代の先輩たちが呼んできた通称「農業食堂」の呼び名は代々受け継がれていたのだ。
そして、きいやゆうもそれに習い同じ呼称を使っていた。
「おいしいねっ!」
きいが一口すすっただけでうれしそうに声を上げた。
「そうね。
……なんだかきいのを見ていると私もそっちにすれば良かったと思うわ」
千木良きいが注文したのは単なるかけそばだ。
だがサービス用として揚げ玉が無料でどんぶりいっぱい用意されていたので、
それをたんまりと入れてスペシャルたぬきそばに変わっていたのだ。
「そうっ? だって、私メニューに詳しくないから、
わかるのを頼んだだけだよっ。それに安かったしっ」
「私は百円のそばに期待していなかったもの……」
そう答える三ヶ木ゆうのは農業食堂で一番高いビーフストロガノフだった。
それでも四百円と言う値段である。
この湘南農業高校はド田舎にあることで近くにコンビニもない。
だから食事ができるこの農業食堂は貴重な存在だった。
しかも食材のほとんどは学校で栽培されたものなので、
安全かつ安価に提供されているのであった。
そのためもあって生徒の多くはここで食事を取る。
もちろん自炊する生徒もいるが、休日はのんびりしたいようで昼時となると満席となり、
順番待ちをすることも珍しくない。
そして食堂は購買部も兼ねていて文房具やお菓子なども売っている。
そのため毎日繁盛しているのだ。
「ゆう、早く食べないと待っている人に悪いよ」
「ええ、そうね」
庶民派のきいは食べるのが早いが、
お嬢様のゆうはやはりどこかおっとりしているようで、
きいの半分くらいのペースでしか食べられないようだった。
そんなときだった。
「……おい、見たか?」
「ああ、見た。……あれ、一年のとき見たやつと同じみたいだな」
そんな会話が聞こえてきた。
それは三年生の黄色いジャージ姿の男子生徒たちで、手には食堂のお盆を持っている。
二人が注文したのはカレーライスで辺りにおいしそうな匂いが満ちた。
そして千木良きいと三ヶ木ゆうの隣の席に腰掛けたのである。
「福神漬け取ってくれ」
「ああ。……しかしどうしてあれはまたこの学校に来たんだ?」
「誰かが連れてきたって話さ。噂では一年農女らしい」
「ふーん。あんな化け物みたいにデカイ犬をねえ、どこで見つけたんだか……」
そのときだった。
「先輩っ! ちょっと待ってくださいっ!」
きいが箸を握ったまま身を乗り出した。
そして、両手でテーブルにズンと叩きつけた。
途端に一人のカレーライスのごはんにずぶりと突き刺さる。
「その話っ、本当ですかっ?」
「うあぁ、な、なにすんだっ!」
「はぐらかさないでくださいっ」
顔を先輩の男子生徒にぐんぐん近づけるきい。
三年男子はううっとのけぞった。
「ほ、本当だっ。に、二年前に見ただけだから、よく憶えてねえよっ」
「……うーっ」
きいはたぶん、いや、間違いなく気づいていない。
ただ力はこもっているから箸がぐりぐりとごはんをかき回す。
カレーとごはんがどんどん混じっていく。
「ちょ、ちょっと、きいっ!」
あわてて三ヶ木ゆうが千木良きいを羽交い締めにした。
それでやっとカレーライスは救われた。
「教えてくださいっ! お願いですっ!」
それでもきいは質問を止めない。
「……ああ、あれは二年前に見たんだ。詳しくは三年獣医クラスの連中に訊いてくれっ!
……そ、それより俺のカレーはどうしてくれるんだっ!」
絶叫のように三年男子は叫ぶ。そ
の悲鳴でやっときいも事態に気がつく。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!
