表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章B:サイケデリック・チェイス
99/125

5.オメガラインの子供達

 重たい沈黙を破ったのは、タイロの声だ。

「ええっと、それは」

 タイロは真面目な顔をして、

「それって、俺が実はいいところのお坊ちゃんだったってことですか?」

「はァッ?」

 若干、キレ気味な声を上げたのは、ユーレッドだった。しかし、実際彼はキレたのではなく、どちらかというと肩透かしを食らって脱力したのだ。

「お、お前、さっきの話聞いて、なんでその感想なんだよ? カルトな過激派組織の子供だって言われてたんだぞ? なんか思うところはねえのかよ?」

「え? だって、さっき、オメガラインってとこの構成員の人って、『上級市民で管理局でも地位が高い』とかなんとか、言ってたじゃないですか? ってことは、そこの子供ってことは、実は俺もお坊ちゃんってことですよね?」

「んんー、まぁー、理屈的には、そうなる、かなー」

 ユーレッドは、妙にペースに飲まれてしまっている。

「いやー、だって、俺、基本的にまあまあ貧乏ですし、有能な上級市民の気配ゼロですもん。なんなら、貧乏すぎて捨てられたまであると思ってたんで、せめて、元がお坊ちゃんなんだったら、ちょっと嬉しいなーって」

 タイロは別に強がっている気配はない。

「そりゃあ、過激派の親はやだなーって思いますけど、今更俺が関わることもないでしょうしね。この際、犯罪者でなければ許容範囲です」

「お、お前、神経図太いな」

 ユーレッドが、苦笑いしながら呆れる。

「ま、まー、いいや。そこまで前向きだと、話しやすいぜ」

 ユーレッドは戸惑いつつも、くっくと笑って肩をすくめる。

「タイロくんは、なんというか器が広いというか、懐が深いところあるわよねえ」

 ウィステリアが妙にしみじみと頷く。

「まあ、そうじゃなきゃ、旦那の舎弟はできないわよね。納得したわ」

 ウィステリアが、うなずいてため息をつく。

「それじゃ、続きね」

「お願いします!」

 実のところ、タイロも、まったく、動揺していないわけではない。手元にいるスワロを所在なさげに撫でたり、引き寄せたりしているのは、彼なりに戸惑ったり、興奮したりしているからこそだ。

 ただ、ユーレッドやウィステリアが気をつかうほどには、彼は良くも悪くも繊細ではなかった。

 それに安心して、ウィステリアも少しリラックスして話し始める。

「オメガラインがコキュートスで行っていた集会は、当然だけど子供達にまつわるものよ。でも、ただの子供を雑に集めたんじゃないわ。彼等はそこで、特定の子供の研修をしていたのよ」

「特定の子供の研修ですか? でも、世界が滅びちゃっていい集団なのに、なんの研修なんです?」

「ま、簡単に言うと、次世代の人材育成ね」

 ウィステリアは目を細めた。

「優秀な次の世代の子ども達を作る。新世界に行った時に困らないようにね」

「それに、そもそも、この世界滅ぼすのも大変だろうが。国家転覆のためにも、優秀な人材は必要だぜ?」

「あー、そういうことなんですか。なんか嫌な予感するんですけど、その子供、細胞レベルでなんか弄ってません?」

 タイロがおそるおそる尋ねると、ウィステリアが当然と言わんばかりに頷く。

「当たり前でしょ。特にそこに集められた子達にはね」

 ウィステリアは、一息ついて続ける。

「その子達が生まれる時に与えられたのは、創造主α自身のDNAよ。計画名称は、オメガ・チルドレン計画プロジェクト。ただ、その子達をまるまるクローンにするほど、創造主は彼等を信用してないわ。彼は多分絶対者であることを望んでいて、自分と同じ存在が並び立つのを是としないからね。だから、細切れに彼の要素を与えただけだから、どこかが同じとかそんな感じかな。ただ、やっぱり何かしら才能豊かな人が多く、突出した能力を持っていた。だから、彼等の才能をさらに伸ばすための集団研修が、年になんども行われていたわ」

