02「第一話 出会い」 私は、すんごい大きなワンコを見てしまう。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
「でも、生活委員ってなにをするんだろっ?」
高校の広大な敷地を寸又嵐先生の引率で見学しているときである。
ふいに千木良きいが三ヶ木ゆうに尋ねた。
「そうね。
確か生徒手帳には学校生活全般において、
生徒たちの様々な面をサポートする役割みたいなことが書かれていたと思うわ。
……まあ、クラスのことはクラス委員の私がするからそのお手伝いみたいなことね、きっと」
「あっ! ホントだっ! 生徒手帳に書かれてるっ!」
きいはポケットからごそごそ取り出した手帳を広げてそう叫んだ。
「……あなた、ジャージ姿でもそんなものを持ち歩いているの?」
「そうだよっ! だって、いつなにが起こるかわからないんだもんっ!」
そう言ってきいはポケットから様々なものを取り出した。
「これはウマさんにあげる干し草。これはブタさんにあげるクッキー。で、これが……」
「あなたのポケットがぱんぱんだと思ったら、そんなものまで入れているのね」
ゆうがため息混じりにつぶやくのであった。
そのときだった。
「あっ! あれなんだろっ?」
きいはそう叫ぶと一目散に向こうに走っていった。
その目指す先には三体の銅像が見えた。
「桃太郎さんだっ! 浦島太郎さんと金太郎さんもあるよっ」
到着したきいがそう叫んだので、クラスの全員がその元に向かうことになった。
そこには凛々しい顔をした童話の中の登場人物たちが立っていた。
桃太郎の足元にはキジとサルとイヌがいて、
浦島太郎の元には大きなカメがいて、もちろん金太郎の側にはクマがいた。
「変わってるわね。農業と関係あるのかしら?」
三ヶ木ゆうがそう不思議そうに言う。
すると背後から良く通る声が聞こえてきた。寸又嵐先生だった。
「みんな偉人たちだ。だからこうやって祀ってあるのさ」
「偉人? どういうことですかっ?」
きいが尋ねる。
「ああ、動物使いとしての偉人だ。みな動物と関係あるだろう」
「そっかっ!」
きいが銅像をぺたぺた触る。
「桃太郎さんも浦島太郎さんも金太郎さんもみんな動物と仲良しだもんねっ!」
「そう。彼らは一流の動物使いだ。
獣医たる者はみな動物の心までわかるようにと言う思いで建立されたのさ」
寸又嵐先生がそう言う。
クラスのみんなは一様に納得した様子で静かに銅像を見つめている。
そしてそのときだった。
一人の少女がすすすっと前に出て、中央に建つ桃太郎像の前で静かに両手を合わせたのだ。
「あれっ? 髙見澤ヨウコちゃんっ、どうしたのっ?」
そばにいたきいが驚いて尋ねた。
しかしヨウコは目を閉じて黙ったままお参りしている。
「ねえ、ねえ、どうしたのっ?」
きいが髙見澤ヨウコの肩に触れた。
だがその手は、バシンと弾かれた。
「邪魔するな。参拝している最中よ」
「そうだよね。……ごめんね」
きいはしょんぼりとなる。
なんだか気まずい空気が蔓延した。
するとお参りが終わったようで髙見澤ヨウコが目を開けた。
「……偉大な動物使いの中でも桃太郎は別格。同時に三体もの動物を意のままに操った」
