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生忌物倶楽部  作者: 鬼居かます
28/55

28「第三話 獣使い」私のムサシは遠い過去へ思いを馳せる。

【毎日昼の12時に更新します】



この作品には以降のストックがありません。

そのため書き上げてからの投稿となるので一日一回の更新となります。

すみませんが、よろしくお願いいたします。



 


 ムサシが猟銃の音に怯えた理由。

 それはまだ幼い頃の体験が原因だった。




 ■





 とても寒い土地。それが僕が生まれたアラスカだった。

 今では遠く離れてしまったが、今でもときおり思い出すことがある。




 冬になると、なんでもかんでも雪に閉ざされる。

 そして吹雪くと、どこにも行けなくなってしまう。

 だけどここは僕たちオオカミには住むには良い場所で、雪が溶ければ、どこまでも広がる針葉樹の森、高い尾根、大河はゆったりと流れて豊かな獲物を恵んでくれる。




「まだ寒いからね。足元に気をつけなさい」




 お母さんはそのときそう言った。

 だけど小さかった僕はうれしくてうれしくて巣穴から飛び出した。

 朝日が地面に残っている雪に反射してきらきらしていたものだ。




 春が来たのだ。

 暗くて狭い家から外に出られるんだ。

 僕はうきうきした気分が止まらない。




 気がつけば太陽の光をいっぱいに浴びて地面をごろごろと転げた。

 少し冷たいけどそんなの問題じゃない。




 グルルッ。




 お母さんが少し唸った。

 お母さんは銀色に光る毛皮を持っていて大きくてあったかい。

 目を見ると満足した表情が見えた。




「お母ちゃん?」

 僕が尋ねるとお母さんは、うふふと嬉しそうな返事をした。

 なんだろう? 僕は起き上がってお母さんの周りをぐるぐる回った。




「ねえ、ねえ、なに? なに?」




 するとお母さんは自分の前足を見つめた。




「さあて、なにかしらね?」




 僕は鼻先をお母さんの前足に近づけた。

 途端にぷーんっ、と上手そうな匂いがする。




「あ、ネズミだね」




 お母さんはいつもこうして、いつの間にか食べるものを捕まえる。




 お母さんが押さえていたのは、穴蔵から姿を見せたばかりのジネズミだった。

 必死に暴れるけどお母さんから逃げられるはずはない。




「ええ、もう春ね。さあ、お食べ」




「うん」




 僕は夢中でかぶりついた。

 だってお腹がとっても減っていたから。




「足りたかしら?」




「ううん」




 僕は正直に答えた。

 こんなちっぽけなネズミじゃ、ちっとも腹の足しになんかならない。




 だいたい僕たちオオカミって言うのは、一日中お腹を空かしているものだ。

 特に僕のような子供のオオカミは成長期なんだから、いっぱい食べないと駄目って言われている。




「……お腹へった」




「まあ」




 お母さんは鼻先で僕の身体をこする。

 くすぐったいけど、僕はこれが好きだった。嬉しくて嬉しくてたまらない気分だ。




「もっと大きな獲物を狙いましょう。

 ……そうね、あれがいいわ」




 お母さんは首を立てると遠くを見た。

 そして満足そうな顔になると僕の背中を後押しする。

 もちろん背が低い僕にはなんにも見えない。




「なにがいるの?」




「うふふ。とってもいいものよ」




 そう言いながらお母さんは僕を連れて平原を迂回した。




「いい? 獲物に近寄るときは必ず風下からよ」




「どうして?」




「私たちのことが臭いで見つかっちゃうのよ。

 私たちだけじゃなくて動物はみんな臭いでいろんなことを知るのよ」




「ふーん」




 お母さんは歩きながら臭いがいかに大事かを教えてくれた。

 おいしい獲物の臭い、仲間の臭い、そして敵の臭い。




 ……敵にはハイイログマとかヒグマとか力があって嫌なヤツがいるけど、いちばんの敵は人間と言うちっぽけなヤツなんだってさ。




「どうして人間がいちばん怖いの? だって小さいんでしょ?」




 僕は不思議に思ったので訊いた。

 だって訳わかんないから。




「……ダーンを使うのよ」




「ダーン?」




 僕が尋ねるとお母さんは嫌そうな顔になる。




「ええ、ダーンよ。

 とっても嫌な音をさせて撃たれると死んでしまうわ。それに嫌な臭いもするのよ。鉄と火薬の臭いね」




 お母さんは丁寧に人間とダーンを説明してくれた。

 でも、言葉で説明されてもよくわからなかった。




「ふーん。とにかく人間の臭いがしたら逃げればいいんだね?」




「ええ、なにがあっても逃げるのよ」




 お母さんは厳しい顔になった。




「さあ、獲物を狩るわよ」




「うん」




 そして僕たちは風下を移動した。

 すると背の低い僕でもお母さんが狙う獲物たちが見えた。

 



 ――僕、つまり小さいオオカミには見えなかったが、そこには白銀に光る平原が見て取れた。

 草原では小山のようなムースの群が集まり始めていたのだ。




 ムースとはヘラジカのアラスカでの呼び名で、シカ科最大のものだ。

 雄には見事な角があり、その巨体は肩の高さが二メートルを超え、体重は最大八百キロにもなるという。 

 ちょっとした軽自動車なみに体格と言える。




 だから通常ではいくらオオカミと言えどもそう簡単に狩れる獲物ではない。

 せいぜい老いた個体か赤ん坊を狩れるだけだ。

 だが、……この親子は違った。いや、母親にはそれが可能だった。




 オオカミの仲間は世界中に分布する。

 だがどれも個体の大きさはイヌに準じている。しかしこのアラスカでは人知れぬ巨体が存在した。



 

 ――ワヒーラ。




 現地に古くから住む部族にそう呼ばれて畏怖されている特別の存在があった。

 死をもたらす白銀の悪魔。

 そう呼ばれた巨大な伝説のオオカミ。……それがワヒーラだ。




 その大きさは北米山脈の主である体長三メートル近くあるグリズリー、つまりハイイログマに匹敵する。つまりムースとほぼ同じ大きさなのであった。




 


よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。


私の別作品

「いらぬ神に祟りなし」連載中


「四季の四姉妹、そしてぼくの関わり方。」完結済み

「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み

「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み

「墓場でdabada」完結済み 

「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み

「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み

「空から来たりて杖を振る」完結済み

「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み

「こころのこりエンドレス」完結済み


「沈黙のシスターとその戒律」連載中


 も、よろしくお願いいたします。

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