表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

最終話。 さよなら

「私、お話を書くことにしたんだ」

 マリコさんは鞄からペンを取り出した。

「万年筆。ちょっと奮発したんだ。すてきでしょ」

 緑の縦縞に黒のキャップ。くるっと回してキャップを外すと、ペン先が顔をのぞかせる。金と銀の組み合わせ。きらきらと輝くニブポイント。

「こっちがインク。ロイヤルブルー。これから入れま~す」

 マリコさんは机の上にボトルを置いて、蓋を開く。中には黒っぽい液体がなみなみと入っている。

 ペンのお尻にあるつまみをクルクルと回してから、ペン先をインクにどっぷりと浸した。

 再びクルクルとお尻のつまみを回してから、ペンをインクビンから取り出す。余分なインクを白い布で丁寧にふき取った。

 ボトルの中では黒っぽかったのに、布には鮮やかで深い青みが染みになって広がっていく。透き通るような色合いに見えて、きれいだった。どこまでも広がって行く、深くて。混じり気のない、透明な青。

「こっちが原稿用紙。いまどき、原稿用紙に万年筆で書くなんて、時代遅れだよね。ケイタイとかの方が、いいのかな。でも、私ね、こうしてちゃんとした形にしたかったんだ、どうしても。……忘れたくないから」

 マリコさんはペンを手にした。

「主人公は、久瀬くんだよ。もちろん私も出てくるの。久瀬くんから見た、私の姿を書くんだよ。変なこと言って、バカやってる、謎の女の子、マリコさん……。久瀬くんに、見てほしかった私の姿。久瀬くんになりきって書くの。久瀬くんと私の、一緒にいた時間を、こんなおかしな二人がいたことを、書くんだよ。お話の中の久瀬くんはね、私のこと、すっごい好きなんだよ。大好きなんだよ。『好き』って絶対に口にはしないけれど、ちょっとしたことで私のこと、ほめてくれるの。でも、惚れた? なんて聞くと、恥ずかしがりながら、『好き』って言えないのに、『惚れた』って言ってくれるの。私がどんなばか言っても、変なことしても、意地悪しても、許してくれるの。だから私も、好きなだけ、ばか言ったり、変なことしたり、久瀬くん怒らせたり、困らせたりして、それでもずっと一緒にいるの。仕方ないなぁって笑いながら、久瀬くん、付き合ってくれるんだよ。久瀬くん、優しいんだ。だから、……好き。大好き。どうして……。どうして……」

 ペンをもったまま、マリコさんは泣いている。

 ちぇっ。俺はこういうお涙ちょうだい、嫌いなの知ってるだろう?

 どうせなら、二人でどうでもいいことやってる話の方がいい。

「そうだよね。泣いてちゃ、だめだよね。久瀬くん、しみったれたのは嫌いだったし。おやじギャグの方が、好きだもんね。そう。おやじギャグ、たくさん出てくる話、書くから。私が、つまんないギャグ言って、久瀬くんが頭抱えてるお話、書くから。元気が出るようなお話、書くから……だから……、だから……」

 マリコさんは顔を覆った。しばらくしてから、ゆっくりと顔を上げる。

「泣いてちゃ、つまんないよね。……そうだ。思いついた。第一話は『つまらない話』にする。つまんないと、詰まらないをかけた駄洒落、久瀬くんに聞かせて、久瀬くん、変な顔したこと、あったじゃない。それを書くの」

 マリコさんは万年筆のキャップを外すと、原稿用紙に向かった。

 マス目がきれいな文字で埋まっていく。

 涙がこぼれた。

 万年筆で書かれた文字が、滲む。

 書き上げられていく原稿を、俺はぼんやり見ていた。

 話の内容は他愛もない。

 マリコさんがいて。俺がいて。

 二人とも、仲良く話をして。

 ただ、それだけで。


 原稿用紙の上で、青い文字が乾いていく。

 その間に、部屋の空気が、少しだけ軽くなる。


 いつの間にか、

 マリコさんはいなくなっていた。


 俺は、原稿を閉じた。


 雲が流れていく。

 あの日と同じように。

すみません、もう10年以上最終話を掲載していませんでした。

これは、八百字程度で毎話まとめる、という条件だけつけて、好き勝手に書き散らした作品です。

実は、一話目の次に書いたのが最終話という、なんとも変な書き方で書き始めました。続きを書きながら、終わりが分かっているって不思議な気分だなぁ、なんて、毎回思いながらポツポツ書いていたのを思い出します。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