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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章B:サイケデリック・チェイス

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1.昼下がり射撃レッスン

 指定された屋内型射撃場は、ショッピングモールの一つ裏に入った道にあった。

 E管区が資金を出して作った施設らしく、E管区獄吏が中に使える研修施設で、中には車両などもおいてあり、狭いが練習のためのコースも準備されている。バーチャル研修も実地での運転練習もできるらしかった。

 E管区のシャロウグのような、狭い割に人口密度の高い居住区は、自家用車で移動することは少ないが、無人区域の多い居住区や荒野を移動することの多いマリナーブベイのような場所だと、車に乗る必要がある。E管区の獄吏の中には、運転免許を持っていない者も多いので、ここで教習を受けて免許取得することができた。教習の施設は、ここに限らず、獄吏以外にも開かれている。短期集中合宿などもある。

 そして、射撃訓練も似たような部分があった。

 E管区は基本的には銃器所有については、それなりにうるさい管区なので、獄吏でないと実弾の入る銃は手にしていないし、タイロなどの下っ端は許可は持っていても大体テーザー銃くらいしか携帯していない。

 そんなこともあり、E管区旅行者の中にはマリナーブベイで、娯楽ついでにこの射撃場で遊ぶこともあるのだ。そうした事情で開放されているためか、射撃場はポップで洒落ているだけでなく、カフェが併設され、建前は研修施設なのに完全にレジャー施設のそれだ。リゾート地にあるやつである。

 そんなこんなで、気分が上がってしまうタイロ。とはいえ、一般市民と楽しく射撃して遊んでいては、研修としてふさわしくない。ということで、レーンが三つだけある無味乾燥な獄吏研修用の小部屋に通されてしまった。

(あっちの方が良かったなあ)

 とタイロは思わず思ったものだが、確かにリゾート気分味わっている場合でもない。

 獄卒は確か銃器解体禁止。ということで、ユーレッドは一緒に入れるのかとちょっと心配だったが、獄吏のタイロが連れて入ると大丈夫のようでそのまま通してくれた。

 しかも、銃器携帯禁止の獄卒の彼も、ちゃんと銃のレンタルができている。それはどうかと思ったが、銃は入り口で登録した指紋などの生体認証と、指定の室内だけで安全装置が外れ、発砲できるようになるらしく、安全性は折り紙付きのようだ。

 そんなユーレッドは、ジャケットをぬいで後ろの椅子に座ってくつろいでおり、まずはタイロが一回目のコースを終えるのをみている。

 タイロは、チュートリアルビデオを見ながら、インストラクター代わりのガイドをきいて、その通りに練習する。

 そして成績分析システムの画面のタブレットを見ながら、ふむ、と唸る。

 最後の一発の銃声が重く響く。

「よし、一回め終わった!」

 タイロがそう言って銃を置いて、耳当てを外して戻ってくる。休憩だ。

「どーですか。ちょっとは当たったでしょ?」

「あのな」

 ユーレッドが耳当てを外しつつ、ため息をつき、手元のタブレットを見せる。

「これ、お前の成績な」

「はい」

「はいじゃねーよ。的中したの一発だけだぞ」

「今日は一発も当たりましたよ! 前まではもっと評価悪かったです」

「今日はって、お前なー。外しすぎだろ」

 ユーレッドは呆れたようにタイロをみやり、肩をすくめる。

「お前、本当、下手なのな。ガイド付きなのになんでそんな外すんだよ」

「だってー、本当に当たらないんですもんー」

 タイロは口を尖らせた。

「ガイドの言う通りすりゃ、もうちょい当たるだろ」

「いう通りにやってるけど、当たらないんですもん」

「ふふっ、言う通りにねぇー」

 ユーレッドはとうとう笑い出し、ゆらっと立ち上がる。

「まったく、お前って奴はしょうがねえなー。しょうがねーから、俺が教官やってやるよ」

 そういうと、ユーレッドは男子二人のやりとりを、やっぱりちょっと冷めた目でみていたスワロに目をやる。

「スワロ、アレ出せ。つける」

 そう言われて、スワロが意外そうにきゅっと鳴く。

 すでにジャケットを脱いでいたユーレッドは、ネクタイを緩めてシャツのボタンに手をかける。

「あれ、ユーレッドさん、何するんです?」

「何するって? お前が俺の真似して片手撃ちとか、余計に下手になるだけだからよ。姿勢修正は左手と足使えば足りるけど、なるべく変な癖つけねえ方がいいからさ。ま、それに、ここ、教習所もやってんだろ。レーシングコースには狭いけど、確か街中走るくらいならレンタルできるよな。いい単車もあるし、あとで遊びてえし」

 と、スワロがユーレッドの剣帯に下がっている小さな箱を抜いた。いつもそこに刀と短刀を提げているのだが、短刀のそばに同じサイズの革の箱のようなものが下がっていた。今まで短剣か何かだと思って全く気にしていなかったが、こうなるとかなり気になる。