「そ、そうか。そうだよね。それで鬼ヶ島で鬼退治したんだもんねっ?」
きいがそう答えた。
「ああ」
ヨウコはそれだけ言うと、さっと身を翻し、クラス連中の後方に姿を消した。
「桃太郎さんって、すごいんだねっ?」
「ええ、そうね。
……確か髙見澤ヨウコさんって鷹匠の家出身らしいから、
鳥を操る桃太郎を余計に尊敬しているのかもしれないわね」
「タカジョウ?」
「ええ、鷹使いってことなのよ」
三ヶ木ゆうがそう答えた。
その顔は思案顔だった。
――鷹匠の少女が入学する。
その情報は三ヶ木ゆうはこの学校に入る前に聞いていた。
無論、著名な獣医である父が情報源だ。
……鷹匠の家は古くは戦国時代にまで遡ることができる。
武将に仕えて戦時は連絡係、平時は狩りへと励んでいたと言う。
そしてその名門のひとつが髙見澤家である。
元々は鷹見澤と名乗っていたらしく、その名が付く鷹の扱いが特に上手かったと言われている。
通常、鷹匠は狩りに鷹を使うが、獲物を捕って帰ってきたときにエサとすり替えて事を成すと言う。
つまり猛禽の補食能力だけを利用した狩猟であり、鵜飼いの鵜と方法自体は同じである。
だが、髙見澤家は違った。
鷹を心を通わせることで鷹は使い手の目となり偵察に、
手となり刀や槍の代わりとなって敵を倒してきた歴史を持つ。
元々は忍者の出らしい髙見澤家は、手裏剣や忍法刀の代わりに鷹を使い、
時には攪乱に、時には暗殺にへと手を伸ばしていたらしいのだ。
「でも、ヨウコちゃんは鷹じゃなくて鷲を相棒にしてるよ。だから鷲匠だねっ」
「ええ、……そうね」
三ヶ木ゆうはそう答えて、また物思いにふける。
鷹匠。……特に腕の良い鷹匠は鷹ではなくて、より大きく強い鷲を相棒にしていたと聞く。
……つまり、そのことから考えても髙見澤ヨウコは相当の手練れだと思われたのだ。
「きっとヨウコちゃんは腕がいい鷹匠なんだね。
だから鷹じゃなくて鷲を使えるんだよ。いいなあっ」
無邪気にそう言う千木良きい。
だがその言葉は物事の本質を理解していた。
放課後のことである。
街には私服に着替えた千木良きいと三ヶ木ゆうがいた。
それは昼間の約束で、きいの相棒を探すためにペットショップに向かうためだった。
ちなみに校外ではゆうはワオキツネザルを連れていない。
動物がいると飲食店などには入れないからだ。
きいもゆうも動きやすい普段着なのだけれども、
ゆうの方は着こなしが良いと言うか、センスがあるチョイスと言うか、とにかく注目の的だった。
通り過ぎる男性がみな振り返るのだ。
夕暮れの街の光景として構成するには必ず必要な美少女と言うものかもしれない。
「ゆうは美人だねー」
「そんなことないわよ」
「だって男の人がみんな見てるよ」
「それはきいが目当てかもしれないでしょ?」
「ううん。ぜーったいにそれはないっ! ぜーったいにゆうが目当てだもんっ」
そう言ってきいは笑う。
それにつられてゆうも笑顔になった。
そんなときだった。
「あ、あれっ、ヤマトだよっ!」
「ど、どこかしら?」
きいが空を見て叫んだので、
あわててゆうも見上げたのだけれども、見つけられない。
「あそこだよっ!