「えっ、あれっ? ちょっと待ってください」

 タイロが話を止める。

「なあに?」

「あれ? さっきの話じゃ、俺もそういう子供の一人なんですよね」

「ええ。そうよ。メガネやタイロくんも多分、創造主の力をどこかに……」

 タイロは眉根を寄せる。

「あの、メガネ先輩はなんかわかりますよ? 語学堪能だし、なんか色々すごく物知りだし。それに比べて、俺、機械いじりがちょっと得意なだけで、取り立てて突出した才能ないんですが……」

 ユーレッドがいきなりふきだす。

「ふっ、ははは。そういや、そうだなー。お前、一週間ほど付き合ってるけど、特段目立つ能力ないな」

「笑い事じゃないですよ。あ、も、もしかして、これから覚醒するとかありますか! なんか潜在能力覚醒するとかなら、何かの主人公っぽくて美味しいんですが!」

 タイロが期待に満ちた眼差しになるが、笑いをおさめたユーレッドは、真顔になり視線を外す。

「いや、それは期待しねえ方がいい。期待すると傷つく」

「ま、真顔やめてくださいよ。そっちのが傷つきます!」

「うーん、そう言われると、オメガラインの子かどうか、自信なくなってきたわね。でも、ある意味、その打たれ強い性格が特殊能力かも」

「え? それはなんかやだな」

 真面目に分析してくるウィステリアの言葉に、逆に傷つきそうだ。

「でも、その創造主って、こんな図太い性格してねえんだろ?」

 ユーレッドが口を挟む。と、何故か、ウィステリアがちょっと顔色を変える。

「えっ、ええと? そ、そうなの? ううん、あたしも、直接知らなくて」

(あれ? ウィス姐さんなんか変?)

 タイロはそう思いつつも、ユーレッドの側は平常運転だ。

「お前知らねえのか? まぁいいや。どうせコイツみてえな悠長な性格してねえよ」

「えー? なんですかー? 俺、すんごい失敗作感ありますね」

 タイロは流石にしょんぼりして、ため息をつく。

「落ち込むなよ。そんな改造、成功すんのが幸せじゃねーから、いいと思うぜ」

 ユーレッドの、フォローなのかなんなのか、よくわからない励ましが飛ぶ。

「そうかなあ」

「それはそうよ」

 ウィステリアが妙に実感のこもった声で頷く。

「成功してたら、タイロくん、ここにいないかもしれないし」

「それもそうですね」

 と、気を取り直して、

「それで、その研修されているところで汚泥漏洩があって、ってことですか? その時にメガネ先輩もいた。そして、今、獄吏になっていた、子ども達をマリナーブベイに集めてるって」

「そう。おそらく、獄吏選別はそれが理由よね。本来、救出されたオメガ・チルドレンは、利用されるのを嫌った管理局上層の意図により、バラバラの居住区に割り振られて安易に接触しないようにされていた」

「メガネのやつは、多分イレギュラーだよな。多分、何かしらあって、お前と一緒の部署になってるだけだろう」

 ユーレッドはもう煙管を完全にしまい込んでいる。ちらと彼の左目がタイロを見る。ユーレッドは右目が見えないので、振り向く時の動作が大きい。

「本当は、最初は派遣されんの、お前だけだったんだろ?」

「ええ。メガネ先輩がきたの、俺が新米だからだと思ってましたけど」

「多分、そういう理由でねじ込んだんだろ。メガネのやつ、なんか他に目的あんな」

 すっとユーレッドが目をすがめて頷く。

「でも、それじゃあなんで、獄卒の人たちを憎むんでしょう?」

 タイロは目を瞬かせた。

「なんで?」

「いえ。俺は獄卒の人に感謝してますから」

 タイロは、スワロを撫でやりつつ言った。

「コキュートスの汚染事故って、あんまり状況がひどくて、救出部隊もろくに入れなかったって聞いてます。その時、助けに来てくれたの、派遣された獄卒の人たちだけだったんでしょ?」

「ええ。頼みの戦闘員コマンドも入れないほどひどくて、あの汚染に耐えられるのは獄卒だけだったというわ」

「俺を助けてくれて、救護所に届けてくれたのも獄卒の人だったんです。だから、俺、獄卒の人にはどっかでいつも感謝してて……。覚えてないけど、なんだかかっこいい人だったんですよね」

