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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章B:サイケデリック・チェイス

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3.紫煙くゆらす身元調査-1


「ふふ、タイロくん。上達した?」

 ウィステリアが、にこにこしながら珈琲を飲んでいる。

 彼女の前にはドーナッツの紙袋。彼女はまだそれを口にしないで、ただ眺めているのだ。

「ユーの旦那、結構教えるの上手いでしょ? もうちょっと優しくしてくれれば、なおのこといいんだけどね」

 ユーレッドは、無言ではす向かいの席にだらしなく斜めに座り、煙草を吸っている。多分あれの中身も、煙草ではないのだろうなあとは思う。なんのフレーバーがついているのか気になる。

「そうですね。ちょっとだけ当たるようになりました」

 タイロはそう答えつつ、ウィステリアを見やる。

 機嫌がいいように見せているけれど、本当は彼女は機嫌がいいというより、照れ隠しをしているみたいだ。

 今でこそ、こんなふうにしているウィステリアだが、タイロはドーナッツを渡した時の顔を知っている。

「ほら、先に渡しておくぞ。情報料だ」

 とユーレッドが不躾に渡す。

「あら、どうしたの? これ」

「先に料金払っておいた方が、機嫌いいだろ」

「ユーさんも気をつかうのねえ」

「その呼び方やめろ。やらねえぞ」

「あー、ごめんなさい。旦那。でも、これ、なぁに?」

 ウィステリアは最初怪訝そうだったのだが。

「これ」

 その中身をチラッと見て、 

「これ、ドーナッツ……?」

 と呟いた途端、ふわっと頬を赤らめて伏せ目になる。そのまま、ぎゅっと袋を掴んで黙ってしまった。

「お前、なんか知らねえがそれ好きだよなー。そんなので喜ぶとか安い女って思われるぜ」

 ユーレッドは意地悪にそんなことを言うが、ウィステリアは聞いていないようで、うつむいてから、そっとユーレッドを上目遣いに見上げた。

「あ、ありがとう。ユーの旦那。あたし、今もこれ、好きよ」

 ウィステリアは、強気で色気のある、恐めの美人というイメージが強いけれど、そんな彼女もこんな恋する少女みたいな顔をするのかと、タイロはどきりとしたものだ。

 控えめに言ってかわいい。とてもかわいい。

 で、たかがドーナッツ奢っただけで、こんな顔をさせておいて、ユーレッドは全く気づいていない。鈍感にも程がある。

 思わず振り返って、タイロはぼそりとつぶやく。

「ユーレッドさんの鬼! 悪魔!」

「な、なんだよ、藪から棒に」

 ユーレッドは意味がわからんと言いたげだ。

「そういうところが、悪魔なんですよね」

 タイロが言うと、タイロの肩のあたりにきているスワロがしみじみうなずいていた。

 そんな悪魔なユーレッドが、相変わらずなにもわかっていない顔で、ぶっきらぼうに尋ねる。

「で、何がわかったって?」

「そりゃあ、色々だわ。ふふ、ユーの旦那の情報料くらいはちゃんと収穫あるわよ」

 ウィステリアはそういって、タブレットを持ち出す。

「ここで話すのにもちょうどいい内容のね。タイロくんも、聞いてるかしら? ここ、あたし達の息のかかった場所なのよ。だから秘密のお話も大丈夫なの」

「あ、ユーレッドさんからききました。なんか隠れ家みたいなもんって」

「ええ。盗聴対策もバッチリだけど、必要なら、申請すれば即日、乗り物や武器のの貸与までしてもらえるし。ま、一種のアジトみたいなものなの」

 ウィステリアはそう言って、ユーレッドを見やる。

「ユーの旦那の好きそうな新型オートバイもあるから、あとであたしの権限で遊ばせてあげるわね。今日は、調子いいから乗れるんでしょ」

 ウィステリアは、流石にユーレッドの右の義手を見逃さない。装着しているのは、確かに彼もオートバイに乗りたいからもあるのだと自分でも言っていた。

 ユーレッドは言い当てられるのは面白くなさそうだけれど。

 ふん、と彼は鼻を鳴らす。

「それはそうと、本題はなんだよ?」

「せっかちな人ね。まず、この間、ユーの旦那から貰った、囚人から回収したチップの話からするわ」

 ウィステリアは、さっとタブレットで、チップの写真を出す。

「これ、仲間に解析してもらったわ。やっぱり、囚人制御用のプログラムが入ってたわよ。お姫様の能力を参考にしたのか、囚人の一部組織の"悪意"の命令を無効化して、敵対しないようにしたみたい」

