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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章B:サイケデリック・チェイス
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2.ユーレッドの右腕


「え?」

 タイロがふと固まる。

 ユーレッドは銃口こそ向けていないが、二メートルほど先で、彼に視線を向けていた。

 その瞳は、どうも感情が読めなくて、危険な暴力性を帯びている。親しみもなく、知らない誰かを見るような、そんな冷たい目だ。

 思わず、タイロは背筋が凍る。

 忘れていた。

 優しくしてくれていたけれど、ユーレッドは、危険な獄卒なのだ。その冷たい瞳に見られると、危険を察知しても動けなくなる。

 息が詰まる。

「ん? お? な、なんだよ?」

 自分から振ったくせに、ユーレッドが急に困った顔になる。

「そ、そんな面すんなよ。じ、冗談だったのに、言い出しづらいだろ」

 きゅきゅーと、スワロがユーレッドを叱る。うむ、と唸って、ユーレッドが眉根を寄せる。

「じ、冗談だよ。軽い冗談!」

「じ、冗談、とかっ」

 そう言われて、タイロは、なんとか声を出す。が、思わず腰が抜けそうになった。目尻に涙が浮かびそうになる。

「い、いくらなんでも、そんな悪い冗談、ううっ」

「お、こら! べそかきそうになんな! 馬鹿!」

「だ、だって、ユーレッドさんがああ、真面目な顔して俺のこと脅すから!」

「い、いや、お前がー、最近ー、気が抜けてるからー、ちょっと悪戯心がー」

 ユーレッドはうろたえつつ、とりあえず銃をおく。

「え、っ、いや、そのー、銃口向けてねえし、わ、わかるかなって」

 きゅー、とスワロがユーレッドを睨む。流石の彼も分が悪い。

 タイロは真面目に傷ついた顔をして、続ける。

「ユーレッドさんは確かに怖いとこあるけど、俺には絶対そんなことしないって信じてたのに! いきなり、あんな目してそんなこというから」

「あー、あー、そ、それは。いや、マジでそんなことしねえよ、お前には。俺が喧嘩売るの、獄卒相手だけだからよ」

 ユーレッドは慌てて弁明する。

「本当にしねえって、そんなこと」

 ユーレッドは苦笑する。

「大体、俺、本当に一般市民にも手ェだしてねってのに。お前に手出しするわけねだろ。俺、本当ーにお前のことは、真面目に守ってるんだぜ?」

 ほら、コレ食って機嫌直せ、とユーレッドが慌ててさっき買ったドーナッツを押し付ける。

 もちもちしたやつや、ユーレッドが、何故か自分が甘いもの嫌いなのに推してきた、チョコレートにカラースプレーがのったやつ。

「俺のことをなんだと思ってるんですか」

 子供だまし、と思いつつも、つい受け取ってしまうタイロである。

「い、いや、そんなマジに受け取るとか思わねえだろ?」

「でも、命狙われてるっていうから、一応俺だって毎日ドキドキしながら生きてるのに。いきなりユーレッドさんがそんなこと言うんだもん」

 タイロは、ようやく立ち直りつつ、ドーナッツを齧りつつ、むーっと不機嫌な顔でユーレッドを睨む。

「いや、まぁ、そうなんだが。つーか、お前、命狙われてる奴が、ドーナツ追加で買って食うかよ? 毒入ってたらって心配しねえのか?」

「んー、そう言われると、確かに。今まで、特に気にしてなかった」

 と言われて、タイロが食べかけのドーナッツを思わず持ったまま固まる。

「ま、そんなことねえだろうけどなー」

ユーレッドがちょっと意地悪く言う。

「アイツら、大体、直接囚人でお前を狙ってるから。そんな間接的な方法使わねえんだろうけどさ。ウィスにもそう聞いてる」

「え、本当ですか。食べちゃって大丈夫です?」

 こわごわとタイロがきいてくる。

「散々外食してるだろ。あいつらがその気なら、とっくになんかあるって。それに、お前も調査員エージェントの仲間みたいな扱いされてるみたいだからよ。張り付いてるそいつが止めるだろ。どうも、俺以外にも、なんかしらの護衛がいるらしいぜ?」