 ユーレッドが、微かに顔を上げる。

「同じ場所にいたなら、メガネ先輩だって、きっと獄卒に助けてもらってるはずなのに、なんで逆に見下したり、憎悪したりするんでしょうか」

「あの、それはね、タイロくん」

 ウィステリアが何か言いかけたが、結局、まとまらないのか戸惑う。と、ユーレッドがふとウィステリアの方を見た。

「ふふ」

 ユーレッドが、憂鬱に苦く笑う。

「お前、なんていうか、本当、前向きなやつだなあ」

「そうですか?」

「ああ。お前の神経とその前向きさは見習いてえな」

 ユーレッドの、不意に浮かべた哀しげな微笑の意味は、タイロにはよくわからなかった。



 部屋では、ユーレッドとウィステリアが座って珈琲を飲んでいた。

 話が一旦終わったところで、タイロは手洗いに行くことにしたのだが、ユーレッドは心配なので、スワロを護衛につけるという。

「ええ? だ、大丈夫ですよ」

 子供じゃあるまいし、とタイロは断るが、ユーレッドはにやにやしつつ、

「大丈夫じゃねえだろ? どうせ、車だの武器だのなんだのと、ロビーから野外練習場においてある。お前みたいな好奇心旺盛な小僧っ子はほぼ百パーセント、寄り道して見に行く。ここは敵地じゃねえといっても、裏切り者もいることだし、まあ気をつけるに越したことねえからな」

 きゅきゅーとタイロの肩でスワロが鳴く。どうも、スワロもタイロを信用していないらしい。

「今の話の後で、一人になるのも嫌だろが」

「それは確かにそうですねえ」

 そう言われるとごもっともなので、タイロはスワロについてきてもらうことにして、部屋から出ていったのだ。

 そんなわけで、今、部屋はユーレッドとウィステリアの大人の二人になった。

 ユーレッドは、普段はあまり生気がないので、凶暴さより気怠さの方が先に立つ男だ。おっとりしているが若いタイロがいなくなると、室内はなんとなくまったりした、しかし、大人な午後の気配が漂う。

 ユーレッドは無言で珈琲を啜り、ウィステリアは静かなタブレットをのぞいていたが、その沈黙は気まずくはない。

 いつでも、口を開くことのできる気安さがある。

「やっぱり、オメガ・チルドレン計画の子供たちを今更集めたのって、創造主と関係あるのかしらね」

 ウィステリアがそう話を振る。

「理屈はわからねえが、おひいさまもここに来てる。おひいさまは、"正真正銘"のお姫様だからな」

「ええ」

 ユーレッドが意味深に言う言葉に、ウィステリアは頷く。

「創造主の特性を持つやつが集められてる。それには確実に目的があるさ」

「目的ね。ユーの旦那は、なにか目星はつく?」

「いや」

 とユーレッドは軽く首を振る。

「しかし、アイツら博物館に行こうとしてるみたいだしな。それに関連するかもしれねえな」

「博物館。旧世界技術博物館か」

「ああ」

 ユーレッドは、珈琲のカップを机に置いて目を細めた。そして、おもむろに話を変える。

「コキュートス汚泥漏洩事件のな」

「ええ」

「生存者の子供が、なんで獄卒を憎悪してるかって、お前、理由わかってたよな?」

 ウィステリアはため息をつく。

「オメガラインの親達が望んだのは、創造主を受け継ぐ子供たち。優れた能力を分け与えられたのもさることながら、彼らが求めたのは創造主αの外見的な要素を含む。噂でしか知らないけど、とびきりの美少年だったらしいからね、彼。子ども達は例外なく美しかったと聞いているわ」

「そうだ。似通った綺麗な容姿の餓鬼どもを、何人も並べていた。しかし」

「汚泥漏洩で傷ついた彼らは、元の姿を保てなくなっていたらしいから。噂によると、管理者アドミの誰かの識別票情報を使って、それを修復したと言われているわ。タイロくんも、自分の外見が変わったらしいって知っていたわね」

 ユーレッドは直接それには答えない。しかし、その沈黙は彼の胸中を代弁している。

「創造主と同じ外見が大切だったオメガラインの親にとって、その要素は大きな意味があるのに、それがなくなり外見も変わった。そして、あれによってオメガラインの幹部も、餓鬼どもを育てる計画を中断。追及されるとヤバイから、計画自体を黒く塗りつぶし、なかったことにした。組織は見捨てた。だから、中には親から捨てられた餓鬼もいた。メガネのやつみたいに、組織から捨てられて、オメガラインの中枢から弾き飛ばされちまったやつも、な」

