第九話。 レインブーツ
曇り空の通学路を学校へ向かう。
今日のマリコさんは、ぱっと見にはそれとわかりにくいダークブラウンのレインブーツ。鞄からは、広げるとやたら大きくなる水色の傘が顔をのぞかせている。それに、汗のこもらない素材の防水上着。
完全装備だ。
空気は確実に水気を増している。午後から降る予報だっけ。
……あ、ヤバイ。
俺としたことが折りたたみを忘れてきた。置き傘もない。
道ばたの紫や青に染まった紫陽花が目にとまる。
雨降りの花。
意気消沈した俺とは反対に、マリコさんは顔を輝かせた。
「久瀬くん、梅雨っていいよね。紫陽花、きれいだし」
「雨ばかりで俺は嫌いだけど」
そう答えると、マリコさんの顔が少し不機嫌になった。
「でもでも! 古都に佇むアジサイ寺で、しとしと雨の中に一面の紫陽花だったら、久瀬くんも雨とか梅雨とか、好きになるかもしれないよねっ!」
「それはどうかな。……っておい、どこ行くんだ、待てよっ!」
マリコさんはプリプリしながら、どんどん先に行ってしまった。
ケンカ、だったのか。
結局マリコさんとは、朝から一度も声を交わしていない。
昼過ぎに降り出した雨は、放課後になっても止まなかった。
むしろ、少し強くなったくらい。
濡れて帰るしかないか……。
ふと、後ろに誰かの気配。
「入らない?」
マリコさんが大きな水色の傘を広げている。
「いいのか?」
「だけど、条件があるよ。雨の散歩を楽しむこと。アジサイ寺につきあうこと」
「……了解」
マリコさんと、一つ傘で雨の中を歩く。
色とりどりのアジサイの花。
小さく輝く雨のしずくは、晴れの日に見られない表情。
かすむ空気に、とけ合うような調和。
雨の日も、そう悪くないのかもしれない。
「持ってて!」
傘を俺に預けると、マリコさんは大きな水たまりに飛び込んだ。
はねる水。笑うマリコさん。
俺もレインブーツとか、……買ってみようかな。