「えー? 調査員エージェントの仲間扱いって? でも、俺、何も変わってないし、ユーレッドさん以外に守られてる感ないです」

「監視兼護衛のやつがついてんだよ。お前には」

「え?」

「俺とは顔合わせねえようにしてるが、背の高い男がついてるだろ? アイツがお前の監視役だ」

「え、もしかして、ディマイアスさん?」

 気づいていたのか、とタイロはどきりとする。

「ほーん、そんな名前か、アイツ。俺は名前までは知らねえよ。ただ、絶対俺と鉢合わせしねえようにしてる。なかなか良い腕だが、 一、二回いるのだけはわかったぞ」

 くくくと、ユーレッドが笑う。

「ふふん、その面みると、お前、俺を出し抜いてるつもりだったろ?」

「そう言うつもりじゃないんですけど。ユーレッドさんには言うなって命令されてて」

「ま、お前を責めたりしねーけどな。どうせ、お前の上司扱いなんだよな、あの男。まー、管理局の人間には違いねえから、下っ端のお前に逆らえる道理はないよな」

「えええー! ううう、普通にメールもしてるのに人間不信になりそう」

「別に人間不信にならなくても良いだろ」

 ユーレッドは苦笑しつつ、

「その男は監視もしてるが、お前を守ってんのは間違いねえだろうよ。適度に連絡するくらいならいいんじゃね? それにマジで役立つ情報くれてんだろ。つーことは、お前にも俺にとっても敵ではないわけだ」

「そういうもんなんでしょうか?」

「じゃね?」

 ユーレッドはなんだか適当だ。

「ま、そういうことで、お前は過剰に心配する必要ねえよ」

「むー、ユーレッドさん気をつけろって言ったり、安心しろって言ったり、意地悪だなあ」

 タイロは、ドーナッツを頬張りつつ、眉根を寄せた。

「ともかく、それ食ったら練習再開な」

「はーい」

 とほほ、とタイロはため息をつき、訓練に戻った。



「姿勢が悪いっ」

「ぎゃあ」

 背中をぐいっと引っ張られ、タイロが思わず悲鳴をあげる。

 ユーレッドは、自分の右手の出力は非常に低いといっていたが、それなりの力は出せる。細やかな加減がしづらいせいか、逆に乱暴で痛い。

(でも、わざとの可能性もありそう)

 ユーレッドは、基本ドSな気質なのだ。それなもので、彼の教え方はまあまあスパルタである。

「腕の伸ばし方がおかしい。あと首もなー、ほら、ここだ!」

「ぐふっ。こ、こんな、感じでしょうか?」

「んー、そうだなー」

 ユーレッドは楽しそうだ。

「ほら、なんとなくしっくりくるだろ」

「んー、言われてみると」

 スパルタのくせに、意外と教え方がうまい。普段は口下手な方だと思うが。

(ユーレッドさん、教師とかそういうキャラじゃないくせに)

 心の中でぶつくさ言っていると、ユーレッドに頭をつかまれる。右手はやはり冷たくて硬いので、若干痛い。

「お前、さては、なんか余計なこと考えて、ちゃんと照準あわせてねーな? 雑念は捨てろっつってんだろ!」

「ご、ごめんなさーい」

 何か余計なことを考えていたことは、追及されずに済んだ。慌てて誤魔化す。

「いいか。さっき言った通りに照準合わせろ。絶対あたる!」

「はい」

 と言われても、頭を押さえられていると、なんだかうっかりやらかしそう。そして、外したら怒られそうだ。

(プレッシャーある……)

 思わず緊張するタイロは、真面目に照準を合わせてみる。ユーレッドがそれを確認しているようだ。

「よし、このまま撃て!」

 ユーレッドの声に反応して引き金を引いた。標的の中心を弾丸が撃ち抜く。

「わー! 当たったー!」

 タイロは素直に喜び、銃をおいて耳当てを外す。ユーレッドの肩のスワロがきゅっと鳴く。

「俺、あんな中心当たったの初めてです! ユーレッドさん、すごい!」

「ふふん。だろー。俺、教え方うまいんだ!」

 ユーレッドも耳当てを外しつつ、得意げに言う。

「まー、こんな感じで残りも撃ってみろ。前よりマシだぜ」

「わかりました! へへ、メガネ先輩もこれなら嫌味言えないねー」

 メガネの嫌味は慣れているし、タイロは穏やかな性格だが、やはりムカついてはいたのだ。舞い上がるタイロを見やりつつ、耳当てをし直そうとして、ユーレッドはふと手を止めた。

