掌編 「話し相手のいない魔女が剣にエンチャントをしてみた結果」
「これで良し。あとは魔法を付与するだけね」
ある魔女の家の地下にある、石壁に囲まれた実験室。
その一室には魔法陣が描かれたスクロールや霊薬の素材、魔法に関する学術書が、床や机に無造作に積まれている。
唯一キレイに整理された、部屋の中心に鎮座する実験用の石台には、一本の剣が横たわっていた。
「この本の通りなら、これで意識付与の魔法が使えるはずだけど…上手く発動するかしら」
魔女の名前はシェリル。攻撃系魔法を一通り修得した彼女は、自身の新たな可能性を探るべく、別分野の魔法実験を行っていた。
…という理由は建前であった。本当は自身の壊滅的なコミュ力からくる友人の少なさを補うため、魔法で「話し相手」を作ろうとしていた。
「魔法の素材も私の手持ちには無い物ばかりで、ほんっとうに大変だったわ…」
「でも!ようやく私の理想の話し相手が出来るのだから、安いものよね、私の新しいお友達さん!」
そう彼女が話しかける剣は、ユラユラと揺れる実験室のロウソクに照らされ、観賞用として刃を潰された刀身を鈍く光らせていた。
彼女も出来ることならば、都市で売られている可愛らしいぬいぐるみや、人形に意識付与の魔法をかけたいと思っていた。
しかしながら、彼女の得意とする攻撃系魔法の性質上、どうしても武器や防具への付与でしか魔法の発動が安定しなかった。
そのため、せめて永く扱えて、見た目も美しい剣を鍛冶屋に鍛えてもらい、今に至っている。
「さあ、ちゃんと魔法にかかってちょうだいね…」
彼女は様々な希少素材を混ぜ合わせた粉末を、剣に満遍なく振りかける。
続けて剣の置かれた石台に、あらかじめ描かれた魔法陣の端に触れ、魔法詠唱を行う。
「「我は問う者。汝その身に意思を宿し我の問いに答えよ」」
詠唱に反応するように剣はブルブルとひとしきり震えて、また元の物言わぬ物体へと戻った。
「反応もしたし、とりあえず付与は成功ね!あとは喋り出すのを待つだけだったかしら…」
「その必要はない。創造主よ」
「え?!もう話せるの?ていうか声渋すぎるわ、あなた…」
「左様か?生まれついてのものゆえ、許されよ。早速ではあるが創造主よ汝はいかなる目的で吾輩を生み出された?意思を与えられたものの、吾輩は武器ゆえ話すことが出来るばかりで自ら敵を切り伏せること叶わぬ。創造主は武器の扱いに長けているようには見受けられぬが実際は相当の使い手であるのだろうか?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「待とう」
魔法は成功したが、それは彼女の求める結果とは程遠いものだった。
「(もしかして、お話しをさせることばかりに私が意識を向けすぎて、必要以上におしゃべりにしてしまったの?!)」
「創造主よ、具体的にはどの程度待つべきだろうか。吾輩の考える時間感覚は創造主と異なっているやも知れぬ。ゆえに吾輩は…」
「(完全に失敗だわ…)」
労力に見合わぬ結果に天井を仰ぎながら放心する彼女に構わず、剣は延々と話し続ける。
慣れないことに手を出すほど疎んだ孤独を取り戻すために、彼女は剣を一刻も早く手放すことを固く誓った。