第十四話。 自販機
海はいい。
他に海水浴客がいなくてプライベートビーチ状態ならなおのこと。
海の家が林立する公営海水浴場から、山をひとつ越えた浜辺に俺達はきていた。
喧噪に包まれた海水浴場をあとに、濃い緑の木々が生い茂る山道を登る。がれきばかりの急な坂を下ると、小さな湾。猫の額程の砂浜。
細かな砂を、透き通った波が柔らかに洗っている。
浜辺から海に目をやれば、両側から伸びた岬の間には、濃い青色と白く泡立つ波頭がかいまみえた。
背後の崖に生えた木。大きく張り出した枝が、焼け付く太陽を遮る木陰をつくっている。遊び疲れたマリコさんはその下にビニールシートをしいて横になっていた。
水着姿が眩しすぎて慌てて目を逸らす。
誤魔化すように近くで寝そべりながら、俺も文庫本のページをめくっていた……はずだった。
でも、気が付くと船を漕いでいた。
そこへふと、頬にひんやりとした清涼な刺激。
びっくりして目を見開くと、マリコさんが水滴で曇った細身のガラス瓶を俺の頬に当てている。
「びっくりした?」
「ああ、びっくりした」
マリコさんは嬉しそうににこにこしてる。
「久瀬くん、ジュース飲もうよ」
その時気づいた。ガラス瓶には王冠がついたまま。
「マリコさん、これどこで買った?」
「自販機」
マリコさんについて行くとレトロなガラス瓶専用の自販機が茂みの裏にあった。木目調の化粧板。百円玉にしか対応していない。お金をいれると留め金が外れて扉のガラスが開く。そこから瓶を一本だけ取り出せる仕組みになっていた。
コインを入れる横に、小さな金具がついている。どうやらこれが栓抜きらしい。
「ここで蓋取らなきゃいけなかったんだ。……で、どうやるの?」
斜めに口をあてがって、てこの原理で瓶を持ち上げると王冠が外れた。
「なるほど。久瀬君、物知りだね」
瓶の口を咥えるようにして俺は冷えたジュースを飲み干した。