……ああ、やっぱりオウギワシってすごいね。カラスがみんな逃げていくよっ!」
千木良きいが指まで差したので、ようやく三ヶ木ゆうも見つけることができた。
確かに街の夕暮れの空を支配するはずのカラスの群が大慌てで逃げ去って行くのが見えた。
そしてその後方に、
優雅にゆうゆうと飛ぶ髙見澤ヨウコの愛鳥であるオウギワシのヤマトの姿が見える。
こうして大空を舞っている姿を見ても、ヤマトが巨鳥であることがわかる。
羽を広げると翼長は二メートル以上はあると思われた。
そして街ゆく人々が空を見上げて騒々しくなったとき、
ヤマトがふわりと高度を下げ始めた。
「あ、もしかしてヨウコちゃんがいるのかもっ、行ってみよっ!」
そう言ってきいはゆうの袖を引っ張った。
昼間、髙見澤ヨウコに軽くあしらわれたことなど、
千木良きいの頭には、もうさっぱりないようだった。
オウギワシのヤマトが緩やかに降下して行く先に、髙見澤ヨウコの姿があった。
そこは街角にある大きなペットショップで、
元々、千木良きいや三ヶ木ゆうが目指していた先でもあった。
「あ、ヨウコちゃんがいるよっ」
「ホントね。私たちの目的地と同じだったのね」
二人は小走りでペットショップの店先に到着した。
すると店頭のガラスケースの前にいた髙見澤ヨウコも、きいたちに気がつき向き直った。
オウギワシがちょうど腕にとまったときでもあって、通行人たちが鷲を異様な目で見ている。
「何のよう?」
冷ややかな声でヨウコが尋ねた。
その目には知り合いに出会った喜びなどは、まったく感じられなかった。
「うんっ、ヤマトが見えたんだっ。だから追っかけてきたっ」
「……暇なのね」
「違うのよ。
あなたの愛鳥を見たのは本当なんだけれども、別の理由があってこの店に来たのよ」
ヨウコのまなざしに気圧されたように、ゆうが答えた。
「この店に?」
「そうだよっ! 私の相棒を探しに来たんだよっ!」
そう答えたきいはガラスケース越しに中にいる子猫や子犬をあやしている。
「あれっ? あれっ? みんなどうしちゃったのっ?」
きいが不思議そうな顔になり、指先で軽くガラスを叩いている。
見ると目の前の小動物たちは一様にケースの隅にうずくまり、小刻みに身体を動かしていた。
震えているのだ。
「この店の動物では無駄だ。みんな怯えてしまっている」
そう言い残すと髙見澤ヨウコは肩にヤマトを乗せたままゆっくりと背を向けた。
途端に遠巻きにしていた人垣が崩れてヨウコに道を開けた。
そして去って行くヨウコ。
「……ヨウコちゃん、なにが言いたいんだろう?
……それにこの店のニャンコやワンコはどうして怖がってるんだろうね?」
「髙見澤さんのオウギワシの姿を見て、怖がったのかもしれないわね」
「あ、そっか。そうだよね。
……みんな安心して、もうヤマトはいないよーっ!」
きいがそう叫ぶが、ケースの中の動物たちは怯えたままだった。
「と、とにかくお店に入りましょう。
この子たちだけが、きいの相棒候補じゃないわ」
「うんっ、そうだねっ」
そう言って千木良きいと三ヶ木ゆうはペットショップに入った。
そこはこの辺りではいちばん大きな店なので店内には様々な動物がいた。
「わーっ、すごいねっ」
きいは大興奮だった。
「ねえねえ、フクロウがいるよっ!
あっちにはヘビもいるよっ! 熱帯魚もメダカもいるよっ! どれから見ようかっ!」
「きい、落ち着いて。順番に見ていきましょう。
それに熱帯魚やメダカじゃ相棒にはできないでしょ」
