現実、認識
ログのタイムラインを整理すると、小天体が船体に衝突した時刻から異変がはじまっていた。現在の異変と繋がりがあるとは思えないけど、ダメージは調べる必要がある。
「何も起きてなければいいけど」
制御下にある船外ドローンを操って、船体側面にカメラを向ける。船体の中央から装甲に覆われた翼が伸びている。翼にはスリットがあり、どうやらここに推進器があるようだ。衝突したとされる部分は船体の側面にある。ぶつかっていれば、装甲のへこみがあるだろう。装甲にはじかれたとしても、つなぎ目に破片がつまっていたり、色が変わっているはずだ。でも、恒星の光に照らされる銀色の装甲は、衝撃で歪んだ様子もないし、つなぎ目に岩石も挟まってもいない。まさにノーダメージだった。
「これはきれいすぎる……」
おかしい、と思っていると船内の気圧が変動したことをセンサーが告げる。一瞬だけ高くなり、元の正常気圧に戻るのを繰り返している。ドローンから見える星の動きは一定のはやさだ。つまり、加速も減速もしてないない。もちろん、各砲も使われていない。そうなると、ドローンか気圧センサーのどちらかが間違えていることになる。
嫌な予感がして、僕は船外ドローンをハンガーに戻す。対ハッキング術式が作動していないから、僕自身は無事だ、ということにしよう。もし、すでに僕本体に何か起きていたら……それでも、できる限りのことをするしかない。
貨物室を探すと積み荷に小型宇宙船、船外活動用強化外骨格がいくつかあった。これらはすべて船内ネットワークから独立しているので、この異常に巻き込まれてない可能性が高い。少ない手順で外に出せる強化外骨格を使って、観測することにしよう。この強化外骨格は本来、人が装着して扱うものだけど、僕らが扱えるようにも作られている。そういう設計をした技術者には感謝するしかない。
ほかにも脱出艇を見つけた。これも船内のネットワークから切り離されているから、同じようにリスクは低いけど、手順が多いので今回は不採用だ。
制御下にあった掃除ロボで船外活動用のエアロックを解放し、強化外骨格を船外に押し出す。姿勢制御エンジンを小刻みに噴射して向きを変える。そして、外骨格のカメラが捉えた映像を見て僕は、一瞬何が起きたのかが理解できなかった。
正確には理解を拒んだんだと思う。
カメラは赤く染まった宇宙をバックに醜く歪んだ船殻から砲身らしきものが生えているのを捉えた。映像の中、砲身が帯電し、砲弾を撃ちだした。同じタイミングで船内の気圧センサーが変動する。気圧が変化する原因はこの砲撃だ。そして、射線上には惑星があった。
「なんて……ひどい……」
外骨格のカメラは近距離用だから、惑星の細部は潰れて見えない。でも、この船におきた異変から推測すれば、地上でろくでもないことが起きているに間違いなかった。
艦はわけのわからないものに乗っ取られた。しかも、そいつは僕たちの体を好き勝手にいじりまわす力を持っている。他の制御OSたちが時間を稼ぐ間に魔力炉をオーバーロードさせて自爆することだってできただろう。もうその選択肢はない。
僕は、助からない。