「無効化? って。あの、汚泥になんか、素の部分があるとかって、いってたやつですか?」

 タイロが興味津々になる。

「ええ。旦那、黒物質ブラック・マテリアル……、の話は、タイロくんにしてる?」

 ウィステリアはユーレッドに尋ねた。

「うっすらとだ。しかも、話したのは、さっきだけどな」

「まあでも、それじゃいいかしらね」

 と一応律儀に確認してから、ウィステリアは話を続けた。

「そう。もともと汚泥だってただの素材だもの。全てが染まってるわけじゃないことも多いから、無効化できればこちらの指示に従ってもらえるというわけ。それで極力危険性を抑えているのね」

 へー、とタイロは感心する。

「でも、それ凄い技術ですね。それあれば、もう、囚人問題いくらか解決しそうじゃないですか」

「確かに改善はしそうな技術よ。これを作っているとかいう、管理者アドミXの有能さがわかろうというものだわ」

 ウィステリアはため息をつく。

「完全じゃないんでしょうけど、この街の役には随分たってるからね」

「あー、それで、俺たちを襲わせたんですか? あの囚人、対獄卒用ジャマー使ったり、クラブで獄卒に擬態してたりしてましたもんね」

「あー、でもそれはねえ、ちょっと違いそうなの」

「違う?」

 気怠く体を沈めて、黙って興味なさげに聞いていたユーレッドが、少し上体を持ち上げる。今日の彼は右手が使えるので、両手を頭の後ろで組んでいるのがちょっと珍しい姿だ。

「囚人の残骸の一部を調べてわかったけど、あれ、ちょっとおかしかったのよ。クラブであたし達を襲撃してきたやつらの残骸の方ね。あいつら、獄卒に擬態してクラブに潜入してきていたわ。変だとは思ったのよね。で、調べたら、あれ、囚人には違いないんだけど、限りなく獄卒に近かったの」

「獄卒に?」

 タイロがハッとする。

「もしかしたら、昼間に貴方達を襲った、ジャマー使うやつもそうだったのかもね」

「獄卒を取り込んでとか、獄卒が感染したとかでなくですか?」

「ええ。まあ、違いをはっきり説明するのは難しいんだけど、それなりの理性を残してあるから、命令をきかせられるという状態をキープしてるっていうことかしら?」

「ああー、そういえば、前の事件の時も、囚人なりたての獄卒の人、自分の意思で攻撃してきてましたね」

 タイロは、アルル姫拉致事件の工場跡の獄卒達のことを思い出していた。囚人になりたての彼らは、ユーレッドへの敵対心を失わずに彼を認識して襲ってきていた。

「ええ、そう。その状態を保つように仕向けたものよ。人為的に、厳密な管理のもとで、計画的に感染させて、調整したものじゃないかしらね」

「人為的に調整。ははっ、なるほどな」

 ユーレッドが納得したように頷く。

「研究は双方向でしていたってことか? 囚人を危険のないように操ることと、獄卒を極限まで囚人に近づけて強化すること。なるほど、この双方は、技術的には遠くねえ。ふふん、なかなかエグいことしやがるなァ」

 ユーレッドはなんだか面白そうだが、笑える話ではない。タイロは引き気味になる。

「えええ。そ、そ、それって、人体実験ですよね」

 タイロは眉根を寄せる。

「倫理的にダメなやつじゃないですか!」

「獄卒には人権なんざねえよ」

 ユーレッドが、煙をひとしきりすうっと吸ってから目を細める。ふっと唇の端から煙が立ち上る。ほぼ水蒸気らしいのだが、見かけは喫煙しているようにみえるそれは、彼の退廃的な雰囲気に似合っていた。

看守ジェイラーっての、いたろ? あれを作るぐらいのやつらだ。それくらい当然やる。しかも、あれだけの強者を集めるには、そりゃー失敗作もたくさんいるよな。そういう失敗作の奴らを材料にできる。ローコストで無駄がないよな」