今にも全力疾走しそうなきいをなだめて、ゆうが売り場の中を先に歩き出した。
それを見てきいも続く。
最初は大はしゃぎだったきいだが、次第に言葉数は減っていった。
「……ねえ、ゆう。おかしいね?」
「なにかしら?」
きいが立ち止まって尋ねてきたので、ゆうも止まる。
「動物たちが元気ないよ。
……なんだか表のニャンコやワンコと同じで怯えているみたい」
言われたゆうも頷く。
「そうね。
……でもおかしいわね? 髙見澤さんのオウギワシはもういないのに……」
「うんっ、変だよ」
二人の言葉通り、店内はなんだか変だった。
普段なら小鳥や小動物の鳴き声で満たされているはずなのに、
今はしーんとしているのだ。
だからと言って売り切れと言うことはなくて、どのケースやケージにも商品、
つまり動物たちがいる。なのにちっとも騒がしくないのである。
「困ったわね。これじゃ、きいの相棒探しって訳にはいかないわね」
「うん、困ったよ」
二人が顔を見合わせて、そんな会話をしているときだった。
店の外の歩道を、すっ、と何かが横切った。
一瞬の影。そんな感じだが大きさが異常だった。人よりも大きい何者かだった。
途端に店内が騒々しくなった。
イヌがワンワンと吠え、小鳥がめちゃくちゃに暴れてピイピイと騒ぐ。
みな店外を通った影に気がついた様子だ。
そのときだった。
「キャーーーっ」
と、叫び声がした。
見ると店員の女性が尻餅をついていた。
その脇には棚から落ちたケージがいくつも落ちている。
「大変っ、サルが逃げたわっ」
女性店員がそう叫んだ。
見るとマーモセットやキツネザルなどのサルが、
店内をしきりに叫び声をあげながら飛び回っている。
そしてそのどれもが激しく興奮し手当たり次第に器物をがたがたと揺らしているのだ。
「捕まえてっ!」
女性店員が再び叫んだ。
するとそれを合図にしたように他の店員や客たちがサルを追う。
だが小型で素早いサルたちを全く捕らえることはできない。
そしてサルたちは人間に追い回されることで、一層興奮し絶叫しながら走り回っている始末だ。
「うわあっ、ゆう、どうしよっ。捕まんないよっ!」
きいもサルを追い回しているが、他の客と同じでまったく通用していない。
そのときだった。
「私に任せてくださいっ! みなさん、静かにしてくださいっ!」
ゆうが大きな声でそう告げた。
すると店内の人間たちは一様に行動を止めて三ヶ木ゆうを見る。
「私はサルになれています。
私が大人しくさせますから、みなさんはそのまま動かないでください」
そう宣言した三ヶ木ゆうはショルダーバッグから小さなものを取り出した。
見るとそれは太鼓だった。
手のひらに収まるくらいの大きさだ。
「太鼓をどうするのっ?」
千木良きいが三ヶ木ゆうに尋ねる。
するとゆうは小さなバチも取り出した。
「叩くのよ」
そう答えたゆうはにっこりと笑顔を見せた。
そして身構える。
――テケテン、テケテン、テケテン――
店内に軽快なリズムが鳴り響く。
すると驚いたことに騒いでいたサルたちが一斉に動きを止めた。太鼓の囃子に耳を傾けているのだ。
店内の人間たちは驚きで目を丸くする。
もちろんいちばん丸くしているのは、きいだった。
「うわっ! ゆう、すごいっ!」
心底驚いた。
見るとサルたちは最初は遠巻きに見ていたが、
徐々に太鼓を叩くゆうの周りで集まり始めたのだ。
そして中にはおどけて宙返りするサルたちまでいる始末だ。
「ほら、集まってきたでしょう?
