第十六話。 街全体がトイレ
秋晴れ。澄んだ空気はひんやりとして、ぴりっとした感触が気持ちがいい。
そこに甘い香りが漂ってくる。
「あ、キンモクセイ」
マリコさんの指さす先にはオレンジ色のちっちゃい花が咲く色の濃い木があった。
「いい香り! ……ね、久瀬君。キンモクセイ好き?」
「ま、嫌いじゃない」
「だよね、仲間仲間!」
しばらく歩くとまた甘い香りが流れてくる。
「やっぱり秋って感じだよね。……ところが! 前に聞いたんだけど、某先生はこの時期、街全体がトイレみたいで落ち着かなくなるんだって」
「どういうこと?」
「昔はトイレ用の芳香剤といえばキンモクセイだったみたい。だから逆に今はキンモクセイの花の香りでトイレを思い出しちゃって、自然ともよおしたくなるから困るんだって。……それにしても『街全体がトイレ』って考えるとすごいよね。通りにずらぁっと、数メートルごとにトイレが並んでるの。現代アートもびっくりだよ」
そりゃ尋常ではない。落ち着くはずも無いだろうな……。
「じゃなかったら、中世の城郭都市みたいにぐるっと壁が街を囲んでて、街の中央に向けてくぼんで巨大な池があって、実は街全体がトイレでした……とか」
「普通そう言う想像するか?」
「でもでも! 中世とか昔のヨーロッパって、夜の間にしたのをおまるに貯めて、朝になったら二階の窓から下の通りに向かって撒き散らすんだよ。だから道にみんなたまってるんだよ。雨とか降るともう大変、街全体がトイレって言っても全然おかしくないんだよ」
「それ、マジ?」
マリコさんは神妙な顔つきで頷いた。
「……マジ。衛生概念ゼロ」
「げぇ」
「だから中世ヨーロッパをモデルにしたファンタジーに出てくる都市も、突っ込むと本当はそんな感じだよ、きっと」
「ええぇっ!」
「だいたいお風呂にもろくに入らないで長旅していたキャラなんか……」
「お、お願いだマリコさん。それ以上は……」
「でもきっとそうなのよん」
「ノオオォっ!」