ごめんなさいっ! ごめんなさいっ……!」
直角四十五度に腰を折ってきいは謝ったのだった。
昼食のカレー事件。
結果は悪くなかった。千木良きいだけじゃなくて、三ヶ木ゆうもいっしょに謝ってくれたからだ。
特に美人のゆうの効果は半端じゃなくて、三年男子も快く許してくれたのであった。
しかし巨大イヌの情報は少なかった。
わかったのは二年前にこの学校に現れただけ。
それ以外の情報は三年獣医科なら詳しく知っていると言うのだが、
その三年獣医科は今、研修旅行中である。
そして個人的に親しい先輩でもいれば電話なりメールなりで質問できるが、
千木良きいと三ヶ木ゆうにはそんな人はいなかった。
「あの子、二年前にも現れたんだねっ」
「ええ。と、すると動物園から逃げたんじゃないと言うことね」
ベンチの木陰で千木良きいと三ヶ木ゆうは食後のおしゃべりをしている。
「飼い主さんはいるのかなっ?」
「どうでしょうね」
「いないといいなっ!」
「そうね」
二人はそんなとりとめのない会話をしていた。
同じ頃、寮に隣接している事務棟にひとりの少女がいた。
髙見澤ヨウコであった。
今日は学校が休みなので辺りに人影はない。
そんな中、廊下をまっすぐ歩いている。
そして、ある部屋に来るとがらりとドアを開けた。診察室だった。
「……」
部屋の中では一頭のイヌが診察台の上に横たわっていた。
あの巨大イヌである。
「……ムサシ」
ヨウコはそうつぶやくとつかつかと歩み寄り、懐かしがる目になり、そっとイヌの顔をなでた。
「無事だったの? 今までどこに行ってたの?」
イヌにそう問いかけるが麻酔が効いているので返事はない。
そのときだった。
「そのイヌの事情を知ってそうだな」
突然に声がした。
髙見澤ヨウコはとっさに身構えた。
すると衝立の向こうにいた人物がすっと姿を現す。
それは寸又嵐ひばりであった。
姿はジャージに白衣を羽織っている。たった少し前にイヌの傷の抜糸を終えたばかりであった。
「……」
「ムサシと言うのか? そのイヌ」
「……」
「答えろ。髙見澤ヨウコ」
「……」
「少し調べた。二年前にもこの学校に現れたらしいな?」
「……」
「二年前にお前もこの学校に来ていたのか?」
「……」
「無言は肯定と言うぞ」
「……お好きなように推測してください」
髙見澤ヨウコはそれだけ言うと、くるりと寸又嵐先生に背を向けた。
そして立ち去ろうとする。
「お前の鷹匠としての人生とこのイヌは関わりがあるんだな?」
「……」
「最後にもうひとつだけ訊く。このイヌはワヒーラなのか?」
「……」
ヨウコはなにも言わなかった。そして部屋から去って行った。
「……無言は肯定」
一人残された寸又嵐先生はそう呟くと、静かに息をしている巨大イヌをじっと見つめていた。
午後もだいぶ過ぎた頃だった。
千木良きいと三ヶ木ゆうの二人は寮に帰ることにした。
特にすることもなかったので、
まだ片付いていない実家から持ってきた荷物の整理をしようと思ったのだ。
きいは割と身軽だったのだが、それでもまだ開けていない段ボール箱が残っているし、
ゆうに限っては持参した荷物が多すぎて廊下にはみ出している始末だっだ。
そんなときだった。
「あれっ? ……あれ、なんだろうっ?」
雑木林脇の通路を歩いていたときである。
千木良きいが突然立ち止まり指さした。
「そうね、なにかしら?」
三ヶ木ゆうも歩みを止めた。
そして見つめたのである。
「ボロ屋だねっ」
「そうね。廃屋かしら?」
そこは木々に囲まれている小さな小屋だった。
丸太を組み合わせて作られたログハウス風の建て方なのだが、
今は蔓草に覆われていて屋根や壁の一部だけが見えるだけであった。
「気になるねっ?」
「そうかしら? 私は別に……」
三ヶ木ゆうはそう答えたのだが、
千木良きいはゆうの腕を取るとずんずんと小屋に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと、きい」
「なあにっ?」
「私は行きたくないわよ。……ちょっと怖そうだし」
「平気だよっ。学校の中にあるんだから危ない訳ないよっ」
そして到着した。
見るとボロさは予想よりもひどかった。
ガラスが割れて辺りに散乱し、ベランダの部分は朽ちて穴が開いていた。
そのときだった。
ふと視線を上げた千木良きいは目を奪われた。
そこには看板があるのだが、
片方の金具が朽ちてしまったようで斜めにぶら下がっているのである。
「なんて読むのかなっ?」
きいがぶら下がっている看板を持ち上げながら、ゆうに尋ねる。