今ならそっと捕まえれば大丈夫よ」
そう言って三ヶ木ゆうは優雅な笑みを店員たちに送る。
すると店員たちは互いの顔を見合わせて、
信じられない、と呟きながらサルたちをケージに回収し始めるのであった。
「お陰で助かりました。……もしかして農女の人ですか?」
「はい。私たち、まだ入学したばかりですけど」
三ヶ木ゆうが代表して答えると、店員や客たちはしきりに頷き合っていた。
どうやら農女の評判もペットショップに限っては好評らしい。
「ゆうはすごいね。まるでブレーメンの音楽隊みたいだよっ!」
きいが賞賛の言葉を贈った。
だが三ヶ木ゆうを始め、店内の人たちは失笑してしまう。
「ありがとう。
……でもね、きい。それを言うならハーメルンの笛吹きでしょ?」
「そ、そうだっけっ? でも、すごいよっ!」
きいは自分が間違ったことを言ったのを全然恥ずかしがっていなかった。
元より友人を褒め称えたかっただけだからだ。
「私は実は猿回しに憧れているのよ。
もし、獣医になれなかったら修行しようとまで考えているの」
「ふーん、猿回しの人ってそんなにすごいの?」
「ええ、……もちろんピンキリだけど、本当にすごい人は群ごと操れるって話よ」
「へえーっ!」
きいはそんな話は聞いたことがなかったが、いるなら会ってみたいと思った。
太鼓ひとつでサルの群を操るなんて尊敬してもしたりないくらいだと思ったのだ。
「私もおサルさんを相棒にしようかなっ?」
きいは夢見る瞳でそうつぶやいた。
「あら、駄目よ」
「えーっ、どうしてっ?」
「だって、私とダブるじゃない。同じ動物ではつまらないわ」
「うーっ。わかった。おサルさんはあきらめる」
きいはちょっとだけ拗ねた顔になったが、言葉通りあきらめることにした。
三ヶ木ゆうの言う通り、同じ動物では確かにつまらないと思ったし、
サル相手だとゆうに勝てそうにないと思ったからだ。
やがて千木良きいと三ヶ木ゆうは店を出た。
二人は大荷物だった。
ペットショップの店長がお礼の品と言って、
なぜかドッグフードをそれぞれに一抱えずつくれたのだ。
「結局、相棒は見つからなかったわね」
「うん。……でもまだ日にちがあるし」
きいはそう返事をした。
しかし心に余裕がある訳じゃない。
相棒とは心通う動物のことである。
だとするとなんでも良い訳じゃない訳で、
そういう相手と残りわずかの日数で巡り会える可能性を考えると、
泣きたくなっているのも事実だった。
「せめて候補だけでも決めてみたらどうかしら?」
「候補?」
「ええ、例えば自分より大きな動物にするとか、
手のひらに乗るくらいミニサイズにするかでもずいぶん絞り込めると思うわ」
「そっかっ! そうだよねっ!」
途端に元気になる、きい。
「どうしたの?」
「うんっ! 決めたのっ! 私、相棒はおっきなワンコにするっ!」
「あらどうして?」
「うんっ! だってこのドッグフードがもったいないじゃないっ!」
千木良きいは抱えているドッグフードの袋を持ち直す。
「……そういうことなのね。意外と短絡的だわ」
「いいのっ! そうするのっ!」
きいがだだっ子のようにそう宣言した。
ゆうはそっとため息をつく。
「でもね、大きいイヌなんてそうそう見つからないわよ。
さっきのペットショップだって売っていたのは子犬ばかりでしょ?」
「うーっ。野良の子を見つけるからいいのっ!」
「野良犬なんて、昨今じゃいないわよ……」
「うーっ!
……い、いたっ! ……あ、あのワンコくらいの子がいいっ!」
そのときだった。
千木良きいが突然前方を指さしたのだ。
二人はいつのまにか大きな自然公園に到着していたのであった。
「えっ? なにかしら?」
三ヶ木ゆうが不思議そうに尋ねた。
ゆうにはイヌはおろか小鳥も見えないからだ。あるのは無人のブランコと滑り台だけである。
「い、今ねっ、すんごい大きなワンコが、すっ、って通ったのっ」
「えっ? イヌ?」
「うん。とにかくすんごい大きいのっ」
そう言って、きいはドッグフードの袋を地面に置くと両手いっぱいで大きさを示したのだ。
「じょ、冗談でしょ?
……それの大きさでは、
グレートデンやセントバーナードより大きいってことになってしまうわ」
ゆうがそう言って笑顔になり口を押さえる。
だがしかし、きいは真剣だった。
「ホントだよっ!
たぶんなんとかデンとか、なんとかバーナードよりもおっきいよっ!」
「あら、それが本当ならギネスブックものよ」
「むーっ。ホントだもんっ」
二人がそんなやりとりをしていたときである。
――キャーーーっ!