「そんな。ひどい」

 タイロが眉根寄せる。

「同情するこたねえぜ。相手は底辺獄卒。社会のゴミみたいなやつだ」

 ユーレッドは、相変わらず冷ややかである。

「ということは、タイロを狙ってるのは、おおよそあいつらってことか?」

「それは一概には言えないんだけどね」

 と、ウィステリアは、じっとタイロを見た。

「旦那、あの話も、ここで話していいかしら?」

 彼女はそれからユーレッドの反応を伺った。

「え? なんです?」

 きょとんとするタイロに、ユーレッドが目を向ける。

「タイロ」

 珍しくユーレッドが、タイロの名前を呼ぶ。

 普段は小僧だの、餓鬼だの、若造だのと、あんまり名前で呼んでくれないユーレッドだ。そんな彼が名前を呼んだので、タイロはちょっとどきりとして居住まいをただす。

「ウィスの話の前に、お前に俺から話がある」

 ユーレッドはこちらに向き直り、長い足を組み直し、吸い終わった電子煙管を仕舞い込む。

「お前には悪いと思ったんだが、ウィスにはお前らのことも調べてもらった」

「へ? 俺ら? ですか?」

 お前らって? と首を傾げる。

「お前とあのメガネ先生のことだ。……俺達がここに派遣された理由を調べててな、どうも違和感があったんだ。獄卒なんてどこにでもいる。なのに、どうして、めんどくせえ渡航許可まで取って、俺たちはここに呼ばれたのか。そう考えると、どうしてもお前ら獄吏側に事情があるとしか思えなかったんでな」

「で、でも、表向きはそうですよね。E管区由来の囚人が多いから、そっちで始末してってお話ですよね。獄吏同士の、なんか色々大人の事情が絡んでるんだと思います。ユーレッドさんは、それ以外にも、事情があるってことですか?」

 タイロは目を瞬かせる。

「んー、そりゃ、調べてもらっても良いんですけど、俺、そんな特殊な獄吏じゃないですよー? 調べられて困ることもないんで」

「お前とメガネ先生と言ったろ。俺が調べるよう頼んだのは、お前らの出自や素性についても含まれる。だから、これは、お前の過去にも関わる話だ」

 ユーレッドが、ぎいと椅子を鳴らして、やや前のめりになる。右手を使えると、ユーレッドの動作がいつもより多くて、彼の複雑な感情がのぞいているようだ。

「さっき、ちょっと聞いたよな、俺」

 ユーレッドは真っ直ぐにタイロを見る。

「お前、なんか辛いことがあるかもしれないとしても、自分の過去のことは知っておきたいって。そう言ってたな? それ、今でも変わってねえか?」

「え?」

 ユーレッドにストレートに尋ねられて、タイロはどきりとする。ユーレッドは軽く目を伏せる。

「もし、お前が聞きたくないなら、この場でウィスに話を聞かねえ。お前にも調査結果は伝えねえよ。どうする?」

 急な展開にちょっと戸惑うのを、予測してようにユーレッドが続ける。

「俺は強制はしねえよ。お前はどっちを選んでもいい。たとえ拒否しても、逃げたとは俺は思わねえから、お前の本当にしたいようにしろ」

 ユーレッドは、再び、真っ直ぐにタイロを見る。その瞳は真剣だが、どこか気怠く、何かを憂うような気配がある。

 何を考えているのかわからない彼だが、少なくとも、今の彼は本音で話しているようだった。

「えっと……」

 タイロは少し考えてから、口を開く。

「いきなりそう言われると、確かにどうしよう……ってなりますけど」

 と前置いて、タイロは改めて言った。

「でも、俺がさっきユーレッドさんに言ったのは本心ですから。何もわからないのも、それはそれでモヤモヤしちゃうもんなんですよ。俺、今までずっとそうだったんです。だから」

 とタイロは覚悟を決めてユーレッドに告げる。

「大丈夫です。どんなことでも受け止めるように努力しますし。話してください」

「……。そうか」

 一拍おいて、ユーレッドはちょっと唇を歪めつつ、

「ふふ、お前、ヘタレなくせに、たまに変に根性すわってるよな。そういうとこ、嫌いじゃねえよ」

 ついとユーレッドは、ウィステリアに視線を向けた。話せ、という合図だ。

 ウィステリアは、ちょっとため息をつく。

「それじゃあ、続きを話すわね」

「お願いします!」

 タイロは思わず頭を下げた。

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