「でも、お前」

「え?」

 きょとんとした彼に、ユーレッドはほんのり苦笑した。

「お前、結局、俺に何も聞かなかったんだな?」

「え?」

 タイロは首を傾げる。

「わざわざ、お前の目の前で、コレ、つけてやったのに。てっきりなんでこうなのか、聞かれると思ってた」

 ユーレッドは右手を振りながら目を伏せた。

「ドレイクの話とか、俺の昔のこととか。お前、気になってるくせに聞いてこねえの知ってたから、ちょっとサービスで振ってやったつもりだったんだけどよー」

 黙っているタイロに、ユーレッドは静かに告げる。

「別に、……俺の体の話、聞いてもいいんだぜ?」

「え、でも、それは……」

 タイロが困惑気味になる。ユーレッドがふふと笑う。

「気になるけど聞きづらいって? ま、そりゃそうだろうよ。ただですら聞きづらいところ、どう考えても、俺なんか、負けてこんなふうになってるって感じだからな」

 ユーレッドの笑い方が、ほんの少し苦い。それがどういうことなのか理解して、タイロはちょっと苦しくなる。

 鬼のように強いユーレッドが、自らの敗北の経験を認めているのは、彼にどこかヒーロー性を感じているタイロにもつらいのだ。

「なんでも図々しいお前が、意外と俺のことには踏み込んでこないなと思ってたんだ」

「そ、それは、その、平気で踏み込むとか、配慮が足りないと思います」

「は、配慮? お前の口から配慮とか出んのか?」

 ユーレッドはふきだしつつ、

「別にお前に何聞かれても怒らねえよ。お前じゃなくても、それ聞かれたくらいで、別にキレたりしねえって。俺、昔のことは気にしねえ主義なんだ。で、実際、好奇心そそる話だからな。獄卒のやつらにもよく聞かれる。まあ、答えるか答えねえかは別だがな。そーいわれれば、まあほとんどのやつには絶対教えねえかなァ」

「そうですよね」

 タイロは、おそるおそる言った。

「あの、きいても教えてもらえないこともあるんでしょ?」

 ユーレッドは軽く首を傾ける。

「ユーレッドさんが、その、あんまり話してて楽しくないことなら、俺、聞かないです。聞かなくてもいいですから」

「ふふっ、変なとこで気をつかうよな。図々しいくせに」

 ユーレッドは少し呆れた様子で言う。

「そりゃあ、獄卒なんかには話さねえよ。好奇心つったって、あいつら、そんなかわいい感情じゃねえ。俺が情けなくやられてたのが知りたいだけだ。でも、お前はそうじゃねえんだろ? だったら、お前には教えてやってもいいと思ってる」

 ユーレッドは、にやりとした。

「さっきも言ったろ。俺、お前らが思うほど、過去のことは気にしねえんだよ。そりゃ、やられたことはムカつくし、報復だってするし、それなりの執念深さはあるけど、一回興味なくなると、俺、あんまり記憶に残さねえタイプだし、事実は事実だから」

 ユーレッドは軽く右肩の辺りを触る。

「だが、お前らが想像する通り、負けたことがあるのは確かだ」

 ユーレッドは穏やかだ。

「むかぁーし、仲間にヤミィってやつがいてな。俺やドレイクの後から来たやつだった。あいつは強くて、上からも信頼されて、あいつら新参者がきたんで俺たちはお払い箱になって、しょうもねえとこに押し込められててな。でもな、あいつら、バカだからよ。なんでもかんでも思いのままだったのに、何をとち狂ったか、叛乱起こしちまって……。俺たちはそれの鎮圧に駆り出されてたんだが、アイツが強いもんだから、要らねえのに修復処理かけられた。その方が全力出せるって判断されたんだろうけど、俺は元から"こう"だったから、いろんな感覚が狂っちまってなー。本調子出せなくて、アイツに右側吹っ飛ばされてから、神経系統が狂っちまって……。以降、幻肢痛の発作やらなんやらに悩まされるようになった。ま、壊れたってことな」

 ユーレッドは目を伏せた。

「でも、ま。一回負けたのは確かで、以降の俺はそういう扱いだった。で、今は底辺獄卒やってる。だから、別にそこんとこ指摘されてもキレねえよ。実際そうなんだから」

「そう……、なんですか」

 タイロは少しうつむきつつ、

「あ、あの、でも、さっき、戦闘のために修復って話をしましたよね? それって、前から修復されるなにかはあったってことです?」

「お前、意外とちゃんと話聞いてんな。聞き流すと思ってたぞ」

 ユーレッドはわざとだったのか、少し意地悪く笑う。

「そうなんだよ。元から俺、傷もあって、右腕もこうだったんだ。でも、その頃はやればちゃんと治せたし、機能回復のアタッチメントでなんとでもできた。それがあれ以降、本当に使えなくなったってことだ」