突然に悲鳴が聞こえてきた。
それもかなり緊迫した声だった。距離はあまりない。
ここからは見えないが、わずか先での出来事だろう。
「な、なんだろっ!」
「い、行ってみましょ!」
二人は互いに頷くとドッグフードの袋を地面に置いてから走った。
目指すは大きな木々がそびえ立つ向こう側である。
「あっ! いたよっ!」
「え、ウソっ!」
想像を絶する光景だった。
ウシみたいなに巨大なイヌがそこにいた。
木々の向こうは芝生になっていて、そこに灰色の長い体毛を持つ巨体が立っているのであった。
「……こ、来ないでっー!」
そのイヌが見つめる先で中年女性がしゃがみ込んでいた。
見ると胸に小さなイヌを抱えている。チワワだった。
大きなイヌはじっとチワワを見つめている。
「ワンコっー!」
いきなり千木良きいが飛び出した。
脇目も触れずに一目散であった。この行為、無謀である。
「待ってっ! きい、危ないわっ!」
さすがに三ヶ木ゆうは冷静だった。
巨大な灰色のイヌがなにをするのか見極めたいと思ったのだ。
だが、きいには通じなかった。
千木良きいは猛牛くらい……、
肩高がきいの背丈、だいたい百五十センチもあるイヌに物怖じもせずに立ちはだかったのだ。
両手をいっぱいに広げて巨大イヌに向き合っている。
「ワンコっ! このちっちゃいワンコを食べちゃ駄目っ!」
そう告げると千木良きいは、その大きなまん丸目で巨大イヌを見つめた。
視線をそらさずに、じっとである。
「……おばさんっ、今のうちに逃げてっ!」
視線を恐ろしげなイヌに向けたまま、きいが言った。
すると中年女性は、はい、と答えたが、どうも腰が抜けてしまったようで動けない様子だった。
「私に掴まってください」
気がつくと三ヶ木ゆうが女性に手を差し伸べていた。
女性は右手を差し出して、お礼を言っている。
そして立ち上がった女性に肩を貸して木々の向こうの安全地帯へと案内をした。
巨大イヌに物怖じせぬ千木良きいも驚きだが、
この場面で取り乱さない三ヶ木ゆうも相当なものである。
さすがに動物慣れしていると言う訳だろう。
「きい、気をつけて……」
「うんっ。でも大丈夫だよ」
巨大イヌに立ちふさがったまま、千木良きいが答える。
「どうして?」
「うんっ。……この子、敵意がないもんっ」
「敵意がない?」
「うんっ。目がやさしいよ」
きいの言葉に驚いたゆうは、女性の肩を抱いたまま振り返った。
すると千木良きいが言った通りだった。
きいをじっと見ているのだが、視線が柔らかいのである。
「ああっ! 大変だっ!」
きいが叫んだ。
「どうしたの?」
「この子、怪我してるっ。……すごい怪我」
きいが言った通りだった。
見ると巨大イヌの足元に血だまりが出来てきて、今もぽたりぽたりと血が垂れ落ちていた。
「だ、大丈夫っ? 痛いっ?」
千木良きいが走り出していた。
そして巨大イヌの首に抱きつくと肩をそっとなでている。
しかしきいが小さいので、まるでしがみついているように見える。
「きいっ! 気をつけてっ!」
ゆうが女性をリードしながら忠告をする。
「大丈夫。……この子、おとなしいよっ」
振り返ったゆうが見ると、巨大イヌは尻を落とし、きいにされるがままになっていた。
「ゆう、この子、手当が必要だよっ」
「わかったわ。
……さっきドラッグストアがあったから、そこで薬買ってくるわ」
そしてゆうの姿が見えなくなった。
「そうだっ。ここじゃダメだねっ」
きいは辺りを見回した。
幸い公園には他の誰の姿も見えなかったが、この巨体である。
人目に付けば大騒ぎは間違いない。
「あっち行こっ」
千木良きいは公園の片隅にある雑木林を指さした。
そしてゆっくりとイヌを立たせて案内を始めたのであった。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
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