旗を掲げるだけの女 矛を抜くだけの男
戦記ものっぽい。
おれは 当事者じゃあない
おれは ただの語り部だ
濁ったこの眼にうつった情景を
ひび割れた唇で物語として紡ぐ
おれは ただの語り部だ
そう遠くない昔
まだ 爪痕が消えないほどの以前
血と 屍と 哀しみにまみれた
醜悪い争いがあった
争いをもたらし
血を降り注ぎ
屍を積みあげ
哀しみを蔓延らせる
幾万の軍勢の先頭に
蛮勇を讃える歌を 高らかにする雌雄を見た
旗を掲げるだけの女で
旗を畳むことを知らない女
矛を抜くだけの男で
矛を収めることを知らない男
雌雄は
血を降り注ぎ
屍を積みあげ
哀しみを蔓延らせた その跡に
花咲く楽園を築くのだと
幾万の軍勢を鼓舞した
六つの大陸と
六つの信仰と
六つの瞳の色と
六つの輝きの太陽を
ぜんぶ 敵にまわして
六つの大海と
六つの秘術と
六つの愛のかたちと
六つの満ち欠けの月を
ぜんぶ 灼き尽くして
六つの大空と
六つの契約と
六つの鎖の円環と
六つのめぐりの星を
ぜんぶ 引き裂いた
血を降り注ぎ
屍を積みあげ
哀しみを蔓延らせた その跡は
墓石の森で 卒塔婆の雑木林
そこにどんな花を咲かせれば
楽園が築けるというのか
そこにどんな花を咲かせて
楽園を築くつもりだったのか
旗を掲げるだけの女で
旗を畳むことを知らない女
矛を抜くだけの男で
矛を収めることを知らない男
あのとき
幾万の軍勢の先頭の雌雄が
蛮勇を讃えるために高らかにした歌を
呪わしい祝い日に
旗と矛に捧げるように
誇らしげに唱える民たちよ
おまえたちにきかせるために
この物語を紡ぐことが
おれの語り部としての使命なのだ
おれは 当事者じゃあない
おれは ただの語り部だ
加害者にも 被害者にも
ならずにすんだことに 胸をなでおろし
傍観者でいることにも
この身を置けない 傲慢な偽善者だ
それでも
この物語を紡ぐことが
おれの語り部としての使命なのだ
濁ったこの眼にうつった情景を
ひび割れた唇で物語として紡ぐ
おれは ただの語り部だ
このひと、かっこいい。
こんなふうに、なりたい。