「ともあれ、お前の技術向上にできるだけ、協力してやろうと思ってな」

 ふふんとユーレッドは、得意げになる。

「え、でも、獄卒の人は銃器携帯禁止でしょ?  ユーレッドさん、銃の扱いできるんです?」

「お前な、禁止されてんのと使えねえのは違うぞ。ま、俺はあんまり銃は好きじゃねーんだがな。なんつーか、片手でリロードするの面倒くせえんだよ。それでだな」

 そう言って、箱を開ける。中は、なにか色付きの豆腐というか、ゼラチンの塊みたいなものだ。

「なんですか?」

「これは形状記憶プラスチックだ。人工筋肉になるやつな。この付属チップ読み込ませれば指定された形になる。とにかく材料にデータ読み込ませるやつ」

 そういってユーレッドは側に収納してある小さなチップをゼラチンみたいなやつに埋め込む。途端それがにゅるっと動いて膨らみ、色も変化して形を作り出す。出来上がったのは、腕の形だった。見かけは一見金属風の外観に見えるほどだ。

「ほわー、これ、義手ですか?」

「お前の反応見ると、今時のガキはこういう技術見せられてないのなー。昔はよく使ったんだが」

 ユーレッドはちょっと肩をすくめつつ、

「ま、とはいえ、これはドクター・オオヤギってやつの謹製品だから、普通の獄卒医は出してこねえだろうけど。珍しいだろ? 触っていいぞ」

 明らかに興味津々のタイロに、ユーレッドがドヤ顔ですすめてやる。

「いーんですか」

「ふふ、特別だぞ、特別」

 これは本当に特別だ。ユーレッドは、気に入った相手以外には、こういった私物は指一本触れさせない主義なのが、最近、タイロにもわかってきた。

「わー、すごい。さっきまで多少のぷるぷる感あったけど、金属みたいにガチガチに固まってる。あれ、でも、これ中空洞ですか? うわ、軽い!」

「ふふん、そうそう。だから、強度と出力はイマイチなんだぜ。強化プラスチックだからよ。ただ、携帯性には優れてるんだけどな。まー、つっても、どっかでいったが、俺は右側の神経回路がぐちゃぐちゃになってるからよ。管理局にも禁止されてるが、そうされるまでもなく高出力の戦闘用義肢と相性悪いんだ。それに、あんま重たいやつつけると、平衡感覚変わって辛えからな。使うとしてもその程度がちょうどいいのさ」

「なるほど! しかし、これ、携帯用だし、ハイテクだし、かっこいいですね! 意外とデザインもオシャレだし」

「ふふふ、まぁなー」

 下っ端新米獄吏には到底見せてもらえない科学技術には目がないタイロと、別にそこのところに自慢要素がない気がするが、何故かやたらドヤ顔のユーレッド。

 スワロがまたちょっと遠い目になる。

 というか。射撃練習はどうしたんだ、この男どもは。

 そんなスワロの思念を感じたわけではなさそうだが、ユーレッドが左手で義手を持ち上げて得意げに言った。

「つうことで、俺がお前に銃の撃ち方つうもんを教えてやるよ」

 ユーレッドが明らかに格好をつけるモードに入っている。スワロがじーっとそれを眺める。

 あ、ダメかもしれない。本来の目的に立ち返ったものの、相変わらずこの二人、危機感やそういうものがなさそう。大体、ご主人、タイロに褒められたいだけだな、これ。

「スワロ、何ぼさっとしてんだ。これ、お前の補助がないと装着できねえんだぞ、俺は」

 遠い目のスワロに、ユーレッドがそう声をかけてくる。スワロはため息はつけないが、ため息のようなそぶりを見せる。そして、つつっとユーレッドの側による。

 ユーレッドはシャツのボタンを外し、少し胸をはだけたが、シャツを脱ぐでもなく、左手で義手を握るとそこに箱に入れてあったハーネスを通す。そのまま右の袖ごと義手の中に入れていく。タイロガ確認した通り、軽量化のためか、中は空洞でそこに袖を通す。

「服の上からなんですか?」

「戦闘用のやつはこうはいかないけどな。シャツの上からならなんとかいく。ちゃんと神経つなぐのもあるんだけどな。俺には負担が大きすぎるんだよ」

 ユーレッドは肩のあたりから右腕がないので、肩の上までカバーするタイプのものを装着する。そのままハーネスで左脇にガッツリと留めて固定すると、義手から飛び出ているケーブルを掴んだ。

「このままでも、なんとかいくんだけどな、皮膚表面の電気信号とかいうやつ拾えるらしいから。しかし、もうちょっとちゃんと動かしたいんでよ」

 ユーレッドは左手で胸元をはだけると、ケーブルを左胸のあたりに取り付ける。どうやら貼り付けられるらしい。

 そんなユーレッドの左胸の辺りに、えぐられたような傷があるのが見えた。それと、一瞬アルファベットとバーコードのようなものが見えた気がしたが、すぐにシャツで見えなくなった。