「ヒロト・マツノマはおそらく、そっちの側ね。彼の親はあの時に亡くなっているけれど、元々幹部の優秀な子供。手のひら返されてはいるはずよ。彼は、他の子と違ってある程度年齢の高かった少年。それを覚えているなら、自分を助けた獄卒達を逆恨みしてもおかしくないわね」

 ウィステリアはそうつぶやいて、ふと微笑んだ。

「タイロくんは、本当にいい子ね。彼だって、きっと何か事情がある。逆恨みしたっておかしくないのに」

「アイツは忘れてるからな。忘れるってことは、救いでもあるんだろ」

 と乾いたことを言いながらも、ユーレッドはタイロのそういう性格を可愛がっているのは明白だ。

「アイツ、お人好しだからな。獄卒を信用するのも大概にしとけって、今度説教してやる」

 ふふ、とウィステリアは思わず笑う。

「そんな旦那だって、獄卒でしょ?」

「だからだよ。俺みたいな男についてくる小僧っ子なんざ、警戒心がなさすぎてダメだ」

「あらまあ、そうかしらね。昔から、旦那は子供にはモテるじゃない。男女問わずね」

 ウィステリアはくすくすと笑いつつ、ふと真面目な顔になる。

「でも、そんなタイロくんになら、教えてあげても良かったんじゃないの?」

「は? 何が?」

 ウィステリアは、少しためらって、

「その、旦那もあそこにいたんでしょ? コキュートスに派遣された救出のための獄卒部隊……」

 ユーレッドがぴたりと椅子を動かすのを止める。

「資料探してた時にね。名前、救出部隊の名簿にあるの見たわ」

「ぁあ? そう言われればそうだったか?」

 ユーレッドは肩をすくめる。

「悪いな。昔のことは思い出せねえ仕様なんだよ。あれから何度かやらかして、記憶飛んでるし」

 ユーレッドの記憶がない、は、時に方便だが。獄卒の体質上本当にあることで、ウィステリアにはそれが嘘か本当か区別がつかない。

「獄卒になりたての頃の仕事だからな。よく覚えてねえ」

「そうなの?」

「ああ。スワロもいねえ頃の話だ。アイツの記録は、なんか思い出したい時は便利だからな。アイツがいないときの話は、忘れたら終わりだから」

 ユーレッドは、ハスキーな声を低める。

「まあ、あんなもん、思い出す価値ねえよ。覚えてるわけねえ」

 その声にほんの少し憎悪が混じる。

「アレはな地獄だったんだ。正真正銘のな」

「そうね」

「ああ。建物が打ち壊されちまってよ。瓦礫だらけの、燃え上がる街に、汚泥と囚人が散らばる真っ赤で真っ黒な地獄」

 ユーレッドが、ふとギリと歯を噛み締める。

「真っ黒に溶けた街と、流れる汚れた機械油の匂い」

 ウィステリアがハッとする。ユーレッドの語る描写が、臨場感を増していく。

「瓦礫の中で泣き叫ぶ餓鬼どもの声。手を伸ばしても、目の前で喰われ、手が届いてももう手の施しようもなく溶けていく、なんの罪もねえ餓鬼ども」

 ユーレッドは目元を歪める。

「覚えてるわけねえだろ! あんな光景!」

 ユーレッドは怒りをぶつけるようにそういうと、舌打ちした。

「しかも、あれは本当は事故じゃねえ。人為的なものだった! あれは、あの施設近隣の汚泥タンクを狙って行われたテロなんだ! アイツらを殺すためのな」

「ユーさん……」

 そんなふうに呼ぶと、普段の彼は嫌がるが、今の彼はそれを流す。

「あれは作り出された地獄だ。俺たち罪深い獄卒の身の上なんかとは違う。生きて帰っても親に捨てられ、喰われれば囚人になって狩られる。あの街は罪もない餓鬼どもを叩き込んだ地獄の釜だった。ただの正真正銘の地獄だよ。誰が何のためにやったのかなんて、俺にはどうでもいい。どんな大義名分があろうと、あれをやった奴は一線越えてイカレてる」

 ユーレッドは一息にいって、嘆息する。

「だから、あんな光景なんざなァ」

 ユーレッドは、歯噛みした。

「アイツは、何も思い出さなくたっていいんだ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