「……いきものくらぶ……かしら?」
「いきものくらぶ?」
二人がじっと見つめる看板には『生忌物倶楽部』と読める文字があった。
どうも部活動の名前らしい。
「どんな部活なんだろっ?」
「わからないわ。……なんだか気味悪いわね。
忌まわしいって文字が入ってるし」
きいは看板をゆうに預けるとドアに手をかけた。
ドアは蝶番が壊れていてギギギと音を立てた。
「……お止めなさいよ」
不安な声でゆうが言う。
「大丈夫っ。入ってみようよっ」
「ちょ、ちょっと……」
きいは引き留めるゆうには構わずにずんずん中へと入って行った。
小屋の中は荒れ果てていた。
机も椅子もテーブルもあさっての方角へ向いているし、
その上に堆積した埃がすごい。
思わずきいはケホンケホンと咳き込む始末だった。
「ひどい荒れようね」
後から入ったゆうがそうつぶやいた。
「もう何年も使ってないんだねっ」
「廃部になった部活じゃないかしら?」
「廃部っ? そうかもねっ」
すると千木良きいは倒れていた椅子を起こし腰掛けた。
「誰もいないし、
使ってないみたいだし、今度からここでお茶にしようよっ」
きいはそんなことを口にした。
そして空いている椅子に座るようにゆうに勧めるのだが、ゆうは拒否する。
あまりにも汚いからである。
「嫌よ。……気味悪いわ。
それに先生に叱られちゃうかもしれないでしょ?」
「うーっ」
そんなときだった。表に影が差し、がさがさと下草を踏み分ける音がした。
きいとゆうは互いに顔を見合わせると倒れているロッカーの陰へと身を潜めた。
別に悪いことをしているつもりはなかったが、
いるのがバレるとまずいような気がしたのである。
「誰かいるのか?」
声がした。
(……寸又嵐先生だねっ? どうしよっ?)
(どうしようって、私たち隠れちゃったじゃない。今更出てはいけないわよ)
顔をつきあわせてそんなひそひそ話をする。
「……気のせいか?」
そのときだった。
きいもゆうもいるのは寸又嵐先生だけだと思っていたが、どうやら連れがいたようだった。
声がしたのだ。
「懐かしいね」
若い女性のようだった。
「廃部になって二年経ちましたからね」
「ええ。そうでしょうね」
寸又嵐先生が敬語を使うことから、相手は年上のようだった。
「当時、私はすでに卒業していたので、現場には居合わせませんでしたが……」
「……事故があったわ。
死者が出たんだもの。いい子だったわ」
「そう聞いています」
寸又嵐先生が深いため息をつくのがわかった。
「……中に入りますか?」
(……どうしよっ!)
(どうしようって言っても……)
きいとゆうは背後を振り返るが、ここ以外に身を隠せそうな場所はない。
互いに固唾を飲んで固まっていた。
だが、
「……いいわ。ここに来ただけで十分よ」
と、返事があった。
そしてしばらくすると再びカサカサと音がして外の二人が去って行く気配があったのだ。
「助かったよーっ」
「そうね」
千木良きいと三ヶ木ゆうは立ち上がると伸びをした。
なんだか緊張で体中がかちこちになってしまったような気がしたからだった。
「やっぱり廃部になった部活だったんだねっ?」
「そうね。
……でも不幸な事故があったのね。死者が出たって言ってたわ」
そのときだった。
小屋の中にまで風が入ってきて、なにかがぱらりと落ちたのだ。
写真だった。
古ぼけた写真が一枚落ちてきたのだ。
きいは何気なくそれを拾う。そして絶句した。
「……これっ」
「なあに?」
傍らのゆうが覗き込む。
「……あのワンコだよねっ?」
「そ、そうね」
そこには三人の少年少女とイヌが写っていた。
大きさからして、今、診察室にいるあの巨大イヌには間違いないように思われた。
ただ少年たちはこちらに背を向けていたり、下を見ていたりで顔はわからない。
「やっぱり二年前にあのワンコ、ここにいたんだよっ」
「……生忌物倶楽部って言ったわね。なんなのかしら?」
「わかんないけど……。さっきの女の人が知ってるよねっ?」
「寸又嵐先生といた人ね?」
「うんっ」
二人は先ほど寸又嵐先生といた女性に訊けば、わかるに違いないとの結論を出した。
だがすでに先生たちは去った後で姿は見えなかった。
「職員室に行けばわかるかなっ?」
「無駄ね。今日は休みだし。……明日にしましょうよ」
「うんっ、そうだねっ」
千木良きいと三ヶ木ゆうは写真を持って小屋を後にしたのであった。
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