 で、とユーレッドが目を伏せる。

「気になるのは、じゃあ元々どうしてそうだったかだよな? でもな、そこは俺にもわかんねえんだ」

 ユーレッドは、別に冗談を言っているようでもない。真面目な顔だ。

「実はな、俺も本当の経緯はわかんねえんだ。気がついたらこうだったから」

「わからない?」

 タイロは、顔を上げる。

「記憶がないってことですか? 獄卒の人は、なんかひどい怪我すると記憶がなくなるって……」

「それに近い話かな。俺の場合はな、ある時から前の記憶が虫食い状態なんだよ。いくらかは取り戻したんだが、まだ欠けたピースがいくつもあって、肝心なことほどわかんねえんだよな。ドレイクは色々知ってそうなんだが」

 ユーレッドの表情は曖昧だ。寂しそうだが、悲しげではなく、どこかさっぱりしている。

「欠けたピース? もしかして、ユーレッドさんは、思い出せない記憶、探してるんですか?」

 タイロが尋ねると、ユーレッドは苦笑する。いつのまにか、スワロが気遣うようにぴったり右肩についている。

「いや。俺、そんな熱心に、昔のこと、探すようなやつじゃねえから。まー、なんかのついでにわかればいいかなってくらい。積極的に探してるわけじゃねえよ」

 ユーレッドは唇を歪める。

「それに、どうせな、思い出したところで、ろくな話にならねえのさ。忘れてるってことは、多分、いい話じゃねえから忘れてる。思い出しても、苦い気持ちが残るだけだ。大体そういうもんだ」

「で、でも、中には良い思い出もあるのかも、しれないし……」

 タイロは、そっと言葉を継ぐ。

「俺も、汚染事故で記録も消えてて、子供の頃のこと、全然わかんないですが、なにかわかればいいかなって思うこともありますよ」

「それが、もし、お前にとって辛い話でもか?」

 何故か間髪入れずにユーレッドが尋ねてくる。

 別に怒ったふうではない。なぜか同情するようであり、タイロを試すような口振りでもあり。ユーレッド自身がどこか悲しげで、真剣な目をしている。

 タイロは違和感を覚えて、なんとなく気圧されてしまう。

「……え、と、……そういわれると」

 ちょっと考えてから、タイロは答える。

「でも、なにもわかんないの、やっぱり辛いと思いますから」

「そうか」

 ユーレッドは首を振って笑う。

「変なこと聞いて悪かったな。まあ、俺のもお前のも、なんかの拍子に思い出すもんなのかもしれねえし。その時はその時だよな」

 ユーレッドはそういうと、にやりとした。

「ま、そういうようなことだよ。俺も、あまり答えられねえことが多いけど。多少のことは教えてやるよ。お前に話をすると、なんか頭の中、整理しやすいし。第一、聞かれて嫌ならそもそも答えねえから」

 だからな、とユーレッドが軽く微笑む。

「これからは、遠慮せずに聞いていいぜ」

 ユーレッドの言い方がちょっと優しい。

「はい。わかりました」

 そう答えつつ、タイロは考えてつけくわえる。

「あの、でも、俺も、ユーレッドさんの役に立つことあったら協力したいので」

 タイロは、思わずそう申し出た。

「お姫様のことだけじゃなくて。記憶の欠けたピースとか、探したくなったら言ってください。俺だって、一応獄吏だし、何かお役に立てるかも!」

「ははっ、射撃の的も、一人で当てらんねー新米が。偉そうにいうよなあ」

 ユーレッドはそう言って笑って、左手でぽんと頭をはたくようにタイロの頭を撫でる。わざと体をぐるっと向けて、左手で頭を掴む。冷たく硬い右手と違って、武骨でも左手はほんの少しあたたかで、ユーレッドの感情がかんじられる。

 にやりとユーレッドが笑う。

「でも、ありがとな。その時は頼むぜ」

「はい」

 タイロが笑顔で答えた時、ふと、スワロがぴっと何か囁いた。

「お、ウィスのやつが来たらしいぜ。一旦、切り上げてここで待ってるか」

 ユーレッドがそう言って、タイロに後ろの椅子に戻るよう促した。


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