「これでいいかな。スワロ、どうだ」

 きゅ、とスワロが鳴く。

 どうやら、スワロがこまやかな調整をしてくれているらしく、ほどなく右手の指がびくりと動き、持ち上がる。

「よし、繋がったぜ。今日はあんま痛くねえな。ホント最近調子いいぜ」

 そう言ってユーレッドが、右手を軽く閉じたり開いたりして試す。

「そんじゃ、見てろ。つっても、右手の握力はお前以下だから、こっちではうまく撃てないんだけどな。だから、左撃ちになるところは、うまいこと補完しろ」

「えー。できるかなあ、俺」

 そんな難しいことを言われても困る。タイロは眉根を寄せる。

「やらねえよりマシだろ?」

 ユーレッドは、受付で選んできていた銃を手に取り、耳当てをした。

 タイロの選んだ初心者向けの銃と違い、ユーレッドのは少し玄人向けで、口径がタイロよりかなり大きい。右手の握力は女子供以下と言っているユーレッドだが、今も銃を持つのは左手で、右手はかなり補助的な使い方をしていた。右手で撃つのは心許ないのかもしれない。

 もっとも。

(ていうか、なんで、銃器携帯禁止のはずのユーレッドさんが、そんな玄人向けのごつい銃を手慣れた感じに、使えるのか疑問だけどね!)

 その辺、あまり突っ込まない方が良さそう。

「お前はなんか構え方が変なんだよ。よく見とけよなあ」

 そう言って銃を両手で構えて、的に向かって撃つ。何発か銃声が鳴り響き、ユーレッドの撃った弾は確かに中心を確実に撃ち抜いていた。

 にやーとユーレッドが勝ち誇る。

「ま、動かない的なら、ざっとこんなもん」

「ぬぐー」

 タイロは、タブレットでユーレッドの成績評価をみながら唸る。

「言っとくけど、俺は銃はそんなうまい方じゃねえからな。でも、参考にはなるだろ」

「うーん、参考って言われても、どこを参考にしたらー。上手くなれる気がしないー」

 タイロは頭を抱えてため息をつく。

「お前、なんか姿勢が変なんだよな。そこから練習だぜ。ほら立った立った。インストラクターしてやるぜー」

「とほー」

 渋々立ち上がるタイロだ。

「でも、ユーレッドさん。獄卒の人って銃器携帯禁止でしょ?」

 ユーレッドは当然という顔だ。

「そりゃそうだ。何しでかすかわからんやつに、飛び道具を持つ許可あたえてみろ。そりゃ、大惨事だぜ。つーか、俺がこういうのもなんだが、そりゃ、剣振り回すよか、飛び道具のが有利なんだよ。俺だって、相手が銃なら、スワロの物理バリアねえと安心はできないからな」

「うーん、理解」

タイロは頷きつつ、

「でも、ユーレッドさん、手慣れてますよね」

「禁じられてるのは携帯とハンティングの際の使用だぞ。それに、俺は銃が好きじゃねえし、うまい方じゃねえとは言ったが苦手だとは一言も言ってねえよ。使う機会があれば、使えるレベルだということ。ちなみに、他のやつも、こうした遊技場扱いの場所の試写は禁止されてねえ。それで上手くなって、コッソリ使うやつもいんのさ」

 ユーレッドは、肩をすくめる。

「なるほど。それでユーレッドさんも、すんなりここにも入れるんだ。いや、俺、ユーレッドさんが通れるか心配だったんです」

「お前がいるなら、どう考えても大丈夫だろ?」

「いや、でも、俺下っ端ですしー。ユーレッドさん、こういうのなんですが、評価超悪いじゃないですか? 止められないかなって」

 ふふん、とユーレッドが鼻で笑う。

「お前、そろそろわかれよ。ココ、ウィスがよく使うって言ってたろ? ここはあいつらE管区の、特に特定の幹部が統括してる調査員エージェントのアジトみてえなもんよ。あの受付のにーちゃんもな。俺、アイツ、内地で顔見たことあるぜ」

「えっ、そうなんです?」

「ここ、防音がしっかりしてんだろ?」

 驚くタイロだが、ユーレッドは肩をすくめる。右手が使える分、なんとなくいつもよりオーバーリアクションな感じがする。

「そりゃ、射撃に使うとこですもんね。しかも、商業施設や住宅街が近いから、対策してる感じですよね」

「そう。部屋の外に話し声が漏れねえということよ。逆に仕掛ければ、盗聴もしやすいけどな。ま、ここは盗聴はされてないから安心しろ。スワロに確認させてる。でだ。こういう小部屋はな、特に調査員御用達の秘密交換のためにも使われる。ウィスがここで落ち合う気になったのはそういう事情だ」

「へー、すごい」

「すごいじゃねえよ、お前、めでたいやつだな」

 と、ユーレッドがふと一瞬意地悪くにやりとして、

「ていうことはだぜ?」

 笑みをおさめて、ユーレッドは左手で銃を弄ぶ。

「仮に俺が、ここでお前を撃ち殺しても、誰も助けにこねえというわけだぜ」


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